14:30

 地響きを立てながら近づいてくるエメラルド・ドラゴンに、会長はまったく恐れるそぶりを見せなかった。

「主任、おいで。となりの特等席で見せてあげよう」

 雇い主の好意に逆らうわけにはいかないので、僕は会長のとなりに立った。

 なにかあっても、そうちょうかがいんちょうが何とかしてくれるはずだ。たぶん、おそらく。

 会長は首から下げている小さなバッグの中をさばくっている。

 彼女の着ている純白の祭服は、召喚士の証である。

 僕は召喚術を見たことがなかったので、これから彼女がなにを起こすのか、見当がつかなかった。

 会長を待つように、ドラゴンがバチンバチンと尾を地面に叩きつけている。

 どうやら、あちらの攻撃態勢は整ったようであった。

 ようやく探し物が見つかったのか、会長が何事かを詠唱しながら、空に卵のようなものを投げた。

 宝石のようである。


 会長が上に投げた宝石はとうぜん下に落ちる。

 どうなるのかと地面を見たら、落下地点に黒い穴が生じ、宝石が吸い込まれていった。

 そして、ドラゴンが突進をはじめた瞬間、穴が広がり、中から何かが、縦に回転しながら出てきて、そのままドラゴンにぶつかった。

 ドラゴンは頭を地面につけ、うめき声をあげながら、緑色の液体を口から吐き出した。

 頭を強く打ったらしいドラゴンの様子に目を奪われていたところ、背後から、中年の野太い声が聞こえてきた。

「会長はん、毎度おおきに。てっついじんでおます。あんじょうサービスさせてもらいまっせ」

 振り向くと、和風ランプの魔人といった感じの巨人が空中にいたので、思わず、会長に抱きついてしまった。

 会長はきょうせいをあげながら、僕の頭をなでた。

「こらこら。エセ大阪弁は確かに怖いけど、私に抱きついていると佳南子かなこに殺されるよ」

 次の瞬間、会長の予言通り、課長のランスから出されたしっぷうが襲いかかってきた。

 間一髪で避けると、課長の殺意がドラゴンの頭を直撃した。

 そくを折り曲げて、その場に倒れ込むドラゴン。

「前から忠告していますが、私のものを欲しがるのは、いい加減にやめてください」

「抱きついてきたのは主任の方だよ。取られるのが嫌だったら、どこかにおまえの名前でも書いておけばいいじゃないか」

 会長が今日一番の笑い声をあげると、課長は僕をにらみながら「そうします」とだけ答えた。

 怖い。

 怖いよ。

 会長が笑い声をとめるの待って、魔人が遠慮がちに言った。

「会長はん、えろうすんませんが、時は金でも買えんと言います。はよ、仕事に入りましょ」

 会長は笑いながら、「それはわるかった」とドラゴンを指差した。

「目標はあのドラゴンだ」

「何でこんなところにエメラルド・ドラゴンがいるのか分かりませんが、わかりました。がっちりお仕事させてもらいます」

 空中に浮かんだまま、魔人は一度ドラゴンから距離をとると、手にしていたハンマーを両手で持ち、縦に高速で回転しながら、ふらふらと立ち上がったばかりのドラゴンに近づき、頭めがけてハンマーを振り下ろした。

 轟音ごうおんと共にハンマーの先が大地にめりこみ、ドラゴンの頭は声をあげる間もなく完全につぶれてしまった。

 ドラゴンの死骸は見る間に生気を失って行き、やがて緑色の宝石の塊に変じた。

 事が終わると、魔人は会長に丁寧なおじぎをしてから、空中に生じた黒い穴の中へ帰っていった。


 ズズの山頂から見えるムク海を眺めながら、会長が同意を求めてきた。

「これで、タル市の今年度のノルマを大幅に達成できたな。市長も大喜びだろう」

 いやいや、あなたの会社は、前年度実績で次年度のノルマを決めるから、来年のタル市は地獄ですよ。

 前年度実績に対してマイナスの計画なんて認めないでしょ、あなた。

 僕の仕事ではないけれど、来年はどうやってエメラルド・ドラゴンの分をカバーするのかな、市長。

 それにしても、いったい、だれがこんな接待を考えたのだろう。

 僕がそう思案している最中、明るかった空が急に暗くなり、すぐにまた元の明るさに戻った。

 内海であるムク海に、大きな鳥が翼を広げている影が映った。

 空を見上げると、精霊が軽やかに羽ばたいていた。

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