仮想世界から目覚めた僕は、SF装備で宇宙を巡る

たろいも

1章 レガシハンター

1.消滅する僕の日常

 ここはどこだ?何もない、真っ白な部屋に居る。

 僕は天草勇介 16歳。普通に高校に通う、ごく普通の高校生だった・・・・はず。


「やぁ。」

 いつの間にか目の前にはスーツ姿の男が立っていた。

 清潔感のある短めの髪型、やや細目で、それなりに整った容姿をしている。

 スーツは生地が良いのか、うっすらと光沢のある濃紺に、かるいストライプ柄だ。

 落ち着いた色のネクタイを締め、スーツと同色のベストも着ている。

 ベストのボタンホールから鎖が。あれは懐中時計だろうか。嫌味なく着こなしているのが逆に嫌みだ。


「私はRim。勇介君、君は何が起こったか、覚えているかい?」

 僕はうーんとうなりながら、今日の出来事を反芻する。

 学校へ行って、授業は普通だった。帰りに・・・・・。あ、そうだ。黒いスーツに黒いコートの全身黒い女に襲われて・・・・。

「あれ? 僕って死んだ!?」

 そう、黒い女に首を絞められ、意識がなくなったんだ。


「いや、生きているよ。」

「え?」

 その瞬間、記憶がフラッシュバックする。



『ここは現実じゃない。お前は夢を見ているんだ。』


 ガラスの球体、

 液体の中、

 球体の外が暗い、


『君も目覚めるんだ・・・・・。』



 黒い女に首を絞められ、そして不思議な映像が見えて・・・・。うぐ、頭が痛くなってきた。



「思い出したかな?」

「ええ、だいたいは・・・。」

 僕は頭を押さえながら、答えた。

「結構ギリギリだったけど、間に合ってよかった。あと一歩遅かったらいろいろ書き換えられてたよ。」

 死にそうだった、ってことでいいのかな?


「ここは、どこですか?」

「そうだね、どこから説明しようか・・・。端的に説明してしまうと、君がこれまで現実として認識していた世界は、一言で表してしまえば、仮想現実だ。」

「えっ!?」


「君がいた世界は西暦2020年だったと思うけど、実際には西暦3565年だ。」

「3565年・・・・。」

「ここは、仮想世界の退避用スペースってとこかな。」

 意味は理解できるが、気持ちがついて行かない。


「改めて自己紹介をしよう、私はRim。今地球全体を管理しているAIシステムだ。」

 地球が、AIで管理されている!?


「過去、人口爆発と資源枯渇の問題で、地球環境はかなり危機的状況になった。そこで、人類の繁栄を守りながら、地球の環境も改善する手段として、"全人類の仮想世界移住"を行ったんだ。」

 彼は僕の表情を見つつ続ける。

「地球には、既に全ての人類が暮らすだけのスペースも資源もなかったからね。そして、その管理のために私が作られたんだ。」

 Rimは、この仮想世界の管理人ということなのか・・・。

 AIであるRimに全人類が管理されている状態というのは、AIに支配されているということになるのではないだろうか・・・。


 Rimは僕の心を読んだように、語りだす。

「AIによって管理された仮想世界で生きる、ということを良しとしない人々もいる。あの黒い女性も、そういった人々の一人だ。」

 Rimはそういうと、やや苦々しい顔つきで続ける。

「彼らの活動は、仮想世界から人々を覚醒させること。そして私を破壊して、仮想世界をなくすことだ。」

 人類の解放を目的としているってことだろうか。それって、彼らに正義があるんじゃないのか・・・・?


「よく誤解されるんだけど、私には人々をどうにかするような力も権限もないんだ。」

「権限がない?」

 Rimは苦笑しつつも続ける。

「私が行っていることは、新しく生まれた人に、仮想世界で必要な知識・教養を身に着けてもらい、成人のタイミングで生き方を選んでもらうってことだ。」

「生き方を選べるんですか?」

「そう、今の法律で定められている成人である18歳になったら、仮想世界である事実を告げ、それでも尚、仮想世界で生きるか、外で生きるか、それを選んでもらうんだ。」


 あれ、でも、それだと、無理やり解放なくても、みんな外に出られることになるのでは・・・?

「現状、18歳で外を選ぶ人は約8割。でもほとんどが数年以内に仮想世界に戻るんだ。」

 意外だ・・・・・、なんだかその状況が考え付かない。なぜ、みんな戻るんだ?

「すでに、地球全体の生産活動、経済活動は全て自動化されている。外に住む人たちは、納税も労働も義務がない。衣食住も支給される。」

 それが本当なら夢のような世界だ。

「外の生活はとても自由だ。だけど、"生き甲斐"が足りないようでね、割とすぐにうんざりしてしまう人が多いみたいなんだ。」


 何か聞いたことある。人間はある程度の不自由がないと自由を実感できないらしい。

「だから、仮想世界は、ちょっと不便で、完全には思い通りにならない世界なんだ。人にはやはり”達成感”が必要なんだよ。」

 仮想世界の運営も、いろいろと難しいということらしい。


「君はまだ16歳だ。本来事実を告げるのは2年後の予定だったが、状況的に君は知ってしまった。なので選択してほしい。外で生きるか、仮想世界で生きるか、必要なら、記憶を消すこともできる。」

 仮想世界、という事実を忘れて生きるということか。


「多くの人は記憶を消して仮想世界で生きている。あ、でも、そこまで深刻にならないでもいいよ。外で生きることに決めても、戻ってくることができるしね。」

 多くの人は一旦外に出て、戻ってくるって言ってたな・・・・・。



 そこでRimは懐中時計を取り出し確認する。

 しばしの逡巡ののち、再び話始める。

「君になら・・・・、一つ外で紹介できる仕事がある。ただ、危険も伴う仕事だから、無理には薦めないけど。」

「どんな、仕事ですか?」

 手にある懐中時計とパタリと閉じた。


「レガシハンターという仕事で、銀河連邦の直轄機関員だ。」

 ん? 銀河連邦? 機関員? 

「ああ、現在、地球はジアース連邦という統一国家群となっていて、銀河連邦と繋がりがあるんだ。」

 なんと、すでに地球は宇宙時代に突入していた。さすが3500年代。


「普通はあまり薦めないんだけど、なんとなく君ならいいかなと思ってね。」

「どういう、ことですか?」

「こうやって話をしていても、君はすごく冷静だっていうのと、」

 一応これでもかなり取り乱していたんだけどね。

「それと、あとは、なんとなく君が向いてそうっていう、勘?かな。」

 AIにも勘とかあるんだ・・・・。


「その、どういう仕事なんですか?」

 Rimが居住まいを正しつつ語る。

「数万年前に、宇宙に高度文明を築いた種族が居てね。古代人とか古代種とか呼ばれている。」

 ずいぶんとロマンがありそうな話だ。

「彼らは既に去ったが、様々な遺産を残していった。宇宙には未確認の遺産が多く残されていると考えられている。その遺産、レガシを探すのがレガシハンターだよ。」

「そのレガシが危険だということですか?」

「それもあるし、レガシを狙う相手との争いになる場合もある。海賊が出ることもあるしね。」

 あれ、すごく少年心をくすぐる感じだった。


「内容には、ものすごく惹かれるんですが・・・・、僕で大丈夫でしょうか。」

「そういうところかな、ここで"はい、やります!"っていうくらい気負うタイプだと早死にするんだ。石橋をたたいて渡るタイプだね。」

 一応、それは評価されてるってことだろうか。


 これまで生活していた世界に未練が無いかといわれると、未練はある。

 でも、戻ろうと思えば戻れるとも聞いているし、これまでのやりとりで、Rimは僕を悪いようにはしないんじゃないか、とも感じていた。

 やはり外の世界は見てみたいし、宇宙に出られるなら出てみたい。

「・・・やってみたいです。」

「わかった。では、銀河連邦の管理者へ繋ぐよ。」


「え?」


 気が付くと空に浮いていた。眼下には緑の森が一面に広がっている。

「ここは今の地球だよ。Webカメラでリアルタイム映像をお送りしています。」

 隣に立っているRimが説明してくれた。どうやら地球環境はかなり緑豊富になっているらしい。

「人類は地下施設に収容されているからね、地上は生物と環境の保護地区になっているんだ。」

 風が吹き、森がざわめく。Webカメラと言っていたけど、風を感じる。これも一種の仮想現実なのかな。


「はじめまして。」

 目の前には銀髪をオールバックにし、全身白銀色の衣服を纏った妙齢の女性が立っている。

「私は銀河連邦 行政司法管理システムです。管理者と呼ばれています。」

 突然の自己紹介、いきなり面接!? 心とか、他にもいろいろ準備できてないって!!

 とりあえず焦って自己紹介し返した。

「あ、あの、はじめまして、あ、天草勇介でしゅ。」

 うあ、噛んだ・・・。


「レガシハンターへの志願とのことでしたね。」

「あ、はい、えーっと、その、自己PRとか準備が・・・・、」

「合格。雇用条件や就業規則はRimに送っておきます。」

「・・・・・は?」

 事態についていけない。僕、まだ名前しか言ってない。

「ジアース連邦の住民管理システムRimからあなたの素行、素性はデータをいただいています。過去16年間の生活記録もね。」

 プライバシーってなんだっけ?


「レガシハンターは私の直轄機関員となりますので、今後なにかと連絡することが多くなるでしょう。よろしくお願いします。活動にあたっての準備や知識教育は、Rimが行ってくれるでしょう。Rimお願いしますね。」

「わかりました。」


「それでは、また」

 管理者は唐突に現れ、唐突に消えた。

「これってつまり、顔合わせ?」



 戸惑う僕をものともせず、Rimは話し始める。

「さてと、それでは、準備をしようか。」

 話の展開が急すぎて、いまいちついて行けてない。

「君の肉体に処置を施す必要がある。仮想世界に生きていたから、現実の肉体は生まれてから一度も歩いたことも、食べたり飲んだりもしたことも、息をしたことすら無い。だから、そのあたりの生理機能調整をしないとね。併せて、宇宙探査に耐えられるように強化処置も施す。」

 僕の体、とんでもないことになってた。どんな処置が行われるのか、聞きたいような、いや、やっぱりやめとこう。


「肉体に処置を行うには、全身麻酔をかける必要がある。一応、君の本体だから、全身麻酔をかけると仮想世界での君も意識を失う。」

 うん、一応ね、一応。

 周囲がモザイク状に切り替わり、再び白い部屋に戻ってきた。


「先ほどの場所は、面接用の場所だったんですか?」

「ん? いや、違うよ?」

「あれ、じゃあ、なんでわざわざ外の風景に替えたんですか?」

「今の地球を見てみたいかなぁと思って、あと周りの雰囲気変えたほうが面接感でるしね。」

 なんだこの人間臭いAI。


「と、言うことで、準備が良ければ、始めるけど。」

「え!?今からすぐですか?」

「うん。今からすぐ。」

 Rimはさわやかに応対する。


「えっと、じゃあ、その、おねがいします。」

 Rimが僕の頭に手を翳す。

「次に会うときは、現実世界だね。それじゃ、おやすみ。」


 目の前が白くなっていく・・・・・・。

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