第19話復活する技術

「黒木君、例の[変な物]の用途、わかった?」

12月9日(月曜日)の昼下がり、[変な物]のCGや3Dプリンタで復元した1/5模型を研究室で眺めいじくりながら唸っている黒木君に島教授が声をかけた。

「先生、今まで片っ端に世界中の手織機の図面や手織機に関する特許も調べてみましたけど、あんな部品使ってる手織機、世界中探しても何処にも存在しないんです。全く手掛かりがありません。もう、お手上げ状態ですよ。これ、言い出した僕が言うのも何ですけど、この[変な物]、本当に織機の部品なんですかね?全く別の用途の物が偶然綜絖の近くにあっただけじゃないですか?」

黒木君はかなり弱気になっている。

「でも、綜絖と同じ木材で造られてるのよ」

「同じ木から複数の製品を造ることって、普通にしてますよね?」

「そうねぇ・・・ちょっと勇み足だったかな・・・でもね、何か引っかかるの。あれだけ複雑で正確な絹織物と同じ時期に造られた物だからね、この[変な物]・・・」

「機械工学科の安富先生に相談してみましょうか?」

「先週してみた。いろいろとコメントしてはくれたけどね、結局は織機のことで島先生がわからないこと俺にわかるわけないだろ、って・・・」

「何か冷淡ですね・・・あれですか、明大との共同声明を学長名で出したのが尾を引いてるんでしょうか?共同記者会見の席にいたうちの関係者、先生と僕と伊藤さんだけだったし・・・」

「あれは明大側が学長名で出すって意気込んだしね。こっちが副学長以下じゃバランス悪いでしょ?でも、根回しが足りなかったかな・・・」

「遺跡保存のための他大学との共同声明なんて前例が無いことですし、時間もなかったから学長に電話とメールで許可もらっただけですからね・・・」

「でも、まぁ、紙切れ1枚で遺跡が保存できたんだからいいとしましょう。それにしても相沢先生って場馴れしてたわね。つくば市長に申し入れした時、あれは確実に威しだった。暗に言うこと聞かないとどうなるかわかってますよね、ってね」

「貴重な遺跡の破壊者として徹底的に糾弾するって、暗に言ってましたよね。それにしてもすごい驚きでしたね、相沢先生が女性だったとは。杉原さんの話を聞いてると、辣腕の男性としか思えませんでしたから」

「そうね。お年の割には若く見えるし、敵にしたら恐ろしい存在ね・・・さて、つまらないことを悔やんでも意味無いから、とにかく前を向きましょう。何か解明の糸口があるはずよ」


12月13日(金曜日)、期末試験終了後、3週間程度とはいえ自由を奪われていた優花里と朱美は、今日は目いっぱい遊ぼうと決意し京王八王子ショッピングセンターをぶらついていた。

「ゆかりん、このオルゴール可愛いね!」

「あっ!ホントだ!こういうの、1つは欲しいよね」

ウィンドウ越しにオルゴールを眺めながら、優花里と朱美は暫くの間、きゃっきゃっと戯れていた。

「どうしたの、ゆかりん。急に黙り込んじゃって」

「あのさ、朱美、あのオルゴールのとげとげ、もっと太くすれば豊浦館跡で発掘された[変な物]に似てない?」

突然押し黙った優花里は、暫くしてからボッソっと言い出した。

「何、とげとげ、って?」

「あのとげがついたカーラーみたいなものだよ」

「ああ、シリンダのことか・・・そう言われれば確かに似てるね」

「オルゴールって、その・・・シリンダのとげがあの櫛みたいなのを弾いて音を出すんだよね・・・」

「そうだけど、どうしたの?」

「あの櫛みたいなのが織機の踏み板だったら?」

「???・・・あっ!お母さんに電話する!」

朱美はポケットから携帯電話を取り出すと、島教授に電話をかけた。

「お母さん?あのね、あの[変な物]、シリンダじゃないの?」

《はぁ?何言ってんの?落ち着いて話しなさい!》

「ごめん、ごめん!今、ゆかりんとK-8(京王八王子ショッピングセンター)にいるんだけどね、一緒にオルゴール見てたんだ。オルゴールって、シリンダのピンが櫛の歯を弾いて音を出すじゃない?シリンダを神郡で出土した[変な物]、櫛の歯を織機の踏み板に置き換えれば、[変な物]は突起で綜絖を上下させるための織機のシリンダになるんじゃないかな?」

《あっ!》

島教授がいきなり大声を上げるので朱美は携帯電話を耳から遠ざける。

《なるほどね!それで複雑な織物を正確に織ることができたのか!朱美ちゃん、電話切るわよ。黒木君に模型造らせなきゃ!》

「お母さん、電話切っちゃたよ・・・これから黒木さんに模型造らせるって」

「黒木さんに悪いことしたかな?」

「これから毎晩徹夜かもしれないね・・・人使い荒いからね、お母さん・・・」


「黒木君、いる?」

朱美からの電話を一方的に切った島教授は、大声で黒木君を呼んだ。

「・・・何ですか、先生・・・」

黒木君は力なく返事をした。 [変な物]の正体を突き止めることが未だにできず、他の仕事にも忙殺されて月曜日に出勤したまま家に帰れず研究室で寝泊りを続けていた黒木君は既に消耗しきっていた。冬だからまだましだが、夏場なら異臭を放っているに違いない。

「あの[変な物]だけどね、綜絖を上下させるためのシリンダじゃないの?」

「・・・?ああっ!そうか、シリンダか!NC(Numerical Control)か!全体で36×36の突起が付くように整然と配置されてるので何か意味あるのかなと思ってましたけど、これなら最大36枚の綜絖を個別にコントロールすることができる!これ、すごい、すごいですよ!2000年以上も前にNC機械なんて、一体どんな技術者が開発したんでしょうね、いやぁ~、参った!」

[変な物]の正体がわかり興奮した黒木君は、疲れを忘れて1人で嬉々と喋っている。

「そうか!シリンダを交換すれば、いろんなパターンの織物を織ることができるってことか!これ、先生が気付かれたんですか?」

「朱美ちゃんと優花里ちゃん。2人でオルゴール見てたら気が付いたみたい」

「なるほど・・・言われてみれば確かにオルゴールのシリンダですね、これ。何で今まで気付かなかったんだろ?アプローチの方法がまずかったかな?」

「この[変な物]と綜絖が連動した実証模型、造れる?」

「任せてください! 造ります!」

「来週中にお願いね」

「ちょっ・・・無茶言わないでくださいよ。そもそも[変な物]をどのように動かしたのかがわかりませんし、[変な物]と綜絖との連動だけじゃなくて杼や筬の動きとの関連も考慮しなければなりませんから、それなりの時間かかりますよ。それに、神郡で発見された衣服の織のパターンも考慮すべきではないですか?」

「わかってる、冗談よ。でも、できるだけ早くお願いね」

「わかりました。それはそうと、正体に見当がついた以上、何時までも[変な物]じゃダメですよね。何か名前付けませんか?」

「シリンダでいいんじゃないの。杼だってシャトルなんだし」

「そうですね。シリンダにしましょう。和名はどうします?」

「考えておいて」

「・・・」

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