06 街と人と出会い


「それにしても災難だったね、魔法事故にあって急に空に投げ出されちゃうなんて。でも、気まぐれで有名な風の精霊が率先して助けてくれるなんて滅多にないよ。まぁ、こんなに可愛いんだから、精霊たちが助けたくなっちゃうのも納得かな~」

「はは……、ありがとうございます。それと、すみません。街の案内まで頼んでしまって」

「いいよ、気にしないで。ここら辺のこと知らないんでしょ? 困ったときは、お互い様」


 そう言ってウィンクをしたリィルさんは、海の底を思わせる深いブルーの瞳が印象的な女性だった。ニコニコと満面の笑みを浮かべている顔も非常に美しく、女性にしては身長もかなり高いように思う。

 ワタシの手を握っている指も白くほっそりとしており、あっちで言うところのモデルさんのような出で立ちだった。


「つかぬことをお聞きするんですが、リィルさんの身長はどのぐらいなんですか?」

「そんな改まった喋り方しないで、もっとくだけて良いよ。私の身長はだいたい165セルくらい、人族にしてはそこそこ高い方かな。まぁ森人族(エルフ)の血も混じってるからね。でも純粋なエルフはもっと背が高い人が多いよ」

「……へ?」

「うん?」


 あまりにも聞き捨てならないことを聞いた気がする。なんとなくセルというのがセンチメートルを表しているのは理解できるが、この人で身長が165しかないというのはどういうことだろうか。

 仮に、本当に、嘘偽りなく、親告しているとしたら、彼女のことを仰ぐように見上げているワタシは、いったい何だというのか。


「リ、リィルさん。重ねてお聞きするんですが……ワタシは、どのぐらいに見えますかね?」

「イディちゃんは、頭までの身長で110セルだね。耳まで入れると129,5セル。獣人族にしても、結構小さい方だね。私この街で仕立て屋をやってるの、これでも結構有名なんだよ。だからって訳じゃないけど、身長、体重、スリーサイズから手足の長さ首回り、服を作るのに必要な情報は見ただけで分かるんだ。って、どこ行くの~?!」


 話の途中で彼女の手を離し、一番近くの店のショーウィンドウガラスに駆け寄って張り付く。薄々感づいてはいた。それでも懸命にリィルさんが大きいだけだと、周りに見える人々も背が高いのだと、自分に言い聞かせていたのに、


――なんてことだ。


 ガラスに映りこんでいた姿は、ともすれば幼女と言われかねない少女の姿だった。

 簡素なキャミソールとショートパンツで身を包み、かなり短めのショートボブの白髪が陽光を淡く返すその上で、同じ色の毛に覆われた大きな三角形の耳が、ぴこぴこ動いている。

 鮮やかなシャンパンゴールドの瞳は大きく、目尻が僅かに鋭く上向いているが、迷子の子供のように情けなく下がった眉尻のせいで凛々しさの欠片もない。なんと言うかもう、全体的に犯罪臭が凄かった。


 ――神は死んだ。……いや、どうやっても死にそうになかったけどね。


「イディちゃ~ん。もう、急に走り出さないでよ、見失ったらどうするの? って、なんだ。イディちゃん、糸玉が食べたかったの?」

「……大丈夫、大丈夫……」

「イディちゃん?」

「はっ、はいっ!? い、いとだまですか?」

「あれ違った? でもま、いいや。せっかくだし食べよ。これはね『糸玉』って言ってね、完熟した巨樹の実だけを食べる蜜壺蜘蛛の糸で作られた、この街の名物屋台菓子なの。ガロンさ~ん。糸玉2つくださいな」


 リィルさんが店先に止めてある屋台に大きく手を振りながら近寄っていくと、2つの金属質の棒を使い器用に糸を丸めていた中年の男性がにこやかに答えた。


「おっ、リィルちゃん。珍しいね、屋台の方で買ってくなんて」

「ちょっとねー。知り合いの子が初めてこの街に来たから、食べさせてあげようと思って」

「ほうっ! じゃあ後ろにいるのが、その知り合いか。いらっしゃい! そして、ようこそ! 巨樹の根元の街『オールグ』へ」

「ど、どうも。こんにちは、トイディ、と申します。イディと呼んでください」


 両手を広げ快活な声で迎えてくれた男性に、どもりながらも頭を下げて挨拶をした。


「おおっ! こりゃあ、めんこいな。将来は美人さんだ。よっしゃ、オールグ初訪問の記念だ。俺の奢りってことで、天然と養殖、どっちが良い?」

「い、いえ。それはさすがに悪いので支払ま、って、そういえばお金持ってなかった。やっぱり結構で……」

「じゃあ、尚更奢らせてくれ。こんな可愛い子が困ってるんだ、放っておくのは忍びねぇ」

「イディちゃん。ここはガロンさんの好意に甘えさせてもらお、ね?」

「で、でも」

「いいからいいから。あっ、ガロンさん。私、天然の方で!」

「リィルちゃんに奢るとは言ってねーんだがなぁ、ちゃっかりしてるよ。まぁ、リィルちゃんには店の制服の件で世話になってるからな、特別だ」


 リィルさんの朗らかな笑顔に押し切られ、ガロンさんも苦笑しながらガラスケースの中に吊るされている紐のついた白い球体を手渡した。ワタシもこれ以上、相手の好意を無下に断るのは失礼かと思い、渋々ながら頷いた。と言うのも、自称神様の『設定』が生きているのだとしたらどう足掻いても仕様のないことだと、どこか確信めいた予感があったからだった。


「あの。それでは、ご厚意に甘えさせていただきます。それと、その、天然と養殖の違いって何なんでしょうか?」

「そのまんま、天然ものは巨樹に生息している蜜壺蜘蛛が自ら巻いた糸玉を取ってきたもので、養殖は家畜として育てた蜜壺蜘蛛の糸を俺ら職人が手ずから巻いたものさ。養殖には養殖の良さがあるが、舌触りとか口溶けなんかは天然ものが別格だ。俺も長いことやっているが、未だにそこへんは敵わねぇ。まぁ初めて食べるんなら、天然ものだな」

「では、おすすめしていただいてる方で」

「あいよっ」


 歯切れの良い返事と共に、ガロンさんがケースの中で一番大きな糸玉を渡してくる。


「噛まねーで、舌の上で転がして溶かしながら食べるんだ。だいだい十分ぐらいは口の中で持つからよ」


 糸玉を受け取ると、ガロンさんは陽気に笑いながら少々乱暴な手つきでワタシの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。頭を撫でられるなど、記憶に存在しない遥か過去にあったかどうかという具合だったので、思わず無抵抗のまま受け入れてしまっていた。


「それじゃあ、オールグの街を楽しんでってくれ」


 片手を上げて見送ってくれるガロンさんに手を振り反しながらも、どこかふわふわとした気持ちで、熱に浮かされたようにボーッとしながら糸玉を口に含み、リィルさんと並んで街の大通りを歩いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る