エントの森から贈り物

賢者の森、東側。日が木々を照らし風が葉を撫でる。葉擦れの音が小気味良い。ハスパード王国に近いのに木は立派にそびえ立ち切り落とされた後は見かけない。

何故ここにいるのか、それは木々達によって賢者様から伝言をもらったからだ。

「東の森……ってここであってるよな?」

「はい、ここであってますよ」

家からそう遠くない位置ではあるが、何せ森だ。どこがどう違うかなど分かるわけが無い。しかし俺よりも森に詳しいランが言うのだから間違いでは無いはずだ。

「ねぇねぇ、ここで何するの?」

「それはぜひ、このラミージュ・ランジェ様の弟子であるアタシも聞きたいところですね」

二人(一人に関してはちょっとズレてる)が俺に聞いて来るが俺も良く分かっていない。伝言では東の森においで下さい、見せたいものがあります、というだけだ。

「ウキウキ」

「ルンちゃんもここだって言ってるのか」

元々森に住んでいたルンちゃん、そのルンちゃんもここだと首を縦に振る。

しかしここには何もない、合ってるとすれば一体何を見せたいのだろうか?

突然、木々がザワザワと騒ぎ出す。まるで噂されてるような音は俺達の周囲だけに留まる。

「……お待ちしてました、唐真殿」

青年の様に若い声がどこからともなく語り出す。これが賢者様の言っていた弟子なのだろう。

「今回はこのような陰気な森に足をお運びになりありがとうございます」

「い、いえ、こちらこそどうも……」

礼儀正しい青年の声は恭しくそういう。にしても陰気ってことは無いと思う、結構日差しがあって明るいし。

「先生の件は大変助かりました。私達の力では先生を元気付ける事など出来ませんので、あの件以来あなた方はこの森の英雄です。こうして会えたのも何かの縁、大変光栄に思います」

「え、いやそんなかしこまれても……」

はっきり言ってやりづらい。ランの敬語とは違いこちらは堅く言葉のやり取りをする隙みたいなものがないのだ。慣れていないというのが大きいけど。

「本日お越しいただいた件ですが、先生から何か聞かされておいででしょうか?」

「いや、特に何も」

ザザッ~という葉擦れの音、なるほどという青年の声が後に続いて響いた。

「今回お越しいただいた件ですが、先生から頼まれていた魔物園にぴったりな場所をご用意出来たことをお知らせするためです」

「え! マジかッ!?」

そういえばそんなこと言っていたな、と今更になって思い出す。確か賢者様が俺のスマホにアプリを入れた時にもう一つ場所を提供するとか言っていたな。

「失礼ですが、そのような場所どこにもありませんよ」

口を挟んだのはラン、確かにその通りだ。ここに来るまで魔物園に必要な広大な場所を見かけはしなかった。ランの疑問は最もだ。

すると、フフッという音が風に乗って耳に届く。

「慌てなくとも、ちゃんと場所はご用意出来てますよ。場所は」

あちらです。という声が響くが方向は分からなかった。一体何をするのだろうと悩んでいると。

「なっ、なんだッ!?」

「ウッキィ~!」

突然地面が揺れだした。しかもその振動は大きくまるで足場が動いているような錯覚を感じさせる。

何とかこらえている俺は近くの木にしがみつこうとする。しかし、

「トウマ待って、見て!」

ヨーンの指差す方、つまり俺がしがみつこうとした木、それが自分の根っ子を持ち上げてゆっくりと動きだしたのだ。

「なっ! じゃあこの地震って!?」

「はい! 森の賢者様のお弟子様方が動いてるためでしょう!」

この光景に俺は度肝を抜かれた。賢者様もそうだが樹がこんな風に動きだすとは予想出来るわけが無い。いや、予想は出来たかも知れない。証拠にランとヨーンは冷静に状況を観察している。慌てているのは俺とアルモ位だろう。

「ぎゃー! この世の終わりです! 最後はいっそラミージュ様の側で死にたかった」

「いや、多分死なねーよ!」

今までの会話を振り返る限り死ぬ要素なんて含まれていない。というかアルモしがみつくな! 動きにくい!

しばらく揺れが続いた後、ピタリと振動が止まる。

恐る恐る顔を上げると、ランとヨーンが同じ方向を向いていた。アルモだけは肩で息をしている。

「……どうなった?」

ランとヨーンに尋ねる。するとランがこちらに振り向く。その表情は笑顔だった。

「唐真様! 見てくださいあれを!」

尻尾をせわしなく揺らすランの言うことに従って見てみると。

「こ、これはっ!」

広大な草原が広がっていた。草原の中心に木がぽつーんと立っているだけで特に変わりはない。いや、随分と変わった。この場所はさっきまで森だったのだ。それがこんな風になるなんて思いもしなかった。

「……お気に召しましたか?」

再び青年の声が耳に届く、俺はその返事に頭を縦に振った。

「ここがあなた方の、魔物園の拠点となる場所です」

俺はこの光景を見て、心にぐっと来るものがあった。それを必死に堪えてたった一言を絞り出した。

「ここが、ここからが、俺達の、魔物園の始まりだ!!」

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