少女、霧の遺跡の奥で
「始祖たる力・堅牢たる守り」
リリィはウォーティから教えてもらった結界を破る魔法で先制をしようとする。
しかし、ここは水の精霊がいる遺跡。相手の攻撃の要となる水は豊富に存在していた。
「させるか!」
アビーは亀の甲羅の部分に空いた穴から射出してくる水の砲丸を、全て叩き落としていく。
「いってぇな。でも行かせるわけにはいかねぇ!」
魔法を剣で叩き落としていくいる状況に近いため、相手の水の砲弾を落とす度に、アビーの腕に痛みが走っていた。
「撃ち砕け・元素の破槌・エレメンタル・デストラクション!!」
そこでリリィの魔法が完成する。リリィの手の先から光が一直線に伸び、相手の結界に当たると、そこを起点に結界が崩壊していった。
「・・・・・・・」
「今度はこっちの番だ!」
結界を破られた様子を見ていたナハトは表情も変えずに、相変わらず亀の甲羅の上に立っている。
そんな中、結界が消えたことを確認して、アビーは剣に火の魔石を入れて突っ込んだ。
「おら!!」
アビーの掛け声と共に剣から炎が吹き荒れ、ナハトが立っている亀の甲羅付近に叩きつけた。
「あまい」
「なんだと!?」
炎の中から漆黒の剣が出て来て、アビーに襲い掛かった。アビーは何とかそれをバックステップで避けると、追いかけるように、ナハトが追撃を仕掛けてくる。
「くっ!まだ・・・だ!!」
アビーは空中に身を投げて、ナハトの攻撃を切ろうとする。ナハトは何故かアビーを追うのをやめて、様子を窺っていた。
「やばっ!!」
アビーはそこで自分の判断が間違っていたことに気付く。
アビーは宙に躍り出た場所は亀の兵器の砲台の目の前だったのだ。
「水よ・風よ・連なれ・仇名す者に・氷獄を・アイスプリズン!!」
砲台から発射される前にリリィのアイスプリズンが砲台に絡み付いた。
相手が大き過ぎるため、動きを止めるまでは至らなかったが、発射までの時間を稼ぐことに成功し、アビーは何とか地面に着地することが出来た。
「サンキューな!」
アビーがお礼を言うのと同時にアイスプリズンは砕かれ、在らぬ方向へと水の砲弾が飛んで行き、遺跡の壁を破壊した。
「・・・・・・・時間か」
その隙を見て、ナハトは兵器の上から飛び降り、兵器の後方にある通路に向かって走り出す。
「逃がすか!」
それに気が付いたアビーは追いかけようとするが、兵器がその道を塞いでしまう。
「アビーさん!離れてください!風よ・水よ・連なれ・仇名す者・打ち砕く・雷槌を下せ・トールハンマー!!」
リリィの出した雷魔法はアビーを避けるようにして、兵器に襲い掛かる。幾ら体が大きくても、雷なら全体的に攻撃が満遍なく広がると考えたのだ。
リリィの考えた通り、亀の兵器の内側にも電気が通ったらしく、煙のようなものが、甲羅の隙間から出てくる。
「アビーさん、ナハトを追ってください」
「お前を置いていけるか!」
「私は大丈夫です。アーシーもウォーティもいます」
「・・・・・・わかった」
「もし相手があれ使ったら遠慮しないで使ってくださいね」
リリィは今朝、アビーにあるものを渡している。それがあればナハトにも対抗出来るはずなのだ。
「すぐ追い付いてこいよ」
「はい、もちろんです」
アビーは動こうとしている亀の兵器の脇を駆け抜けていった。
「リリィ、勝算はあるのか?」
「申し訳ないけど、私はあまり魔力は残っていないわよ?」
リリィの指輪からアーシーとウォーティから声が聞こえてくる。
「勝てるかはわからない。でもここでナハトを逃すと嫌な予感がするの」
「リリィ!下よ!」
「っ!?」
リリィはウォーティの声を聞くと同時に後ろに跳んだ。
すると、リリィがいた場所から水柱が噴き出してきた。
「ど、どうやって」
リリィは亀の兵器の方を見る。しかし、感電してからカタカタと音は聞こえるが、本体は動いていない。
「後ろだ!」
「っ!?」
次はアーシーの声で横に跳んだ。すると、後ろにある壁から突然、水鉄砲が飛んで来た。入ってきた入り口の付近に当たりがらがらと音を発てて壁が崩れた。
「これって」
リリィは部屋の中を見渡す。先程まで壁だったところから、砲身のようなものが、幾つも生えていた。
「我を・守る・盾となれ・マジックシールド!」
リリィは360度全方位を守る魔力による障壁を発生させる。障壁なら詠唱しないでも出せるが、強度に脆くなってしまうので、今回は詠唱を使用した。
障壁を作った後に、至るところから水の弾や砲弾が発射され、障壁に当たり始めた。
「リリィ、この部屋から出たほうがいいわ!」
「で、でもどこから」
入ってきた入り口付近は先程の攻撃で崩れてしまっている。ナハトが逃げていった通路の前には亀の兵器がいる。他に出口らしい出口はない。
「リリィ!」
「っ!?」
リリィの腕に一筋の傷が走る。障壁には小さい亀裂が入っており、隙間から攻撃が入ってきたようだ。
「大丈夫か?」
「う、うん」
アーシーか心配してリリィに話しかけてくる
(このままじゃダメだ。何とかしてこの攻撃の嵐を・・・そうだ!)
リリィが考えている内に、障壁には次々と亀裂が入り、リリィにも傷が増えていく。
「大いなる水の精・契約に従い・力を示せ・静かなる意志・我が意志に共鳴せよ・水の旋律・アクアメロディナンス!」
リリィはウォーティに教えてもらった魔法を唱える。これは水を一定時間操ることが出来る魔法だ。
相手の攻撃は水を使ってのもの。リリィはこれで敵から武器を取り上げようとする。
「量が・・・多い・・・」
相手の攻撃に使う水は部屋外にもたくさんあるようで、リリィの制御できる水の量を超えていた。
「・・・・でも・・・・負けない!」
リリィは声を出して気合いを入れる。すると、周りの壁から破砕音が至るところから聞こえてきた。
それと同時にリリィの障壁も破壊されてしまう。
しかし、リリィに攻撃が届くことはなかった。
「・・・・・・・助かったの?」
リリィは周りを見渡すと、壁から生えた砲身は尽く破壊されていた。
終わったと思ったら、リリィは腰が抜けたのか、その場に座り込んでしまう。
どうやら気合いを入れた一瞬で、水の制御をこちらのものにして、内部から破壊したようだ。
「リリィ、流石ね。私もまさか部屋全体が兵器と繋がっているなんて思ってもみなかったわ」
「私もダメかと思いました」
「それより早くナハトやらを追った方がいいのではないか?」
ウォーティと話していると、アーシーがまだ終わっていないことを教えてくれる。
「そ、そうだ!早く追わないと!・・・あ、あれ」
リリィは急いで立ち上がろとしたが、上手く立ち上がれなかった。
「む、リリィ、そのままじっとしていろ」
「う、うん」
リリィはアーシーに言われるがままにじっとする。すると
「立ってみろ」
「あ、立てた」
さっきは力が全く入らなかったのに、今はすんなりと立ててしまった。
「リリィ、先を急ぐのではないのか?」
「あ、そうだった!」
リリィは急いで兵器の脇を通り、通路の奥へと走っていった。
「優しいのね」
「ほっとけ」
ウォーティの言葉にアーシーは少し照れ臭そうに呟いていた。
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「・・・しつこいな」
ナハトは狭く暗い通路をかなりの速度で走っていた。
「待ちやがれ!」
後ろからはアビーの声が響いて聞こえてくる。
「仕方あるまい。闇よ・仇成す者・切り裂く・刃となれ・ダークエッジ」
ナハトは後ろに向かって闇魔法を発動した。
暗闇の狭い通路の中、闇の刃がアビーに向かって複数放たれた。
「ぐっ!」
後ろから痛みに耐える声と共に倒れるような音が響いた。
「止めを刺しておくか」
ナハトは立ち止まり、後ろに向かって再び闇魔法を発動するのだった。
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「ぐっ!」
アビーは何かの気配を感じて、身体を反らして紙一重で闇魔法により放たれた斬撃を回避していた。とはいっても、致命傷の傷には至っていないという意味で、腹の辺りに痛みが走る。
「今のは魔法か?」
風の流れや音を感じなかったところをみると、今の攻撃が風属性の魔法ではないことがわかる。
「・・・闇属性か」
これだけの暗闇なら闇の攻撃は見えづらい。それならこの攻撃に納得が出来る。
「ならこいつで」
アビーはある魔石を取り出し、剣の柄に入れた。
「っ!?」
アビーは反射的に剣を振るった。
すると、刀身が淡く光りだして闇の斬撃を全て叩き切った。
「よし、これならいける」
アビーは淡く光る剣を見て呟いた。
すると、先の方から足音が遠退いていこうとしていた。
「この状態が続く間にけりを付けねぇとな」
アビーは再び、ナハトを追って走り出した。
暫く走っていると、出口なのか、先の方から茜色の光が差し込んできた。
「外・・・か」
そこは夕陽に染まる広場のような草原だった。広場の周りには木々が生い茂っている。
明らかに自分達が入ってきた遺跡の入り口とは違う場所だ。
「追いかけっこは終わりか?」
その広場の中心辺りで佇むナハトに、アビーは言葉を投げ掛けた。
「・・・・・・遅かったか」
「なに?・・・・・・っ!?」
アビーはナハトの視線の先を見て絶句した。
「お前達と遊んでなければ間に合ったものを」
「・・・・・・・・・・」
アビーはナハトに何を言われても答えることが出来なかった。いや、目の前で起きていることが理解出来ずに考える余裕がなかったのだ。
「アビー・・・さん・・・・・」
そこにリリィも追い付いてきた。リリィもアビーの視線の先を見て固まってしまう。
どれぐらいそうしていただろうか。思考が出来るようになると、アビーは何かぶつぶつ言っているナハトに詰め寄ろうとする。
「おい!ナハト!!どういうことだ!!」
「巫女が先・・・・いや、それでは負荷が・・・・・・、やはり弱らせるしか・・・・」
「聞いてんのか!!」
「黙れ。今対処法を考えてる」
ナハトはアビーにそう吐き捨てて、再び思考に没頭を始めた。
「アビーさん・・・・あの方向って」
リリィも思考が戻ってきて、アビーに尋ねた。
「ああ、恐らくルインの辺りだろうな」
「で、でもなんであんな・・・あんなものが宙に浮いてるんですか!?」
「こっちが知りてぇよ!!」
アビーとリリィが見たもの。
それはルイン付近の上空に浮かぶ、黒い太陽のようなものだった。
黒い太陽の様な物は黒い霧を振り撒いていた。
「あれは憎悪の念の塊の様な物だ」
「憎悪の・・・念?」
「そうだ。あれが出てしまっては我々の計画も無駄になった」
「計画?」
ナハトがいきなり話してきた。
「そうだ。リリィ、お前は古代の巫女の戦いの話を知っているか?」
「は、はい。あの光輝の巫女と闇夜の巫女の戦いのことですよね?」
「ほう・・・。光輝よ闇夜の巫女ということも知っているのか」
ナハトはリリィが巫女のことを知っていることに、少し目を見開いて驚いていた。
「ナハト、あなたが知っていることを教えてもらうわけには・・・」
「・・・・・そうだな。代わりにお前が連れている精霊と話をさせてもらおうか」
「っ!?・・・・・・・わかりました」
リリィは精霊のことを知っていることに驚かされたが、ナハトの様子も少し慌ただしく感じ、アーシーとウォーティとの対話することを許可するのだった。
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「・・・・・クリス・・・ティア・・様」
「隊長!しっかりしてください!何があったのですか!」
突然、上空に現れた黒い太陽。
ハンター協会の一角にある聖都アナスシアの聖女クリスティアの部屋がある建物での爆発。
それに気が付いたセレナは慌ててこの場所を訪れた。
「隊長!ロイス隊長!!」
「・・・・セレ・・ナ・・・。クリス・・ティア様・・・は・・・・」
「ここにはいません!何があったのですか!!」
セレナが駆けつけた時にいたのは、崩れた建物と大きなクレーターの真ん中で倒れるロイスの姿だった。
「・・・・・アリ・・アは・・・」
「アリアは隊長と一緒にいたのではないのですか!?」
アリアはロイスと一緒にクリスティアの警護に当たる予定だったはずだ。今日アリアが出掛ける時に自分に言ったのだからセレナは覚えている。
「・・・・・・・・・そう・・か・・・」
「隊長?隊長!!」
ロイスは気絶してしまったようだ。心臓は動いているので死んではいない。
「は、早く治療をしないと」
セレナはロイスを動かそうとするが、一人の男を運べるほどの力は無い。そこで騒ぎを聞いて駆けつけた人々に頼んで一緒に治療室へと運び出すのだった。
「・・・ここで何が起きたの?それにあの黒い太陽のようなものは・・・」
セレナは上を見上げる。そこには黒い霧を漂わせる黒い太陽が浮かんでおり、この世の終わりを連想させるようだった。
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