戦闘員Aの憂鬱

白蔵 盈太(Nirone)

第一話 地球を守れ ボウエイジャー発進!

 カラフルな巨大ロボが長い剣を振り回すと、斬りつけられた巨大化カイジンは必要以上に派手な火花を散らし、仰向けに地面に倒れた。

 一秒ほど遅れて大爆発が起こり、木っ端みじんに四散する巨大化カイジン。

 戦いに勝利した巨大ロボは悠然と後ろを振り返り、一体誰に見せつけているのか、立ち上る爆炎をバックに剣を振り回すと、重々しい決めポーズを取ってみせた。


 また、負けた――


 その無様な敗北の様子をモニターで見ながら、戦闘員Aは心の中で頭を抱えた。この星の原住民たちが「地球」と呼ぶこの惑星に侵攻を開始して、今日でもう十五日目だ。攻撃は三巡目に突入し、すでにカイジン戦闘小隊を三個隊も投入している。それなのに何一つろくな戦果も得られず、全ての小隊が全滅した。

 ここまでひどい連戦連敗を、戦闘員Aはいまだかつて経験したことはない。


「一体何者なのだ、この『鉄壁戦隊ボウエイジャー』とやらは!」


 あまりに予想外の事態に対する焦りと苛立ちで、戦闘員Aは思わず机の脚を勢いよく蹴りつけたい衝動に駆られたが、寸前でぐっとこらえた。

 戦場において、軍司令室の動揺は無意識のうちに全軍に伝染する。司令室が弱気になり意志の統一が乱れると、それは次第に前線の兵士たちに伝わり、士気が低下して軍隊は急速に弱体化する。たとえどれだけ戦況が苦しくとも、軍隊の指揮官たるもの、常に余裕のあるような態度を取り続けなければならないのだ。


 この司令室に配備されるようなエリート戦闘員たちは、さすがにその辺りのルールをちゃんとわきまえている。おそらく心の中では、全員が戦闘員Aと同じような感情を抱いているはずだ。だが、司令室内は普段と変わらぬ静寂に包まれていて、誰一人として動揺を態度に表している者はいない。デスガルム親衛隊の中枢を担う四人の連隊長たちも、連敗にうろたえるどころか、相手の想定外の強さを逆に喜んですらいるような様子で


「ふふふ。面白くなりそうだ」

「この星の奴らも結構やるじゃねえか」

「なかなか、骨のありそうな相手ですな」

「こいつぁ腕が鳴るぜ!」


 などと勇ましいことを盛んに口にしている。戦闘員Aは念のため、テレパシー通信装置がちゃんとミュートに切り替わっているかを再確認した。うっかり切り替えを忘れて、この心の動揺を周囲に発信してしまっていたら、彼は即座に軍規紊乱を問われて始末書だろう。


 だが、連隊長たちの余裕たっぷりの態度は全てが演技だ。彼らは背後から注がれる冷たい視線を恐れながら、楽勝ムードを必死に演じている。

 彼らが立っている場所の後ろには、総司令の席がある。そこに頬杖をつきながら退屈そうな顔をして座っているのが、我が軍の最高司令官、デスガルム総司令だ。


 デスガルム総司令は我が軍の最高権力者であり、彼自身が宇宙最強の戦力でもある。圧倒的な力を持つ彼に無能だと判断されてしまったら、四人の連隊長などはその場で即クビだ。だから連隊長たちも、何とかしてデスガルム総司令の機嫌を損なわないよう常に必死なのだ。

 デスガルム総司令は、この敗北にもほとんど感情を動かされない様子で、手にしたグラスをゆっくりと揺らしながら「ふむ」とだけつぶやいた。そのつぶやきが一体何を意味しているのか、きっと四人の連隊長たちは心の中で冷や汗をかきながら、懸命に推測をしているに違いない。


 惑星侵略を主要産業とする惑星軍事国家・デスガルムはいま、地球という水の豊かな惑星の存在に気づき、侵略を開始していた。

 デスガルム星は宇宙最強といわれる強力な軍隊を持ち、宇宙のあらゆる地域に遠征しては、各地で積極的な侵略を続けている。今回、地球の侵略を担当することになったのは、その中でも選りすぐりの戦士を集めた最精鋭部隊、デスガルム親衛隊だ。

 宇宙最強のデスガルム軍にかかれば、地球などは造作もなくあっという間に征服されるはずだった。ところがそんな彼らの前に突如、その野望を打ち砕かんと立ちはだかる謎の武装勢力が現れたのである。

 それが、「鉄壁戦隊ボウエイジャー」だった。


 現地の武装勢力「鉄壁戦隊ボウエイジャー」は、五名の人員で構成される戦闘部隊である。彼らの体色は個体の識別を容易にするためか、鮮やかな赤、青、緑、黄、桃色に塗り分けられている。

 彼らは大変不可解なことに、最初は非武装の民間人と同じ姿形をした状態で我が軍のカイジンの前に現れた。我が軍は当初これを、民間人が誤って戦場に紛れ込んだものと認識し、彼らに危害を加えないよう国際法に則った適切な行動を取った。


 ところがこの民間人五名は、カイジンを前にして横一列に整列し、左腕に装着した正体不明の装置を作動させた。すると、優秀な我が軍の科学部隊でもいまだに解析できていない謎の発光現象が発生し、五人の体は光に包まれて一旦見えなくなった。

 そしてその光が収まった時、非武装だった原住民たちは一瞬にして、宇宙の最先端をゆく第八世代軍事兵器の特徴を有する「鉄壁戦隊ボウエイジャー」に変身していたのである。


 この五人組の現地人武装勢力は、意味不明な民族舞踏らしきものを踊った後、自らが「鉄壁戦隊ボウエイジャー」であるとの声明をその場で発表した。そして、そのままデスガルム軍カイジン小隊を襲撃し、戦闘状態に突入した。

 その後、正味十五分間ほど続いた戦闘において、「鉄壁戦隊ボウエイジャー」は終始我が軍のカイジン小隊を圧倒し続け、そして最後には完全に殲滅させている。


 我がデスガルム親衛隊のカイジンが敵に全滅させられたのは、実に五年ぶりのことだ。これが一度の敗北で済めば単なる偶然と片付けることもできようが、「鉄壁戦隊ボウエイジャー」はその後に出撃したカイジン二小隊も全滅させている。これはもはや、偶然の勝利だと言うことはできないだろう。一刻も早くこの「鉄壁戦隊ボウエイジャー」の謎を解かなければ、きっと大変なことになる――戦闘員Aの長年の経験が、うるさく警告を発していた。


 戦闘員Aは、栄光あるデスガルム親衛隊にあって参謀を務める、ベテランの幹部戦闘員だ。彼の職務は敵の分析と作戦の立案を行うことにある。

 優秀な戦術家であり責任感の強い彼は、この十五日間ずっと、この謎の「鉄壁戦隊ボウエイジャー」の正体について昼も夜も分析と考察を続けてきたが、あまりにも不可解なことが多すぎて、全ては謎のままだった。


 侵略開始前の事前偵察の情報では、この「地球」には軍事史上の分類でいう第四~第五世代に該当する、きわめて原始的な軍隊しか存在していないはずだった。

 第四、第五世代の軍隊で主流だった兵器には、典型的な外見上の特徴がある。この世代の兵器は、周囲の風景に溶け込んで自らの身を隠すことで生存確率を高めるという古典的な戦術思想を採っているので、どれも灰色や緑色などの目立たない色に塗装されているのだ。

 攻撃に用いられるのは主に、精密性が低く目標物の周辺まで不必要に破壊してしまう、ミサイルやロケット砲といった非人道兵器である。また、敵に強奪された際のリスクの高さから現在では全く使われなくなった、化学兵器・核兵器などもまだ十分現役として使われている。


 また、この時代にはまだ瞬間物質転送の技術が存在していないので、戦地に直ちに駆けつける即応性が極めて劣っている。それを補うべく、この世代の兵器はやたらと数が多いのも大きな特徴である。

 当然のことながら、この頃には人体の強化改造技術もまだ存在していない。そのため、生身の人間が機械に乗り込んで戦うという、非常に不便で脆弱な方式で戦っている。結果として、一つ一つの兵器が必要以上に巨大である。


 事前の偵察で、地球の各地にそのような旧世代兵器の存在が多数確認されたことから、デスガルム軍の誰もが、侵攻すれば当然そのような原始的な軍隊が応戦に出てくるものと想定していた。それらが相手であれば、しょせんデスガルム軍の敵ではない。

 ところが、実際に侵攻を開始しても、そのような旧世代の軍隊は一つとしてデスガルム軍の前に現れてこないのだ。その代わりになぜか唐突に現れたのが、最新鋭の第八世代兵器の特徴を備えた「鉄壁戦隊ボウエイジャー」だったのである。

 あまりにも不可解で、理解に苦しむ状況だった。


 さらに戦闘員Aを悩ませたのは、彼らが使用する巨大ロボの存在だ。

 カイジンに特殊なビームを照射して巨大化させる「巨大化カイジン」は、この星のような未開の文明をもつ原住民に対する示威効果を期待して開発された軍事技術である。

 見た目は勇壮だが実際はハリボテのようなもので、パワー自体がそれほど上がるものではないため、実は巨大化カイジンはそこまで戦力の高いものではない。だが、このような未開の星を相手する際には、原住民を恐怖させ戦意を失わせるのに非常に効果的なので、膠着した戦線を打開すべく投入することが決まった。


 しかし、なんとこの「鉄壁戦隊ボウエイジャー」は、巨大なカイジンを目にしても一切驚くこともパニックを起こすこともなく、きわめて冷静に対巨大化カイジン戦闘にも対応したのだ。

 彼らは、どこからともなく五台の奇妙な乗り物を呼び出してそれに乗り込むと、それらを空中で複雑に変形させ合体させた。合体した五台の乗り物は、巨大化カイジンとほぼ同等サイズの巨大ロボとなった。

 なぜわざわざ五台に分割した状態で現れて、敢えて危険な敵の目の前で合体させたのか、その理由は未だに謎だ。彼らは、まるで巨大化カイジンの存在をあらかじめ知っていたかのように、用意周到に手際よく応戦し勝利したのだった。


 機械に乗り込んで戦うところなんかは、第四世代や第五世代的でもあるんだよなあ……戦闘員Aは首をひねった。

 人体の改造・強化技術のめざましい発達を背景に、第六世代以降の軍隊は、人体そのものを強化して戦闘力を持たせる方向に進化している。強化改造によって兵士一人一人が核兵器の直撃にも耐えるような硬い外皮を持ち、素手でのパンチが巡航ミサイルに匹敵する威力を持つようになった現在、わざわざ戦車だの戦闘機だのといった乗り物に乗り込んで戦うような無駄なことをする理由はひとつもない。

 最新型の第八世代兵器の特徴をもつ「鉄壁戦隊ボウエイジャー」を開発できるほどの技術を持っているならば、デスガルム軍の巨大化カイジンに対して、ボウエイジャー側も彼ら自身を巨大化させて戦うのが自然だろう。それなのに、なぜか彼らは巨大なロボットを戦場に送り込み、わざわざそれに乗りこんで巨大化カイジンと戦うのである。


 一体、彼らの技術は進んでいるのか遅れているのか。

 理解に苦しむことがあまりにも多すぎて、戦闘員Aは途方に暮れていた。


 無用としか思えない脆弱な接合部分だらけのその巨大ロボは、一見、その接合部分を攻撃すれば簡単に破壊できるかのように思えた。しかし、実際には接合部もかなりの剛性を有していた。

 我が軍の巨大化カイジンは巨大ロボとの格闘戦を試みたものの、三回とも五分程度のごく短い戦闘で、いとも易々と撃破されてしまった。そこまで戦力として期待してはいなかったのは確かだが、それにしても力の差があり過ぎる。

 一体この原始的な文明のどこに、「鉄壁戦隊ボウエイジャー」のような強力な軍事力を生み出すことのできる、高度な科学技術が潜んでいるのであろうか。


 三巡目の戦闘が敗北に終わったので、艦橋にある司令室で戦況を注視していた四人の連隊長たちは、それぞれの自室に戻ろうとしていた。

 連隊長たちはデスガルム総司令の手前、決して困ったようなそぶりを見せることはないが、内心の焦りはきっと相当なものだろうなと戦闘員Aなどは思う。

 何しろ、辺境の未開の星を相手に、ほとんど戦果を挙げることなくカイジン三個小隊を全滅させてしまったのだ。帰国後、まさか議会でデスガルム総司令の責任を問う者はいないだろうが、おそらくその分だけ、スケープゴートとして部下の連隊長たちが悪者に仕立て上げられ、後日、国民の批判にさらされることは確実だ。


 とはいうものの、カイジン三個小隊が撃破されたとはいえ、それらはしょせん軽装備の偵察部隊にすぎない。緒戦でのつまずきを、まだそこまで深刻に悲観することはないだろう。戦いはまだ始まったばかりだ。

 地球の動物で例えると、牛のような勇ましい姿形をしたドルカース連隊長が、「帰るぞ」と手短に言うと、司令室出口のドアに向かうために戦闘員Aの前を横切った。

 戦闘員は情報伝達の効率化と機密保持のために、意思疎通を全てテレパシーで行うように改造されている。声帯は機械化されていて威嚇音しか発することができない。

 戦闘員Aは素早く立ち上がると、鋭い身のこなしで敬礼のポーズを取り


「ギ――ッ!」


と儀仗用の威嚇音を発した。

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