4

輪姦といった。

一度に何人もの男に犯し、回される。

好きでも何でもない男たちに何度も攻められる。

もちろん、男は楽しいが、やられる女のほうはたまったもんじゃない。

そんなことを、姉はやらされていた。ほんの少しの食糧を得るために。両親と共に生きて行くために。

それでも、その姉の舐めさせられた辛苦は殆どが泡となって消えていった。

「何日か同じようなことを続けてさ、その後、もらった食糧を届けて、両親のところに帰った。そうしたら、母さんがね、私の体を心配して、優しく抱いてくれた。そして、大粒の涙を流して泣いたよ。その夜は、3人で僅かなパンを食べてから寝た。何日かぶりに、親子三人、暗闇の中で暖めあって、体を寄せ合いながら寝たよ。暖かかった。でもね、それが、私と両親の、最後の夜になったんだ」

ヘレンは、そう言うと吸っていた煙草を灰皿に押し付け、ぐしゃりと潰した。

そして、再び話し始めた。



次の日の朝、ヘレンはまだ眠っている両親を置いて、暗闇の隠れ家からそっと出た。

周りに見つからないように細心の注意を払って道に出て、マリンゴートの兵士たちが集まる兵舎に向かった。

すると、少しも経たないうちに、ヘレンが今来た道で、何人かの人間の声がした。

振り返ってみると、そこにはマリンゴートの兵士が数人と、それに連れられてヘレンの両親が引き立てられていた。

どうして!

さっき出たばかりだった。細心の注意を払って出てきたというのに、何故?

そう思って、両親のもとへ駆け寄ろうと、ヘレンは走った。

しかし、突然、ヘレンは右手を強く引っ張られ、その勢いで道路に転倒してしまった。

「すまない」

うしろから、声がかかって、ヘレンはびくりとした。

振り向くと、そこにはマリンゴートの兵士がいた。見たことはない。ヘレンを輪姦していた兵士や、それを楽しそうに見ていた者たちのなかにはいなかった。まるで知らない人間だった。

兵士は、地面に倒れたままのヘレンを助け起こし、そのままその体を押し留めた。

「行かないほうがいい。彼らは、あの二人が君の両親だと分かっている。君を捕らえないのは、まだ楽しみたいからだ」

「でも!」

「駄目だ」

兵士は、そう言って、腕の中でもがくヘレンを強くおしとどめた。

そうしている間にも、ヘレンの父と母は、兵士たちに連れられて大きな道の中心に出た。そこで新しく兵舎の中から出てきた兵士たちに囲まれてしまった。

父は、そのなかで何度も目の前に広がる兵士の壁に向かって何かを叫んでいた。母は、ただうなだれて地面に顔を落としていた。

「うるさい劣等民だ。だれか、こいつを黙らせろ」

兵士の中から一人の男が進み出て、ヘレンの父親の足元を、手で持っていた鞭で叩いた。

土煙がふわりと舞った。

すると、ヘレンの両親を囲んでいた兵士の壁の中から二人の兵士が出てきた。

一人は手にナイフを持ち、もう一人は何も持たずに、ヘレンの父のからだを動かないようにきつく支えた。

そして、ナイフを持っていた兵士が、父に近寄って、にやりと笑った。

「畜生が。すぐにはラクにしてやらないからな」

そう言って、ナイフをヘレンの父の喉にさし込み、それを抉るように何度も首の中を引っ掻き回した。

父は、首から大量の血を流し、口からは血を流しながらもなお、何かを訴えようと必死にもがいた。

隣では、母が恐怖の悲鳴を上げた。

すると、さあやれ、もっとやれとばかりに回りの兵士たちが騒ぎまくし立てた。それを見ていたヘレンは、声も出ないほどのショックを受けて、その場にへたり込んだ。すると、そんなヘレンをよそに、今度は二発の銃声が鳴った。

一発は父の右足に、もう一発は左足に。

至近距離から穿たれた銃弾は、父の足を一瞬で砕いた。うめき声を上げながら父は地面に倒れ、そのまま絶命した。

すると、今度は兵士たちの関心は母へと移った。

母を見た兵士のうち一人は、離れたところで呆然としているヘレンを指さし、こう言った。

「あの娘、知っているだろう」

すると、母はヘレンを見つけて、とっさに首を横に振った。

「知りません、あんな娘は」

「本当にか」

震える母に向かって、鞭を持った男が問いただした。母の眉間には拳銃の黒い銃口が当てられていた。

母は、震えながら頷いた。

すると、鞭を持った兵士は笑いながら、もう一度強くその鞭で地面を叩いて、大きな声で言った。

「おい、お前たち、お楽しみの時間だ!」

すると、周りを取り囲んでいた兵士のうち、何人かが色めきだって母のもとに殺到した。

そして、母を地面に転がしてその体を押さえつけ、来ていた服をビリビリと乱暴に引きちぎって、犯した。

何人もの兵士たちが母を犯した。

母は、悲鳴を上げながら、泣き叫んだ。

周りにいた兵士たちは、また喜び勇んでその様子を見て、乱暴をする男たちをまくし立てた。

しばらくして、母の声は途切れ途切れになり、やがて聞こえなくなった。

あまりの暴行に耐え切れなくなって、気を失いそうになって疲弊してしまっていたのだ。すると、もうつまらなくなって、兵士たちは母を犯すのを止め、地面の上で浅い呼吸をしている母の頭をめがけて、一発、銃弾を打ち込んだ。

母は、事切れた。

そして、その一部始終を見ていたヘレンは、そこで気を失った。

気がついたときには、ベッドの上にいた。

隣には、ヘレンを押し留めていた、あの兵士がいた。軍服を脱いで私服に着替え、ひたすら何かに祈っていた。

ヘレンが目を覚ましたことに気がつくと、彼は祈りをやめて、ヘレンに頭を下げた。

「あのときは、ああするしかなかった。ほんとうにすまない」

そう言って、彼は手に持っていた紙を、ヘレンの前に差し出した。

それは、地図だった。

ヘレンが生まれ育ち、そして、気を失う前までいた、あの町の地図だった。

兵士は、その地図の間中近くにある小さな丘を指差した。

「ここは、まだ草木が青く茂っていた。だから、道端に放置されていた君のご両親の遺体は、ここに埋葬したよ」

「埋葬?」

まだ夢の中の出来事のようだ。

あの惨劇は、夢だと思っていた。

今の自分の置かれた状況は、あの惨劇とはかけ離れていた。あまりに平和だったからだ。ここがどこなのかは分からないが、自分の体には傷一つない。着の身着のままではあったが、服も汚れてはいないし、第一この場所はきれいな建物の中だったからだ。ヘレンがいた、あの暗闇のようなところではなく、明るい場所だった。

「遺体」

その言葉を噛み締めて、改めてあれは事実だと気がつき、ヘレンは泣いた。

あの夜、3人で体を温めあって眠った日のぬくもり。それが、未だにヘレンの体の中には残っていた。なのに、もう、父と母の体は冷たくなって、故郷の丘の土の下に眠っている。絶望と嘆きが、ヘレンの体を支配した。

ヘレンが泣いていると、兵士は静かに、彼女の膝の上に置かれた地図の上に、大粒の飴を五つ、取り出して置いた。

「お母さんの遺体を埋葬する時に、出てきたんだ。大事にもっておられたのだと思う。すこし、君のことを調べさせてもらった。君の弟が、大国クリーンスケアにいるみたいだね。あそこは未だに人種差別を受け容れていない、唯一の国だ。差別法を掲げるマリンゴートや連合の首魁である首都でさえもあの国には手出しが出来ない。この都市国家連合の中で唯一、彼らを恐れさせるものを持っているからね。君は、そこに行って、難民としての亡命手続きをとるといい。パスポートと君の身分証明書は、私が作っておいたから」

そう言って、兵士は、黙ったままのヘレンに身分証明とパスポートを手渡した。

「私の名はブラウン。マリンゴートの東、クリーンスケアとの国境付近の教会の神父だ。強制徴兵でこちらに来たのだけれど、今日、ようやく帰国許可が下りてね。ここは、マリンゴートとクリーンスケアの国境にあるエアポートへ向かう飛行機の中だ。君だけでも、助け出すことが出来てよかった。もし、何かあったら、私の元たずねてほしい。私の出来ることなら、力になれると思う」

兵士、いや、ブラウンと名乗ったその神父は、そう言って、ヘレンのいる部屋から出ていった。

ヘレンは、エアポートに着くと飛行機を降り、そのままクリーンスケアの入国管理局へ向かって、亡命の手続きをとった。

そして母の持っていた飴を大事に懐にしまいこんで、そのまま何日か、弟の消息を調べてくれている入国管理局に留まって、叔父と叔母の迎えを待った。

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