12巡り会うべき仲間

 いきなりな宣言に僕とジャックは困惑した顔を見合わせた。


「ミルカ、お別れってどういう意味?」


 言いたい事は理解した。けど理解したくない心で僕がそう問えば、ミルカは伸ばしていた両腕を一旦戻した。魔法杖を無理に押し付けようとしても僕が受け取らないと感じたんだろう。


「言葉通りの意味よ」

「どうして……。何とか魔物だって討伐できたじゃないか。ダークトレントは変身願望でもあったのかスライムになってたけどさ」


 ミルカはぐっと下唇を噛んだ。

 思い返せば幾つか不自然に気になる点が彼女にはあった。何か言いたくない事情があるんだと思う。家出の真相はさらっとしてたのに、それ以上に大変な何かって何だろう。

 でも無理には訊けないしなあ。

 ここで僕はハッとした。


「もしかして、僕たちのスライムにおける戦闘姿に衝撃受けてるとか? 遠くから眺めてるのと間近で見るのはやっぱり全然違うだろうし、狂いぶりがキツかった?」


 ミルカがたじろいだのを見ると、僕の推測もあながち外れてはなさそうだね。


「そっかそうだよねー。そりゃあ抜けたいって思われても仕方がないのかな。さすがに僕も戦闘中は自分結構キモいんだろうなあって、ジャックを見ててよく思うし」

「おいおいアル、俺を自分への判断材料にするなよ。根本的な容姿できが違えば同じような行動を取っても評価は雲泥の差だ」

「え、そんな事はないと思うけど……」

「アル、そんな事はあるんだ」


 ジャックが僕の肩に手を置いた。存外にズシリと重い。


「例えば、お前が半裸でとうもろこしを咥えて激しく踊りながらミルカに迫るのと、俺がそうするのとじゃあ、全然ミルカの反応は違うってのと一緒だ」

「いやいやいやそれやっちゃったら誰だって平等にアウトだよ! 反応は一緒だよ! ってかそこは普通薔薇の花を咥えるものじゃないの!?」


 はあ……、もっとわかりやすい例えにしてよねジャック。

 僕の意見も一理あると思ったのかジャックはふむと顎に手を当て少し思案する。

 一方ミルカは想像したのか嬉しそうに頬を緩めていた。……えっ?


「ええとその談義はひとまず置いとこうよ。話を戻そうか」


 正直もう微塵も蒸し返す気はないけどね。


「それで、ミルカが抜けたい本当の理由って何? 僕たちに嫌気が差したなら気を遣わないでハッキリそう言ってほしい」

「そうだぜ、冒険初日から死にそうになって俺達にガッカリしたからもう抜けたいって素直に言えばいいだろ」

「ちがっ……! そんな事思ってないっ!!」


 強い口調で反射的に言い返してくれたのにはちょっと驚いたけど、ジャックも思った以上の反応を返されてびっくりしたみたい。

 全く、ジャックも試すような物言いをする辺り結構いい性格してるよ。


「ホントに二人には何の落ち度もない。単にあたしが駄目駄目だからよ」


 ミルカはまた下唇を噛むようにして杖をぎゅっと握り締めた。


「実はあたしには――スカ魔法があるの」

「「スカ魔法……?」」


 聞いた事のない魔法名に僕もジャックも揃って目を点にした。


「スカってくじ引きでたまに出るあのスカ?」

「うんそう。あたしが便宜上そう命名しただけだけど。さっきの……ダークトレントが変身しちゃったあれは、あたしのせいなの。あたしのスカ魔法は敵を強化スライムにしちゃう忌むべき魔法なのよ。組んだ時点で言うべきだったのに、隠しててごめんなさい」

「強化スライム……?」


 またもや聞き慣れない言葉に鸚鵡おうむ返しするしかない僕に代わって、ジャックが会話を引き継いだ。


「じゃああの黒だか焦げ茶っぽいスライムは、ダークトレントの突然進化とかじゃなくミルカが変化させたものだって言うのか? マジに? 冗談とかじゃなく?」

「そうよ。厳密には、今回のは残ってた草色スライムも一緒になっちゃったみたいね。複数の魔物がいると合体も時々起こるみたい。しかもね、自分でもいつ発動するかわからない厄介な魔法なの」

「なるほどな。珍しい魔法もあるもんだなー。けどそれがどうして解消なんて話になるんだよ?」

「だって、これ以上二人に迷惑を掛けたくないから……だから、お願い。自分からは抜けないなんて図々しいこと言っておきながら三日と経たずにこんなことを言うなんて不愉快だろうけど、お願い、あたしとパーティー関係を解消して」


 ミルカは杖が唯一のよすがとでも言うように、握ると言うよりは抱きしめるように腕に抱えて頭を下げた。

 彼女は全面的に自分に非があり悪いのだと信じて疑わないようだった。

 さっきの、見捨てられたくない、という独白が鮮明に耳奥に蘇る。


「あのな、迷惑って……」


 僕はジャックを目顔と手で遮った。

 彼女は謙虚だと思う。

 そして臆病だと思う。

 出会って……たのはもっと前らしいけど、きちんと接したのはまだたったの一日かそこらだ。でも僕はもう彼女の人間性が見えていた。


「ミルカが自分を落ちこぼれ呼ばわりしてたのも、それが原因なの?」

「そうよ」


 僕の穏やかな問いかけにミルカは小さく頷く。ホントは僕だって胸中は波立ってたけど平静さを保とうと努めていた。


「今日みたいにこのスカ魔法のせいで、必要な魔法が発動しなかった事だってあったし、今まで強化スライムに苦戦してトラウマを作った仲間もいる。それに、今回みたいにこの杖で強化しちゃったら強くなり過ぎちゃうわ。いくら二人がスライムを得意でも、きっとさっきは急所に当たったとかで、運が良かったのよ」


 まあ常識的観点から見ればそう思うよね。

 僕もジャックも彼女に告げたい話はあったけど、今は優先すべき事のために後回しにする。


「ミルカは一人でも平気なの?」


 責められているとでも感じたのか、彼女の唇が一度小さく震えた。


「本当にそれでいいの? 僕達の事はいい。君の素直な気持ちが聞きたい」


 畳みかける気はなかったけど、そう取られても仕方ない。ミルカはしばし黙り込んでしまった。

 それでも辛抱強く返答を待つ僕の目を見て、ミルカの瞳が揺らいだ。

 ややあって答えが紡がれる。


「それが最善だから」


 最善、ね。

 ジャックがやれやれと頭を掻き掻き駄目な子を見るようにした。


「何だよそれ。俺にはそうは見えないけどな。そもそも最善ってどういう意味で最善で、誰にとっての最善なんだよ? お前本当に本気で抜ける気か? ……後悔、するぞ?」


 率直な言葉を放ったジャックは、後悔ってとこだけ声を低くして、その際僕を横目で見た。

 ……何で?

 他方、尚もぐっと何かを堪えるように息を詰めるミルカもちらりと僕を見る。

 だから何で僕?

 そして彼女は視線を伏せ、それを杖の上に留めながら小さな珊瑚さんご色の唇を開いた。


「……抜け、る」


 僕もジャックも何も言わなかった、

 ただ無言で佇んだ。

 彼女を見つめて。

 続きの言葉を待つように。

 あるのだと信じて期待して。


 じっと。


 ずっと。


 もう少し、あと少しと。


「…………なんて嫌。本当は一緒に旅したい」


 零れ落ちてきたように口から出た願いに、僕達は我知らず入れていた肩の力を抜いた。


「二人からまで背を向けられたら、今度こそ立ち直れないかもしれない。そんな思いはしたくないから自分から予防線を……って違う、違うの、そんな泣き言を言うつもりじゃなくて、アルとジャックと普通に一緒に仲間になって色んな経験をしたいの……ってアルとの経験って変な意味じゃなくてああでも変な意味でも期待もしてるけど……って今のなし今のなしいいいーッ」


 ミルカは大きくブンブンと左右に頭を振って前言を散らした。頸椎とか大丈夫かな……。

 何やら頭の中が相当とっちらかって大変らしい。


「ああもうっ」


 しばらく頭を抱えたり杖にゴンゴンぶつけたりしゃがみ込んだり呻いたりと忙しかったようだけど、ようやく脳内台風一過で感情が晴れ晴れとしたみたいだ。

 顔を上げて真っ直ぐ僕達を見る。


「あたし、こんな落ちこぼれだけど二人と楽しく冒険したい! この杖だってホントはもっともっと使ってみたい!」


 薄く涙目の青い瞳には直前までの弱々しく揺れる光じゃなく強い光が宿っている。


「あたしは二人にあたしを本当の仲間って思ってほしい……! そ、その、あたしは勝手にもう思ってるし!」


 その言い方が何だかミルカらしくて、思わずくすりとしてしまった。

 今度は僕達の番だ。


「うん、ミルカ。僕だって」

「俺だって」


「「――もうとっくだよ。よろしく!」」


 彼女は探し求めていた最高の宝でも見つけたように瞳に光を閃かせ、次には嬉し過ぎて胸が痛いとでも言うように泣きそうに顔を歪めると、よろしくとやっとここ一番の満面の笑みを見せてくれた。







 落ち着いた空気になって一安心したところで、そのままにしていたクエストの成果を回収しに僕はサクサクと草を踏んで近付いた。

 強化スライムが変じたのは青紫色の高価な魔宝石だ。どこまで高価かは母さんが見れば一目瞭然なんだろうけど、生憎僕にはそこまでの鑑定眼はない。

 焼き芋大の綺麗な石に屈んで手を伸ばす。


 その時、ふわりと蛍みたいな光が散って一瞬だったけど何かが見えた。はっきり形を取ったわけじゃなく、赤と白と……どす黒い色のイメージが脳裏を掠めた。


 思わず怯んだように手を止めてしまったものの、二人には背を向けていたから強張った表情は見られてないはずだ。余計な心配をさせたくないから良かった。


「しつこいようだけど、二人共、戦う魔物が頻繁にスライム化なんて嫌でしょう?」


 まだ少し照れ臭そうにしつつもミルカがそんな事を言った。


「まさか! 大歓迎だ!」


 回収を僕に任せミルカの近くに留まっていたジャックが、叫んで拳を突き上げる。


「うんそうそう、僕も大歓迎だよ」


 伸ばした指の先、宝石に触れる直前で手を止めてしまっていた僕は、会話に応じながら何食わぬ顔で改めて手を伸ばして宝石を拾い上げた。

 内心恐れがなかったと言えば嘘になるけど、幸いもう何も出なかったし見えなかった。

 どこかの深い水の底を切り取ったような魔宝石を手に二人の元に戻る。


「はいこれが本日の戦利品。あとこれ、ついでに君の矢も拾ってきたよ」

「おうサンキュな。すっかり忘れてた」


 石と矢を手渡すとジャックは「おーでかいな」と興味深そうにそれを眺め、ミルカはミルカで高価な魔石は見慣れているのか「これなら結構魔力入ってそうね」なんて、驚く様子はなかったけど感心はしていた。


「いやーでも良かったよ。正直賭けだったとこもあってさ。ミルカにどうしても抜けるって言われたらどうしようかって心配してたんだよね~」

「二人にきちんと話して気持ちを確かめもしないうちに、何か一人で変に卑屈になってたのよね。ごめんなさい」

「謝らないでよ。今はこうして一緒にいるんだしさ。この先も気に病まないこと、いいねミルカ?」


 少しおどけるようにして微笑んで隣から顔を覗き込んで念を押すと、彼女は何故かあたふたとしてコクコクコクコクと首を何度も了解の意に振った。

 ジャックが生温かい眼差しを送ってきた。


「それにしても、スカ発動が上手くいけば魔物がスライム化なんて、それはもうスカなんかじゃなく世紀の大当たりだよ。そうなったらもうバラ色の冒険者生活だ。ねえジャック」

「ああ、どんな敵でも余裕だな」


 僕達がまるでヒーローを見る子供のように目をきらきらさせると、ジャックから石を受け取って光に翳して見ていたミルカは、完全予想外だったのか「へ?」と可愛らしく目を丸くした。


「ダークトレントは何かちょっと予想外に強敵だったけど、スライム化したからこそ倒せたんだよね」

「スライム相手になら戦闘意欲湧きまくりだからな、俺らはさ 」

「そうそう」

「意欲? え、でも心底嫌いなんじゃ……?」

「「――そこがい~んだよ」」

「え? え?」


 クククと暗く荒んだ笑みを浮かべ悪役立ちで傲然と顎を上げる僕とジャック。ジャックなんてこりゃもうどんな舞台でったって称賛の嵐だよ。


「僕達スライムとは滅法相性が良くてさ。だからこの先ミルカが強化スライム問題で悩む事はないと思うよ」

「そうそ、特にアルなんか俺以上にスライム限定で心も体もキレッキレだ。やっぱ人間恨みつらみは絶大だよな~」

「ね~」

「……尾行中も半信半疑だったけどスライム限定だなんて。でも世界は広いし、そう言う才能もあるのかも」


 貴婦人のように微笑み合う僕達を前に、ミルカは主人の奇行に付いていけない侍女のように呆気に取られた顔をしている。


「つまりは、クエストを完了できたのはミルカのおかげってわけだ」

「命の恩人ですらあるよね」

「お、大袈裟よ。ねえところで、二人はスライムにどんな根深い恨みがあるの? あたしの場合はスカ魔法のせいで大嫌いになったけど」


 僕達は温度のない笑みでにこりとした。


「一晩じゃ語り尽くせないくらいかな」

「底なしの谷以上に恨みは深いな」

「へ、へえ」


 どこか戦慄したような顔になったミルカは、それ以上何も詮索してこなかった。訊いてくれれば教えたんだけど。


「これからは大船に乗ったつもりでいてよ」

「そうそ、どんな強敵もスライムになりゃもう敵じゃない。俺達最強ってな!」

「ね! スカ魔法最高っ!」

「イエーッ! スカ魔法万歳っ!」


 僕達は最後には「ミルカ万歳万歳万々歳!!」と繰り返した。ミルカに僅かに残る硬さを蹴散らすような気分でわざとそうしたんだけど、人間大声を出してると不思議と楽しくなっちゃうよね!

 途中から僕とジャックはどっちが最高の万歳を叫べるかで白熱した。最初は好意的に見てくれていたミルカの頬が引き攣ってきたところでやめたけど。

 ……泥船って思われてないといい。


 森を出てルルに近付くと、わだちがハッキリした土の道から石畳の敷かれた道に変わった。

 行きとは違って、僕の左隣にはミルカ、そして後ろをジャックが歩いている。

 ミルカと並んで他愛ない話をしていた僕は、立ち止まって振り返った。


「ところでジャック、さっきから何で少し間を開けて後ろに居るの? ほとんど人通りもないし道も広いから三人並んでも平気だよ?」


 すると彼は慈悲深い老人のような目になった。


「ああいいんじゃ、俺はここでいいんじゃよ。若人よ、お主は将来のためにもミルカ嬢をエスコートしてやっとくれ」


 将来? それにエスコートって夜会じゃあるまいし、かえって歩きにくいんじゃないの?


「何で年寄り口調なのさ」

「ちょっとジャックは余計なこと言わないでよ!」

「ンガアッ……!」


 何故だか羞恥を感じたらしいミルカが怒って雷撃魔法を放ち、ジャックが潰れたガチョウみたいな声を上げた。


「ミルカを怒らせたら駄目だよジャック」

「俺が悪いの!?」

「どうせまたエロ目でも」

「してないっ! それなら俺じゃなくむしろミルカがお前をっゴフゥアッ……!」

「だから余計なことは言わなくていいの!!」


 今度は何の魔法なのか、ランチプレートくらいの大きさの掌が出現してジャック目がけて飛んで行った。張り手魔法……?

 ここは下手に介入詮索しない方が身のためな気がする。

 結局昏倒したジャックの自然回復を律儀に待ってから再出発。

 まあ、ちょうど良い休憩になったんじゃないかな、ハハハ。

 緑が明るい草原にザザッと光の波が立つ。

 前方にはルルの街影。

 午後の空はまだ青く、通りすぎる風の向こう、僕達の冒険はきっとどこまでも続いているんだと、今は爽やかな心地で揺れる前髪の先を仰いだ。






 報酬受け取りなど諸々の手続きは翌日に回す事にして、滞在先の宿に戻った僕達はまったりとして、それから祝杯を兼ねてのちょっと豪勢な夕食後、お風呂ハプニングもなく就寝の運びとなった。

 危ないのはきっと朝シャワーだ。きちんと鍵は掛けよう。

 ベッドの位置は昨日同様僕がやっぱり真ん中。

 実家への便りをしたためる僕のための手元用ランプを残し、部屋の明かりは消した。

 消灯後三秒でいびきを掻き始めたおっさんジャック同様に、すうすうと寝息を立て始めたミルカ。

 そんなお疲れな彼らを一度肩越しに眺め心を緩ませた僕は、万年筆と手紙セットと共に何となくテーブルの上に出していた今日の戦利品へと目を戻す。

 スライムの変じた魔宝石だ。

 これはただの石としてしか存在せず、最早沈黙しか生まない。

 因みに今はもう触れるのを躊躇わない。

 今までも魔宝石それ自体から何かを感じた事はないと思い出したからだ。


 見る時は決まって彷徨う蛍のような燐光があった。


 そして決まってそれは討伐したスライムからしか現れなかった。


 ただし、スライム全部に必ずそれが出現するわけでもなく、そこらに出て来る奴らの中にも時々そういうのが混じっているといった具合だった。基準がわからないしいつ出会うかもわからない。


 実はまだジャックには言ってない。


「……ホント、勘弁して」


 爪先でコツリと突つくと、それは少しだけゆらゆらと木の天板の上で揺れた。

 しばしして手紙を書き終え封蝋を留めた僕は、やや暗い手元作業に疲れた目を手で覆った。

 一瞬、脳裏に白髪の少女の姿や黄昏れるどこかの草原がノイズのように現れ、眉間を揉みほぐそうとした手が止まる。

 それほど長くもない冒険の中で蓄積されてきた断片は、思い出す気もないのに時々こうして蘇る。


 あれは、あの蛍のような燐光は、他者の記憶の断片なんじゃないかって、この頃僕はそんな推測を立てている。


 記憶というものがあそこまで細かな断片として残せるものなのかは知らない。魔法に詳しい者なら知っているかもしれないけど。

 あの少女は僕の知らない相手だ。

 勿論草原もその遠くに見える城も行った事はない。

 実在するのかもわからない。

 ただ言えるのは、僕は半強制的に映像を見せられるのが猛烈に好きじゃない。

 感覚的に吐きそうで不快だった。

 無意識下からの根源的な拒絶と言われればそうかもしれない。


 ――アルフ。


 僕をそう呼ぶ祖父の声が記憶の底から浮上して、いつだったか言われた言葉を思い出す。


『アルフ、もしかしたらこの先お前の目は不思議な幻を映すかもしれない。その時は必ず私に知らせるのだぞ。いいな?』

『不思議な幻? たとえばどんな?』

『……白い髪の娘だ』


 あの様子、きっと祖父も僕と同じ人物を見た事があるんだろう。


 オースエンドの村清掃の時点では僕も一度きりの幻覚だと思ってたし、祖父からの言葉なんて思い出しもしなかったから、わざわざ手紙を出す事もしなかった。

 それから村を出立するまでは断片を見なかったし、祖父の方も一度も屋敷に帰って来なかったのもあって、僕は少女の存在すら完全に忘れていた。

 冒険の中で再び見るまでは。

 ジャックには光が見えていないようだった。

 だからこそ、巻き込めないと感じた。


「……おかしな話だよ」


 一人テーブルでボーッとして考え込んでいた僕は、出て来た欠伸をわふわふと噛み殺した。人目もないし大欠伸をしても構わなかったけど、何となく。

 ここで遅くまで延々と悩んでても疑問は解けないし、明日はギルドに報告予定だし、睡眠不足は避けたい。

 僕ももう寝よう。

 魔宝石を入れておくための小箱へと石を入れ、それを荷袋に仕舞うと、手元のランプを消してベッドに潜り込む。

 横になったらやっぱり結構疲れていたのか、すぐに眠りが腕を引いた。

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