ペンテシレイアとの出会い その4

ドラゴンの前足亭はとても繁盛している大衆食堂であった。人種も人間、エルフ、コボルト、ドワーフ、リザードマン……と多岐にわたる。

俺の前に大盛りの肉の炒め物が置かれた。


「はい、ドラゴンの前足亭名物お肉盛りでございます!」


笑顔のピンクのツインテールの人間種のウエイトレスがペコリとおじきをしてテーブルから去る。


「食べてくれ、大味だが男なら気に入るものだ」


リチャードに促され、肉を一枚食べた。

味付けは少し濃いめに感じるが、これぐらいなら逆にご飯が進むというものだ。


「悪いな、なんだか世話になりっぱなしだ」

「構わんさ、君は色々と事情がありそうだからな」


俺はリチャードの顔を見る。

獅子の顔、その双眸はまるで俺の心の中を見透かしているようだ。


「ここには観光名所なんてない、あてもなく旅をするにしても半島の先にあるここにくる必要があると思えない、身内を訪ねに来たとすれば、まずそれらを頼ればいいのに、君はなぜかあのオークの少女とともにいた、そもそもここから東にはすぐにこの街よりも大きな学術都市があって、そこから来たとすればギルドの事を知らないなんてありえない」

「……」


まるでリチャードは探偵のようだ。そして俺は確信を言い当てられた犯人の気分だ。

俺は観念にするように両手を挙げた。


「申し訳ない、騙していたつもりはないんだ、ただこちらの事情は……」

「わかっているさ、言いにくいことなのだろう、私も無理には聞かない、こんな家業をやっていれば、他者に知られたくない過去を持つ者にもよく出会う」


リチャードは肉を数枚、手づかみで頬張ると、


「あまりお互い過去の事は聞かない方がいい、特に傭兵の過去は詮索しないことがこの街で上手くやっていくコツだ……まあ、君は傭兵ではないようだがね」


リチャードがウインクする。

先ほどリチャードは名探偵のようだと思ったが、肝心の部分が少しずれていた。リチャードは俺に後ろ暗い過去があり、それを隠しているのだと思っているらしい。

俺にとってはありがたい勘違いなのでそのままにしておこう。


「それで……まあ、ここに君を誘ったのは、頭を冷やすついでに君の今後についてを話そうと思ってね」

「俺の今後?」

「率直に言おう、私の傭兵団に入らないか?」

「……」


急な提案に面食らった。昨日今日……というか、たった数十分前に会ったばかりの人間種を気軽に誘えるものなのか。


「悪い提案ではないと思うぞ、少なくとも、明日のご飯の心配はしなくていい」


リチャードは奥歯が見えるまで口角を引き上げる。おそらくは「ニヤリと笑う」という表情なのだろう。

確かにリチャードの提案はとても魅力的だ。身寄りもなければ知り合いもいない俺にとっては、願ってもない申し出である。

しかし、簡単に了承することは出来ない。あまりにも俺にとって都合の良すぎる提案だ。何か裏があるのかと逆に怪しんでしまう。


「……確かにありがたい提案なんだが、聞きたいことがある」

「何かね?」

「傭兵団ってのは、結構出入りが簡単な組織なのか?」

「それは団によって違うな」

「暁の獅子は?」

「まあ入りやすい方だとは思うぞ、入団審査をやるようなところに比べれば、だがな」

「俺みたいに、その日に会ったやつも招き入れるのか?」

「そうだな……私の団は基本的に私が気にかけた人物を入れるようにしている」

「俺はお眼鏡に適った?」

「まあ、正確に言えば放っておけなくなった、だな」


リチャードがまた手づかみで肉を食べた。


「あのオークの少女もそうだ、常に一人で行動し、危なっかしくて見ていられなかったから声をかけた……まあ結局、その牙が私や団員にも向けられてしまったせいで、放り出すしかなくなってしまったがな」

「……」

「それと、私は別に好き好んで根無し草に声をかけているわけじゃないぞ?」

「どういうことだ?」

「さすがに何の取り柄もなさそうな種族は招き入れないということだ、彼女を誘ったのは、彼女のその戦闘力を見込んでいたのさ」


俺は彼女と初めて会った時の事を思い出した。

走る馬の首をたやすく両断し、人の首も簡単に切り飛ばす。たしかにあの戦闘力はすさまじいだろう。


「俺は? 言っとくが俺は本当にひ弱だぞ?」

「傭兵の仕事というのは、何も荒事だけじゃない、それこそ戦いを避けるために交渉をすることだってあるし、団員を管理したり、ギルドとやりとりするために頭を使わなければいけない場面も多くある」

「……俺はそれをする?」

「君と先ほどのギルド員とのやりとりを見ていたが、君は感情を荒げつつもどこか冷静さを忘れていなかった、その資質は荒事以外の仕事で有利に働く……人間種は利益の為に感情を押し殺すのが得意だと言われているが、君はまさにその典型だろう」


確かに怒りをぐっと我慢していたが、そんなことがリチャードかた評価されていたとは思わなかった。


「そんなすごい事をしていたつもりはないんだがな、あれだって向こうの方が正論だから何も言えなくなっただけだし」

「逆上しないだけでも上出来だ、あのオークの少女ほどではないが、傭兵というのは基本的にみな血の気が多い、もしそういう傭兵たちが君の立場であそこにいれば、それこそあの場面で好き勝手言ってる受付に掴みかかっていただろう」


リチャードは感心するようにウンウンと頷いている。

見知らぬ土地で、食い扶持が手に入るのなられば、この提案は受けない手はないだろう。待遇とかその辺は気になるが、そもそも俺に選択の余地などほとんどない。それならば……


「リチャード、俺は……」


俺が了承の返事をしようとした時、リチャードが急に鋭い目つきで横を見る。

どうしたのかと思い、俺もそちらを見ると、ひとりのエルフ種の男が俺たちの近くのテーブルについた。


「リチャード、どうした?」

「あの男……確か、オークの少女に仕事を投げているやつだったはずだ」

「……!」


俺はエルフを注視する。

エルフが座ったテーブルの向かいの席にはすでに人間種の男が座っていた。顔に入れ墨を入れた目立つ男だ。


……どうだ……

……やってきたぞ……

……今日は前祝いだ……


喧騒ではっきりとは聞き取れない。しかし、それでも集中して耳を澄ませれば、言っている内容はおおよそ理解できた。


……今回の仕事は……

……とりあえず危険度の高いやつに……

……内容は……

……狂霊憑きの討伐だ、失敗するかも……

……あのガキはオークだぞ……


『あのガキはオークだぞ』

その言葉で俺は立ち上がった。間違いない、あの2人はオークの少女に仕事を押し付け、ここにいるのだ。


「アヤト」


リチャードが諌めるように目で俺を制した。


……毒蛙の沼だ……

……ならあいつは死ぬかもな……


『あいつは死ぬかもな』

あいつとはつまりオークの少女、彼女が死ぬかもしれない依頼。アイツらはそれを押し付けたのか。

俺は2人を睨む。2人は何がおかしいのか笑いながら話している。

……本当に何がおかしいんだ。

あの少女が死ぬかもしれないことがそんなに面白いのか。


「アヤト」


リチャードが身を乗り出して俺の腕を掴んだ。

おそらく俺があの2人に喧嘩でもふっかけるとでも思ったのだろう。

別に喧嘩なんかしない。あいつらは俺よりも強いだろうし、第一そんなことをしても何の意味もない。

リチャードは言った。人間種は利益のためならば感情を押し殺すことが得意な種族だと。それならば、俺は、人間種らしく感情を殺して利益の為に動くとしよう。

俺はリチャードの腕をやさしく外すと、奴らのもとに歩いて行く。


「なあ、あんたら」

「ん?」

「……なんだ、お前?」


俺が声をかけると、刺青とエルフが同時にこちらを向いた。


「さっきチラッと聞こえたんだが、オークのガキがどうとかって言ってたよな?」

「……ああ、そうだが?」

「そんで、死ぬかもしれないとか」

「言ったが、だからどうした?」


2人は警戒感を丸出しにしてこちらを睨んでいる。


「……ありがとう!」


俺はそんな2人の手を強引に握ると、強く握手をした。


「……ああん?」

「……俺もあのガキにひどい目にあわされたんだ」


2人は顔を見合わせる。


「実は今日、初めてこの街に来たんだが、この街の外でアイツと鉢合わせしてな……何を思ったんだが、あのガキ、俺が雇った御者とその馬を切り殺しやがったんだ」

「……それ本当かい?」

「本当だ、狂霊憑きだって思ったらしい……死体はそのままにしてあるから街の外にきっとまだあるぞ」

「……そういや依頼貰う時にギルドにいた傭兵が噂していたな、生首もったあのオークのガキが押しかけてきたとか……」

「まさにそれだ! アイツに報奨金が出るとか言ってそのままギルドに連れて行かれたんだが……当然追い出された」

「はっ! それは結束だ!」


顔入れ墨が大声を上げて笑った。


「あのバカらしいぜ!」

「おい、キーロ、オーク種ってのは元々バカばっかりだぜ」

「じゃあ輪をかけてバカってことだ」

「「はははっ!」」


2人は大笑いしている。

俺も笑顔を張り付けている。


「……それで、聞きたいんだがあのガキをどうやって殺すんだ? アイツは戦闘力だけは高いだろ?」

「殺すんじゃねえ、勝手に死ぬんだ」

「……さっぱりわからない」

「俺達はな、アイツに依頼書を渡してるのさ」

「傭兵じゃないあの子の代わりにギルドの依頼書を投げてるってことだな」

「そうさ、あのバカは傭兵になれねえからな、傭兵にすらなれないバカなんて初めて……」

「その辺はもういいから、話を進めてくれ」


もうあの少女をバカにする下りは充分だ。聞き飽きたし……何よりも俺の腹の虫が収まりそうにない。


「え? ああ……今回の依頼は狂霊憑きの討伐なんだが……」

「狂霊憑き? そんなにヤバい奴なのか?」

「狂霊も結構ヤバいが、それ以上にヤバいのが場所だ」

「場所……毒蛙の沼?」

「そうそこだ……あそこには毒の霧があるんだ」

「毒の霧……?」

「その沼の周りは蛙たちがたくさんいてな、そいつらが毒を吐きだして、それが霧となって辺りに漂ってるのさ」

「その毒の霧を吸いこんだら最後、身体が動かなくなっちまう、何の準備もせずに1人で行ったらまず助からねえって場所だ」

「……そのことを、彼女に伝えたのか?」

「もちろん言ったぜ、場所だけな」

「あいつはバカだから毒の霧が舞ってるなんて知らねえだろうよ」

「「はははっ」」


またも2人の馬鹿笑いがこだまする。


「……彼女が死んだら、どうするんだ?」

「あん?」

「……お前ら、彼女の成功報酬で飯を食ってるんだろ? 彼女が死んだら報酬は手に入らないぞ」

「別にいいぜ、元々ただで金が手に入ってるようなものだったし、アイツが死んでも何の損もねえ」

「そうそう、むしろ感謝されるかもな、あのバカを殺してくれてありとうって」

「……」


死んで感謝される、そこまでの悪逆非道を彼女はしたのか。

彼女はそこまで蔑ろにされなければならない存在なのか。

名もなきオークの少女。出会ってからまだ数時間も経っていないし、俺はまだ彼女のことをほとんど何も知らない。彼女の悪評だけが伝聞で聞こえてくる。

だが、それは正しいのか。

この街の傭兵たちにとって、彼女は悪であり、死に値する存在なのかもしれない。

しかし、俺にとって、彼女は命の恩人なのだ。死に値する存在ではない。いや、逆だ。命の恩人ならば、その借りを返さなければ……今度は俺が彼女の命を救わなければならないのではないか。


きっとこの彼女に対する仕打ちを別の誰かに話しても、誰も彼女を助けようとはしないだろう。

ならば、俺しかいない。

俺が独りで彼女を助けなればならない。


「アンタらの話を聞いて、俺は決心がついたよ、改めてお礼を言わせてくれ、ありがとう」

「お? そうか?」

「良い事をした後は気持ちが良いぜ」

「ご注文のお酒お持ちしました~」


ピンクのツインテールのウエイトレスが酒が注がれた木のジョッキを2つ持ってきた。

俺はそれを受け取ると、テーブルに叩きつけるように置く。

なみなみと注がれていた酒がたくさんこぼれ、それぞれ2人の男たちの服を汚した。


「おい! 何しやがんだ!」

「すまない、興奮してしまった、それじゃあ俺はこれで」


クルリとテーブルに背を向け、リチャードの元に戻る。


「ちっ、何なんだアイツ……」

「ほっとけ、多分、アイツもバカなんだよ」

「はははっ、きっとそうだぜ」


後ろで繰り返されるバカ笑い。

振り向く気も起きなかった。




「リチャード」


テーブルに戻ってくると、席に座らずにまず頭を下げた。


「俺に良くしてくれてありがとう……だけど、申し訳ないが傭兵団の件は断らせてくれ」

「……そうか」

「俺は行くよ」

「……腹を決めたのか?」

「決めた」


リチャードは神妙な顔で頷く。


「君の決断が上手くいくことを願っているよ」


リチャードがニコリと笑って言った。

俺はコクリと頷き、大衆食堂を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る