ただこの世で。蛮者エクセル・ロンロ

生き続ける

 あるところで処刑が行われようとしていた。乾いた風が吹き、高く日が昇る中。プロテレイの辺境にある、様々な国から商人らが集まる豊かな街の中心広場。縛り上げられた若い男二人が木星の台の上に登らされ、目の前に垂れ下がる輪のある縄を見せつけられている。


 軍服の男が声を響かせた。


「この者は異人をこの街でかくまっていた。さらに異人と共存することに何も疑いを持たず、体制批判まで行った。よってこの異人と共に絞首刑に処すこととなった」


 この二人が処刑されることにより、ほかの者たちは許してもらえることになったのだろう。台を見る群衆の中に道具で瞳の色を隠した異人たちと、同じく彼らをかくまっていた人々の姿があった。しかし彼らもわかっている。そのような約束が守られるはずがないと、不安と怯えの混ざった表情を隠せていない。


 台の二人の首に縄が掛けられる。顔を腫らした二人は、大きく開けなくなっている目でただ遠くを見つめていた。諦めと後悔はない。ズタボロの姿でも彼らは堂々としていた。ただ思うことがあるとすれば、残してしまうみんなのことだけだろう。


 異人との戦争が終わって五年。まだ世界には傷が多く残っている。どこの国も傷をふさぐために頑張っているが、そのためにお互いの痛みを刺激しあっている。傷はできたときよりもきれいに治さなければならない。

 首に縄が掛かった二人はあと、台の床が開くのを待つだけだ。落下して事切れたあと、宙づりになった体はこのまま数日晒され続ける。石も投げられるだろう。

 軍人がレバーに手を掛けた。その時が来た。


「愚かな者の哀れな最期だ」


 レバーが一気に引かれようとした瞬間、叫び声が聞こえた。それはレバーを引こうとした軍人の男のもので、彼はレバーから手を離し、そしてその手には手投げナイフが刺さっていたのだ。


 広場がざわついた時、誰かが台に上った。それは黒い仮面と長いマントの男だった。彼は腰に下げていたサーベルを抜くと、あっという間に処刑寸前の二人の縄を切り解放させた。そして逃げるよう促す。すると彼の協力者であろう者(同じく仮面とマントをしている小柄な者)が二人を呼び、彼らは従ってそちらへと飛んだ。


 協力者がぴいっと口笛を吹くと群衆の中に馬が二頭やってきて、二人をそれぞれ乗せた後広場から去るために走り出そうとした。群衆たちも巻き込まれたくないので道を開ける。


 それをそのまま見ているわけがない。軍人たちは止めるためにそれぞれ拳銃を抜いたが、それを仮面の男がサーベルではじき落とす。逃走を止められないと思うと、今度は仮面の男を奥から出てきた軍人たちが取り囲んだ。


「出てきたな反体制者」

「あなたの権限で処刑はできないと思うが?」

「貴様が法を語るか。ばかなやつらから黒の腕などおだてられ調子に乗りおって」

「なるべく守りたいとは思っていますけどね」

「ならば守らせてやろう、ここでなあ!」


 四方八方から飛びかかってきた軍人たちを仮面の男、黒の腕はいなしていく。握っているサーベルは相手を死なせるためではなく、防ぎ、無力化させるためだけに使っていた。そこに圧倒的な実力差がある。


 囲まれていたが見事に切り抜ける。その姿に群衆たちは歓声を上げて盛り上げた。異人のことが気に入らない人は多くいるが、それよりもこの軍人たちのやり方に不満を抱いていたらしい。


「では、あなたたちが改めない限り何度でもお会いしよう!」


 サーベルを収めておじぎをすると、台から飛び降りる。ぶわっとマントが広がり、右腕とは様子の違う左腕が見えた。バランスを取るために動く右腕とは違い、左腕は固められたかのように動かない。そしてそちらの手だけ黒い皮手袋がされていた。


 この腕を見た人々がいつしか彼のことを、黒の腕と呼ぶようになったのだ。現れだしたのは一年ほど前から。警察が手を出せない犯罪組織や暴走した軍人など、ただ平穏に暮らしている人々に代わって剣を振るう。好意的に思っている人もいれば、混乱を生むものとして嫌っている人もいる、評価の定まらぬ存在。決めるのはすべてあとのことだ。


 処刑を待っていた二人とともに仲間たちもすでに逃げ出していた。行く当てをちゃんと用意してある、できるのがまた黒の腕だった。正確に言うとあの協力者の力だけれども。


 混乱した広場から逃げ出す間にも何発かの銃弾が彼を狙ったが当たることはなかった。広場から出るとそこで待たせていた馬に乗り、彼は街から軽やかに出ていった。

 数々の失敗を重ねて恥をかかされた軍人は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしていたが、それを人々は気づかれないように笑い続けたのだった。


 黒の腕は今日も捕まることなく仕事を終えた。


 

 各地に点在している隠れ家に黒の腕が戻ると、先に終わらせていた協力者が仮面とマントを外し、ソファでくつろいでいた。小柄な彼女はワインを片手に戻ってきた彼に声をかけた。


「お疲れ様。あの人たちはちゃんと逃がしたよ」


 仮面とマントを外さないまま、彼は手を上げて応えた。ひどい下戸である彼は彼女が持っているものをもらうことなく、腰に下げていたサーベルを外して隣に座った。


「ありがとう。こっちもしっかりまいてきたよ」


 ふう、と大きく息を吐く。


「さすがに頑張ってきたな。街を出ても何人かが追いかけてきた」

「あの黒の腕を捕まえたとなると一躍有名人になるからね」

「捕まるわけにはいかないな、黒の腕を捕まえたということ以上になる」


「あたしはすぐプロテレイに戻るけど、どうする?」

「俺も戻るよ」


 テーブルの上に飲み終えたワインを置き、彼女はきいた。


「お墓、行かなくていいの?」

「ああ、まだ行くべきじゃない」


 立ち上がって彼はぐうっとひと伸びする。仮面の奥にある瞳は彼女のことを見た。その瞳の中にはどこにもくすみなどなかった。確かに前の前にあるものを見るための瞳になっていた。


「会いに行くのは、名前を取り戻してからだ」


 この世界の名はレメリス。多くの人が住み、多くの国があり、長きにわたる異人たちとの争いを続けてきた世界。

 その長きにわたる戦いを終わらせた存在がいた。それは四つの剣と勇者と呼ばれる五人の少年少女たち。勇者が異人の王を討ち戦いが終わったあと、選ばれし者たちはそれぞれ流れる時に巻き込まれていった。


「あたしもずっとついていくよ」

「頼りにしてるよ」


 隠れ家の外で軍靴の音が響いている。


「また、戦いが始まるな……」


 彼らを追ってきたものではない。


「できることをしよう」

「そうだな。それが俺たちの役目だ」


 のちの歴史で四つの剣と勇者の名前は消え去るかもしれない。かつての戦いだけは残り、勝利したという結果だけが人々の認識に。

 あらゆる過去、認識できるものもできないものも引き連れて世界はまた新たな展開へと向かっていく。その先に悲しみがあれば喜びがあり、大勢の死があれば大勢の誕生もある。


 選ばれし者たちもそれは変わらない。かつての少年少女たちもまた、ここで暮らす人々なのだ。いずれ最期の時が来る。


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ありがとう勇者、もういらない 武石こう @takeishikou

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