3 お別れの時

 あれからよく一緒にいるのが多くなったきよみんと俺は、ついに周りの皆様に自分達の関係を言えるようにまでなった。勿論恋人ということなのだが……。

「結婚式! いつにする?」

 きよみんは物凄く積極的だった。

「そうだね!」

 俺の部屋で結構凄く乗り気で喋っていた。横で会話を聴いているミーちゃんとウリちゃんは、ゴロゴロと転がりながらお互いの尻尾を追いかけるようにしてじゃれついていた。この大天使猫達は可愛さ極まりないので、ニャーと鳴かれるとすぐにきよみんも俺も反応してしまう。

「にゃー」

 と一鳴きしてから、ミーちゃんは言った。

「康孝。所帯を持つとはどういうことか分かっているか?」

 突然の言葉に俺は押し黙りそうになった。しかし、頭の中では幸せな生活しか浮かばない。そこにウリちゃんがトドメを刺しに来る。

「清美は本当に良い娘だ。お前も今までよく頑張った」

 ウリちゃんは頭を前足で掻いてから次にこう言う。

「伴侶とするなら良き夫婦になるだろう。だがな康孝、お前はまっとうな人間にならねばならん」

 まっとうな人間……響き的には確かにいいがなにかがありそうだ。俺は咄嗟に今までのミーちゃん達との生活を思い出すことにした。

 まっとうな人間にするためにミーちゃんたちは度々俺を悪魔憑きの人々と相対させた。

 時にはこれでもかというほどメンチをきられて本気でビビっていたのを、ミーちゃんやウリちゃんがその人の悪魔を消滅させたりしてその後の正気になった人が意識をなくしている時に倒れそうになるのを体を支えたりして手伝ったりした。

 そんな繰り返しが続き、俺は町内で軽く有名になっていた。時には悪魔憑きだった人の身内からお礼を頂いたりして、ちょっと美味しいこともあったけど、やっぱり悪魔を消滅させているのはミーちゃん達だ。

 俺の力じゃない。そう思いながら、半ば自虐的に考えたりもしていたことを、この大天使猫達は知っていたのだろう。

「まっとうな人間な」

 そう一言つぶやき、俺はきよみんをじーっと見つめていた。

 守っていく人。その言葉が正しいのかは分からない。お互いが守りあっていくのが本当の夫婦だろうと考えていた俺は、ついにきよみんに言った。物凄くこの時、真っ赤な顔だった。

「きよ……清美さん」

 きよみんはキョトンとして俺を真正面から見つめてから言った。

「ど、どうしたの急に――」

 俺は清美さんを抱きしめて、そして少しして離れてから、清美さんの目を観て言った。

「け、けけけけけ、結婚しよう!」

「!」

 清美さんは嬉しさの余り声が出なかったと後に聞かされたが、その時は抱きついてうんうんと頭を縦に動かしていた。その出来事は、あの二匹の大天使猫達とのお別れの日を意味したことを、俺達はまだ気付いていなかった。


 婚約をし、大学も卒業して三年あまり経った。相変わらずミーちゃんとウリちゃんを可愛がりながら、バカップルみたいなことをしたり、とにかく今まで体験しようもないことを体験してきた。

 その度に大天使猫達にからかわれるのだが、もう慣れてきたその日。ミーちゃんは目の前にちょこんと座ってこう言った。

「今日は特別だぞ」

「え?」

 え? と反応したのは清美さんもだった。

「聴こえているな清美よ」

「ミーちゃんとウリちゃんが……喋ってる! 康孝さん!」

「う、うん」

 反応はそうなるだろうなと思っていた。清美さんに声を聴かせたということは、何かがあるのだろう。

「覚悟しているな康孝」

 ミーちゃんは言った。俺は……まさかと思った。しかし、そのまさかはウリちゃんが放つ言葉で現実になる。

「お前達二人のネグレクトからの脱却と改心は見事だった。もう、我々が猫として振る舞わなくても、お前達な二人なら、良き動物愛護者になれるだろう。」

 そんな……まさか――

 次のミーちゃんの一言で、清美さんは慌てていたし、俺も泣いた。

「立派になったな。今なら、我らがいた意味を理解できるだろう。我らが主は、お前達を許された。幸せになるのだぞ」

 そうミーちゃんが言った瞬間。目の前のミーちゃん達が凄まじい光を放ってそのまま羽のような物を背中から出し、去っていこうとした。俺は思わず言った、清美さんも言った。

「行くなよ! ミーちゃん!」

「行かないで! ウリちゃん!」


 数日間俺達は悲しみに耽っていた。そして、今までのことを思い出しながら、あの大天使猫達のいた意味をちゃんと理解し、滝崎さんに教えてもらい、保健所行くことにした。

「事情はよく分からないけど、猫の里親になりに来たんだね」

 道中でそう言ってから保健所に着くと、すぐ目についたのか滝崎さんは言った。

「今、その話を聞いてびっくりしてるんだけど、ほら、あのケージ観て」

「!」

 俺達は目を疑った。そこにいるのは、ミーちゃんとウリちゃんにそっくりな子猫達だった。

「み、ミーちゃん!」

 俺は嬉しさのあまりそう言ったのだが、ケージの中の猫達は、素知らぬ顔でじゃれついていた。

「滝崎さん! 私達、この子達の里親になりたいです!」

 清美さんが必死な表情で言った。

「話の事はよく分からないけど、そういうことなら! すいませーん!」

 滝崎さんは所員さんを呼んでいた。俺は本当に大丈夫なのかと思い、清美さんに言った。自分にも言い聞かせるように。

「清美さん! 待って!」

 俺は彼女の行動がどうしてそうなるのかは分かっている。そりゃあ、会えなかったんだ。このところずっと落ち込んでいた。そしてさっきの出来事。敢えて口に出さないでおこうと思ったが言った。

「あの子達は本物の猫だよ? 俺達が今まで飼っていたのは――」

「……解ってる」

 覚悟ができているんだなと思った。そうだな、腹を括ろう!

「分かった、俺も覚悟を決めた」

 そして保健所にいた大天使猫達に瓜二つのあの猫達を二人暮らしの我が家へ迎えた。

「こっちのハチワレはミーちゃん。こっちのサバトラはウリちゃん」

「そうだね」

 こうして、本当の猫達との生活が始まる。


「大変だけどさ、楽しいよ。ミカエル」

独り言を言ったその場は教会で、結婚式をあげる。


 ミーちゃん、ウリちゃん。俺達、夫婦になったよ。

 その後も子宝に恵まれ、俺達は幸せに暮らした。

「ありがとう」

 そうつぶやく空の下、あの大天使猫達を思い出しながら、そして同じ名前を付けたミーちゃんとウリちゃんと三歳になった息子と散歩しながら、俺達は笑顔で歩いていた。


「幸せでよかったな康孝」

「我らは常に共にある。胸を張って生きるのだ」

 ふと上空から声が聴こえた気がした。


 終

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ミーちゃんと俺 星野フレム @flemstory

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