CLOSE ー終活ー

 キィという聞き慣れた音に、心地よい安堵感を覚えた。

「……あっ、いらっしゃいませ」

 しかし、添えられた声は、どうにもいつもよりしおらしい。

「おや、今日もまた君なのかい? 今頃てっきり狩りに出かけているものだと思っていたよ」

「あはは……まあ、確かに、お金とかはもう、充分なんですけどね」

「何かあったんだね。私に話せることなら、話してみなさい」

 年寄りという肩書は便利だ。身内や友人よりも少し遠いところにいるおかげで、言いにくいことも話してくれることがある。

「店長、あっちに永住するんですって。もう手続きも済ませたって。他のバイトの子も、店員さんも、みんな向こうで忙しくって、来れなかったり、来なかったりで。誰も残ってないんです。店長、お店も本も、全部ボクの好きにしていいって。困っちゃいますよね。ボク、ただのバイトなのに」


 とても、申し訳ない気持ちになってしまった。

 目の前の若者は、寂しそうで、苦しそうで――なのに私は、年甲斐もなく、胸を躍らせてしまっているから。

「レジ、毎日立ってますけど。お客さんも、もう常連さんがひとりだけで。だから、もういいんです。必要そうなものは、全部持って行っちゃってください。そしたら、閉店の看板、出しますから」

「君は、他の人たちと一緒には行かないのかね? ただのバイトを自称するわりには、ずいぶんと落ち込んでいるね?」

「……確かに、ダンジョン潜ってモンスター倒して、ってのも楽しいんですけど。ボクはそれ以上に、本を売るのが好きだったみたいで。もっと早く気付いてれば、なにか出来たかも……なんて。今となっては、どうしようもないです」

「そうかい」

 理想通り。いや、それ以上。

 人間界に神がいるなら、どうやら私はだいぶ気に入られているらしい。


「良ければ今度、一緒に向こうに行かないかい?」

「急に、なんです? 指輪してるくせに、ナンパですか?」

「その前に一つ。君は戦いだの狩りだのより、本の方が好きなんだね?」

「……はい」

「例えば武器を全部売ったとしても、後悔はないね?」

「まあ。って、なんでそんなこと聞くんですか」

「ダンジョン攻略用の厳つい装備だと、私の紹介があっても厳しいだろうからね。いやはや、楽しみだなあ!」


 彼女は怪訝そうに首を傾げた。

 未来ある若者に、私は、私の夢の話をした。




「よしよし。上手いもんだ。ダイヤの原石とはまさにこのことだね」

「お金持ちの秘密はコレだったんですね。というか、今でも買ってくれる人いるんですか?」

「まあね。年を取れば取るほど、今までの常識に囚われすぎて、新しいことを受け入れにくくなるものさ」

「なんか、人口ピラミッドがやばいことになっちゃってますけど……これから、どうなると思います?」

「ああ、日本はもうダメだろうねぇ。若者がいない国なんて、滅びるだけさ。私が死ぬのとどっちが早いかな?」

「縁起でもないこと言わないでください。……どうしても、助からないんでしょうか」

「悲しいけどね。今の若者たちには、向こうの世界は魅力的すぎたんだ。それは、若者に魅力的な社会を用意できなかった今の大人の責任でもある。今更どうにもならないけどね」


「私達にできるのは、それまでせいぜい稼がせてもらうことと、本や知識をあっちに逃がすことだよ」

「おきゃ……おじさん、後悔とかしないんですか?」

「まあね。いつだって考えるべきことは、これからどうするかだよ。若者さん」

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齢50、異世界に夢を見る。 井戸 @GrumpyKitten

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