33スライム降ってる不穏な王都1

 王都ロロ周辺には四季がない。

 鉄道列車からも見えた一面の荒野が広がるばかりだ。

 だけど、結界に護られた王都内には四季が巡るような魔法が掛けられているらしい。花が咲いて紅葉が落ちて雪も降るって話だよ。普通に天気だって変わる。改めて王都には破格な魔法が幾つも掛けられているんだなあってわかる。


 対照的に、僕の故郷オースエンド村は何もしなくても季節が巡る。標高も高いせいか四季はより明確だ。

 春告げのクロッカスは毎年紫の小ぶりな花を咲かせて目を和ませてくれるし、家々の庭にはりんごの木が植えられていて白い花を咲かせる。タンポポの絨毯じゅうたんとの調和がああ春だなあって気分になる。

 夏はあってもそこまで暑くはないから過ごし易いし、秋になれば色彩が鮮やかだ。

 針葉樹が多いとは言え落葉広葉樹も生えてるし、紅葉の赤や橙、黄色は針葉樹の最中にあっては目に映える。

 冬の真っ白な雪化粧はめちゃ寒いって点を帳消しにしちゃえる程には美しいと思う。

 しんしんと空から降ってくる白い結晶はただ見ているだけで情緒を感じるし、気温が低くて空気が澄んでいるから、見上げれば葉を落とした枝の間からさえも夜空の無数の瞬きが見える。手袋に白い息を吐き出してよくジャックやリリーたちと星座観察をしたっけ。

 周囲に大都市のないド田舎だし交通も不便でマイナーな村だけど、ここを知る画家なんかは年に一度は訪れる、自然風景や自然現象にすらも耽溺たんできしてしまえる魅力があった。

 冒険中はアンニュイにしかならない雨――野宿で降られると朝起きてテントの中にスライムが入ってたりする。あいつら雨宿りしてくるんだよ。まあ見つけ次第即・滅!だけど――も、故郷では庭の草木や雨どいに当たって芸術的な音楽を響かせてくれていた。


 うふふふ、ああ美しいかな大自然、そこが僕を育んだ僕の村。


 懐かしの森の匂いの澄んだ空気を肺一杯に吸い込みたいよ。

 村には魔物排除の結界があるからスライムはもういないはずだし、平和な故郷に本当に里帰りしよっかな~。


 ――な~んてのは現っ実っ逃っ避っなんだけどさっっ。






 今僕の目の前では幻想的な降雨や降雪どころか、土砂降りよろしく様々な色のスライムが降ってる。あーはは、カラフル~。


 色取り取りの花が降るなら目を楽しませてくれて綺麗だなってうっとりするけど、それがスライムだとエンターテイメントな要素なんて全く微塵もない。早く止め。


 もうね、深呼吸なんてとんでもない。

 朝の清々しい空気を入れるために窓を開けたらもれなくスライムが吹き込んでくるとか、地獄……。


 サーガの街みたくアンデッド徘徊中でもないし伝染病のパンデミックで外出禁止の厳戒令発令中ってわけでも、ましてや正体不明の殺人鬼や変質者が出没中ってわけでもないのに、このままじゃ安心して外を歩けないっ。

 色々と動かないといけないってのに。


 沸々と沸き上がった感情は言わずもがな。


 ――スライム殺!!


 国で一番重要な大都市で、最も栄えている場所の一つ王都ロロで、そんな場所で……魔物排除の結界が正常に働いてないんかい!! 王都の外から見た時にはちゃんとドーム型の強力結界が目に見えてたのに、突然消えたとか機能停止したとか?

 なーんて、まさかそれはないか。


「……」


 うん、多分、ない……よねえ?

 低い雲で遮られて地上から結界は見えないから存在の有無も今は判じられない。現状じゃ原因も何もわからない。

 今が有事で槍や矢が降るならまだ何とか理解はできる。

 現実的に可能性がゼロじゃないって意味で。

 でもさ、スライムが降るって普通有り得ない。

 姿形が雨粒に似てるから降っても誰も気にしないよって雨の神様が思ってやったとか?

 ホント冗談も程々にしてほしい。

 マジで…………………………キレそ。


「くっそおおおおおっ何でこうなった王都おおおおおっ!!」


 窓の外のスライム共とばっちりうっかり目が合いまくって、自らの剣を手に窓から飛び出そうとした所で、


「だあああッ待てアル!」

「お願いだから落ち着いてアル! あんなの相手しても切りがないわよ!」

「だけどこんなの倒さないわけにはいかないだろおおおおおーっ!」


 間一髪、僕の並々ならない殺気放出とブチギレ絶叫で飛び起きたジャックとミルカに止められた。


「アル! アァァァール! やめろやめるんだ!」

「放せジャック! 僕をっ……僕をあのヌメリ行く戦場へ往かせてくれえええっ」


 窓枠に足を掛ける僕を後ろから羽交い締めにするジャック。若様御乱心図だねー。

 観音開きに大きく開け放たれた窓からは、深くせり出していた屋根のおかげでスライム共が吹き込む最悪は回避されていた。

 もしも入って来てたらそれこそ今以上のカオス状態になってたと思う。

 後で思えば不幸中の幸いだったかな、ハハッ。


「落ち着けアル! 俺だって今すぐ往きたいさ! だけどこの発作のような抑えがたい衝動をどうしてこんなにも苦労して我慢していると思うんだ!」

「何故だあッッ!?」

「ここが三階だからだあああ!!」

「――ッ!? さッ、ん、階……」


 全身からフッと力が抜けた。そうだったよ……。


「そう、だからアル、ここの窓から戦場に突っ込んでくのはやめてくれ。せめて一階の窓からにしろ……!」

「ジャック、僕はっ……僕は何て短気で浅慮な男なんだ……っ」


 慙愧ざんきの念に駆られ、エア涙を流し唇を噛みしめる僕がもう飛び出す心配はないと判断したのか、ジャックが僕から離れて大きく両肩で息をついた。


「う、ホントに今すぐ消し去りたいくらい気持ち悪いわね」


 僕の向こう見ずな突撃未遂に焦った顔をしていたミルカも胸を撫で下ろし、窓外を見やって嫌悪感を滲ませる。共感度100%、ごもっともな感想だ。手にロープと魔法杖を持ってるけど、僕は猛獣捕獲よろしく簀巻すまきにされるところだった?

 と言うか魔法使われたら危なかった……万一のスカが。

 内心で凍るような恐怖を味わいつつ、倣うように僕もまた無言で窓外を眺める。


「スライムしかいないっぽいな。他の魔物は交じって無いみたいだ」


 ジャックの言葉に頷く。

 加えて、降ってる種類のスライム達は決して攻撃力は高くない。これなら王都民達の怪我とかはあまり心配しなくても良さそうだ。手が汚れる覚悟さえあれば普通の人でもベベチッといけるからね。

 むしろ生身より衣類を心配した方がいいかもしれない。

 あれだけ色取り取りといると絶対芸術性のある染みになる。


 でもホント、総員点呼! 一、二、三、四、五、六、七、八…………三十三、三十四……って何匹いんだよ! ここまで数えた僕も僕だけどさっ!

 天から落下してきた擬態雨滴スライム共は視界を過ぎ去る間「あー?」とかいつもの如くゆるーい顔面で最初から最後まで僕を見てた。

 しかも別の方を向いてた奴らもほとんどが僕の殺気に気付いたように、一斉にこっちを見る。

 そしてお約束、不躾な視線を寄越したままの無数のスライム共が、にたあ~。


「やっぱりジャック! 僕はあのヌメリゆく戦場へ往くぞおおおっ!」

「だっっっから三階から飛び出そうとすんなあああ!」

「挑発に乗らないで落ち着いてよアルーッッ!!」


 朝っぱらから宿の部屋はドタバタと騒々しかった。


 けど取り乱したのは僕達だけじゃなかった。

 夜明け頃からのスライム雨のせいで春眠暁を覚えまくった王都民は軒並み皆早起きで、最弱スライムとは言うものの、魔物が降って来るという前代未聞の怪現象にどこも上を下への大騒動だったらしい。

 まあ当然っちゃ当然だよね。

 スライム慣れしてる僕でさえ冷静を欠いてああなったんだし。


 そしてそれはこの宿だって例外じゃなかった。


 やっぱり僕を簀巻すまきにしたいのか、ミルカから向けられた杖とロープが再度目に入って急速冷凍的に平静さを取り戻した僕は、きちんと一階に下りた。

 勿論朝のバイトの後で宿の外に繰り出すつもりで装備も持参していた。

 二人も僕に同じ。


「これは一体何がどうなっているの!?」

「王都を出れるよう何とかしてくれよ女将!」


 一階ロビーでは、既に沢山の宿泊客がカウンターに殺到していて、女将のアンジェラさんに無茶な注文を浴びせていた。

 一般人の女将さんにどうこう出来るわけもないのに、客達は恐慌を来し正常な判断力を欠いているんだろう。


「カウンターが何かまずい雰囲気だね」

「そうだな。何か殺気立ってるし」

「宥めないと危険よね」


 頷き合った僕達は女将さんの所へと急いで駆け寄った。


「皆さんどうか落ち着いて下さい!」

「ああ、あんたたち……!」


 彼らを押し退けて僕達が顔を見せると、アンジェラさんは天の助けとばかりに表情を崩した。


「女将、わしらはどうすればいいんだ? 外はあんなに沢山魔物が降ってる! いつまでもこのままなのか!?」

「そうよ! 隙間から部屋に入って来たらどうするのよ! おちおち休んでもいられないわ! こっちには小さい子だっているのよ!」

「こんな状態じゃ宿泊代だって払わねえぞ!」


 皆が口々に好き勝手な事を言う。

 アンジェラさんは反論もできずにおろおろするばかりだ。

 誰もが、未知の現象に怯えていた。


 僕ら以外は。


「ああもっと魔法的な設備のしっかりしたとこにすれば良かったわ。こんな安宿じゃなくて!」

「そうよね!」


 増長する悪意と集団ヒステリー。

 アンジェラさんは全然悪くないのに、申し訳なさそうに消沈した顔をしている。

 そんな弱り切った顔する必要なんかないのに……っ。

 まだ短い付き合いだけど、宿泊客が気持ち良く寛げるようにって熱心に動き回っていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。


「何で……」


 我知らず拳を握っていた。


「ああ畜生こんな宿に泊まるんじゃなかった!」


 誰かの心ない言葉。


「――こんな宿?」


 僕の低い呟きと同時にロビーがしんと静まり返った。


 気付いたら右手に握っていた剣でダンッと床を突いていた。

 あわわ鞘の先でちょっと床に跡付いちゃったけど、今は気付かないふり気付かないふり~。


「外の状況は宿のせいなんですか? 違うでしょう? 女将さんは悪くない。悪いのは……――」


 僕は一階から見える窓外に表面上は冷めた目を向ける。はらわたは別だけど。


 ジャックとミルカは口を挟まない。

 おそらく僕のように憤っているんだろう。


 僕の静かな怒気が冷水の代わりを果たし、黙り込んだロビーの面々は次第に冷静さを取り戻すと自己を省みてバツが悪そうな面持ちになる。


 よし、ここはあと一押しで丸く収まりそうだ。

 そのためにはまず少しの安心感でもいいから持ってもらう必要がある。


「僕が――」


 皆からの視線が集まる。

 息を大きく吸い込んだ。


「僕達が王都のスライム共を残らず殲滅せんめつしてみせますッ。必ずやッ……! ここをスライムのいいようにはさせません! 無銭滞在の代償をこの手できっっっちり支払わせてやりますともッッッ!」


 ハハハ滞在費払うような奇特なスライムがいても滅するけどね!

 ぎらつく殺意。吹きすさぶ狂気。

 クリーンだった白目が鬼気迫る血眼へと豹変した僕の熱の籠った弁に、その場の客達が唖然とし息を呑む。

 中には、え? え!?って二度見するみたいな顔になってる人もいる。


「あ、俺達冒険者なんで、スライムとの接し方には慣れてるって言う意味です」

「そうなんです。あたし達今まで沢山のスライムを相手に全戦全勝でしたから!」


 外よりこいつの方がヤバそうだとドン引かれているのを察し、見かねたジャックとミルカがフォローを入れてくれる。


 ハハハ済まない友よ。歯止めが利かなくてね……。


 二人のフォローが効いて理解が広がると、客達はアンジェラさんへと目を向ける。


「女将、悪かったよ」

「ごめんなさい女将さん」

「取り乱してすまなかった。女将だってこっちと同じようにわけがわからないだろうに」


 真摯しんしな謝罪にアンジェラさんは明らかにホッとした顔で小さな笑みを浮かべた。


「いいんだよ。こんな非常事態じゃ仕方がないさ、気にしないどくれ。少しでも情報が入れば皆にも知らせるようにするから、申し訳ないけど今は部屋に戻っとくれ。ああロビーの方がいいならそれでも構わない。どちらにせよ朝食は希望の場所に運ばせるよ」


 彼女の慈悲深い赦しの言葉に感動し頷いた客達が、各各の判断で宿泊部屋かロビーかを選んで告げていく。

 彼女は忙しなくメモを取って応対しながら、僕達の方を一度見てありがととばかりにウインクしてくれた。中々に決まってた。あれで旦那さんのハートを射止めたに違いないね。


「何とか収拾ついたみたいで良かったな。ナイス怒り心頭」

「からかわないでよ。でもホントついつい熱くなり過ぎちゃったよ」

「そんなことないわ。アルが怒らなかったらあたしが怒ってたわよ」


 今になって猛烈に恥ずかしくなってくる。

 すると、一部の客達が僕達の方に近寄って来た。


「そこの兄さん、さっきは大人げない態度を見せてしまって悪かったな」

「私もごめんなさいね。パニクッてあれ以上分別のない態度を取ってしまう前にたしなめてもらってよかったわ」

「あ、いえいえ、僕も皆さんの不安はわかりますし、こういう事はお互い様ですよ」


 正直生意気だと文句の一つも言われるかと思いきや、幸いにして僕に対して不愉快な感情は抱いてないようだった。……どこかビクビクと窺うような気配はあったけども。

 皆も気が立っていただけで、根っから嫌な人間ってわけじゃなかったんだよね。

 嫌われ役を進んで受ける趣味はないけど、もし損な役回りになっても構わないかと思っていただけにちょっとホッとしてしまった。


「僕の方もちょっとカッときちゃってましたし、逆に、皆さんが話のわかる方達で助かりました」


 胸に広がる安堵を滲ませ相好を崩すと、ロビーの皆さんは何だかほぅ、と頬を染めた。


「アル……」

「アル~……っ」


 ジャックが「こいつぁはいけねえや……」とかフッと達観の笑みを浮かべ、ミルカが周囲同様顔を赤くしつつもハンカチをくわえて引っ張っている。

 よくわからないけど丸く収まって一安心だね。


 解散するお客を眺め、僕は決意する。


「ジャック、ミルカ、このスライム騒動を何としてでも早く収束させよう」

「ああ」

「そうね」

「そのためには、まずはやっぱり情報収集からだよね。朝の仕事が終わったら即外に出るつもりだけど、二人はどうする?」

「俺もアルと一緒に出るよ」

「うーん、あたしはどうしようかしら。一緒に行くつもりで準備はしてきたけど、やっぱり正直宿も心配よね」

「そうだね。たぶん昼食もお客さんの希望に合わせて運んだりするんだろうし、いつもより人手が必要だろうから、ミルカは宿に居てくれると助かるかも」

「わかったわ。決まりね」


 客が引いたカウンター越しにアンジェラさんには食事後の外出とその目的を説明する。


「さっきもちょっと言いましたが、僕達スライム通なんです。あでも安心して下さい。ミルカはここに残して行きますから、もしも何かあれば彼女を頼って下さい。彼女ならそこらのスライムなんか寝てても倒しちゃいますからね」


 アンジェラさんは冗談だと思ったのか「あははそりゃすごいね~!」とさっきまでの憂いなんかどこかに吹き飛んだ顔で豪快に笑ってくれた。


「ええ? さすがに寝てたらあたしでも無理……」


 ミルカは謙遜してたけど、マジな話だよ。

 いつかの雨の野宿、薄ら空が白んだ早朝の頃、テントにのこのこ入って来たスライムをピンポイントで素手で叩き潰してたのを目撃したんだよねー、ベベチッとさ。

 しかも奴ら、寝返りを打ちながらのミルカから全滅の憂き目に遭っていた。


『おはよー……。ん、あれ? なんでスライム倒した時の石がここにあるの?』

『さ、さあ……収納袋に穴でも開いてたんじゃないのかな、アハハ……』


 記憶ないみたいだし本人には言わない方がいいんだろうと黙っておいた。その朝は起きて早々入念に手を洗うようにって促したよね。


「まあそうかい、話はわかったよ。でも外に行くんならいい物があるからちょいとお待ちよ。その普通靴のままじゃ足元が滑って危ないだろう。宿が忙しくならない今のうち取ってくるからさ」


 そう言って一旦奥に消えたアンジェラさんが戻るなり僕とジャックに差し出してくれた物は、何とスパイクだった。

 スパイクの嵌め込まれたベルトを靴に固定して使うタイプの物のようで、だから靴のサイズは問わず持ち運びにも便利そうだ。


「え、いいんですか?」

「まったく遠慮深いねえ。いいから持って来たんじゃないのさ! 思う存分に使ってやっておくれ。実はこれね不肖の息子が作ったもんでね、もしも魔物のヌメりに困ったら付けるようにって置いてったんだよ。そんな馬鹿げたもしもがあるかいって笑って思ってたんだけどねえ、まさか役に立つ日が来るとは思いもしなかった」


 と、彼女はしみじみ語った。

 何でも、息子さんは研究者なんだとか。

 普通のスパイクとは違って、対魔物の粘液体液限定の特殊な滑り防止スパイクらしい。

 表面がヌメヌメで覆われた魔物の表面を上れるとも言ってたけど、そんな山みたいにでっかいヌメる魔物に遭遇したくはない。


 初めて見る貴重なアイテムに、受け取った僕とジャックはマジマジとそれを見下ろした。スライム研究所――S研製ってベルトの部分に小さく刻印してある。

 ななな何とS研で作ったやつ!? なら息子さんはそこの職員なんだ!? 案外過去に会ってたりして?

 それはともかく、出所がそこなら絶対にスライムのヌメりを想定して考案されたスパイクだねこれは。凄いレアだし期待もできそうだよ。ジャックも刻印に気付いたらしく僕達は目を見合わせて輝かせた。気持ち潤う~!


「じゃあ遠慮なくお借りします」

「ありがとうございます。これで足元は安心安全です。な、アル」

「うん、思いっきり暴れられそうだよ! 本当にありがとうございます!」


 揃ってわくわくとした子供のように顔を輝かせた。

 刻印を見せたミルカがはしゃぐ理由に納得し、やれやれと言った風に苦笑を浮かべている。

 アンジェラさんは息子さんの発明品が初めて役に立ったからか、とても満足そうだった。


 朝食時間終了後、今度こそ外出準備を万端とかかとや爪先をトントンと軽く打ち付けてスパイクが外れないよう入念に確認する。うん、調整良好ぴったり固定されてるね。


「じゃあ行って来ます。宿の方よろしくね、ミルカ」

「任せて、スライムがどっから出て来てもいいように見張ってるから」


 ガッツポーズを作ってみせるミルカの拳に、その掌に、僕は野宿の時を思い出してそれは心強いと内心感慨深く頷いた。


 こちらもアンジェラさんの厚意で貸してくれた大きめサイズの雨傘を手に、女性陣に見送られジャックと共に宿の扉を開ける。

 扉一枚で隔てられていた雨音が一段と強く耳朶に響いてきた。よーし、ここはやっぱりこの台詞。


「いざ、出陣!」


 応っ、とジャックが応えてくれた。

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