23スライム狂想曲は遺跡から5

「ねえジャック、こんな時にあれだけど、僕さ、五十年前に出た魔物も案外親方スライムだったんじゃないかと思うんだ」

「あー、その可能性はあるな」


 ダニーさんは死傷者も出たって言ってたっけ。

 仮にその時のスライムを親方ゼロ号とでもしとこう、そのゼロ号にやられたってわけだ。つまりはスライムに……くううっスライムにいいいっ!

 余計にこの十中八九親方製造装置な古代魔法陣が悪辣な兵器にしか見えない。


「そんなわけで、よし決めた。何事も予防は基本だよね」

「どんなわけだかしらないが、まあ風邪予防とか特に大事な。でも何の予防だ?」

「今後同じ事が起こらないように何とかしようって予防。このままあれを放置して、もしも再びサーガの街に被害が出たら僕は絶対に後悔する」

「なるほど。俺も賛成だけどよ、どうやってあんなのを扱うんだよ? あの腕を埋葬するにしてもヤバくて触れないと思うぞ。それにあの異質な魔力をどう封じるつもりなんだ?」

「腕? ああごめんごめん誤解させた。スライムの話。古代魔法陣の。腕の方は僕達じゃ手に負えないかもだし、皆も下手に触らないでしょ。死人の腕だし動いて悪さはしないでしょ。単なる魔力垂れ流しな腕だと思って一時棚上げする!」

「あー、そか。まっアルがいいならいいけどな。じゃあどうする気なんだ?」


 既に僕はある事に思い至っていた。


「あれって普段隠されていようがいまいが、直接天井に彫られたものだよね。だったら天井そのものを欠損させればいいんじゃないかと思うんだ」

「「「「「はい?」」」」」


 ジャックだけじゃなく聞いていた皆が凍り付いたようになったけど、僕は意見を撤回はしない。あと、腕の一時放置も満場一致みたいで良かった。


「岩肌を小さく削って古代魔法陣のどこか一部を消せないかと思うんだ。現代魔法陣は欠損があると起動しない仕組みだよね。きっとその辺は古代魔法陣も同じだと思うんだ」

「「「「「なるほど」」」」」


 五人の顔に明らかな安堵が見えたのは何でかな。天井を崩落させるとでも思ったの? ねえ?

 方法は決まったけど、僕の剣じゃ硬い岩肌を削るのには向いてないし、それ以前にそこまで届かない。親方が何回もぶつかっていたのにレリーフ部分は他と違ってヒビ一つ入ってないようだし、生半可な攻撃じゃきっと駄目だ。

 だったらどうすべきか?

 そんなの決まってる。僕にはちょっと時々怖い魔法を使う頼れる仲間がいる。


「ミルカ頼む! 君の魔法で天井に傷を付けてくれ! 僅かでも物理的に陣を欠損させてくれればそれでいいからさ」

「でっでもその、起動しないようにする必要性はわかるんだけど、本当に壊していいの? 貴重な古代魔法陣なのよ」


 僕の大胆と言える要請に、さすがのミルカも困惑を滲ませた。魔法術者の彼女からすると活きた古代魔法陣なんて傷付けずに残しておきたい現存物でもあるだろうからね。

 そこは魔法学校生にも共通する認識だったみたい。


「ア、アル君、歴史的に貴重だし別の方法はないかな……」

「ジャック君、そんな悠長な事を言ってられないってわかってる? 親方二号は今にも召喚されそうなんだよ!?」

「え、ええとそれはそうなんだけど……」

「元からなかったも同然って扱いで支障ないと思う。貴重な遺跡を壊すのが良くないのは僕だってわかってる。でも古代の負の遺産よりも、サーガで生きる人々の安全の方が大事だ。それに何より、幸い僕達以外には古代魔法陣の存在は知られてない。――やるなら今でしょ!」

「す、凄いや、何て堂々と……。そっかこれからの漢はそれくらいメンタル鋼鉄じゃないといけないんだ。ぼく頑張るよクレアちゃん!」

「えっ私のために……? ジャック~!」


 あははお熱いね。ついついいつもより声が大きくなっちゃったのは、気持ちのどこかで勝手をしたジャック君達に憤りを感じていたからだ。知らなかったとは言え彼らは無責任にも魔物召喚陣を放置して逃げた。

 それは最悪五十年前のような惨事を招いていたかもしれなかった。

 もう過ぎた事だし結局酷い事には至らなかったし、当事者でもない僕が今更そこを詰っても詮無いからしないけど。

 僕を何故かリスペクト目で見てくるジャック君を今はこれ以上構っている暇もなく、再度ミルカへと視線を飛ばす。


「ミルカ頼むよ、時間がない。親方二号の召喚が完了する前に壊さないとまた厄介な戦いする羽目になるし、これから先の街の安全のためにもあれは壊した方がいいんだ!」


 それに最早秘密の小部屋から遺物は取り出されてしまったから、陣があった所で無用の長物だしね。そもそもどうにか戻した所で治まってくれるかも未知数だ。


「僕じゃ役不足なんだ!」

「で、でも」


 ミルカはまだ迷いの中にある。

 けど考えてる時間はもうそんなにない。

 巨大スライムは今にも誕生しようとしている。頭上のシルエットはもう向こうが透けて見えないくらいにリアル親方に近付いている。


「お願いだよミルカ!」

「え、えと」


「やってくれたら、――何でも一つ言うこと聞くからあああっ!」


「――乗ったあああああッ!!」


 その瞬間を、僕は忘れない。

 瞬時に目をギラ付かせ、何らかの大いなる欲望を胸にした一人の可憐な魔法少女が、大きく杖を振り上げドでかいハート型をしたピンク色のよくわからない魔法光線を撃ち出した姿を。


 え、アレ何属性……?


 ともかく、超強力な攻撃魔法が岩石質の天井を撃ち抜いた。


 ……ハート型に。

 皆が一時言葉を失くした広場内、パラパラと小さな石くれが降ってくる中、案の定古代魔法陣は陣の一部を破壊され強制的に起動停止に追い込まれた。大小の魔法円が回転を止め、天井の赤い光が消えていくのと一緒にシルエットも薄れていった。アデュー親方二号。


 代わりのように開いたハートの大穴からは白っぽい自然光が入り込み、長い間ずっと闇の中だったろうこの洞窟を仄かに照らした。


 迫り来ていた脅威は、あっさりと春先の野山の雪解けのように消え去った。


「……あ、ありがとうミルカ。さすがだよ」

「ど、どうしよう穴を開ける気はなかったのに……。スカが出なくて良かったけど、バレないように削るつもりだったのに~っ!」

「お、落ち着いて。僕がお願いしたんだし、気に病まないでよ。これでもう古代魔法陣は起動しなくなって魔物はいなくなって、サーガはもう安全になったんだから。ミルカのおかげでね。天井の穴は僕が責任持ってダニーさんに相談してどうするか決めるから安心して」

「そうだぞミルカ、心配しないでアルに任せろ。むしろ誇っていいんだからな」


 いつも大体僕の選択を尊重してくれるジャックの言葉にそうそうと頷くと、ミルカがようやく「ふふっ」と小さく笑んだ。


「わかった。そうする。でもアル、何でも一つ、だからね?」

「ああ、うん」

「忘れたら駄目だからね?」

「あはは、忘れないよ」

「ふふ、だよね!」


 な、何だろ。ちょっとした寒気を感じる。とんでもない頼み事されたらどうしよう。まあでもミルカだし無理難題を吹っかけられたりはしないよね。大丈夫……だよね?

 一方、ジャック君とリディアさんとクレアさんは唖然としていた。


「三人とも安心して。僕の独断なんだし、君達に迷惑は掛けないようにするよ」


 そんな言葉を掛ければ、三人は三人共ハッとしてから渋いような表情を作った。

 それは駄目とか何とか言おうとしたのかもしれないけど、僕は彼らの誰かが何かを言う前に踵を返す。


 召喚陣一つ片付いたからって安心はしてられないのを思い出したからだ。


 本質的には古代魔法陣よりももっと怖い物が地面で沈黙している。


 黒い右腕から少し離れた位置で立ち止まった僕は、そこから見下ろしてぐっと唾を飲み込んだ。

 さっきまでは上見て下見てまた上向いてってやってて実に僕の頸椎さんがハードワークだったけど、ようやくこれで一つに落ち着いて向き合える。


「遺跡破壊の是非は後回しにして、今の轟音を聞きつけた街の誰かが来る前に早いとここれをどうにかした方が良いと思う」


 僕のきっぱりした方針にジャックが同意に首を振る。


「だよな。それにしても気分悪いよな。特殊な魔法でもなけりゃ死体は勝手に動かないから、この腕は持ち主が死んだ後に誰かがこんなんしたって事だろ?」

「ホントよね、悪趣味……」


 顔色の悪さを拭えない僕をミルカが案じるように見て、少し引き攣った表情で腕を見下ろす。死体の一部だなんて、やっぱり女の子には強烈だよね。悪趣味と言われれば確かにそうだし。


 ただ、今まで垣間見ていた『彼』が真実存在する誰かだったのか否かは僕の中では確実な答えが出てなかったけど、こうして奇しくも彼のなれの果てを目にしてしまえば、もうそうは思わない。

 彼が古代人だったのは少し予想外だったけどね。


 そもそも、何故彼の腕だと断言出来るのか?


 そこは自分でも解せないし、記憶の残滓からの情報だってまだ少ないけど、彼の腕なのは確信できるんだよね。他人の靴だと違和感があるけど履き慣れた自分の靴はしっくりくる感覚に似てるかも。


 あと、それとは別に、放たれる黒い魔力にどうしてか覚えがある。


 危険だって思う一方では、言い方は変だけど、あの魔力を肌で感じて何だかゆりかごに揺られるみたいだってそう感じるんだ。


 不確かなものが僕の内には満ちている。


 元よりどうして僕が、一部のオースチェイン家の人間が彼の記憶を見るのかは知らない。或いは魔宝石たるスライムの核に記憶の残滓が含まれているのかも。


 この謎は、きっとじーさんが――祖父クラウスが何か事情を知っているはずだ。


 祖父は僕を追って来ている。そう遠くないうちに顔を合わせるだろう彼へとぶつけたい疑問を、今からきちんと整理しておこうと思った。


「ねえ、どうにかするって言っても、アルはどうするつもりなの?」


 ミルカは嫌そうにしながら遺物を探るように見つめた。

 僕はそんな彼女に苦笑して、祭壇奥の四角い穴へと視線を向けた。入れ物も割れちゃったしあそこに戻すのは論外だよねえ……。

 腕から発せられている濃厚かつ異様な魔力。

 過ぎる魔力は人体に悪さをする。魔法が失敗暴走して廃人になったって悲惨な話を聞いた事があるし、最悪の場合死ぬケースだってあるらしい。

 僕のそんな気掛かりと同じようなものを感じたのか、ミルカが声に懸念を纏わせる。


「長時間ここに居たらあたし達も魔力にてられるわよ」

「そうだね。だからこそ早いとこどこか別の場所に運びたいんだよ。サーガの人達は魔法耐性が低そうだし。ただ、問題は僕達の手に負える代物かどうかだよね」

「そこよね。この中で腕を運ぶ自信のある人はいる? あたしは無理」


 ミルカの問い掛けにクレアさん達も横に首を振る。皆お手上げだ。予想はしていたのか「そりゃそうよね」とミルカが小さく頷いた。魔法専門の彼らの方が僕やジャックよりも腕のヤバさを正確に理解してるんだろうね。


「アル、ここは一つ王国騎士団に知らせて、魔法騎士に来てもらうのはどう? それまでは立入禁止の魔法結界を張って近付けないようにしておくのが無難だと思う。遺跡入口には鍵も掛かるようになってるし都合もいいわ」

「俺もミルカに賛成だ。封印っていうか隠されてた物なら尚更警戒するに越したことはないだろ。言い方は悪いけど気味悪いしな。いわく付きって感じで。下手に動かさない方がいいって」


 ミルカの意見は一理あるし、ジャックの意見にも同意できる。

 だけど、本当にそれでいいのかと僕は僕に問い掛けていた。腕の存在を下手に多くの人間に知られて果たしてそれが正解なのか、と。王国騎士団の派遣なんて大ごとだ。どうあっても目立つ。

 とは言え、仮に僕達で運べたとしても無難な保管場所も思い付かない。魔法鞄に入れたところで魔力は駄々漏れるだろうから危険なのは変わらない。


「けど、王国騎士団にかあ……」


 悩む僕はうむむと咽奥で小さく唸った。正直、シュトルーヴェ村の件があって近年の騎士団はもしかすると腐っ……いやいやいや微妙なのかもって感じていた。信頼できないと言ってもいい。


 魔法学校生三人も、この遺物の露見が妥当なのか答えを出せないようだった。どっちかと言うと乗り気じゃあなさそうだ。やっぱり発見者として何らかの咎めを受ける可能性を心配しているのかも。


 六人も居て、誰もがこれだという解決策を見出せない。


 放たれる魔力を半分にでも抑えられればまた話は違ってくると思うんだけどなあ。ん? そうだよ、箱から出た直後は魔力を感じなかったよね。確か巻かれていた布が外れてからヤバさを認識したはず……。

 なら布を巻き直したら運べるかもしれない。

 そんな光明を見出したところで、ふとミルカがどこかへと視線を向けた。僕は自分でも明確な何かを意図しないまま彼女の視線の先を追う。


 そこに、光る文字列が浮き上がった。魔法陣だ。


「は!? こ、今度は何!?」


 僕の声に他の皆も気付いて同じ所へと目を向ける。


 全身に緊張が走りギョッとしていると、そこに波紋が生じ何もなかった空間から何と一人の少女が飛び出してきた。


 まさにあっと言う間の登場劇。

 地面に軽やかに降り立ったその相手は、首を巡らして広場全体の様を見て状況を把握すると「ふむ」とやけに年寄り臭い呟きを落とし、小さなあごに手を当てた。


 どこかの田舎にいそうな十歳前後の灰色髪の少女だった。


 ただし、両の瞳は真紅、魔物特有の色だ。


 その子は黒い腕を見つけると、何を感じたのか盛大な溜息を落とした。


「はあぁぁぁ~~、駄~目だよ出しちゃ~。もう半分も出ちゃってるじゃないかあ。全く、何のために封印魔布でぐるぐる包んでたと思ってるのさ? 君達はまだ若いだろうに死にたいの~?」


 見た目は僕達よりも幼い少女から年下扱いって、何か変な気分だね。

 そんな軽い口調で不穏な台詞を吐いた相手は、僕達一人一人の顔を確認するように視線を移す。僕の時だけ長い気がして内心ギクリとした。


「一応訊くと、誰も触ってないよね~?」


 僕も含めた全員がぎこちなく首を振る。ぎこちないのは当然だ。こんな場所に子供が現れるなんて、場違いも甚だしく不自然に過ぎる。明らかに黒い腕の存在を把握している言動も決して看過できない。

 少なくとも僕以外の五人はそう考えただろう。


「そかそか、良かった。何の準備もなく直接触ってたら滅びの呪いに引きずられて死んじゃってたかもしれないからね」


「滅びの呪い?」

「「「「滅びの呪い!?」」」」


 前者はジャック、後者は知識としては教わっていたんだろう魔法使いローブ組。

 僕は言葉を失い何も発せなかった。その子のせいで頭が真っ白になったせいだ。


「滅びの呪いって、あの最高難度って言われる古代魔法よね」


 ミルカの意図しない補足は、僕に『彼』の生きた時代への確証を与えてくれた。やっぱり彼は古代の人なんだ。


 滅びの呪い。


 僕はそれを知っている。ただし、僕の人生とは関係ない。


 記憶の残滓で『彼』が彼自らに科したものだ。古代魔法だったのか。


 そうだ、だからこそ腕が現存してるのは有り得ない。滅ぶ、消滅する、文字通りに肉体精神その他の何か魂的なものも本当にあるならそれも全て含めたその者の存在を消すものなんだから。


 ああ、本来その記憶の残滓すらも残らないはずだったんじゃないの? どうして、あるんだろう?


「キヒヒ、そう警戒しなくていいよ~。君らには何もしないから」


 つい思考に没入していた僕はハッとした。

 灰色髪の少女は微かに口角を上げて主に僕を見ている。


「想定外にも出されちゃったわけだし、仕方がないから回収していくね~。はあー、いつかはこうなるとは思っていたけど、骨が折れる~」


 少女は触ると死ぬかもなんて言っておきながら、自ら進んで屈んで腕へと手を伸ばした。


「あっ、ちょっと!?」


 僕は思わず懸念と驚きを声に含ませる。何の制止にもならなかったけど。少女は躊躇いの欠片もなく腕を掴み上げると外れかけていた布を丁寧に巻き直していく。この場の全員が戦慄に息を呑んだ。


 腕に触れた先から少女の指先がどす黒く染まってホロホロと砕けていく。


 なのに、薄い笑みを絶やさない彼女の指先は次々と再生し新たに新たに指先を作り出す。その都度また黒くなって砕ける。それを行ったり来たりしながら、何とか腕に布を巻いていく。

 砕けて地面に落ちた元少女の指先は真っ黒な液体のような物体になって溜まっていく。

 溶けたスライムみたいに。

 僕は何だか居ても立ってもいられなくなった。

 僕だって依然あの腕は危険だと感じている。

 でも、本当に、見てられなかった。


「止めるんだ!」

「んーふふ、君達と違って死にはしないから大丈夫。それに他にやれる人がいないんだも~ん。これを放っておくと被害者が出るだろうし、何よりバレるとあの子が五月蝿いからね~、キヒ!」


 あの子……?

 

「何が大丈夫だよ! 無理したら本当に滅ぶよ! ――カルマ!」


 言うだけじゃ無駄みたいだからと僕は駆け寄って彼女の腕を引っ張った。驚いたのかカルマは両目を大きく丸くした。


 僕が彼女の名前を呼んだからか、それともうっかり落としそうになった黒い腕を反射的に僕がキャッチしてしまったからか。


 おそらくは両方だろうね。


 僕はこの少女を知っている。彼の記憶の中で主に現れるのは白髪の少女だったけど、時々目の前の少女の姿もあった。当時既にカルマは灰色髪のこの少女の姿だった。


「うあああアルフレッド!! 何やってるのさこの馬鹿ーっ!!」


 かなり意外だけど、焦ったように案じる顔と声はきっと嘘じゃない。僕も僕で後悔しても仕切れない失態を犯した気分だね。


 だって、魔の腕って言ってもいい代物に触った。


 掴んじゃったよ。


 え、僕アルフレッド・オースチェイン十七歳は、うっかりさんをやらかして死ぬ!? いいい嫌だあああああーっ!!


 急いで腕を放り出さないとーっ…………って、ん、はい? あれ? へ?


「べ、別に平気だけど……何でだろうね、カルマ?」


 カルマみたいに手がホロホロしない。健康的な手のまんま変化なし。


「はああ!? 訊きたいのはこっちなんだけどおおお!?」


 カルマは器用にもポカンとした顔で絶叫した。

 わあー、彼女のこんな顔って初めて見たかもー。記憶の残滓の中じゃ例外なくいつも飄飄とした食わせ者だったから。


「アルフレッド、本当に君何で平気なのそれ!? えええっ、ぬわぁんでえええだよおおおう!?」


 腕の問題と思ったのか、カルマは試しにとばかりにそれをツンと突いて、相変わらず指先がホロリと砕けた。


「あー……」


 再生していく自分の指先を見つめ僕を見つめ……ってこっちを真面目にジーッと見てくる。ジーッと。穴が開きそうなくらいに。あたかも魔物でも見るみたいに。

 他の皆からも凝視されて居心地最悪な僕はとりあえず布を完全に巻き直してやった。この魔法の布、封印魔布とかカルマは言ってたっけ、それを巻かれていればカルマも他の人も持てるんじゃないかな。

 しっかりと巻いてしまうと、案の定放出していた魔力も完全に収まった。


「ええーと、はい、これ。君に管理を頼んだ方が無難だよね。よろしく」

「……どうも」


 カルマは困惑を隠せないまでも素直に腕を受け取った。

 まだ僕を信じられないような目で見てくる。まあ僕自身もわけがわかってないけどね。カルマがこの時代にまだ生きてるって事実にも度肝を抜かれているし。

 ってかさ、そっちの方が僕の事よりびっくりだよね。

 因みに、こっちが一方的に知っているだけで向こうは僕を知らないと思ったけど、名前を呼ばれた事からして向こうもこっちを知ってるらしい。接点はわからないけど。


「ねえアル、体何ともないの? それにその子……どういう知り合いなの?」

「おいミルカジェラシーは後回じぐうっ!」

「え、ジャック?」

「ぅごはっ、ハハッ何だいアルフレッド君? ……もしや君は何かを聞いたのかい?」

「や、いや……大丈夫?」

「はは、ピチピチ大丈夫だっつの。お前の方こそ大丈夫かよ。後から何か影響が出たりしないか心配だぞ」


 ミルカの横でジャックが秒でげっそりしたけど、何かの呪いとかじゃないといい。


「僕も何で平気なのかはわからないけど、たまたま腕の魔力との相性がいいとか、耐性があるとか、案外単純な理由だと思う。ほら、ミルカが聖魔法を使えても僕もジャックも使えないでしょ。それと似たような個人的な差異だと思うよ」

「うーん、そういうものなのかなあ。否定はできないけども。ところでその腕だけど、その子に預けてもホントに大丈夫なの? その子だって手が砕けてたし。遺物を勝手に持ち出して大丈夫かなとも思うし」

「あー、えーと」


 僕も完全にカルマは大丈夫って思ってるわけじゃない。案じる目を向けるとカルマはキヒヒと独特な笑いを立てた。遺物の持ち出しはかえって世間に知らせない方がいいって思う。


「ボクをご心配ありがとね~ん。でもでも~そこはもうこの布を巻いてるから平気だよ~。しかと巻き直してくれてありがとねアルフレッド~」


 ほ、良かった。ジャックとミルカはそれでも半信半疑そうに僕とカルマを交互に見やったけど、おずおずとしてミルカが口を開く。


「二人は気心知れた仲なの?」


 傍じゃジャックが「あっおいまたジェラシー蒸し返し……ふがっ」とか一人でコントの練習みたいなのをやってたけど、何だろうね。軽く杖を振ったように見えたのは僕の気のせいだったのかミルカはジャックには目もくれずに問いの答えを待っている。


「あー、ええとー、カルマは……」


 気心も何も、知り合いじゃない。


 けれど、知っている。


 どう説明すべきか悩んでいたら灰色髪の後ろ姿がずいと視界に入ってきた。ミルカと僕の間に割り込んだんだ。


「そうそう知り合い知り合い~。アルフレッドとボクは旧知の仲なんだ。クラウス繋がりでさ。ボクはカルマ! 以後よろしく~」


 え、じーさん? まさかの接点だ。

 カルマはやじろべえみたいに嬉しそうに体を前後左右に揺らしたけど、それよりも僕はカルマの正体を思い出して、急に物凄く手を洗いたくなった。


「へえ、クラウスさん繋がりか。なら俺も知らないわけだよな」

「あはは、そ、そうだね。改めて紹介するよ、この子はカルマ」


 さっき僕は咄嗟にカルマに触ってしまった。

 ぶっちゃけ、黒い腕を掴むのよりも精神的衝撃は大きい。


 だって、カルマは、――スライム。


 古代のだけど、――スライム!


 古代って言っても括りは広いからどこら辺りの古代なのかまだ不明だし、意思疎通のできるミラクル持ちだけど、――スライム!!


 カルマが僕達の仇敵のスライムなら、この先ジャックにだけはカルマの正体を偽れない。でも、どうやって伝えたらいいのか……。


「おお、天は何故僕にこのような試練をお与えになるのか」

「おい、アル?」

「何故……っ」


 苦悩する僕が天を仰いで大きく叫びそうになったその矢先、ピシピシピシ……と天井の方から看過できない音が聞こえた。


 何今の音?


 人が不穏で不審な物音に反応するのはごく当然だ。


 見上げる先では、天井に開いたハート型の穴を中心として放射状の亀裂が入っていく。

 そしてそれは見る間に天井全体へと広がった。


「へ? ほ!?」


 ――――ヤ・バ・い・YO~~~~!!!!


 僕、ジャック、ミルカ、ジャック君、クレアさん、リディアさんの心中はきっと見事に一致だった。


「あ~らら、古いから風化とかでもろくなってたみたいだね~。急いで色々と持ってきといて良かったよ~。んじゃボクはこれで。後は頑張ってね~アルフレッド。……もしも死んだら、その時は盛大に供養してあげるよ~~、なーんて? キヒヒ!」

「はいいいっ!?」


 一人だけ超余裕をぶっこくカルマは、何かの魔法具なのか球体を持っていた。


「キヒヒヒ、じゃあまたね~ん」


 彼女は最後に僕達の方へと何かを放ると、遺物を抱き抱えたまま球体を足で踏んで割った。

 それとほぼ同時に逆さにしたパズルのピースがバラけるように天井の岩肌が無数の塊に分裂した。一本一本の亀裂の隙間から外光が漏れ、その白光が太くなる。

 カルマが投げたのもまた彼女が足で割ったガラス玉のような球体で、それが地面に落下するや割れて光が弾けた。何らかの魔法具だろうけど、そこにまで気を向けている余裕はなかった。

 自由落下の法則に従い、大小無数の岩石の塊が僕達目掛けて落ちてくる。


 う、う、う、嘘だろおおおおおーーーーッ!


「「「「「「わああああああああーーーーッッ!!」」」」」」


 生き埋め必至というかこのままだと間違いなく押し潰されて圧死だ。

 皆で落下物が降って来なそうな通路の方へと必死に走ったけど、正直間に合うかかなり微妙だった。


 頭上が降ってきた岩塊で急激に暗くなる。


 あ――……。


 果たしてこの窮地を生きて切り抜けられるかどうか、我が身の幸運を天に祈った。

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