第五話 宇宙の暴れ者 ドルカース連隊長

 地球侵略作戦を妨害してくる忌々しいボウエイジャーの存在と並んで、戦闘員Aの今の大きな悩みの一つは、上司との折り合いだった。


 デスガルム親衛隊は第一から第四までの四つの連隊で構成されている。戦闘員Aが所属しているのは第四連隊で、率いているのは親衛隊の中でも一番の古参戦士であるドルカース連隊長である。

 ドルカース連隊長は、全くの偶然ながら地球の生物の「牛」に姿形が非常によく似ている。その性格はよく言えば勇猛果敢、悪く言えば、何事も気合いと根性だけで乗り切ろうとする単なる乱暴者である。

 しかし、持ち前の戦闘力の高さに運の良さも手伝って、彼はこれまでの戦歴で目覚ましい戦果を何個も上げてしまっていた。作戦などあって無いような彼の指揮は、ただ部下を怒鳴りつけて敵に突っ込ませるだけなので無駄な損害がやたらと多い。それなのに、得られた戦果がそれよりも派手なものであったため、彼は連隊長にまで昇進してしまったのだ。

 なまじ成功体験があるだけに、ドルカース連隊長は自分のやり方が絶対に正しいという厄介な自信に満ちあふれてしまっている。さらに最近では老化のせいで頑固さに拍車がかかっていて、もはや他の誰の言う事も聞かない状態になってしまっていた。

 親衛隊で一番のベテランであるだけに他の連隊長も何も言えず、内心では無能なボケ老人だなと苦々しく思いつつも、触らぬ神に祟り無しとばかりに、誰もが自然とドルカース連隊長との間に距離を置いていた。


 そんな根性論頼みの老人をトップに戴く第四連隊において、戦略立案を担当する戦闘員Aのような幹部戦闘員達は、一番の貧乏くじを引かされた立場だった。

 何しろドルカース連隊長は「突撃しろ」以外の作戦を提案しても全く理解しようとしない。それで連日罵倒されて嫌々無茶な指示に従わされた挙句、失敗すると気合いと根性が足りないせいだと全部責任をなすりつけられるのだ。幹部戦闘員達は、日々繰り返される理不尽な扱いにすっかり意欲を喪失していた。


 地球占領作戦はすでに五巡目が終了したが、依然としてボウエイジャーに目立った損耗を与える事はできていない。五人目となるカミキリムシ型カイジンが先日敗北し、六巡目の攻撃に向けて現在、ゲンゴロウ型カイジンのエネルギーコーティング処理が粛々と進められている。

 これまで倒された五体のカイジンのうち、三巡目で投入されたトンボ型カイジンが戦闘員Aの属する第四連隊の所属であった。

この敗北の際には、ドルカース連隊長は机を叩いて怒り狂い、戦闘員Aほか数名の戦闘員を呼びつけて二時間ほど無駄な説教を続け、次に失敗したらお前たちは全員降格だなどと理不尽な脅しをかけてきたものだった。

 だが、本当に降格人事をやるには、色々とややこしい軍隊の内規をパスしなければならないので、頭の悪いドルカースにそんな面倒な手続きができるはずがない。こんな恫喝は彼の出まかせのハッタリに過ぎないという事は、どの幹部戦闘員も十分理解している。

 そんなわけで、彼の説教によって幹部戦闘員たちの尻に火が付き、人が変わったように奮起するなどという事はなく、逆に無能な上司への失望を静かに強めるだけだった。もはや第四連隊では、次の出撃で失敗した時に自分がどうやって言い逃れをするかという、後ろ向きの方向にだけ誰もが必死に知恵を絞っているという状態だ。


 唯一、そんな中で戦闘員Aだけは、まだ前向きな意欲を失ってはいなかった。

 彼はこの連隊の中では最も年長で階級が上である。そこからくる責任感に加えて、長年参謀の仕事に携わってきて、自分は他の誰よりも戦略立案に優れているはずだというプライドもあった。

 それに戦闘員Aはつい先日第一連隊から異動してきたばかりで、上司がドルカース連隊長に変わってまだ日が浅い。だから、自分の知識と経験を駆使して上手に上司を操縦してやろうという野心もまだ残っていた。


 六巡目の攻撃がまたもや失敗となった場合、次の第七巡目は自分たち第四連隊からの出撃となる。そこで次回の出撃に備えて、戦闘員Aはドルカース連隊長と一対一の打ち合わせを行った。


「連隊長、次の出撃がもし我が連隊に巡ってきた場合、カイジンは一体ではなく五体同時に投入してはいかがかと考えます」

 席に着くやいなや、単刀直入に始まった戦闘員Aの提案に、ドルカースは驚いた顔をして即座に否定した。全く議論の余地もなかった。

「五体同時だと? そんな事をやって一度に五体全滅したら、一体誰が責任を取るんだ。ふざけるな!」

 それでも戦闘員Aはひるまなかった。この程度の拒否反応は想定内だ。

「しかし、一体ずつカイジンを投入していてはボウエイジャーに勝てない事は、これまでの五回の戦いの結果を見ればもう明らかです。

 カイジンの戦闘力はどれもほぼ同程度ですから、これまで投入したカイジンで全く歯が立たないのであれば、戦い方を大きく変えない限り、今後も一体ずつ順番に撃破されていくだけです」

「だが、エネルギーコーティングができるのは一回の出撃で一体だけだ。残りの四体はコーティング無しで出撃させるというのか。そんな無謀な事が許されるわけがない」


 この反論も想定内。見てろよドルカース、お前のその常識に囚われた柔軟性のない発想、私の理路整然とした説明で全部覆してやる。

「確かに、コーティング無しでカイジンを出撃させることはリスクです。ですが、これまでの戦いを分析すると、五人のボウエイジャーに対して一人のカイジンで戦っているという数的不利が、これまでの敗北の原因の大きな一つであることは明らかです」

 そして戦闘員Aは、事前に用意していた映像を壁に映し出した。

「こちらの記録映像をご覧ください。戦闘の終盤、ボウエイジャーは剣を使って一人一人が順番にカイジンに斬りつけています。

 彼らはこの剣による波状攻撃でカイジンの四肢を破壊し、身動きが取れない状態にさせた後、彼らの主力兵器といえる『テッペキボウエイバズーカ』でとどめを刺しています。過去五回全て、この戦法でやられています。

 でも、もしこの時この場に、五体のカイジンがいたらどうでしょうか?」


 戦闘員Aは最初に右手は指五本、左手は指一本を立てるジェスチャーで五対一の戦いを表したあと、おもむろに左手の指を全て開いて五対五の状態に変えた。

「五体のうち四体はエネルギーコーティングをされていないので、戦力的にはあまり期待はできません。それでも、今までは五対一で数的に不利だったものが五対五になり、数の上では対等になります。

 少なくとも最後の、一体のカイジンに五人が順番に斬りつけるという波状攻撃は、こちらのカイジンが五体いると非常に実行しづらくなります。彼らがカイジン一体に集中して攻撃しようとしても、残り四体のカイジンの邪魔が入りますからね」

 しかしドルカース連隊長は煮え切らない。

「確かにそうかもしれないが……その通りうまくいけばいいが、うまくいかない可能性もあるわけだよな」


 その勇ましい外見と口調からは想像もつかないが、実はドルカース連隊長は小心者である。かといって慎重というわけでもないし、心配を取り除くために情報を集めたり対策を練ったりするわけでもない。ただ心配するだけだ。


「戦いですから、うまくいかない可能性をゼロにする事はできません。しかし、今までと同じやり方で一体ずつ投入するよりも、うまくいかない可能性を下げる事はできます。」

「確かに可能性は下がるけど、でもうまくいかなかった時、今までなら損害は一体で済んだが、今回は一度に五体のカイジンが失われるわけだ。大きな損害だ」


 さっきから、うまくいく可能性とかいかない可能性とか、前提も詰めずに何をフワフワ抽象的に議論をしているんだ、と戦闘員Aは次第にイライラしてきた。

 単にカイジンの五体同時投入といっても、やり方は無数にある。カイジン達が密集して協力しながら戦うのか、互いに距離を取って戦ってボウエイジャーたちを分散させるよう誘導するのか、その違いだけでも全く別の作戦と言っていいくらい前提が違う。

 それらを乱暴に一緒くたにして、一体ならOK、五体ならダメ、などと数の大小だけを比べて雑に議論することに、果たして何の意味があるというのか。

 五体のカイジンを使うことで、戦い方には無数のバリエーションが生まれる。まずはその中から、勝てる可能性の高そうな戦法をいくつか選び出すのが先決だろう。その上で、その戦法で戦った場合に戦闘の序盤、中盤、終盤でそれぞれどのような展開が予想されるかシミュレーションを重ねる。

 そして最後に、その五体同時投入時のシミュレーション結果と、一体だけを投入してきたこれまでの戦いの結果を比較して、それでようやく五体と一体、どちらが妥当かの判断が下せるのではないのか。


「やはり、五体同時投入という事になるとリスクも大きい。なぜ一体ずつではダメで、なぜ五体でなきゃならないのか、そこのところの理由が説明できないと難しいだろうな」

 どうしても危険を冒したくないドルカースが作戦案に難癖を付け始めた。それを戦闘員Aはものともせず、平然と切り返した。

「説明なんて簡単です。『バケツ一杯の水を十回流しても石は流れないが、バケツ十杯の水を一度に流せば石は流れる』と兵法家ソウスの言葉にもあります。重要な局面への戦力の逐次投入を避け、打撃力は可能な限り一点に集中させるというのは古来、兵法の基本中の基本ではないですか」


 戦闘員Aの話に、ドルカースは面倒くさそうに手を振って言った。

「『バケツ十杯』の話な。そんな事は私も分かっている。分かっているのだ。分かってる。

 しかしだ、あのボウエイジャーとやらとの戦いごときが、果たして重要な局面といえるのかな。たかが未開の原住民の民間武装組織ではないか」


 ――いや、もうカイジンが五体も倒されてますってジイさん。こんなの普通に考えたら超重要な局面、というか由々しき緊急事態じゃないですか。この期に及んで何を言っているんですか――と、テレパシーを切ってさんざん呪詛の言葉を吐いた後、ようやく戦闘員Aは悟ったのだった。


 この老人にとって、自軍が勝つかどうかは別にどうでもいいのだ。


 ドルカース連隊長は、輝かしい過去の栄光を背負った親衛隊いちの古株である。黙っていれば周囲は彼のことを勝手に尊重して敬ってくれる。だから、ここでリスクを取ってさらに武勲を上げる必要などないのだ。もしそれで逆に大失敗などして、加齢による衰えを周囲に晒してしまったら、もはや挽回する方法はない。

 だとしたら、彼にとっては作戦を成功させるよりも、失敗を目立たなくすることの方が保身の上ではよほど重要なことなのだ。


 これだけボウエイジャーに対する連敗が続いていたら、負けること自体はもう、そこまで連隊長の失点にはならない。他の連隊と同じ作戦をやって負けていれば「他の連隊だって勝てていないじゃないですか、決して私だけが無能だったのではなく敵が強すぎるのです」という言い訳が立つ。

 そこを、わざわざ他の連隊と違う作戦をやって負けてしまうと「その作戦がまずかったのではないか?」という批判を受けかねない。ドルカース連隊長にとっては、敢えて他の連隊と違う作戦をやって、無駄にリスクを増やす理由などどこにも無いのである。


 仕方がない。当初の希望とは若干違うが、少しだけ譲歩するか。戦闘員Aは気持ちを切り替えて言った。

「ドルカース様のお考えは理解しました。確かに五体同時投入はとてもリスクが高いことです。それでは、今まで通りエネルギーコーティングを施したカイジン一体を戦闘に投入するとして、さらに四体を偵察として少し離れた後方に投入するというのはいかがでしょうか?」

「偵察? 結局は五体を投入するのだろう。一緒じゃないか」

「いいえ。あくまで四体は偵察用です。戦いには参加しません。少し離れたところに投入して撹乱作戦を行うだけです。もしボウエイジャーがその偵察中の四体のところにやってきたら、少しだけ相手して様子見をしてすぐに撤退します。もしボウエイジャーがやってこなければ、四体のカイジンは付近にいた原住民を拉致して人質に取るなどして、後日の作戦に活用します」

「そんな中途半端な事、やっても意味がないだろう?」

 ドルカースは面倒くさそうに言った。今すぐにでもこの会話を打ち切りたいというウンザリした気持ちが、ありありと分かる表情だ。


「いえ、大きな意味があります。離れたところに同時に襲来した四体の偵察カイジン全てに対応しようとしたら、ボウエイジャー五人はどうしても一人ずつに分散せざるを得なくなります。すると、本来の戦闘を担当するエネルギーコーティング済みのカイジンは、その間だけはボウエイジャー五人を一度に相手するのではなく、一人を相手すればいいことになります。これだけでも相当な負担軽減になります」

「うーむ。それ、そんなに意味あるかぁ? 四体は少しだけ相手して、倒される前にすぐ撤退させるんだろ? そんなんじゃ、ボウエイジャーどもは一回バラバラに分散するかもしれないが、またすぐに瞬間物質転送で元の場所に集まるだけじゃないか」

「いえ、たった数分でも彼らの戦力を分散させられれば、それは大きなチャンスになります。しかも我々にリスクは一つもありません。コーティング無しのカイジン四体は、危険を感じたらすぐに撤退すればいいのですから」


 うまくいけば得する可能性があって、損する可能性は一つもないというくらいに都合のいい話でないと提案が通らないことを戦闘員Aは心の中で嘆いたが、下手に自分の意見を押し通して、提案そのものがボツになってしまったら本末転倒だ。

 それにこの案が通れば、戦闘員Aの頭の中を占めている一つの仮説の検証ができる。ボウエイジャーは実は、瞬間物質転送を使えないのではないかという仮説だ。

 

 デスガルム軍のカイジンもボウエイジャーも、瞬間物質転送技術が実用化された後の新しい戦争に適応した、第八世代の軍隊である。だから当然、ボウエイジャーも瞬間物質転送ができて当たり前だと誰もが思い込んでいる。

 だが、だとしたら彼らの登場はなぜ毎回徒歩なのか。巨大ロボもなぜ、わざわざ遠方から飛来してくるのか。もし、彼らが何らかの理由で瞬間物質転送を使えないと判明したら、若き戦闘員Uが先日の会議で提案した、アメリカ大統領の誘拐をもう一度やってみるという案が途端に最高の妙案となってくる。


 なにしろ、アメリカは地球の裏側だ。デスガルム軍は瞬間物質転送で瞬時にそこに登場し、すぐにその場を去ることができるが、瞬間物質転送を使えないボウエイジャーはその場にたどり着くだけで何時間もかかる。それでは彼らが大統領の誘拐を阻止することなどできないし、そもそも地球全体を守ること自体が不可能だ。

 その弱点が明らかになれば、我がデスガルム軍は、ボウエイジャーのいる日本国内のごく一部分だけに近寄らなければよいことになる。仮に彼らに遭遇してしまっても、瞬間物質転送を使って遠くに逃げてしまえば、彼らはもう追ってくることはできない。

 瞬間物質転送の有無は、ひょっとしたらボウエイジャーの致命的な弱点になるかもしれない。それを検証できるだけでも、四体のカイジンを偵察としてそれぞれ離れた場所に投入することには十分な意義があるのだ。


 懇々と戦闘員Aに理詰めで追い込まれて、ドルカース連隊長の頭脳ではもうこれ以上の言い訳はどう頑張っても出てこないようだった。ドルカースは黙り込んでしまった。


「うーん」

「いかがでしょう?」

「うーん」

「何か引っかかっている点がございますか?」

「そうだな……」

「疑問があれば仰っていただければ。例えば――」

「あぁ、わかった、わかったよ。お前の案でデスガルム様に提案しよう」

「ご了承いただきありがとうございます!」


 戦闘員Aは心の中でガッツポーズをした。見ろ。こんな頑迷でやる気のない爺さんでも、理屈を説いて丁寧に説明すればちゃんと説得できるんだ。説得できないのは上司がバカだからじゃない。自分の説明に足りない部分があるからなんだ――


 ところが、満足して打ち合わせを終えた戦闘員Aは、すぐに自分の考えの甘さを痛感する事になる。地球の暦でいうところの日曜日の夜に打ち合わせを行った二人だが、翌日になっても一向に、ドルカースはデスガルム総司令に戦闘員Aの案を提案する気配がないのである。

 それでもその日は、今日はきっと用事があって相談の時間が取れなかったのであろうと思って諦めた戦闘員Aであったが、火曜日になってもドルカースは一向にデスガルム総司令と打ち合わせをする様子がない。戦闘員Aは極力冷静さを保ちながら、ドルカースに詰め寄った。


「ドルカース様。デスガルム総司令への提案の件、いかがですか」

「ん?……何のことだ?」


 何のことだ? じゃねえよジジイ! と戦闘員Aは一瞬でカッとなった。そしてこの回答で全てを悟ったのだった。こいつは最初から、私の案をデスガルム総司令に提案するつもりなどなかったのだ。


「……例の、カイジン五体同時投入の件です」

「あぁ、あれか、あれか。何しろかなり大胆な案だからな、きちんと万全の準備をしたうえで説明しないと総司令も納得してくれないだろう。そりゃ大変なことだ」


 のんびりとした口調を装ったドルカース連隊長の回答のわざとらしさに、戦闘員Aの口調も思わず荒くなってしまう。

「いや、でも次の出撃まであと五日間しかありません。そんな悠長にやっている時間はありませんよ。出撃準備に必要な時間から逆算したら、少なくとも今日中にはデスガルム様に説明して了解を得なければ間に合いません」

「そうなのか? それは大変だな」

「今すぐデスガルム様のご予定を確認して、説明して頂けませんでしょうか。お願いします」

「しかしデスガルム様もお忙しい方だしなぁ……」


 そんなわけあるか! デスガルム総司令なんて、毎日ヒマそうに椅子に腰掛けて、グラス片手に余裕たっぷりに不敵な笑みを浮かべているだけじゃないか! と戦闘員Aは危険極まりない事を考えた。万が一この本音をうっかりテレパシーで外部に送信してしまっていたら、戦闘員Aは即軍法会議にかけられて懲罰房行きの末に左遷だ。


「デスガルム様がお忙しいのは十分存じ上げております。しかしこれは作戦上のきわめて重要な事項です。何としてでもデスガルム様にお時間を頂き、今日中に説明を……」

「あぁわかった、わかった。何とかする」

 これは絶対に何もしないだろうな、ということは戦闘員Aにも容易に想像がついた。万事休すだ。戦闘員Aは空を仰いだ。


 結局、ドルカース連隊長はその後もデスガルム総司令に何か働きかけるでもなく、その日一日を無駄に浪費してしまった。一斉投入する五体のカイジンを用意しようにも、今からではもう準備が間に合わない。

 そして五日後、今までと何の変わりばえのしない陳腐な作戦を授けられた第四連隊所属のアゲハチョウ型カイジンは、今回もやはりワンパターンな戦闘経過の末に、三十分足らずであっさり撃破されたのであった。


 第四連隊所属の戦闘員たちは、この敗戦でまたドルカース連隊長が理不尽な八つ当たりを自分たちにぶつけてくるのではないかと戦々恐々としていた。実際、ドルカースは最初、机を叩き、大げさなジェスチャーで苛立ちを分かりやすく周囲にアピールしていた。

 だが、その傍らに音もなく戦闘員Aがスッと近寄ると、ドルカースはさっきまで机を叩いていた手を何やら気まずそうに黙って膝の上に戻した。そして「フン。ボウエイジャーめ。今に見ておれ」と小声で毒づくと、肩を怒らせながら自室に戻っていった。


 ドルカースと戦闘員Aの打ち合わせの内容を知らない下っ端の戦闘員たちは、一体何が起こったのか分からず互いに顔を見合わせた。彼らは「今回は意外と怒鳴り散らしませんでしたね」と戦闘員Aに非公開テレパシーを送ってきた。

 戦闘員Aは「まぁ、色々とお考えもおありなのだろう」とだけ返して、不毛だったドルカース連隊長との議論も、まぁ少しだけ意味はあったのかな、と自分で自分を慰めたのだった。

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