少女、霧の遺跡へ

 リリィとアビーは歩き続けて、陽が落ちる頃に小さな集落のような場所を訪れていた。


「すみません」

「む、珍しいな。嬢ちゃん、こんな夜にどうした?」


 リリィは少し大きな建物の入口に立っていた男性に声を掛けていた。背中には大きな斧を背負っているので、恐らくはハンターの人だろう。


「ここって何かの村ですか?」

「村ってわけではないが、霧の遺跡を見張るための拠点っていえばいいのか。ハンターの休養所みたいなもんだ」

「そうなんですね」

「おーい!リリィ!」


 話していると遠くからアビーの声が聞こえた。


「あ、呼んでいるので行きますね」

「ああ」


 リリィはアビーの方へと駆けていった。


「それにしてもこんな場所にあんな女の子が来るなんてな。何かあるのか?」


 この男性はハンター協会の人間なのだが、長いことここで霧の遺跡の見張りをしているので、ルインでの噂の少女だということはわからないのであった。



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「何話してたんだ?」

「ここってどんな場所なのかなって聞いてたんです」

「なるほどな。で、わかったのか?」

「うん。ここは霧の遺跡の見張りをするための拠点みたい」

「今はそんなのがあるのか」

「アビーさんが来た時は無かったの?」

「無かったな。それより向こうの宿っぽいところで部屋を貸してくれるみたいだ」

「なら野宿はしないで済むんですね。よかった」

「ま、同室だけどな」

「・・・・・・・・」


 リリィは静かにアビーから距離を取った。


「なんで離れる」

「アビーさん、申し訳ないですけど野宿してもらっていいですか?」

「なんでだよ!」

「だって何かするに決まってます!」

「なにもしねぇから安心しろ!」

「本当に?」

「ああ」

「本当の本当に?」


 リリィはグイっと迫ってアビーに問い詰める。


「・・・・・・ああ」

「今の間は何ですか!」

「ああ!もううっせぇな!もう部屋取ったんだから文句いってないで行くぞ!」

「きゃっ!ほ、本当に何もしないですよね!」

「しないから行くぞ!」


 アビーはきゃあきゃあ叫ぶリリィを引っ張って借りた部屋まで連れて行った。



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「えっと・・・この部屋に泊まるんですか?」

「そうだ。ベッドあるからいい方だろ」


 部屋はこじんまりとしていて、通路を挟むようにベッドが二つ脇に置いてあるだけの部屋だった。


「・・・・・・」

「どうした?不服か?」

「いえ、その・・・少し恥ずかくて」

「・・・・は?」


 リリィは以前、アビーの部屋で寝たことがあるが、あの時はリリィなりのやむを得ない事情があったからだ。

 今回は普通に寝るだけなのだが、やはり同室となってしまうと気にしてしまう。


「そういやリリィはルインから出たことなかったよな」

「そうですね・・・。アビーさんに拾われる前は孤児でしたし」


 思い出せる範囲では遺跡や採取以外でルインの外へは出たことがなかった。


「まぁ、ここもルインの管轄に入るが、街の外ではあるからな」

「宿屋はこの部屋みたいのが多いの?」

「厳密にはここは宿屋じゃないらしいけどな。でも、ここはまだベッドがあるだけましだ」

「そうなの?」

「ああ、俺が経験上で一番安くてひどい宿はただの個室でベッドも何もなかったり、広い部屋で雑魚寝もあったな」

「え?どうやって寝るんですか?ベッドも無いんですよね?」

「そりゃあ、もってたコートとか何かにくるまって寝たよ」

「・・・確かにそれと比べればマシですね」

「だろ?」


 二人は部屋の中のベッドに向い合せで談笑していると、時間も遅くなってきた。


「さて、そろそろ寝るか」

「う、うん」

「どうした?」

「このまま寝たら服がシワになっちゃうかなって」

「ああ~・・・別によくね?」


 アビーはずぼらな性格なのでそんなことを気にしたりはしないが、リリィは女の子だ。流石に気にしてしまう。


「う~・・・アビーさん、灯り消してもいいですよね?」

「ああ」

「消しますね」


 リリィは灯りを消して、ベッドの中に入る。アビーも翌日に備えてベッドの中に入った。


「・・・・リリィ、何してるんだ?」


 アビーは横になってすぐに眠ろうと目を瞑ったのだが、隣のベッドからはごそごそと音がしていたのだ。


「な、何でもないです。おやすみなさい」

「あ、ああ。おやすみ」


 暫くすると音もしなくなり、二人は深い眠りに就くのだった。



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「ん・・・」


 リリィは僅かに出てきた朝日の光を感じて目を覚ました。


「・・・そうだ。早く起きて・・・服を着ないと」


 リリィは布団から出てベッドの上にチョコンと座り、眠そうな瞼を擦って起きようとする。

 隣のベッドは静かなので、アビーは眠っているようだ。


 リリィはベッドから出て、昨日寝る前に脱いでおいた服を着ようとする。

 実はシワになるのが嫌だったリリィは、服を脱いで、バックパックに掛けておいたのだ。なので、眠る際は薄いシャツにパンツ一枚だったりする。

 代えの着替えはあるのだが、何日かかるか分からないので、できる限り、服は同じのを着ようとアビーと話し合っていたのだ。


「あ~・・・ねみぃ・・・」

「へ?」


 そこへ部屋の扉が突然開き、アビーが入ってきた。


「ん?リリィもおき・・・たのか?」


 アビーはリリィが起きていることに気が付き、声を掛けようとするが固まってしまう。リリィは服を広げていたため、身体を隠すことが出来ないでいたのだ。


「い・・・い・・・」

「ま、待て!」


 アビーは悲鳴を上げそうなリリィの口に手をやって口を塞いだ。ここはハンター達しかいないとされる遺跡の前線拠点のようなものだ。ここで悲鳴を上げられたら、アビーが女に飢えたハンター達に何をされるか分かったものではない。


「ん~!!ん~!!」

「リリィ、謝るから悲鳴だけは勘弁してくれ。俺は直ぐに部屋を出るから」

「ん~ん、ん~!」

「ん、なんて言ってるんだ?」


 アビーが手でリリィの口を塞いでるので、何を言っているか分からないが、悲鳴ではなさそうだ。

 なので、アビーは手をどかしてやる。


「わかったから早く手をどかして出てって!」

「へ?・・・わ、わりぃ!!」


 アビーはリリィの口を塞ぐ際に余った手をリリィを抑えるためにお尻を鷲掴みしていたのだ。アビーは謝って直ぐに部屋を出て行った。


「はぁはぁ・・・もう!バカ!!」


 リリィは裸を見られたことと、お尻を掴まれたことで顔を真っ赤にして、アビーが出て行った扉に声をぶつけるのだった。



 着替えが終わり、部屋を出るとすぐにアビーが立っていた。


「悪かった」

「・・・もういいです」


 リリィはアビーの様子を見て悪気が無かったことがわかった。いつものように悪ふざけの顔をしていないのだ。


「私があんな恰好で寝ていたのが悪いんです」

「あの恰好で寝てたのか」

「あ!ち、違います!ちゃんと服を着て寝ましたよ!」

「そ、そうか」

「それより、早く準備しちゃいましょう」

「だ、だな」


 なんとなく顔を合わせづらい二人だったが、早く用意して霧の遺跡へ向かわないといけない。


「それにしてもアビーさんが珍しいですよね」

「何がだ?」

「私より先に起きていることです」

「ああ、なんか目が冴えちまってな」

「アビーさんでもそんなことがあるんですね」

「まぁなってなんか含みがある言い方だな」

「そんなことないですよ」


 適当な会話をしながら二人は準備をしていく。泊まっただけなので簡単に準備を終えるとすぐに二人は宿屋を出た。


「アビーさん、霧の遺跡はどっちなのですか?」

「えっと・・・向こうだな」

「遺跡までは遠いのですか?」

「いや、そこまで遠くはないが、霧次第だな」

「霧?」

「ああ、遺跡の霧が外にまで漏れる時があるんだ」


 この日も晴れていていい天気だ。だが、これから向かう先は霧の遺跡。名前の通り遺跡の中に霧が発生している場所だ。

 場合によっては霧が遺跡外に影響を及ぼすこともあるのだ。


「それじゃあ、出発だ」

「はい!」


 二人は霧の遺跡を目指して歩き始めた。



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「・・・・・・・来たか」


 その様子を少し離れた丘から見下ろしていた人物がいた。


「ナハト様」

「なんだ」

「この遺跡の封印は解けぬようです」

「そうか。なら丁度鍵が来たから、それまで付近に潜伏しているように伝えろ」

「はっ」


 ナハトが命令すると、男は霧の遺跡がある方角へと姿を消していった。


「・・・・・何も知らないのか?」


 その呟きは誰にも届くことはなかった。



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「霧が本当に出てきましたね」


 しばらく歩いていると、視界を遮るように白い霧が出てきた。


「そういや聞き忘れていたげど、なんでリリィは遺跡に行くんだ?『闇夜の使徒』が封印解いていないかの確認か?」

「一応確認ではあるけど」

「詳しくは私が話そう」


 そこにアーシーが割り込んできた。


「封印された場所には私のような精霊がいるはずなのだ。それと兵器と共にな」

「へ、兵器?」

「私の宿るはずだった兵器はリリィやお主に壊して貰ったからもうないが」

「えっと・・・」

「アビーさん、以前私達で大きな狼の守護者ガーディアンみたいの倒したじゃないですか。あれが兵器です」

「あれか!」


 アビーは思い出して大声で叫んだ。


「恐らくは今回もそれと同じような物があるはずなのだ。それを奴らに取られる前に奪取するのが主な目的だ」

「その兵器とやらはお前は操れるのか?」

「いや、無理だ。属性が違うから私には無理なのだ」

「たぶんですけど、その遺跡にいる精霊さんなら動かせるはずです。だよね、アーシー」

「そうだ」


 そのまま歩いていると遺跡の残骸のようなものが、周りにいくつも見えてきた。


「これが遺跡の一部かな?」

「そうだな。そろそろのはずだ」


 霧がどんどん濃くなる中、リリィとアビーは遺跡の入口と思われる場所に辿り着いた。


「ここは霧の遺跡だ。何用だ」


 遺跡の入口と思われる場所にハンターの男が武装して立っていた。


「この遺跡の探索したいんだが」

「その少女もか?」

「そうだ。これでも凄腕の魔法使いだぞ」

「・・・・まぁ、今は霧も濃い。すぐに戻されるだろうが通っていいぞ」


 ハンターの男はそのまま遺跡の中への道を開けてくれた。

 二人はそのまま遺跡の中へと入っていた。


「なんで門番さんがいるんでしょうかね?」

「昔はいなかったけどな。危険だからじゃねぇか?」

「でもすんなり私を通しましたよ?」

「・・・なんでだろうな」

「なんででしょうね」


 入口にいるハンターはこの遺跡に間違って入らないように立って見張りをしているだけなのだが、二人は知る由もなかった。


「それにしても本当に遺跡の中も霧が濃いのですね」

「だろ」


 遺跡のなかは霧が立ち込めており、先が見えないほど真っ白に染まっている。

 空間も入口は狭かったが、中は広くなっており、壁も見えない状態だ。


「懐かしいな。これ何回入ってもすぐ戻されてたんだよな」

「そういえばこの前言ってましたね」

「この霧が晴れれば奥に進めんだけどな。ってリリィ、なんでそっちに行くんだ?」

「え?私は真っ直ぐに進んでますよ。アビーさんこそどうして曲がっていくのです?」

「は?曲がってねぇよ」


 真っ直ぐ歩いていたつもりの二人だったが、どういうことなのか二人は違う場所に行こうとしていた。

 二人はすぐに傍に寄った。


「リリィ、手を繋いでいかねぇか?」

「え?」

「真っ直ぐ歩いていたのに別れようとしたんだ。手を繋いでいれば別方向に行かずにすむだろ?」

「・・・そうですね。わかりました」


 リリィは少し照れたがアビーの手を握る。


「・・・なんか恥ずかしいな」

「ですね」

「取り敢えず俺が最初に進むな」


 リリィはアビーに手を引かれて進み始めた。


「やっぱり曲がってますよ?」

「そうか?」


 リリィにとってはかなり曲がっているように感じるが、アビーは真っ直ぐに進んでいるようだ。


「む、入口か?」

「そりゃああれだけ曲がれば戻りますよ」

「なら次はリリィ先頭頼むわ」

「わかりました」


 次はリリィがアビーの手を引っ張って歩き出した。


「・・・こっちが真っ直ぐなのか?」

「そうですよ」


 アビーにとっては真っ直ぐ進んでいないようだが、リリィにとっては真っ直ぐ進んでいる。


「あ、なんかありますよ」

「マジか」


 リリィが発見したのは地面から生やした筒のような何かだった。


「これって霧が出てません?」

「みたいだな。って、俺が知らない場所に出たということは、リリィの方が感覚があっているということか」


 アビーが見たことがない物に辿り着いたということは、リリィの感覚が正解ということだ。


「リリィには霧の効果がないということか」

「見辛くはありますけど」


 それから二人は霧が出ている筒のようなものを調べてみるが


「うーん、霧が出ている以外何もないですね」

「でもこれだけで遺跡の外までの霧を発生させているには、少なすぎるよな」

「まだ他にも同じような物があるんでしょうか」

「とにかく先に進めるなら進んでみようぜ。リリィ、先頭は任せた」

「わかりました」


 リリィとアビーはそのまま遺跡の奥の方へと進んでいくのであった。



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「あれが鍵か?」

「ナハト様がいうにはそうらしい」


 リリィとアビーの後ろから、身を潜めて追いかける影が2つほどあった。


「見たところ男の方は普通の人間だな」

「あのガキの女が俺らみたいに力を分け与えられた人間ってことか」


 二人の男の視線の先では、リリィとアビーが霧が出ている筒を見つけて何かを調べている。


「とにかく、ナハト様がいうには封印を解いてくれるまでは泳がしておくそうだ」

「その後は好きにしろってことか」

「女で遊ぶのもいいかもな」

「だな」


 男二人はリリィとアビーに気が付かれないように、その後も追い続けた。

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