第四章 堕落神の目覚め――そして、世界は反転した

第四章 第1話

 ギースの街を歩いていると様々なものが目に入る。

 通りの商店の軒先は、大陸各所から運ばれてくる豊富な種類の肉や加工品、色とりどりの果物や野菜、香辛料で埋め尽くされている。

 珍しいフルーツを見つけた僕らは、ジュースを注文した。

「おじさん、これジュースにしてください」

「あいよ、久しぶりの客だから、サービスしとくよ。ところで兄ちゃんは、もう行ったか?」

「?」

 首を傾げると、青果店のおじさんは通りの斜向かいの人混みを指さしながら話を続ける。

「カジノだよ、カジノ。どうも、そっちにばかり客を取られて商売あがったりだよ、まったく。ウチの息子も、店番サボってカジノに行ってるのさ……ブツブツ」

 たしかに人の流れをよく見てみると、通りにこそ人は多いものの、商店街に立ち止まる客足はまばらだ。

「最近できたんですか?」

「何だ兄ちゃんたちは、旅の人か? そんなら知らないだろうけど、あそこは元々ギースで一番デカイ教会なのさ。アレグラでいう女の司祭が大陸からやってきてから、ぶいぶん様変わりしちまって……。」

「街一番の教会が、今ではカジノ?」

「だろっ? おかしいのさ。俺は反対したんだけどよ、商店街の集客につながるからって、みんなが賛成しちまって、このザマよ。結局カジノにばっか客を奪われて、商店街は前よりヒマなんだ」

 愚痴を言い続けるおじさんにお代を渡して立ち去ろうとすると、聞き慣れた声が背後から飛んでくる。

「ガハハハハ。よぉ久しぶりだな、レイバー。なんだ? 辛気臭い顔してんな」

「オーシン!」

 かなり久ぶりの顔が現れた。

 彼は僕と同じアムロイ村の出身だ。

 年の頃は僕や兄さんよりも、かなり上で中年頃。

 ギルロスに入るときには、兄さんに代わって保証人になってくれたり、外壁点検の仕事を紹介してくれたりもした。

 ただ、彼自身は家業の農家を継ぐのがイヤだからと、ある時フラリと旅に出てしまったけど。

「今はこの街に住んでるの?」

「おうよ。で、そっちのカワイ子ちゃんは、なんだ彼女か?」

 オーシンは上機嫌にそう言いながら、僕の肩をバシバシと叩く。

 ロディのほうを見ると、心なしか顔を赤らめている。

「ち、違いますっ」

「まあまあ、照れなさんなって。ほれ、コイツをやるよ」

 そういうとオーシンは、大きな紙袋からお菓子の包みを僕らに渡した。

 袋には「カジノ 黄金の鷲」の文字が印刷されており、金の鷲鼻の仮面のロゴが目に留まる。

「オーシン、それ……」

「あーこれか。いやー、まいったな。勝ち過ぎちゃってよ。お前も、一緒に行くか?」

「いや、僕らは明後日、大陸に渡らないといけないんだ」

 さっきまでおどけていたオーシンが、急に真面目な顔になる。

「あれか、トニーを探しにいくんだな」

 僕が深く頷くと、また急に笑い出した。

「ガハハハハハ、そんな固くなってどうする? じゃあ明日はヒマなんだろ。お子様のお前に、大人の遊びってもんを教えてやるよ」

「ちょっと、オーシン!」

 引き留めようとする僕に、オーシンは手のひらを振りながら、通りの人混みのほうへと歩いてく。

 僕が追いかけようとすると背後から、おもむろに声をかけられた。

「……あそこに行ってはダメだ」

 僕らが振り返ると、お世辞にも身なりがキレイとは言えない大きな鷲鼻の老人が、路地裏から僕らを手招きしていた。

 気がふれているのか、靴を履いておらず、髪もボサボサだ。

 近づくとツーンとすえた臭いがして、思わずロディは鼻をつまんでいる。

 く、くせぇぇ……。

 僕も鼻をつまもうとすると、その男が僕の顔を凝視してくる。

 どこかの信者なのか、手には古びた教典のようなものを握り締めている。

「ちょっと、何なんですか?」

「黄金の鷲に行ってはダメだ。骨の髄まで、しゃぶり尽くされる。あそこに足を踏み入れるともう、まともな人間ではいられない……」

 老人は僕の言葉を無視するように、一人でブツブツと呟いていた。

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