とある主任と謀議(5)

 葬儀から三日後。

 火曜日の朝。

 僕は勤務先の凰来山おうらいさんではなく、五丘いつおかちょうにある旧本社ビルにいた。

 きりでは年に一度、業績に応じて褒賞金なるものが係長以下の従業員に配られるのだが、このご時世に現金をお偉いさんが手渡しする慣わしになっており、凰来山工場分のお金を僕が取りに来たわけである。

 早く振り込みにならないかなと思いながら、総務部の担当者と金額の確認を行った。

 僕が封筒の中身を確認して金額に問題がなければ、総務部の人が封を閉じる。

 この作業を人数分繰り返しているうちに発狂しそうになったが、せめてもの救いは褒賞金が一律だったことである。

 すべての確認を終えてアルミケースに収まった褒賞金の総額は、中古ならば高級車が買えるくらいの額であった。

 僕が一人で工場へ運ぶのには大きすぎる額だが、凰来山には社内の人間でも極力部外者を立ち入らせない方針なので、総務部に持って来てもらうわけにもいかなかった。

 アルミケースは指紋認証をクリアしないと開かない仕様で、凰来山工場で開けられるのは工場長だけである。

 それに加えてGPSの機能もついているそうだが、そこまでするなら現金支給を止めればいいのにとは思う。

 思うけれども決して口にしない。

 なぜなら、この褒賞金の発案者であり、現金渡しにこだわっているおじいさんを敵に回したくないからである。

 担当者も褒賞金にまつわる事情はよく知っているので余計なことは決して言わない。

 僕が褒賞金の受領書に署名をして差し出すと、微笑を浮かべながら控えをくれた。

「お疲れさまです。工場に戻られるのですか?」

「ぜひそうしたいけど、旧本社に来ておいて組合に顔を出さないと後が怖い」

「それはそれは。主任は委員長のお気に入りですからね」

 僕が「変わってあげようか?」と言ったところ、真顔で「絶対に嫌です」と即答された。

 冗談なのに、半分は。


 旧本社ビルはその名からイメージされるとおり、時代を感じさせる内装である。

 著名な日本人建築家の遺作で、和のテイストが一回りしてモダンな感じがする。

 壁や天井などの装飾には、赤い鳥と砂時計の文様が描かれているのだが、ところどころ、手すりの柱にモンスターが彫られていたりと遊び心のある造りになっている。

 余裕のある時に社内を探索してみるとおもしろいかもしれないが、本社なぞは用が済めば一分でも早く出て行くに限る。

 もちろん一番よいのは、理由をつけて近寄らないことだ。

 ちなみに、なぜ鳥と砂時計が描かれているのかというと、桐尾商会の商標が関係してくる。

 かなり凝った意匠で、羽を広げたオオトリが鉤爪かぎづめで砂時計を掴んでいる姿が描かれている。

 この砂時計は「時間は金で買えない」という桐尾商会の社是を表している、というのは表の理由らしく、本来の意味は別にあると聞いたことがある。

 ずいぶん貴重な建物らしい旧本社ビルだが、その存在を積極的には公表しておらず、機密保持の観点から外部の調査なども一切許していない

 なお、旧本社ビルがあれば新本社ビルがあるのは簡単に予想がつくことであり、実際にある。

 事業が拡大する中で本社機能が収まらなくなったので、とくに重要な部分は隣に新設した建物の中に移管された。

 新本社ビルには、代表権のある取締役の執務室や特に機密保持が必要な部署が収まっている。

 たとえば経営戦略本部などが入っている。


 重要な部署というものは、たいてい社屋の見晴らしの良い階に置かれるものである。

 それらの部署が抜けた旧本社ビルの特等室に割り込んだのが、五丘労働組合のかがいんちょうであった。

 桐尾の組合活動を労使対立から協調路線へほぼ一人で転換させた恩人なので、会社側も彼には強いことが言えなかったのだった。


 会社で委員長を知らぬ者はだれもいないのに、学歴からしてよくわからない。

 中卒らしいと言う人もいれば京都の大学に通っていたと語る者もいる。

 そうなれば僕の先輩かもしれないが、本人が話さないので不明のままだ。

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