悪役令嬢の国盗り物語〜チェスト公爵家を愚弄する者は許しません〜

アリス&テレス

第1話


「チェスト公爵家令嬢クラリス、貴様の罪をここに断罪するっ!」


 クラリスの婚約者である、ツエンベルト王家第一王子ラインハルト・ツエンベルトが、大きな声で言い放つ。

 場所は、王立貴族学園の卒業パーティー会場。

 先ほどまで、会場を優雅に踊らせた楽団の音楽は止まり、場内を静寂が支配する。

 貴族学園の卒業パーティーなので、その場にいた卒業生全員が、式典用の軍服仕立ての礼服に身を包み、学友との歓談をしていた姿のまま、全ての視線がこの場に集まっている。


「クラリス嬢、貴様の行った、タンゼント男爵家令嬢リリィ嬢への脅迫と、嫌がらせの数々、証拠は全て揃っておるぞ」


 背の高いラインハルト王子にしな垂れかかるように、大人しそうな少女が立っている。

 在学中、あざとい仕草で、男子生徒の寵愛を一身に集めたリリィ嬢であった。


 更にリリィ嬢の後、ラインハルト王子の周りには、側近生徒がずらりと並ぶ。

 近衛騎士団長の子息や、宰相の子息他、国家の重職を担う貴族の子息達だ。

 どの子息も、身長が高く、スタイルもよい。

 大貴族の子弟らしく、美しい顔立ちをした青年達であった。

 名だたる大貴族の子息達は、逃げ場を塞ぐようにその場を取り囲む。

 彼らの頭は、王子の決定を後押しするように頷き、公爵令嬢にプレッシャーを与えた。


 長身の青年達が取り囲んでいるのは、2人の美少女。

 少し気の強い性格が顔に出ているが、金色の瞳と美しい黒髪の美少女クラリス嬢。

 と、小柄なクラリスを支えるように、背が高く赤い髪の美少女が寄り添う。

 もう1人の少女は、侍女のベレッタ。ライトグリーンの瞳が印象的だ。


 クラリス嬢の勝ち気な金色の瞳は、同じ金色の瞳を持つラインハルト王子を、真っ直ぐに見つめている。

 彼女には、ラインハルト王子の言う罪に覚えが無い。

 えん罪で有った。

 哀れな少女達2人は、言い返す事も許されず、寿ぎことほぎの場であった卒業パーティーで、貴族生徒達の生け贄にされるのだ。


 側近貴族達に勇気づけられた王子は、公爵令嬢クラリスへの断罪を一方的に続ける。


「確かに、先代チェスト公爵家の功績は大きい。公爵の率いる部隊が全員討ち死にする活躍で、我が父、フリードリッヒ二世は、セイキガ草原の撤退戦を生き延びた。だが、その功績もこれまで。父上の許しも得ておる。正式に婚約破棄を行う事をここに宣言する」


 ラインハルト王子は、腰に差したレイピアを抜き、高々と掲げて婚約破棄を宣言した。


「クラリス嬢の悪行三昧を見れば、チェスト公爵家の功績話しにも嘘や、誇張が混ざっていたのであろう。それもこれまで。チェスト公爵家党首代行の貴様が追放になれば、チェスト公爵家は断絶となる。貴様らチェスト公爵家など国に必要ない、断罪だっ」

「「「断罪だ」」」


 王子の宣言によって、周りの生徒達も賛同して断罪を叫んでいる。

 公式の場での宣言だ、もう撤回も後戻りもできないだろう。

 公爵家ほどの大貴族を断罪するとは、幾ら王族でも無茶だが、王族が一度口に出した言葉は、無茶を承知で実行されなければ、国の軽重けいちょうに関わる。



 自分よりもずっと背の高い男子生徒達に囲まれ、絶望を味わっているはずのチェスト公爵家令嬢クラリスは、怯え……て、なんか無かった。


 美しい顔から想像できないような酷薄な笑顔を浮かべ、侍女のベレッタに微笑みかけていた。


「ベレッタ、こいは、チェスト公爵家を愚弄ぐろうするもんでごわすか?」

喪忍もすっ、愚弄ぐろうにごわす」

「そいは、しょうがなかなあ」

「しょうがなかです。お家もお取りつぶしでごわす。しょうがなかでごわす」

「あい、分かいもした、ラインハルトどん、おはんの肝心きもこころあい分かいもした」

 ……


 クラリス嬢の瞳に宿る殺魔サツマに射すくめられ、その場にいた、貴族子弟全員が凍り付いた。


 特にクラリスの目に睨まれたラインハルトは、虎の前に立つ子鹿のように、本能的な恐怖を感じていた。


 強烈な違和感。

 ……我々の知っているクラリス嬢は、どこにいった? この違和感は何なのだ?

 普段の学校生活において、クラリス嬢はおしとやかな標準語で話しをしていたはずだ。

 今の彼女は、チェスト地方の強い訛りを使っている。

 強烈な違和感を前に、会場にいた全員の理解が追いつかない。


 場を支配する雰囲気を一切意に介さず、クラリス嬢が動いた。

 ……シューッツ。

 小柄で可憐な美少女が、礼服の腰に着けたレイピアを抜き放つ。


 ニヤリッ!


 クラリスの美しい顔に、壮絶な笑顔が浮かぶ。

 細身のレイピアを肩口に立て、蜻蛉トンボに構えた刹那、裂帛の気合いがほとばしった。


「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 裂帛の気合いと共に、チェスト次元流の猛烈な打ち込みが、ラインハルト王子の左肩口から袈裟切りに打ち込まれた。


 ザグッ、バギンッ!


 細身のレイピアは、ラインハルト王子の鎖骨を断ち割った所で、クラリス嬢の望外な膂力に耐えられず、バギンとへし折れた。

 ラインハルト王子は、その手に抜き身のレイピアを持っていたにも関わらず、1mmも動けず、試し胴の如くに切られたのだ。


「ゴプッヒッヒギップヒグウググ……」


 ラインハルト王子は、大量の血が噴き出し膝をついた姿で、血の泡と供に悲鳴ともうめき声ともつかない声を上げている。

 周りを囲んでいた貴族子弟達も度胆どぎもを抜かれ、呆然としている。


「ベレッタア、かー、こいレイピアは、ほんにオモチャのこつある。ポキッと折れよった。おはんの腰のものば寄こせ」

「※喪忍もすっ」

 ※喪忍もすとは、チェスト公爵領地方で、上役からの命令をしてしのぶ=死して忍んででも命令を果たすと言う意味である。


 侍女のベレッタが、腰のレイピアを抜いて、クラリス嬢に手渡す。

 生気を失ったラインハルト王子の顔が、恐怖に引きつったままクラリス嬢を見る。


「ラインハルトどん、苦しませてほんに申し訳なか、破棄されたっど、元婚約者、カイシャクすっど」


 ヒュッ…ポンッ!


 青竹を切った時のような音がする。

 ラインハルト王子の首が宙を舞った。

 王子の後にいたリリィ嬢は、腰を抜かせて失禁している。


「さて、ベレッタどん、用は終わりもした、帰っど」

喪忍もすっ」


 2人の美少女は、スタスタと歩き出す。

 ようやく我に返った貴族子弟の数人が動いた。


「きっ貴様あああ、ラインハルト王子をよくもおおおおおおお」

「んっ?」


 クラリス嬢の前に立ったのは、近衛騎士団団長の息子、シュタルト・バーンシュタインだった。

 シュタルトも、自分の腰からレイピアを抜刀した。

 その動きに、侍女のベレッタが反応する。


「かー、裏なりびょうたんのくいに、腰のもんば抜いてクラリス様の前に立っとは、太か肝ばい」

「何だと、貴様侍女のくせn…」

「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 バゴーン!


 シュタルトは、最後まで喋ることが二度とできなくなった。

 顔面が半分まで陥没した状態で、壁まで吹っ飛ぶ。

 見事な右ストレートを放った姿で立つベレッタ。

 周りにいた生徒達が慌てて後ずさり、美少女2人の道を開いた。


 直後、中の騒ぎを聞きつけて、会場警備の騎士達がなだれ込んできたが、チェスト公爵家のクラリスとベレッタの2人は、騎士から剣を奪い、血路を開いて脱出に成功した。



★王都を逃れて山中


「かー、近衛騎士ども、チェストへの道ば塞ぎ、鉄砲矢玉ん撃ちかけてきよった」

「クラリス様の近衛107人切りで、奴らんフグリば、縮み上がらせよりもはん」

「かかかっ、ベレッタ、おはん、良う数えもしたな。おいは10人までしか数えとらなか」

「侍女にごつ」(訳:侍女だから主人の功績を数えたりサポートするのは当然です)

「まっこてよか侍女にごつ」(訳:貴女は本当に良い侍女ですね)


 王都を脱出したクラリスとベレッタの2人は、チェスト領への道中を封鎖され、領とは逆方向の山中を彷徨っていた。


「ベレッタ、そろそろ飯にすっか」

「さようでごわす、しっかし、どこんで飯を調達しもそうか」

「山の中やい、獣ば狩りもそか」

喪忍もすっ……っちゆうたもんの、獣の気配もあいもうはん」

「困ったの」

「困いもした」


 ガサッ!


 その時、横合いの茂みから何かの気配がした。

 少女2人は、熊でも出たか。と期待した。

 が、違った。


「おおっと、待ちなあ。こんな山ん中で可愛い貴族の娘が道に迷ったのかな」

「へへっへ、兄貴、こいつあ上玉だ」

「仲間を呼んでこい、良い獲物が手に入ったぞ」


 盗賊だった。

 クラリスと、ベレッタの2人は、お互いの顔を見て弾けるような笑顔になった。



★数時間後


「飯がまずい」

「飯の炊き方を分かっとりもはん」


 山中で盗賊と出会ってから、数時間後。

 全員顔面をフルぼっこにされた100人近い大盗賊団のアジトで、飯の炊き方に文句をつけいている2人の美少女がいる。

 最初に出会った盗賊を捕まえ、アジトに案内させたクラリスとベレッタの2人は、すぐさまアジトを制圧。

 盗賊全員を屈服させていた。


「ベレッタ、こいだけ兵児へこがおいば、充分たるか」

「クラリス様、こい兵児へこは弱兵過ぎて、使いもんになりもさん」

「鍛えっか」

「鍛えもそ」

 ……

「あ、あのおー」

「んー?」


 2人の会話を遮ったのは、大きな身体を小さくさせている元盗賊団の頭目であった。


「あのお、宜しいでしょうか? 我々を鍛えてどうなされるおつもりなのでしょうか?」

「んー? 決まっちょる。こい国ば盗る。ツエンベルト王の首ば獲るつもりじゃ」


 クラリス公爵嬢の黒髪がさらさらと流れ、美しい笑顔の瞳にキラキラとした物が浮かぶ。


 ……本気だ。

 盗賊団の頭目は、悟った。

 とんでもない話しである。

 10年前の大戦で、大きな負け戦を経験したツエンベルト王国だが、それでも周辺国の中で圧倒的な大国である。

 兵力も10万を超える大軍を擁するツエンベルト王家を相手に、国盗りとは……


「お、お嬢様方、お考え直しを。相手は10万の兵のツエンベルト王国です。たった100人で何ができますか?」


 頭目の必死の訴えに、周りの盗賊達も頷いた。

 その様子を、先ほどの嬉しそうな目から氷のような目に変えたクラリスが見ている。


「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 クラリスの咆哮と供に、腰の大剣が抜かれ、盗賊頭の胴体が両断された。


 シュルシュルシュル…ドサッ!


 回転しながら飛んでいった頭目の上半身が、盗賊達の真ん中に落ちる。


「おいの兵児へこに、オナゴはいらんっ! 1人で1000人倒せばよか話しばい。計算もできん呆けもんが」


 この瞬間より、盗賊団はチェスト公爵家クラリス直下兵児へことして生まれ変わったのである。



★月日は流れ、半年後


 クラリスと、ベレッタによる、チェスト次元流剣術の指導が行われ、命を捨てる代わりに、相手の命を奪う苛烈な剣術が叩き込まれた。


「おはんらには、二の太刀は無かっ、一の太刀に全てを込めてチェストルでごわす」

「「「喪忍もすっ!」」」

「おはんらのたまの使い道、チェスト公爵家に預けたもっそ」

「「「喪忍もすっ!」」」


 激しい鍛錬であった。

 鍛錬と、他盗賊団征服で、最初に居た盗賊の内、半数が死亡し、代わりに精鋭が残った。

 やがて、他盗賊団や傭兵団から吸収併合した数も含めて、1000を超える兵児へこの群ができあがっていた。


 もちろん、脱走する隊員もいたが、ベレッタの手によって捉えられ、隊の看板の横でチェスト公爵領名物、チェストの首飾りにされて、他の脱走兵を防いだ。



★更に月日は流れ、1年後。


「もうよか、力はつきもした、敵の大将ば首取りに行きもそ」

「クラリス様、よか考えばい、もう本国のチェスト兵児へこ共には、クラリス様の婚約破棄の騒動が伝わっちょりもそう」

「む」


 街へ出させた密偵からの情報では、昨年クラリス達が断罪された直後、チェスト公爵家を取り潰そうと、近衛騎士団がチェスト領に使者を送っていたのだが、チェスト公爵領を任せていた家老のセバスが使者を切り捨て、交渉は決裂していた。


 準備が良すぎた。

 ツエンベルト王は、早い段階からチェスト公爵領を取り潰す計画を持っていたのだろう。

 それから約一年、チェスト騎士団と王立軍が、領境で睨み合っている情報を得ている。

 留守を任されたセバスも、王都で何が起きたのか分からないままチェスト騎士団を動かしたのだろうが、そろそろちゃんとした情報がチェスト公爵領にも入っている頃合いだろう。


「じきにチェスト兵児へこ共が、領境で蓋ばしちょる王都近衛騎士団をぶちくり抜いて、王都まで押し寄せもそ」

「む」

「ここの兵児へこは、本国のチェスト兵児へこに劣りもそうが、充分にごわす。勝機でごわす」

「む。聞いちょりおったか、兵児へこども、これより王都へと進軍しもっそ」

「「「喪ー忍もーすっ!」」」


 クラリス率いる兵児へこどもは、まず近隣の王立軍駐屯所を襲って、鉄砲と矢玉を手に入れた。

 武人としてのクラリスはバカ太モンであったが、武将としてのクラリスは蛮勇ではなかった。

 自らの数の不利を自覚し、虎の如く慎重に狡猾に立ち回った。

 以後、徹底したゲリラ戦法で、散々、王立軍を打ちのめした。


 だが、王立軍もただではやられてなかった。

 クラリスの挙兵から三カ月、形勢は逆転していた。


 クラリスの挙兵からすぐ、王都近郊を荒らし回る賊軍の将が、あのチェスト公爵家クラリスと知ったツエンベルト王は、激怒した。

 直ちにチェスト公爵領境を包囲する兵の一部を解き、王都近郊の軍を集め、3万の討伐軍を編成。

 ツエンベルト王自ら率いる3万の討伐軍で、クラリス達を襲った。


 チェスト魂を注入された兵児へこが例え精鋭であろうと、数は数、千の兵は、千であった。

 クラリス達は、徐々に押され始め、敗戦につぐ敗戦が続く。

 やがて、クラリス達は、追い詰められ、最初の根城だった山で包囲されてしまった。




「かー、壮観じゃのお」

「クラリス様、まっこてごつ」


 彼女達は、クラリス軍本陣にしていた洞窟を出、山を包囲する討伐軍の群を眺めた。

 麓付近に、王旗が立っている、アノ場所がツエンベルト王がいる本陣だ。

 早朝、敵本陣から、大軍が動いた。

 切り立った谷底を通る山道を、討伐軍本隊1万が、決戦を挑もうと登ってくる。

 10000人が一度に動く様は、壮観の一言であった。


「ベレッタどん、もうこの辺で良か」

喪忍もすっ」

「後の事は、おはんに任せちゅうど」

喪忍もすっ」

「頼んだ通りにやってくんやい」

喪忍もすっ」

「じゃあ、おいは、1人で行ってくるで」

「クラリス様、ご武運を」

「かかか、おいには、熱かチェストの極太肝っ玉が残っちょる。心配いらん」


 国王軍から奪った騎士甲冑を装備したクラリスが、馬に跨がる。

 赤い羽根飾りを着けた一騎の騎士が、颯爽と駆けだした。

 供回りは、無し。

 クラリス1人での出陣である。

 後を任された、ベレッタが、兵児へこたちに合図をして、本陣から立ち去っていく。


 クラリスは後も振り返らず、山道を駆け下りた。

 その瞳には燃えたぎる炎が灯っていた。


「ここいらで、よかばい」


 クラリスは、駆け下りた馬を止めた。

 クラリスは一騎、谷底を登ってくる一万の兵を待ち受けた。




 やがて、登ってきていた、討伐軍の先鋒が、クラリスの姿を視認して、軍が止まる。

 両脇が切り立た崖になった狭い隘路あいろである。

 最も狭い場所に立ち塞がり、討伐軍を待っていた騎士を見て、討伐軍の騎士達が唸った。

 狭い隘路あいろは、軍が散開して包囲をするには、難しい地形だ。

 精々、一度に掛かってこられるのは、5人がいいところ。

 いや、剣や槍を振り回すなら、3人か。

 クラリスは、地形を利用して大軍相手に闘おうとしていた。


「おおおお、来よったか、王都の弱虫ども。おいは、チェスト公爵家が長女、クラリス。名を上げようと思う武者がおらば、かかっちまいれ」


 大音声である。

 討伐軍は、震えた。

 10000対1

 気の確かな人間のやることでは無い。

 だが、明らかに、圧倒されていた。

 1人の少女を前に、一万の兵が圧倒されていた。

 ……これが武威か。

 討伐軍に参加していた若騎士達は、戦慄をしていた。


 やがて、討伐軍1万の中央が割れ、中から1人の騎士が出てきた。

 近衛騎士団団長、ミッターマイヤー・バーンシュタインであった。

 彼は、討伐隊本隊1万を任された将だ。

 かつて、侍女のベレッタが、卒業パーティー会場でボテ喰らした、シュタルト・バーンシュタインの父親でもある。


「そこに居るのは、チェスト公爵家の令嬢、クラリス殿か」

「おはん、耳は大丈夫か? おいは最初からちゃんと名乗っちょるでないか、聞いちょらんのか」

「くっ。我が国を騒がす大罪人……そして息子の仇、貴様如きを切れば、騎士の剣が穢れる」


 近衛騎士団長が、クラリスに向かって吠えた。

 彼は、これまでの戦いで、自分の部下達を何人も、この少女に葬り去られていたのだ。

 一騎打ちなど、論外であった。


「おうおう、したば、いかもする? おいどん1人に、精鋭騎士達が情けないこつじゃ」

「くっ、黙れっ! 貴様は騎士ではない、罪人だ。罪人相手には……鉄砲隊、前へ」


 ザッ!


 鉄砲隊が、最前列に出てきて、整列する。


「鉄砲隊、構えっ!」


 ザッ!


 鉄砲隊の構える姿を見て、クラリスは、もうここまでと悟った。


「ふう、ここまでのようじゃの」

「くくくくくくっ。クラリス殿、最後の言葉を聞こうか?」

「おう、もうよかっ。ちょっと遊ぼうち思っとったのに、つまらん奴ばい。よかよか、もう目障りじゃ」

「はああああ?」


 近衛騎士団長、ミッターマイヤー・バーンシュタインが首をかしげた。

 そして、同時に、クラリスが槍を立てたのを合図に、両脇の谷から轟音が鳴った。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ガラガラガラガラガガラ……

 ザザザザザザ……


 先頭に並んでいた鉄砲隊が、両崖の上から落ちてきた土砂と、丸太に潰されていた。

 どうやら、騎士団長のミッターマイヤーも潰されたようだった。


 討伐隊の本隊は、大混乱に陥った。

 将軍であった、ミッターマイアーが丸太と土砂の下敷きになり、行方不明。

 近くにいた副官も巻き込まれたらしく生死不明で、指揮系統が混乱している。

 実は、この時点で、討伐軍最後尾にも大量の土砂と丸太が降ってきていたが、隊列が伸びすぎていて、伝令が届いてこなかった。


 ……おお、慌てちょる慌てちょる。

 クラリスは、坂の下で右往左往している討伐軍本隊を眺めながらニヤニヤしていた。

 ……ん?

 崖の上から、大声が聞こえてきた。


「クラリス様ー、ご無事でー」

「おー、ベレッターようやったー」


 クラリスが槍を振って答えたのは、ベレッタと、兵児へこたちであった。

 ベレッタが、クラリスの無事を確認して、兵児へこへと次の指示を出す。


逆茂木さかもぎ

喪忍もすっ」


 ザザザザザザ……


 混乱して右往左往している討伐軍の上に、丸太から切り落としていた、大量の枝が投げ込まれる。

 枝は数日前に切られていたため、葉っぱは枯れ葉になり、良く乾いていた。


「油」

喪忍もすっ」


 続いて、油の瓶が崖下に投げ込まれていく。

 ……!

 この時点で、討伐軍の兵士達は、気がついた。

 ……火……ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい……


「に、逃げろ、前だー」

「いや、前はふさがっている、後だ」

「いや、後もふさがっている」

「う、うわあああああああああああ」


 大混乱の中、ベレッタの号令が、崖上から響いた。


「火を投げ込め」

喪忍もすっ」


 ヴォン!


 大気が揺れた。

 あっという間に拡がる炎。

 炎の中で、蠢く兵士。


 熱気と陽炎を見つめるクラリスの目は、歓喜に震えていたが、すぐに行動に移った。


「ベレッタっ!」

喪忍もすっ」


 崖の上からの返事。

 クラリスは、すぐに隘路からの間道に入り、ベレッタ達と合流する。

 崖の上に上がり、麓を見た。

 崖から見える、敵討伐軍の全隊の布陣は、大混乱に陥っている。

 今燃やした本隊は1万。敵の残りは2万。

 山全体を包囲するために、軍を分けているので、ツエンベルト王の居る敵本陣に残っているのは5千が良いところだ。


 クラリスと、ベレッタは互いに見合い、笑った。

 今残っている兵児へこの数は、800。

 ……充分じゃ。


兵児へこども付いて参れ、間抜け顔の首ば獲って、チェストの首飾りにすっど」

「「「喪忍もす」」」


 敗戦が続いたとはいえ、ここまで生き残った精鋭だ。

 本国のチェスト兵児へこには敵わないが、頼れる兵児へこに育った。

 ……充分じゃ。


「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオ」

「「「「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」


 800の兵児へこの咆哮が熱い塊となって、山から駆け下りていく。


 敵本陣の前に並んだ、ぬるい防御陣を打ち破って、本陣奥へと踏み込んだ。

 呆れたことに、先ほどまで本陣内部では、祝勝会を開いていたようだ。

 大貴族達と供に、ツエンベルト王が逃げ出していく。


 ツエンベルト王が率いる討伐軍は、完全に崩壊していた。


 クラリス達は、追撃を開始した。

 次々と、敵の首を刎ねながら兵児へこたちは進んだ。

 だが、徒歩の兵児へこと、騎馬に跨がった敵の首脳陣。

 クラリスは、焦った。

 街道を行く敵との間は広がり、このままでは逃がしてしまう。

 ……深追いはせず、兵児へこどもを休ませるべきか?

 クラリスが次の手を考えていた時、前方の彼方から砂塵が舞い上がっている。


 ……敵の救援か?

 もし敵の救援なら、後方の残軍との挟撃で、逆にこちらが包囲殲滅させられる危機だ。


 ……良いところまで行きよったが、おいの国盗りもここまでじゃったか。

 どうやら、ここまでのようだと思ったら、敵国王達も立ち止まり、右往左往しだした。


 ……どういう事じゃ?

 前方の砂塵が近づいてきて、ようやく分かった。


 チェスト公爵領の旗がたなびいている。

 旗の周りには、大量のチェストの首飾り。

 砂塵の中から現れたのは、クラリスの生まれ故郷、チェスト公爵領のチェスト兵児へこ達2万の姿であった。




 クラリス率いる兵児へこと、本国からのチェスト兵児へこ2万に挟まれ、ツエンベルト王が降伏をした。

 ここに、チェスト公爵令嬢クラリスの国盗りは成ったと言っていい。


 チェスト公爵領からほぼ全ての若男衆が、チェスト兵児へことなり国元を経ったのは、約三ヶ月前。

 チェスト公爵領の党首代行であるクラリスの婚約破棄から、逃亡劇、そして決起までの経緯が領内まで入るようになり、即断即決、速出発。

 迅速な行動であった。


 国元の家老をしていた、執事長のセバスの号令の元、チェスト兵児へこが編成され、王都を襲ったのだ。

 あまりに速い侵攻速度の為、王都陥落の報は、討伐軍を指揮するツエンベルト王の元まで届いてなかったようだ。


 兎に角、全ては終わっていた。

 すでに王都は、チェスト公爵領のチェスト兵児へこが押さえている。

 王の他、名だたる大貴族も全て捉えた。




 戦後処理は、苛烈であった。

 王族全てを処し、無能貴族を大量に処分した。

 勿論、卒業パーティーの席で、チェスト公爵家を愚弄した生徒への断罪は速やかに行われた。

 多くの元同級生達の首飾りに見守られながら、チェスト王国建国の儀は執り行われ、クラリス大王が即位した。


 クラリスの国盗り物語りは、こうして終わった。


 この後、近隣諸国を落とし、大陸全土を征服するまでに、幾つもの物語はあったが、その話は、別の物語である。


 チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

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