第19話「偏愛」

「馬鹿な! 消えるだなんて」


 紀子は驚愕と共に叫んだ。


「畜生! なんなんだあんたたちは! 私の、私の邪魔ばかり!」


 紀子は持っていた凶器を全てぶちまける様にSEに投げ、逃げ出した。

 SEは先程と同じように全てを叩き落とし、姿が見えなくなりかけている紀子を追った。


「はぁ、はぁ、一旦、身を隠してチャンスを伺うしかないわ――え?」


 そこで紀子が目にしたのは使用人を介抱している宗也だった。


(なんてこと……。一番知られたくない相手に出会うなんて。こんなところ見られたら……)


 紀子はなんとしてもしらを切り通すことを決意する。


「叔母さん……、やっぱり、ここに」


 宗也は少し悲しそうな表情を向けた。


 !


(やっぱり? やっぱりってことは、もう……)


 そこで紀子は歩みを止めた。


「もう、知っているのね……」


 コクッ。


 宗也は無言で頷いた。


「……許さない、許さない、あいつだけは許さない!」


 紀子がぶつぶつ言っていると、その間にSEが追いついた。


「宗也さん。逃げてください!」


 SEの言葉を聞いても宗也はその場を動かず、


「叔母さん。なんで麗子まで狙ったんだ?」


 宗也は冷ややかに紀子に質問した。


「なんで。なんでかって? それはね。私が宗也くんのことを愛しているからよ! 宗也くんは覚えてないでしょうけど、昔はね。あなたのお父さんとお母さんは忙しくて、ほとんどあなたを私たちに預けていたの。私、本当の子どものように育てたのよ。それなのにちょっと余裕ができたからって引き取って、両親ずらして! それに子どもが出来なかった私を尻目に二人目まで産んで! しかも、その子は宗也くんにベッタリなんて! 許せないわ! そんなの許せない! みんな死ぬべきよ! 死んで私に詫びるべきなのよ!」


 興奮した紀子は一度息を整え宗也へと手を伸ばした。


「でも、でも、あなたは別よ。宗也くん。あなたは私のカワイイ、カワイイ、子ども。殺すわけがないわ。それに、ほら、両親ずらした二人が死んで、社長にもなれたわ。私が一番、宗也くんのことを愛しているのよ! 麗子が死んだら次は宗也くんの嫌いな奴を教えて。私が殺してあげるから。ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」


 宗也の頬に触れながら、紀子は愛おしそうに笑った。


 パシンッ!


 しかし、宗也はその手を払いのけた。


「えっ?」


 紀子は愕然とした表情で宗也を見た。


「俺に触れるな! 人殺し!」


 宗也は叫び、シェフが落としていた包丁を拾い、紀子へと向けた。


「え? 何を、何を言っているの宗也くん。……あぁ、そっか、あいつらのところに居過ぎて毒されたのね。宗也くんは私にそんなこと言わないもの! ……でも、いいわ。私の呪音で本当の宗也くんにしてあげる。私の言うことを何でも聞くいい子にっ!」


 紀子は宗也が向けた包丁を掴み、血が滴り落ちるのも気にせず、手を伸ばした。

 その手は、呪音を帯び、ドス黒くなっていた。


「ぐぅ、うう!」


 宗也は包丁を引こうとしたが動かず、そんなことをしている間に、紀子の手は目の前にまで迫っていた。


「宗也さん!」


「うっ」


 SEは叫びながら走りだし、宗也はもうダメだと目を瞑った。

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