24スライム狂想曲は遺跡から6

「う、けほっ……」


 ゴオオオウウウゥゥゥゥンンン……と耳が壊れるかと思うような轟音を響かせた遺跡内。無我夢中で走って走って走って走~って、その後はどうなったのか自分でもあやふやだった。

 自分の咳で我に返ると、地に伏していた。

 耳はしばらく麻痺したように音が遠かった。


 でも、生きてる。


 生きてるんだ。


 狂喜して思わず掌の下にあった小石ごと握り締めた。

 全身を意識してみたけど痛みはない。


 助かったんだ。


 僥倖に震える自分の精神を落ち着かせている間に、聴覚が戻るのを感じた。

 埋まっているみたいだったけど、然程重たい物が乗っているわけでもなさそうで、僕はカラカラと小石が転がる音を立て体に掛かった小さな瓦礫をゆっくりと押しのけた。


「皆は……」


 どうなった?


 急な心細さと共に素早く辺りを見回す。

 天井がすっかり無くなって遺跡広場内はすっかり外同様に明るかった。


 静寂が流れる空間には誰の姿もない。


 誰一人として、いない。


 血と屍とで染められた草原の光景が一瞬だけ脳裏を掠め、この現状と重なった。


 膨れ上がった恐怖のようなものが僕を追い詰め蝕むような気さえした。

 とうとう破裂した我慢が僕に仲間の名を叫ばせようとした時、ジャックとミルカがすぐ近くでほとんど粉々同然の小さい瓦礫を押しのけて顔を覗かせた。


「ジャック! ミルカ!」


 すぐ後に他の三人も同じようにして身を起こす。


「良かった全員無事に生きてる! 良かったあああっ!」


 ジャックに抱き付きミルカに抱き付いて、全身全霊で喜びを表する僕の過剰なまでの様子に、皆はかえって冷静になれたのか、騒ぎはしなかったけどそれぞれとてもホッとした顔をして無事を喜び合った。

 ただちょっとミルカは鼻でもかんでいたのか、鼻辺りを拭うような仕種と共に一時後ろを向いたけど。


「でも何で怪我の一つもなく?」


 何て奇跡の確率だろう。

 そんな僕の疑問はすぐに解消した。

 魔法杖を握り締めていたミルカがいきなりへたり込んだ。


「えっちょっと大丈夫ミルカ? まさかどこか怪我を!?」

「ううん違うけど、誰も本当の本当に大きな怪我一個もなかったのよね?」

「ああうん、そうみたいだよ」

「そっかあ~。は~~~~良かったぁ~~~~スカが出なくて~~~~」

「もしかして君が魔法で僕達を護ってくれたの!?」

「うん、ちゃんと皆を網羅できて良かった。それにさっきのカルマって子が魔法具を投げてくれたから私の魔法と二重で完璧な防護壁を張れたのよね。あれがなかったら全ての衝撃を相殺できなくて、誰かは大なり小なりの怪我をしてたかもしれないわ」

「そういえば何か投げてきたけど、防御系の魔法具だったんだ?」

「そうよ。私達の助けになるようにって投げてくれたんじゃないかしら」

「へー、カルマが……」


 だから直撃圧死コースを免れたらしかった。

 死んだら供養とか何とか言ってたのは冗談なのか本気なのか。でも魔物って基本嘘はつかないって言うし、一応は本気だったのかも。

 でもさ、僕はよりにもよってスライムに情けをかけられたのか……っ。

 血涙を呑む僕にジャックは不思議そうにした。彼には話しておきたいって思ったけど、もうしばらくはカルマの正体を言わないでおこう。


 カルマは、遺物を持ち去るためにここに来たようだった。


 もしかして番犬よろしく発動する古代魔法陣の異常を察知できるのかもしれない。


 ここにあれがあったのを知っていたんだろうし、もしかしたらカルマが所有者だったりするんだろうか。

 古代魔法陣に召喚されたのはカルマと同族のスライムだったし……ってこれは僕のこじ付けだけど。

 でもまあ、益々以てここがカルマと深く関わっているんだって線が僕の中で濃厚になった。


 カルマが四千年前の遺跡に詳しいなら、カルマがいた記憶の残滓の年代もまた四千年前なのかもしれない。


 魔王や大勇者、大聖女や大魔法師って濃いキャラ達が揃っていたある意味ミラクルと言っていい遠い昔の。


「カルマの助力はともかく、本当にありがとうミルカ。今回ここでの一番の功労者は君だよ!」

「そうそう、マジで死ぬかと思ったからな。本当の本当にありがとなミルカ!」

「え、ど、どう致しまして」


 ミルカへは感謝もひとしおだ。

 一応はカルマにも。

 僕とジャックがウザいくらいのキラキラお目目で感謝を表すれば、ミルカは何だか照れ臭そうにした。

 ジャック君とリディアさんもミルカの傍に立つ。


「ミルカちゃん、ぼく達にまで魔法掛けてくれてありがとう」

「ありがとう。さすがミルカ。私は風魔法を使う思考的余裕もなかった」

「気にしないでよ。皆が無事で万々歳。それでいいじゃない」


 手放しで称賛し感謝するリディアさんとは裏腹に、一歩離れた所に立つクレアさんは面白くなさそうにしている。


「私まで助けてくれて、か……感謝してるわよ!」


 それでもきちんとお礼を言うクレアさんは、何だかんだでミルカを認めているんだろう。

 でも難儀な性格だよねー……ツンデレめがっ!


「クレアも別に無理しなくていいわよ。そもそもあたしが加減なしに天井ブチ貫いたのが良くなかったんだし」

「はっ折角人が感謝してるのに、可愛くないわね」

「はあ? 何よその言い方!」

「そっちこそでしょう!」


 何やら口喧嘩を始めた二人にジャック君がおろおろとし始める。

 ちょっとー、ここは「少し落ち着けよベイベ?」とか肩を抱いて自分の恋人を宥めようよジャック君!

 アオハルって、カレカノって、そういうものじゃないの?


「……アルは男女交際を著しく勘違いしてるだろ」


 うっかり漏れていた僕の呟きが聞こえていたのか、同郷のジャックが何か言った。


「ええと二人共落ち着いてって言うか、ミルカのせいじゃないよ。頼んだ僕に責任はあるんだから」

「責任ってんなら、止めなかった俺にも責任があるな」

「アル、ジャック……」


 すぐ後にリディアさん達からも同じような言葉を繰り返されて、ミルカは自責をやめたようだった。良かった。

 それでもまだ少し互いにツンケンしているミルカとクレアさんを眺め、どこか可笑しそうな目をしていたジャックが、組んだ両手を頭の後ろで押さえて背を僅かに反る。


「ハー、にしても見事に何も無くなったな。通路の方も連鎖して一気に崩れたっぽいし」


 散々だなこりゃ、と周囲を眺める。

 彼が言うように、遺跡はことごとく崩れ落ちていた。


 つまりは壊滅状態。


 カルマの言葉通り風化で脆くなってたのか、ミルカの攻撃威力が破格だったのかはよくわからない。

 僕もまさか通路の方まで全壊するとは夢にも思っていなかった。

 最早内部と言える部分がない程に外部だよ……。

 内心乾いた笑みを口元に浮かべる僕は、改めてミルカの防御魔法がなかったらと思うとゾッとしていた。


「あの子、あの腕を悪用したりしないわよね?」


 ミルカが何もない空間に目を向ける。カルマの魔法の痕跡でも探すように。


「え? あーたぶん大丈夫じゃないかな。うちのじーさんの知り合いだって言うから、もしも必要ならじーさんに話すのも可能だし」

「そっか、それなら安心かも」

「まあ何にしろ、じーさんにはここの現実的な話をしないとだけどさ……」


 翳って燃え尽きたように白くなる僕の姿に、ああ、とミルカもジャックも呟いて微妙な沈黙が落ちた。

 率直に言って、この壊滅的状態は駄目だよね。

 そんな僕の居た堪れない絶望を察してくれたのか、ジャック君が取り繕うように気弱な笑みを浮かべた。


「ええと、その件は後にしようよ。とりあえずこんなになっちゃったし一度街に戻らない? 住民の皆にも今の音は届いているはずだから、きっと不安がってると思うよ。事情を話す必要だってあるしさ。元気出して、アル君だけの責任じゃないんだから。何か咎めを受けるなら、ぼくも等しく受けるから」

「アルやジャックだけには負わせない。うちらも同じよ。ねえクレア」

「そうよ! ジャックが私を庇ってくれたのは彼女として嬉しいけど、これは違うんだから。私もあなたとアル様と同じ責を負うわ」


 途中からどこか勇敢な面持ちになったジャック君に倣うようにして姉妹もそう言ってくれた。

 ここまでの酷い状態になって吹っ切れたと言うか逆に覚悟が決まったって部分もあるんだろう。だけど味方になってくれて有難いよ。


「アル、俺もいるのを忘れるなよ。俺らは一蓮托生だ!」

「そうよあたしもいるし。いざとなったらブルーハワイ家の家財を売り払ってでも何とかするわ。それか大魔法で元通り復元できるようにもっと修行するし!」


 元通り復元は、しちゃったらまずいかなー。だけどその気持ちがとにかく嬉しいよ。僕もスライム優先なんて贅沢言わずとにかく賠償に充てるための賞金稼ぎに没頭する覚悟がいるかもしれない。


「皆……ありがとう。それじゃ一先ず街に戻ろうか」


 誰からも異論は上がらなかった。





「あ、そうだ待って。戻る前に親方の魔宝石を掘り起こさないと! 賠償の足しになると思うし」


 皆で揃って瓦礫をまたいで歩き出した所で、僕は幸いにも思い出した。


「あー忘れてたな。さすがはアル。抜かりなし」


 うんうんとジャックと共にミルカが力強く頷いている。

 母親譲りの僕の基本スタイルを知らない他三人はキョトンとしていた。

 遺跡崩壊によって遺跡見学での観光収入は消滅したし、ちょっとぶっちゃけ大大大損害でどうしようなレベルだ。

 そういうわけで、戦果たる魔宝石を掘り出そうと僕達は改めて広場だった周辺を捜した。……まあ岩に押し潰されて粉々に割れてそうだけどね。

 因みに数が多くてほとんど価値なしっぽいサイコスライムのは、いちいち全部拾っている暇はないから、目に付いた状態の良いものだけを拾う方針にした。見てみれば結構粉々に割れていたし、一体どれだけ換金可能なのがあるのかって話だよ。

 うーん、こうなると本気で親方のも期待できないな。

 遺跡は本当に笑っちゃうくらいキレイさっぱり倒壊してるけど、辛うじて背丈のちょい上くらいの壁面が残っていた。

 祭壇周辺も例に漏れない。

 当然その上部にあった壁画はことごとく崩れ落ちていて、そんな壁画の欠片を見下ろして、ミルカが残念そうな声を出した。


「壁の絵もバラバラになっちゃったわね」


 しゃがみ込んで見下ろすミルカの近くにいたジャックが近寄って一緒に見下ろす。


「ああ、これじゃ何が描いてあったかわかんないよな。でもまあこうなったもんは仕方がない。復元するにしろだいぶ掛かるだろうし、今は魔宝石捜そうぜ」

「そうよね」


 手っ取り早く済まそうと、ミルカとリディアさん達姉妹が広場内の大きな瓦礫を手分けして浮かせてくれた。

 彼女達に比べると、メンズは魔法力にややちょっと難があるのでその代わりに肉体労働だ。武器がハンマーなだけにジャック君も壊す方が得意みたいで、突撃隊よろしく「うおおおっ」と気合いを入れながら瓦礫を砕いて退かして回っていた。

 親方魔宝石を見つけたのはジャックで、野生児よろしく「あったどーっ!」と片手に掲げた。

 僕もジャック君も発見の喜びにテンションが上がって無駄に雄叫びを返したけど、女子組は些か引いていて、この時ばかりは男女の温度差が明確だった。

 防御魔法の影響か、それとも瓦礫同士が支えになってちょうど隙間が出来ていたのかはわからないまでも運よくヒビも欠損もなかった。

 何よりだ、これで高値で売れる……くくっ。

 とりあえず石はミルカの魔法鞄に入れてもらって、誰が促すでもなく僕達はそれぞれに街の方向に瓦礫の上を歩き出す。


 何歩か歩いてふと気付いた。


 ミルカが付いて来ていない。


「戻るよミルカ?」

「あ、うん、今行く」


 肩越しに振り返って呼ぶとミルカは返事をしたものの、その目は壁画の残骸に落とされていた。


「ん? ミルカはどうかしたのか?」


 ジャックも気付いて立ち止まり、二人でしばらく彼女を眺めやった。





 皆が慎重に足場を確認しながら遺跡の敷地外へと歩いて行く。

 早く追いかけなければと思いながらも、ミルカはその場から動けないでいた。

 こちらに気付いたアルから戻るよと促され返事をしたものの、やはりまだ足は動かない。

 ミルカはたまたま目に付いた砕けた壁画を見下ろしていた。


 運よく大きめに残った部分だった。


 だから描かれているものがわかったし、そこに小さく書かれた古代文字も読めた。


 ――我らが主君の功績、ここに記す。この地の平定を祝


 文字は途中から砕けて消失していたが、続くのはおそらく寿ぎの言葉だろう。

 果たして続きは何と書かれているのか。正直気にならないわけではなかったものの、ミルカが最も気になったのはそこではなかった。


 周囲の者に崇められかしずかれているように描かれる一人の人間らしき存在。


 崩落前のざっと壁画を見た時に、その中心に描かれていた者だろう。

 周囲には、人の形もいれば角や翼が生えた人ではない形もいる。

 この部分だけでは断定的な事は言えないが、この部分だけで言えば総じて異形の者、つまり魔物が多く描かれていた。


(中心の人物って何者? 我らが主君の功績ってことは……つまり王なのよね? でもきっと街の守り神を描いたものよねこの壁画って。ダニーさんの話だと守り神はこの地を救った英雄らしいし、じゃあ神格化されたその守り神は王でもあったってこと? 古代の何らかの王朝がこの辺りにあったの? ……だけど授業では聞いた事なかったなあ。昔過ぎるからよねたぶん)


 何しろこの遺跡が造られたのは、今から少なくとも四千年は昔だ。

 大きく国が分かれていたのは判明しているがそれよりも更に細かな地方の勢力図などの歴史的資料は少なく、多くの物事はまだわかっていないのだ。

 きっと現代の王室とも関係ないだろう。

 よしんばあったとしても最早完全に遠い過去だ。

 何がどうだろうと直接この時代に影響するとは考えにくかった。


 しかし壁画を見ていると、魔法術者の直感というのか、言い知れない予感のようなものがひたひたと忍び寄ってくる。


 ミルカは表情を曇らせた。

 その王と思しき簡略化された顔には、遠目ではハッキリとはわからなかったが近距離で見ると小さな二つの目までが描かれている。

 いや正確には描くという言葉は違うのかもしれない。

 その部分だけは特殊な鉱物を嵌め込んだか貼り付けたかしたようだった。

 よくもまあこの崩壊にちょうど砕けずに残ったものだと彼女は思う。


 偶然か、必然か。


 それはこの際どちらでも構わない。

 どちらにせよミルカはこの壁画の一部を目にした。


(同じような目なのは、単なる偶然よね、それこそ)


 彼女は壁画の欠片からそっと後ずさると、見なかったとでも言うように首を振る。馬鹿馬鹿しい思考を追い出すために。


 アルの時々起こるスライムとの戦闘時の瞳の輝き。


 彼が無自覚に放つ黒いオーラ。その時の彼の強さは通常時とは比べ物にならない。


 しかし何故か決まってスライム限定の強さだけれども。


(本当に、関係ないの?)


 黒いオーラは最初は見間違いかと思っていた。ジャックにはオーラが気にならないのか見えていないのかは知らないが、どうであれオーラの影響を受けて一緒に強くなっていた。俄かには信じられない芸当だ。


 やはりこちらもスライム限定だったけれども。


 ダークトレントがスライム化した時といい、ここでの巨大スライムといい、常識では考えられないクリティカル過ぎる攻撃が繰り出され、スライム達は塵となった。


 あのスライム達はミルカの目から見ても、たとえ王国騎士団の強戦士であっても一撃二撃では到底弱体化などさせられない個体達だった。


 にもかかわらず、二人は討伐を成し遂げた。恐るべきスライムへの優位性だ。


 当人達におかしい自覚があるのかどうかはわからない。自覚がないようなら知るべきとは思いつつ、二人にはまだ何も言えていない。


 もう一つ、リディア達にはオーラが見えていないようだった。


(誰にでも見えるものじゃない、とか……?)


 ミルカはぎゅうっと伝説の杖を握り締める。

 持ち主を選ぶと言われる杖が、動揺するなとでも言うように小さく震えた気がした。


「ミルカー? 置いてくよー?」


 アルが痺れを切らしたように再度声を掛けてくれる。


「あ、ごめん今行く~!」


 何でもない顔を作れただろうか、心の中で彼女はそう心配した。

 ここはサーガの古代遺跡。


(守り神は古代の王で、古代の王って人間だけど……本当に、人間なの?)


 何故なら、かの者を崇めているのはどうも人間だけではないようだった。


(ここの守り神って一体……?)


 一人立つその王が何者であれ、ただ、その目は……その虹彩は一色ではなく、まるで螺鈿らでんのような玉虫の甲羅のような変光する不思議な瞳だ。


(アルのご先祖様だったり? でもアルは知らないみたいだし、きっとホントに関係ないのよね?)


 ただの偶然の一致だ。

 巷に自分と似た人が居るのと同じようなものだ。

 内心でそう言い聞かせたものの、そうは思えていない自分が居るのをミルカはわかっていた。


 あの黒い腕を平気で持っていたのも普通なら考えられない異常事だった。ミルカやジャックだったなら間違いなく死に直結する悪影響を被った。


 悪影響を受けながらも死ななかったカルマという少女もそうだが、アルの体質にはもっと奥深い謎がある。


 訊きたい事が増えていく。


 それでも彼女は一人そっと胸の内に今はその疑問を仕舞いこんだ。





 遺跡から街までは誰にも会ったりしなかった。

 午後のおやつ時に戻った僕達だったけど、街の門前ではダニーさんを初めとする自警団の面々が集っていて、道の向こうに僕達を見つけてか血相を変えて駆け寄って来た。

 物凄い形相のおじさん集団に猛ダッシュして来られた時は、正直ちょっと本気で回れ右して逃げようかと思ったけどね。

 むしろこっちの方が街で何事かあったのかと焦ったよ。

 ダニーさん達は僕達に怪我がないのがわかると一様に酷く安堵した。

 あと、荷物はあるのに急に姿の見えなくなったジャック君達三人を捜してもいたらしく、しかも彼らも遺跡に行ったんじゃないかって大半の人が思ってたみたいで、僕達と一緒にいるのを見てまた安堵の溜息をついていた。

 三人の方も肩身が狭そうにしながらも素直に謝ったっけ。


 うん、今だ。


「あの、ダニーさん、街の皆さん、すみません!」


 ぶっちゃけ機を見計らっていた僕が三人の次に頭を下げると、まあね、一体何の事ってキョトンとされたよね。皆からすれば僕が謝る理由がないからだろう。でも彼らはこれからその理由を知る。

 僕が切り出した瞬間、他の五人も表情を引き締めた。ダニーさん達はそれを見て何か感じたのか言葉を控えた。僕はこほんと空咳を差し挟む。


「えー、まず報告しますと、遺跡のスライム達は全滅しました」


 おおっと歓声が上がる。


「えー、それから、えー……遺跡も壊滅しました」


 おおおっと釣られて途中まで歓声を上げたダニーさん達は、途中から「はあああ!?」になった。無理もない。


「なっ、じゃあ轟音がしたのは崩落の音だったのか?」

「ええ、はい、十割その音です。本っ当にごめんなさい!」


 直角になるまで腰を折った僕のすぐ横でジャック達五人も同じようにした。


「アルだけの責任じゃないんです。俺もきっちり関わってます。謝って元に戻るわけじゃないですけど、俺もすみませんでした!」


 ジャックを皮切りに「あたしも」「ぼくも」と他四人も口々に謝罪と責任を主張した。


 ダニーさん達は驚きと困惑を浮かべていたけど、まだ自分達の目で見てないからかそこまで衝撃を受けていないように見えた。


「待て待て待て落ち着いてくれ、言いたい事はわかったから。しかしそうなった相応の理由があるんだろう? 岩山が崩壊するなんてただ事じゃない。何が起きたのかまずはそこの出来事をちゃんと話してくれないか。君らの謝罪が必要かどうかも話を聞いてからだ」


 ダニーさんは自警団の面々にも「な、そうだろ皆」と同意を求め、皆もその通りだとうんうん頷いた。

 彼らの方の状況も聞けば、響き渡った轟音に皆がただならない事態だと心配し遺跡に向かう方向で話し合い中だったらしい。

 とりわけダニーさんは何か不慮の事故や不測の事態が起きているのかもしれないからと強硬に主張したらしい。


 でももう少し待っているようにと皆に助言した人がいて、その人の言葉ならとダニーさんも思いとどまったらしかった。


 陽が傾いても僕達が戻らない場合は皆で遺跡に向かう手筈だったという。


「ま、その前に全員一旦うちの宿に戻るように。話は後できちんと聞かせてもらうから、な?」

「へ? でも今ここでの方が皆さんも集まってますし、都合よくないですか?」


 それに早く情報を知りたいんじゃないのかな?


「アル君、魔物はいなくなったんだろう?」

「はい」

「他に身の危険が及ぶような危惧すべき何かがあったりは?」

「それもありません」

「なら一日くらい放置しても平気だな。オレ達もまだ休息が不完全だし、ぶっちゃけ昼寝したい。この歳になると中々疲れが取れないんだよ。な、そうだろ皆?」


 おーっと賛同の声が上がった。


「それに、草臥れた麻袋みたいなへとへとの君達をこれ以上無理させたくない。今日くらいはしっかり休んでほしい」


 そんなわけで、諸々の詳しい話は翌日にという運びになった。

 寛大と言うかのんびりと言うか。正直、罪悪感もあって詳細を告げるのは早い方が良かったんだけどね。






 ダニーさんの宿に戻った僕は、現在ジャックと共に一階の小さなロビーに置かれた休憩用の椅子の前に正座していた。

 そう、椅子に座るんじゃない。椅子を仰ぐ形で床に正座だ。

 ミルカは少し離れた椅子に座って先程から僕達を気掛かりそうに見ている。

 魔法学校生の三人には部屋に下がってもらった。


 この場の予期せぬゲストのために。


 遺跡へ行こうとしたダニーさんを宥めて止めた相手、その人が正面の椅子に腰掛かけている。


 その人は僕達の帰りをこの宿の真ん前で待ち構えていた。

 表情をギリリと引き締め、腕をむんずと組んで仁王立ちしている凶悪な姿が遠目に見えた時、僕はそこはかとなく回れ右したくなったっけねー。

 その人なりに心配していたんだってわかるけど、魔法学校生の三人は宿の入口に立ちはだかる見知らぬ屈強老人を見た途端顔色を青く変えていたね~、ハハハハ。……何かごめん。

 三人に先に部屋に戻ってもらった理由の一つにはこれもあった。本気で怖がっていたからね。彼らには明日までゆっくり心身ともに休んでほしい。

 因みにダニーさんはカウンター奥で帳簿書きをしていた。 

 しかも彼は既にゲストの素性を聞いていたようで、しっかり話し合うんだぞなんて言ってすれ違い様僕の肩に手を置いたっけ。彼にならこっちの話を聞かれても別に構わない。まあ僕も話題は選ぶしね。

 そんなわけで気分も新たに背筋を伸ばして顎を引き、眼前の相手をひたと見据える。


「久しぶり、――じーさん」


 剃る暇も惜しんで突っ走って来たのか無精髭を生やした逞しい白髪男性は、時に人から恐れられる鋭い人相を蕩けるように崩した。


「ああ、久しいな、アルフ」


 僕の祖父であるクラウス・オースチェイン前伯爵は、寄る年波なんて微塵も感じさせない姿勢の良さと声の張りで以て応じた。偉そうに椅子の上からね椅子の。

 彼は僕の隣のジャックにも目を向ける。


「ジャックも息災そうで何より。うちのアルフが迷惑をかけてないか?」

「いえいえ全然です。むしろ俺の方が散々迷惑をかけてますよ。クラウスさんも益々お元気そうで、喜ばしい限りです」

「ははっ、相変わらず律儀だな。師匠と呼んでくれてもいいのだそ?」

「い、いいんですか?」


 珍しくジャックが少し緊張を滲ませて鯱鉾しゃちほこばった風にあごを上げた。


 ミルカの表情は僕の位置からだと窺えないけど、話が済んだら紹介しようと思う。彼女も会いたいって言ってたしね。

 事前に母さんからの緊急連絡で祖父との対面は決まり切っていたけど、この早さは超絶想定外。確実にあと数日は後になるど踏んでたんだよねー、はは。


 これは夢、誰かこれは夢だと言ってくれえええっ。


 いざ面と向かうとやっぱり僕も少し気が張ってしまって、太ももに置いた掌を握り込んだ。

 ここで祖父の名誉のために一つ言っておくと、正座は彼が命じたものじゃない。何となく僕とジャックが本能的にそうした。

 むんっと太い腕を体の前で押し出すように組む姿は存在感が半端ない。言い出しっぺだからこそ怖くて足が痺れたなんて言えないや~……。


「いやー偶然、じーさんもこっちの方面に来てたんだね~」


 母さんからの緊急連絡を受けていたと知られるのは告げ口みたいで嫌だったから、全く知らないふりで無難に言葉を選びつつ会話を繋げれば、ジャックと談笑していた祖父はジトッとした目を向けてきた。


「え……なに?」

「アルフよ。どうしてわしがここに居るのか、わかっているだろう? 大方、エレナ辺りから鳩レターでも受け取っているのではないか?」

「ギクッなな何の話だよじーさん~?」


 明らかな僕の狼狽は祖父に答えを明かしたも同然だ。祖父は席を立ってこっちに腕を伸ばした。

 困惑している間に二の腕を掴まれて立たせられる。


「いい加減正座はもうよい。ジャックも立て」


 はいと返事をして立ち上がったジャックと僕へ祖父は真面目腐った顔を向けてくる。観察されている実験マウスにでもなった気分だ。


「じーさん?」

「クラウスさん?」


 祖父は静かに長く息を吸った。


「――オースエンドに帰るぞ、アルフ、ジャック」


 予想はしていたけど祖父の眼光には断固たる意思しかなく、一瞬、何を言っても通じないかもしれないという懸念が頭を過ぎった。

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