少女、腕試し

 遺跡に潜った日の翌日、朝早くから骨董品屋アメリースにはお客がいつもより多く来ていた。


「リリィちゃん、これは何の道具なんた?」

「えっとこれはですね。こうやって」

「リリィちゃん、これっていくらだい?」

「ああ、それは・・・」

「リリィちゃん、これの使い方は?」

「これはこうして・・・」

「なぁリリィちゃん」

「はい!何でしょう!」

「リリィ、今日のパンツの色は?」

「今日はピンクです」


『ピンクか』


 お客の声が重なると同時に周りの視線がリリィの下半身に集中した。


「はっ!」


 リリィは言ってから自分が何を口走ったのか理解して頬を真っ赤に染める。


「あ、アビーさん!!」

「ははは、わりぃわりぃ。本当に答えるとは思ってなかった」


 事の元凶であるアビーに詰め寄るリリィ。


「ほら、それより早くこいつらの相手しないと」

「誰の所為ですか!誰の!」


 そう言いつつもリリィはお客の相手をしていく。お客の方もそれが当たり前の光景のように笑いながら見ていた。



「リリィちゃん、頑張ってな」

「はい、ありがとうございました」


 暫くして今いるお客を捌ききったリリィ。


「さてと」


 時刻は昼近くになっていた。


「アビーさん、お昼ご飯はどうします?」


 リリィはお金の整理をしながら、後ろにいたアビーに声を掛けるが反応がなかった。


「アビーさん?」


 リリィは振り向いてみた。しかし、そこにアビーの姿はなかった。


「あれ?さっきまでいたと思ったんだけど」


 リリィはそう言いながら店の外へと出てみる。また釣りをやっているのかと思ったのだが



「ちくしょう!やっぱ勝てねぇか」

「ははは、まだまだ僕の方が上みたいだね」


 アビーは悔しそうな顔をして誰かと話しながらこちらに歩いてきていた。


「アビーさん、そちらの方は?」

「ん、リリィか。こいつは俺の古いダチだ」

「お、このお嬢ちゃんがアビーの言ってたリリィちゃんか」

「は、はい。リリィです。よろしくお願いします」

「僕はロイスだ。よろしくな」


 アビーの友人はロイスと言うらしい。見た目は金髪のチャラそうな人に見えるが話した感じいい人っぽい。服は白を基調とした貴族のような服を着ている。


「えっと、お二人で模擬戦でもやってたんですか?」


 二人の手には木刀が握られていた。


「ああ、ロイスとな。また勝てなかったがな」

「アビーの場合は気合いで攻めるところがあるからね。大振りの後はチャンスなんだよ」

「そうだったのか!」

「あれ?気付いてなかった?」

「・・・・・・」


 リリィは二人は本当に仲がいいんだなと、感じていた。


「お二人はそんな仲が良いのに何で今までこっちに来なかったんですか?アビーさん、基本的に店でぐーたらしてますけど」

「おいリリィ、余計なことは言わなくていい!」

「ははは、なんとなく予想は出来るよ。どうせアビーのことだから店をリリィちゃんに任せて、釣りでもしているんだろう?」

「ぐっ」


 図星でロイスの言葉に何も言い返せないアビーであった。


「それとこっちに来れなかった理由だけど、これでも忙しい身でね」

「ま、こいつはエリートだからな」

「へ?エリート?」

「僕はハンター協会所属の第1部隊隊長を務めているんだよ」

「へー第1部隊たいちょ・・・って第1部隊隊長さんですか!?」


 ハンター協会はこの街ルインに集まるハンターを保護・援助すると同時に街の運営や安全を管轄している組織だ。その中にハンターの中から腕利きが集まった5つの部隊がある。


 第5部隊はこの街ルインと他の街や国との物資搬送ルートの安全確保と調査・調整をする部隊。


 第4部隊は街周辺の安全を確保する部隊。


 第3部隊は新しい遺跡や既存の遺跡の調査をする部隊。


 第2部隊は遺跡内で遭難した人を救助する部隊。


 そして、第1部隊は大型やそれ以上の緊急性が高い魔物を討伐する精鋭部隊。


 因みにこの組織はハンター上がりの集団なので、決まった制服はない。見分け方として、二の腕に巻いているスカーフの色で識別している。第5部隊から青、緑、黄色、赤ときて、第1部隊が白となる。


 そして、部隊の数字が若い程、実力のあるハンターが所属している。


 このロイスという男は精鋭中の精鋭の第1部隊隊長だというのだ。



「そうだ。リリィ、お前もロイスに手解き受けたらどうだ?」

「そういえばリリィちゃんは魔法を使うんだったね」


 アビーから聞いていたのだろう。ロイスはリリィに興味を示してきた。


「リリィ、こいつは剣も凄いが魔法も凄いぞ」

「なんかアビーに褒められると気持ち悪いな」

「うっせ!」

「私が・・・第1部隊隊長さんと?」


 リリィはロイスがそんな凄い人だとは思わなくて頭が付いてこれていなかった。まさか、そんな人が自分と模擬戦をしたいと言っているのだ。その事が更に混乱の勢いを乗せている。


「まぁ、嫌ならいいけど、君の評価はアビーから聞いている。僕としては是非一度お手合わせをお願いしたいんだが」

「は、はい!こんな私で良ければ!」


 リリィは背筋を伸ばして勢いよく返事をする。


「ははは、もっと気楽でいいよ」

「で、でも魔法の打ち合いは危険なのです・・・よね?」

「ああ、それはこれを使うから安心してほしい」


 ロイスはそう言ってネックレスを二つ取り出した。


「これは?」

「これは装着者の身に危険が迫ると勝手に魔力を吸い取り、魔法障壁を張ってくれるオーパーツの一つだよ。僕達はサージュルコリエって呼んでるよ」


 ロイスはそう言いながらそれを自分に装着した。


「アビー、剣で僕を殴ってくれ」

「あいよ・・・はっ!」


 ガキン!!


 ロイスの前には何もしていないのに魔法障壁が張られていた。


「とまぁ、こんな感じかな。どうだい?僕と戦ってみないかい?」

「お、お願いします!」

「じゃあ、場所を移動しようか。ここで魔法を放つわけにもいかないからね」


 ロイスの言葉で皆は移動を始めた。


「リリィ」

「何です?」


 アビーがロイスに聞こえない声で話しかけてきた。


「思いっきりやっていいからな」

「え?でも」

「俺もお前の実力を見てみたいのもあるが、きっと奴ならお前の魔法を受け止めてくれるぞ」

「・・・・・・わかりました」


 リリィはアビーの言葉に頷いた。思いっきりやっていい。そんなことが出来るのかと考えつつ、リリィはロイスに付いて行った。



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 やって来たのはルインの街郊外にあるハンター協会が管理している闘技場の一つだ。


「ここは地面や建物にも古い魔法が掛かっててね。どんなことをしても破壊が出来ないんだ」


 ロイスはリリィと闘技場の中心に向かいながらこの場所の説明をしていた。


 しかし、リリィは観客席にいる人物が気になっていた。


 この闘技場は観客席が設けられているのだ。アビーもそこにいるが、ハンター協会の人が数人見学に来ているのだ。そしてその中に女性が二人いたので気になっていた。


「ん?ああ、アリアとセレナが気になるかい?」

「あ、すすみません」

「まぁ、女性ハンターは珍しいからね。でもあの二人はその中でも別格だよ。じゃなきゃハンター協会の部隊のハンターになんてなれないからね。もしよければ後で紹介するけど」

「は、はい」


 リリィはカチコチに固まりながら返事をする。まさか観客がいるとは思っていなかったのだ。しかも、今の話だとどこかの部隊に所属しているということ。緊張するのは当然だった。


「まだ緊張してるみたいだね。でもそろそろ始めるからリラックスしてね」

「わ、わかりました」

「じゃあ、少し離れようか」

「は、はい!」


 リリィとロイスは10m程離れた。


「じゃあ、始めようか。君から攻撃していいよ」

「は、はい!」


 リリィは深呼吸をして集中する。


「炎よ・敵を・打ち抜け・ファイアボール!」


 リリィは様子見のつもりで火属性の下位魔法を使った。流石にいきなり大きい魔法を使うのは躊躇ったのだ。


 そして、リリィの手からリリィ自身と同じ大きさぐらいの炎球が放たれた。


「炎よ・敵を・打ち抜け・ファイアボール!」


 ロイスもリリィと同じ魔法を使ってきた。炎球の大きさはリリィとあまり変わらない様に見える。


 ドガァァーン!!


 炎球は後から魔法を放ったロイス側で衝突し爆発を起こす。


「リリィちゃん・・・いやリリィ。結構出来るみたいだね。下位魔法とはいえ僕の魔法を相殺するなんて」


 ロイスはリリィの思わぬ実力に驚きながらも嬉しさを感じていた。


「今度はこっちから行くよ!」


 ロイスは杖代わりに剣を構え詠唱を始めた。


「水よ・仇名す者を・飲み込む・渦となれ・アクアストーム!」


 ロイスが使用したのは水属性の中位魔法だ。この魔法は直径2~3mの水の竜巻を創り出し、竜巻の中に対象を閉じ込める魔法だ。これは持続性がある魔法なのでサージュルコリエの効果で魔力を多く消費させることが出来ると考えて放ったのだが


「炎よ・仇名す者を・焼き尽くす・渦となれ・ファイアストーム!」


 リリィはロイスの魔法と対属性の火属性の中位魔法を使う。これはロイスの使った魔法の炎版だ。それをリリィはロイスではなく自分を対象に使った。対属性というのは正反対の位置にある属性のことだ。火と水、地と風とがそれぞれの対属性となる。


 シュボオォォォォーーー!!


 ロイスのアクアストームはリリィの放ったファイアストームですべてを蒸発させられた。


 ロイスが見た光景は水の竜巻が一気に炎の竜巻に上書きされ、消えていく光景だった。


「ははは・・・まさかあれをあんな方法で」


 ロイスは感心するしかなかった。あの魔法の使用方法は下手すると自滅の恐れもあるからだ。しかし、リリィは恐れずにそれを成功させた。自分より10歳以上も若い少女がだ。


「まだいきますよ!」


 リリィは服が少し濡れた程度で済んでいた、というよりファイアストームで乾いたのだ。元々アクアストームで濡れていたからこそファイアストームで脱出を試みたのだ。それに、発動を一瞬で留めるようにファイアストームを放っている。リリィの魔力で威力増大したファイアストームなら、先程のアクアストームをかき消せると確信があったのだ。


「水よ・風よ・連なれ・仇名す者に・氷獄を・アイスプリズン!!」

「なんだと!?」


 リリィの放った魔法は複合魔法と呼ばれる高位魔法使いにしか出来ない高難度魔法の一つだ。


 ロイスの周りが急に極寒になったと思った瞬間、氷が地面からロイスを囲うように生えてくる。


 この魔法は捕縛系の魔法に入るが相手に凍傷を負わせる攻撃的な捕縛魔法なのだ。


「っく!エレメント・ファイア」

 ロイスは己の剣に火属性を付与して氷の牢獄を焼き切った。



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「おお!リリィ流石だな!ロイスの奴、余裕がなくなってきやがった」


 ロイスと付き合いの長いアビーにはあそこまで慌てるロイスは大変珍しく感じた。



「あの少女は何者なのです?」

「今のはアイスプリズンだよな」

「あれって第一部隊にいる数人しか使えない魔法だぞ」


 観戦に来ているハンター協会の人もリリィの魔法には驚いていた。



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「それっていいんですか!?」


 リリィは魔法戦だと思っていたのにロイスは剣に魔法を付与して斬ったのだ。リリィはそれが反則に見えた。


「ははは、少しは勘弁してくれ。あれを抜け出すにはこれしかなかったんだ」


 ロイスは笑いながら答える。


「でもまさか複合魔法も使えるとはね。君に更に興味が出て来たよ」


 ロイスの雰囲気が一変した。


「っ!!」


 リリィはその変化を肌で直接受けた途端、身体中に寒気が走った。


「さて、行くよ」


 ロイスは剣を地面に突き立て詠唱を始める。


「大地よ・仇名す者を・圧し潰す・岩壁となれ・クラッシュウォール!!」


 リリィの四方に2mはある岩が4枚生えてリリィを圧し潰そうと押し寄せて来た。


 クラッシュウォールは地属性の中位魔法だ。対象の周りに1~2mはある岩を四方に出現させ、圧し潰す魔法だ。


「大地よ・敵を・貫け・ロックグレイブ!」


 リリィは咄嗟に地属性の下位魔法のロックグレイブを使用する。本来は対象に1mぐらいの一本の石の槍を地面から突き刺す魔法なのだが


 ガガガガン!!!


 リリィのロックグレイブは2mはある石の槍を押し寄せてきていた岩の壁を全てを4つの石の槍で破壊した。しかし、リリィはロイスがこれで終わりとは思えない。すぐに次の魔法を紡ぎ出す。


「火よ!水よ!大地よ!風よ!我が手に光を!カルテット・エレメンツリング!」


 この魔法はリリィのオリジナル魔法だ。リリィの右腕に赤と黄、左腕に青と緑の光のリングが現れる。


「なんだ?その魔法は・・・」


 ロイスは見たことのない魔法に警戒をする。


「炎よ・敵を・打ち抜け・ファイアボール!」


 しかし、リリィはそのリングを使わずに火属性の下位魔法を放った。


「ならこちらも。炎よ・仇名す者を・貫く・槍となれ・ファイアランス!」


 ロイスが使用したのは火属性の中位魔法。ファイアストームの威力を一点に集中した魔法だ。

 ファイアランスはリリィの放ったファイアボールを掻き消し、リリィに迫る。


「アクアショット!」


 リリィは左手を前に出して、無詠唱で魔法を唱える。すると左手から水属性の下位魔法のアクアショットが放たれた。アクアショットは本来30cmぐらいの水の弾を2~3個撃ち出す魔法なのだが、リリィのは倍以上の大きさの弾を5発撃ち出した。


 ジュワ!!!


 ファイアランスは最初のファイアボールで多少威力が削がれ、対属性であるアクアショットの弾5発で打ち消されてしまう。


「無詠唱だと!?」

「ファイアボール!」


 ロイスが無詠唱でリリィが魔法を使ったことに驚いていていた。その隙にリリィは右手を前に出し、ファイアボールをまた無詠唱で放った。


「くそ!」


 ロイスはその場にいるのは危ないと思い、避けようとする。


「ロックプリズン!」


 リリィは右手を地面に着けて地属性の下位の捕縛魔法を唱える。


「な、なに!?」


 ロイスの足は土や石が密集して固められていた。動けなくなったロイスに向かいリリィは最後の魔法を使う。


「ウィンドカッター!」


 リリィの左手から2mはある巨大な風の刃が2本襲い掛かった。


「くっ!」


 ・・・パリン!


 ロイスの魔法障壁が割れる音がした。ロイスの魔力が切れて割れてしまったのだ。リリィの腕にあった4色の光のリングは全て消えていた。


「・・・リリィ、僕の負けだよ。完敗だ」


 ロイスは己の敗北を認めた。


 リリィのオリジナル魔法カルテット・エレメンツリング。これは左右の腕に下位魔法を装着する魔法だ。それぞれ一回ずつ下位魔法を無詠唱で好きなタイミングで放てる魔法なのだ。下位魔法といえど、連続であそこまで放たれることは本来ありえないので、ロイスは処理をしきれずに追い込まれて、やられてしまったのだ。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


 リリィも普段はこんなに短い時間に魔法を連続で使ったことがないのでかなり疲れていた。リリィはその場で座り込んでしまう。


「ははは、これではどっちが勝者か分からないな」


 ロイスはリリィに近付いて手を貸して立たせる。


「す、すみません」

「いや、いいんだよ。本当に面白い物を見せてくれた。正直本当に驚いたよ」


 ロイスはリリィの評価をかなり上げていた。


「いえ、恐らく実戦であれば私はロイスさんに勝てません。剣を使われたら終わりですから」


 真剣に戦うのであれば、ロイスは剣技でリリィを圧倒してしまうだろう。リリィもそれは分かっていた。


「いや、今回は魔法戦をしようと僕が提案したんだ。一回少しズルをしてしまったしね」


 ズルと言うのはアイスプリズンを抜け出す際のことだろう。


「ふふ、君に興味が湧いたよ。ま、今日はゆっくり休んでくれ」

「は、はい!ありがとうございました!」


 リリィは第1部隊隊長に魔法戦で勝てたこと、そして少しでも認めてもらえたことが嬉しくなって、笑顔でお礼を言うのだった。



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「ま、マジであいつ勝ちやがったぞ!本当にすげーな!」


 模擬戦を見ていたアビーはロイスが負けるのを見て少し興奮していた。


「それにしてもあいつ、いつもすげえ魔法を使うと思ってたが、魔法だけならあいつの上を行くのか」


 アビーはそこにも驚いていた。決してロイスは手をそこまで抜いていない。上位魔法も使えるがあれはあまりにも高威力のため封印していたのだろう。それでも魔法技術の方は本気だった。つまり、リリィはロイスの魔法技術を上まったということになる。



「ま、まさか隊長が負けた?」

「そ・・・そんな」

「さ、最後のあの連続で放った魔法は何?」

「す、すごい少女だ!」


 観戦していたハンター達もリリィの魔法に驚きを隠せずにいた。そして、ロイスが負けるところを初めて見たのだ。その衝撃はハンターの間で広がっていくのだった。

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