第7話「休息」

 コンコン……、ドンドンドン!


「起きろや、こらぁ!」


 宗也は早朝6時という時間に、派手なモーニングコールによって目を覚ました。


「体、いたっ」


 ベッドを麗子にあけ渡し、慣れないソファーで寝ていた宗也は節々の痛みを耐えながら、扉を開けた。


「おせぇぞ! 全く! 響を見てみろ、もう着替えまで済ましてるぞ!」


 怒声を上げる鳴の横に眠そうにしている響を見ると、昨日と全く変わらない格好だった。


「……着替えてないだけじゃ」


「うるせぇ! ほら、SEも起きだしてきた。昨日の部屋で朝食食ったら予定を言うそうだ」


 クイックイッ。


 響も、『早く来てね』と言うように手招きして、二人は去って行った。

 宗也はベッドに寝ている、麗子の顔を覗き込み顔に掛った髪をどかしてやりながら、


「麗子、朝だぞ起きろ」


 と優しく起こす。

一呼吸置いた後に、洗面所に行き顔を軽く洗って、


 バシン!


 と頬を叩き、気合いを入れた。


寝るときにごわつくため脱いでいた服を着る。

豪華ではないが昔と変わらない穏やかな心で着替えをしていることに驚きつつ、宗也はその事実にうっすらと笑みを浮かべていた。


 麗子は寝起きでいまいち頭が働いていないのか、


「う~ん、柿の種はピーナッツ一つに対して三つが黄金比。むにゃ、むにゃ」


 と訳のわからないことを口走っていた。


「はぁ、気楽な奴だな。まぁ、だからいつも俺がしっかりしようって思うんだけどな」


 独り言を呟いてから、宗也は麗子の身だしなみを整えてやってから、麗子の手をしっかり握って引きずる様に部屋を出た。

 

 昨日の部屋に行くと、鳴と響の姿、それに昨日はなかったブルーシートがしかれ、端のほうに畳まれた毛布もあった。


「おはようございます。……あの、鳴はもしかして昨日ここで、床で寝たのか?」


「あぁん! それがどうした?」


「いや、その、ありがと」


 宗也は少し言いづらそうに言うと、鳴はそれよりも言いづらそうに、


「きゃ、客だからだよ。別に気にするようなことじゃねぇ! それに今日体調崩しましたじゃ話になんねぇだろうが!」


 その言葉を聞いた響の口が、大きく四文字ほど動いた。


「響様、今『ツンデレ』って言いましたね!」


 麗子は今までの眠そうな顔はどこへやら、目を輝かせて響の言葉を代弁した。


「誰がツンデレだ!」


 鳴が怒鳴り声を上げると、そのとき、


 パンッ! パン!


「はい、みなさん、朝食を持ってきました。食べませんか?」


 バーーン!


 手を打ち鳴らしそう言って入ってきた人物、SEはニッコリとした表情で現れた。


「SE!」


 宗也が叫ぶと、SEは、「ご心配おかけしました」と緩やかな笑顔を見せた。


「あぁ、麗子、こちらが昨日少し話したSEだ」


 麗子は宗也に紹介されたSEに優雅に一礼し、すぐに宗也の方をキツイ目つきで見つめた。


「お兄様! 二股はどうかと思いますが!」


「…………ごめん、麗子。俺だんだんお前を助けるべきなのかわからなくなってきたよ」


 宗也が肩をがっくりと落としていると、ぽんっと手が掛けられた。


 振り返ると、そこには響が、『セっちゃんは渡さない!』と目で訴えかけており、肩の手もギリギリと徐々に力が込められていた。


「なんだこの勘違いばかりの空間は! なんで俺が男色趣味なんだよ。普通に女の子が好きだよ!」


 その言葉に響は力を緩め、麗子は力なく崩れ落ちた。


「そんな! お兄様があたくしの事を裏切るなんて!」


「おい! もう止めてくれ!」


『ハッ! もしやさっきの言葉はウソ? 響をダマすつもりだったの?』


 ホワイトボードで響も会話に本格的に入ってきた。

 

 そんな三人の様子をSEと鳴は朝食を並べながら見ていた。


「しっかし、あいつ、妹が目覚ましてから妙にテンションが高いというか、まるで別人みたいだぜ」


 SEはにこやかに、


「まぁ、両親が死んでさらに妹まで、しかもこんな得体の知れない探偵を相手取んだから、気も張るさ。麗子さんが目覚めて一安心したんでしょ。今の宗也さんが素なんでしょうね」


「かもな」


 ブルーシートの上には紙皿とおしぼり、それに紙コップに注がれた紅茶が人数分きれいに並び、真ん中にサンドイッチが入ったバスケットが置かれた。朝食の準備が整い、鳴は騒ぎを収めるべく宗也たちの方を向いた。


「おいっ! てめぇら、いや、響以外の奴らうるせぇぞ! 朝食だって言ってんだ――」


 そのとき鳴は信じられない言葉を耳にした。


「だから、僕は普通に女の子が好きだよ。もしこの中で付き合うなら響だから!」


 という、軽く告白の様なセリフを聞いた鳴は、一瞬で頭に血が上り。


「何言ってんだテメェ!」


 ドガッ!


 全力の蹴りを宗也にお見舞いしようとしたところ、一瞬早く行動を察した響が鳴の顔面を思いっきり、体重を乗せて殴った。


「おにいちゃんが本気で蹴ったら死んじゃうでしょ! って、……うん、まぁ、そうだな。ん?」


「それに響はソウちゃんのこと全然タイプじゃないから、だと。……ふ、ふふ、そうだよなぁ!」


 鳴はこれでもかというほど明るい笑顔を見せ、「悪い、悪い」と宗也の背中をバシン、バシンと叩いた。


「イテテッ、ちょっと、ソウちゃんってもしかして俺のことか? いや、まぁそれは別にいいんだけど、なんか俺、無駄にフラれたよな! しかも、さらっと流したけど命の危機もあった!」


「ほら、小さいことは気にするなよ。メシがまずくなるぜ。SEの料理は絶品だからな。いや~、いなかった昨日はきつかったぜ」


 鳴はサンドイッチを一度に二つ取りながら言った。


 宗也もその言葉を受け、納得のいかないところもあったが渋々一つ手に取り、口へと運んだ。


 ぱくっ。


「うまい!」


 ふんわりしたパンに絶妙な味付けの卵を挟んだサンドイッチは、舌の肥えている宗也をも唸らせる味だった。


「だろぉ!」


 鳴は自分で作った訳でもないのにしたり顔で宗也を見た。


 宗也の言葉を受け、麗子もサンドイッチをとり一口食べると、


「花嫁修業は万全ですのね! やりますねSE様!」


 どうやら最大限に誉めているようだった。


そして響もぴょこぴょこと歩き、サンドイッチとSEの隣の席を取った。そして響は一口食べるごとに尊敬のまなざしでSEのことを見ていた。

 

SEはそんな面々を母親のような慈しみのある笑顔で見ていた。


 二十分後。


 全員が食べ終わったのを確認し、SEは口を開いた。


「さて、それでは今日の予定を言いますが、まだハッキリと敵の正体が掴めていません。ワタクシは少し調べ物をしますが、鳴さんと響さんは如何いたしますか?」


 SEは二人を優しく見ながら聞くと、


「おお! それは丁度いい。オレもちょっと手がかりを探しに宗也の学校に行ってみようかと思ってたとこだ」


「……わかりました。くれぐれも暴れないでくださいね」


 SEは苦笑いしつつ言った。


「わかってるよ」


 鳴が答えると、SEの袖が引っ張られた。


 くいくい。


「ひびきも着いてくから大丈夫」


 鳴は響の言葉を代弁した。


「よろしくお願いしますね。響さん」


 SEは優しく響に笑いかけた。

 しかし、麗子は不服そうな顔をし響の両手を掴んだ。


「お兄様の邪魔はさせません! 響様はあたくしと共にお留守番しましょう!」


「おい! お前の妹はなんの邪魔だと思ってるんだ。オレにわかるように説明してくれ」


 鳴は頭を押さえながら宗也に呟いたが、宗也も同じく頭を押さえていた。


「お気づかいありがとうございます。ですが、麗子さんには実はワタクシと一緒に調べ物の方に来て下さい」


「それはどうしても行かないといけないのですか?」


「はい」


 SEの言葉には有無を言わせぬ響きがあった。


「わかりましたわ」


 麗子は響の両手を離し、代わりに耳打ちした。


「お兄様は奥手なのでアシストお願いします」


 響は満面の笑顔で親指を突き立てた。

 耳打ちにしては声が大きかったらしく、


「「おかしいだろ!」」


 宗也と鳴の突っ込みの声が同時に室内に響きわたった。

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