第25話大発見!

「失礼します」

1月26日(日曜日)、島教授の研究室に杉原氏が入ってきた。

「島先生には神郡の遺跡保存でお世話になりましたので、年始の御挨拶です。これ、皆さんで召し上がってください」

杉原氏は袋から筑波銘菓[つくばうむ]を取り出すと机に置いた。

「御丁寧にありがとう。12月定例会はお疲れさまでした」

「面倒なことは課長が仕切ってくれたので助かりました。課長、見た目は典型的なおっさんですけど、文化財課長に着任する直前は財政課の課長補佐だったんです。学術調査の予算化事務が円滑に進んだのは課長の手腕です。予算の裏表や議会対策を熟知してますからね」

島教授が労うと、杉原氏は淡々と答える。しかし、文化財課長を信頼しきっていることが言葉の隅々から感じ取れる。


研究室の面々と[つくばうむ]を食べながら、杉原氏は今後の調査予定を淡々と説明する。

(これであの衣服の秘密も解明できるかもしれない・・・以前優花里ちゃんが話してた金色姫伝説の解釈、ひょっとしたら・・・)

「杉原さん、これまでに神郡から2000年前に造られた絹織物と織機の残欠、まだ年代は不明だけど金銅薬師如来坐像が出てきてるわけだけど、誰かがまとめて2000年前に神郡に持ち込んだ可能性はないの?金銅薬師如来坐像も2000年前の木箱に入ってたんだし、断続的に持ち込まれたと考える方がむしろ不自然なんだけど。神郡が朝鮮半島や中国大陸と直接交易してたとは思えないし・・・」

一通りの説明が終わると、島教授が杉原氏に声をかけた。

「そうですね・・・交易で手に入れた品ではないでしょうね・・・海流を考えれば、東南アジアの沿岸地域の何処からか、一定人数の集団が2000年前に神郡に漂着した可能性はあります。太古の神郡は入江でしたし、豊浦という地名も残されてますからね」

「例えばベトナム北部からとか」

「その可能性は大いにあります。出土した織機の部品と木箱はベトナム北部産の木材で造られたことは確定ですから、特に織機は造られてからそれほど時間が経たないうちに船積されたと考えるのが自然でしょう。その時乗船してた人達が例の絹織物を携えてたと考えても何ら矛盾はありません。ただし、仏像は時期が早過ぎます。木箱がベトナム北部で2058年前頃に造られたとしても、中国に仏教が伝来したことが確認できるのは1世紀中頃です。神郡で出土した金銅薬師如来坐像と同じ技術で造られた仏像がベトナム北部の2058年前前後の地層から出土しない限り、2000年前にあの仏像が渡来したと判断することはできません。それと、絹織物に関しては絹糸の産地を特定することが重要です。絹糸の産地がベトナム北部であれば、絹織物も織機も2000年前にベトナム北部から神郡にもたらされたと推測して問題ないと思います」

「金色姫伝説、御存知ですよね」

「あっ!・・・旧仲国の舞台はベトナム北部か・・・島先生、これは面白い展開になりそうですね!」

その時、島教授のスマートフォンに電話が着信した。


「えっ!何で私が!」

「お父さんが急にぎっくり腰になったんだから仕方ないでしょ!うちはね、昔から決算期末が1月31日だから棚卸を今月中に絶対にしなければならないの!さっさと準備して!対価は払うから」

「そんな・・・そもそもお父さんがぎっくり腰って、私聞いてないよ」

「はい、これチェックリスト。リストの項目毎に数量を確認して記入してね。前にPCにデータ入力したことあるから要領はわかるでしょ?」

「・・・ちょっと待ってよ、朱美に電話するから・・・」

1月25日(土曜日)、棚卸のために家の倉庫で作業をしていた優花里の父親は、作業開始早々ぎっくり腰になって病院に運ばれる。そうとは知らずに学園から帰宅し、朱美と遊びに行くために服を着替え、出かけるにあたり玄関で靴を選んでいた優花里は母親に呼び止められ、ピンチヒッターとして優樹共々急遽棚卸に駆り出されることになった。


「今日は久しぶりに朱美と立川に行くつもりだったのにな・・・手伝うの嫌じゃないけどさ、いつも急なんだよな・・・お父さんもお父さんだよ。お酒ばっか飲んで運動しないからぎっくり腰になるんだよ・・・」

汚れてもいいように服を再度着替えた優花里は、ぶつくさ言いながら倉庫にある商品の数量をリストに従い確認していく。優花里が順次倉庫の奥に進んでいくと、古い木箱だけが整然と収まっている棚を見つけた。

「お母さん!」

優花里は大声で母親を呼んだ。

「この棚も確認するの?」

「ああ、これはひいおじいちゃんとおじいちゃんが個人的に集めた絹糸のサンプルよ。商品じゃないから無視していいよ」

「了解!」

(ここは無視、っと)

優花里は棚から離れ、更に奥に進んでいく。

(この調子だと私の担当分、明日の早い時間には終わるな・・・)


「優花里、優樹、お疲れ!今日はもういいよ」

18時を過ぎたころ、倉庫の入り口から母親の声がする。

(やれやれ・・・普段しないことをすると疲れるな・・・)

優花里はリストを事務室に届けると、自室に戻ってベッドに横たわる。

(倉庫に入るの、久しぶりだな・・・小さい時はいつも倉庫で遊んでたけど、中学生になってから入った記憶が無い・・・)

小学生の頃は優樹や時には朱美も交えて倉庫でよくかくれんぼや探検ごっこをしていた優花里だが、中学生になってからは倉庫に寄りつかなくなった。その意味で、倉庫にある物は皆初めて見るようなものばかりで新鮮でもあった。


翌朝、優花里は作業を再開する。淡々と作業をこなし、昼食を摂って倉庫に戻った優花里は、なんとなく気になったので昨日見つけた木箱の棚の前に立った。よく見ると全ての木箱にラベルが貼ってあり、採集した時期と場所が書かれている。

(いろんなとこから持ってきたんだね・・・ほぼ日本中の物がある・・・)

優花里が感心しながらラベルを見ていくと、ラベルに[昭和壱九年河內]と書かれている木箱がある。他にもラベルに[昭和廿年河內]と書かれている木箱があった。

(河内?これだけ旧国名って変だな・・・あっ、河內、ハノイのことか?まさか、旧仲国の絹糸がこの中に・・・)

期待に胸を躍らせながら優花里は埃を掃いつつ2つの木箱を取り出して蓋を開ける。中にはそれぞれ数束の絹糸が入っていた。その内のひと束を手にしてみると、一見すると若干黄色みがかった絹糸であったが、照明に照らしてみるとその絹糸は黄金のように輝く。

「綺麗・・・」

(これ、コカゲさんが着てた着物と同じ輝きがある・・・)

「優樹!」

優花里は大声で優樹を呼んだ。

「何、姉ちゃん?」

「これ、やっといてね」

優花里はリストの束を優樹に渡した。

「ええっ!何言ってんだよ!」

「私、急用があるから」

「冗談は止めてくれよ!俺だって・・・」

「ばらすよ」

「何を?」

「熟女」

「ははは!あれは処分したからどうぞ御自・・・」

「証拠はあるんだよ」

優樹は強気に出たが、優花里が差し出した携帯電話の画面を見た途端に絶句してしまう。

(ちくしょう!写真撮ってたのかよ!)

「わかったよ!」

「わかればよい。じゃ」

「・・・」

優花里は熟女のエロ本をネタにして優樹を脅すと、2つの木箱を抱えて倉庫を出た。


「お母さん、ちょっと・・・」

優花里は事務室のドアをノックすると、リストに従い棚卸のデータをPCに入力していた母親に声をかけた。

「どうしたの?」

母親は席を立って優花里の傍にくる。

「これ、島先生の研究室に持ってきたいんだけど、いいかな?先生が研究してる着物の由来を解明する手掛かりになるはずなんだ」

「いいけど、作業は終わったの?」

「残りは優樹がしてくれるって」

「また何かをネタにして脅したのね?」

「・・・」

「優花里、優樹のこと、少しは尊重しなさい」

「・・・わかってますって」

「ホントに?」

「ホントだよ、じゃ!」


優花里は木箱を抱え自室に戻ると、携帯電話を手にする。

「もしもし、豊浦です。島先生でしょうか?」

《優花里ちゃん?どうしたの?》

「実はさっきですね、家の倉庫で曾祖父がハノイで集めた絹糸の束を見つけたんです。全部で17束あります。もしかしたら、この中に神郡で見つかった着物に使われてる絹糸と同じ種類の絹糸があるんじゃないかと思いまして。この絹糸、これから先生の研究室に持ってきたいんですけど、いいですか?」

《ホントに?是非見せて!待ってるわ!》

「了解です。これから行きます」

(次は朱美に・・・)

「朱美、これから農工大行くから合流しない?」

《へ?いきなり何言ってんの?》

「詳しいことは先生の研究室で。私、今から出かけるから、研究室でね。じゃ!」

優花里は服を着替えると、デイパックに木箱を入れて家を後にした。


「先生、これなんですけど。曾祖父がハノイで入手したものです」

優花里はデイパックから木箱を取り出した。杉原氏は30分程前に黒木君と一緒に研究室を後にしていた。

「1944年と1945年か・・・この年代だと伝統的な製法で造られた絹糸だね・・・優花里ちゃん、これ、優花里ちゃんのひいおじいさんがハノイの市場で手に入れられた絹糸だと思うんだけど、個々の束の産地までわかる?」

「ラベル見てもわかるように、かなり大雑把な人みたいだったんで・・・」

優花里は明らかに異なる2種類のラベルを見ていた。曾祖父のラベルには収集年と大雑把な場所しか書かれていない。一方、祖父のラベルには収集年月日、産地、生産者まで詳細に書かれていた。

「そうね・・・でも、ハノイ近郊の農村で生産された絹糸に違いないだろうから、的を絞ることができるかもね」

「先生、これ、見てください。これ、神郡で見つかった着物に使われてる絹糸とほぼ同じものじゃないですか?」

優花里は黄金色に輝く絹糸の束を取り出して島教授に見せた。

「これ、クリキュラの絹糸だね。確かに細くて綺麗な絹糸だけど、これがあの衣服に使われてる絹糸とほぼ同じって、どうしてわかるの?あの衣服の絹糸は著しく経年劣化してて、目視だと全くの別物じゃない?何か根拠あるの?」

(しまった!言い過ぎた!)

コカゲが着ていた2000年前の状態の衣服を見たとは言えないし、言ったところで信じてくれるはずがない。優花里は絶句してしまう。

「いいのよ、優花里ちゃん。優花里ちゃんって、あの衣服のこと本能的に理解してるみたいだからね。伊藤さん!この絹糸全部、分析に回して!貴重な物だから無駄遣いしないように注意してね!保存にも注意して!」

「わかりました!早急に手配します!」


伊藤さんが絹糸の束を木箱から取り出して整理していると、ドアをノックする音がする。

「失礼します・・・」

朱美が研究室に入ってきた。

「あっ!これ、あの着物の絹糸じゃん!何処で見つけたの?」

研究室に入ってきた朱美は、件の黄金色に輝く絹糸の束を見ていきなり驚きの声を上げた。

「朱美ちゃんまで・・・あなた達、何故?・・・」

島教授も驚いている。

(何かまずいこと言ったかな・・・)

朱美は優花里の顔を見るが、優花里は困惑した表情を隠さない。2人共説明ができないので黙ったまま立っていた。

「・・・女の勘、ですかね・・・」

朱美は苦し紛れにその場しのぎの返事をしてしまう。

「あなた達、何か知ってるわね?」

「・・・」

「教えて」

「・・・」

「何を隠してるの?」

「・・・先生・・・全ての証拠が揃ったら・・・お話しします。約束します・・・」

「優花里ちゃん、証拠って何?」

「あの着物が2000年前に、織機と一緒にベトナム北部から豊浦に渡来したという証拠です。その証拠が揃えば・・・」

「何を隠してるのかわからないけど、私の仮説も優花里ちゃんと同じ。あの衣服と織機が2000年前にベトナム北部から豊浦に渡来したことをこれから一緒に証明しましょう。証明することができれば、金色姫伝説の基になった歴史的事実も明らかになる。この件に関しては、明大の相沢先生が全面的に協力してくれることになってるから、考古学的な裏付けも取れるかもしれないからね」

島教授の話に、優花里も朱美も安堵する。

「2人共、来年、必ずうちの繊維高分子工学科に合格するのよ!1年から徹底的に鍛えてあげるからね!」

「わかりました!」

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