夢と現

 綺麗な花畑、色鮮やかな四季の花々が楽しそうに体を揺らす。空は青く澄み渡り、遥か彼方には薄らと黄緑色の山陰が見えた。花の絨毯に寝そべって鼻歌を歌っていると、何処からともなくやってきたつがいの蝶が、パタパタと目の前で見事なダンスを披露する。彼らを見ているうちに、心地良い音色が耳に流れ込んできて、そのまま甘い香りの中で静かに目を閉じた。


 夢を見ていた。真っ白な部屋の中、ベッドの上で布団が私に圧し掛かる。その重さのせいなのかは分からないが、息苦しさを感じて上体を起こそうとする。けれども体はベッドに張り付いたように動かない。手や足、頭の一つとして自由を許されていないのか、ただ両の目をギョロギョロと動かすことしかできなかった。仕方なく、激しく暴れたい衝動を抑えて目だけを好き放題遊ばせる。数分経って目の周りの肉が疲労を訴え始めた頃、私の顔を覗く一人の女性が現れた。私は自分が動けない状態にあることを伝えようと、疲弊した目玉を酷使して縦横無尽に回した。しかしそれに気付くことなく、女性は何か言葉を吐いて、にっこりと微笑んでから、私の額に手を添えた。彼女の体温が心地良く、先程までのやんちゃによる疲労も相まって、私の瞼はあっさりと閉じてしまった。


 今日は虹色の湖でピカピカ輝く妖精さんたちと水遊び。森に住む熊のお姉さんが編んでくれた毛糸の水着に着替えて、湖の端から端まで競争だ。水泳大会を観に、強面だけど優しいワニのお兄さんやのんびり屋のカバのおばさんもやってきた。優勝候補の水の妖精は手強い相手だけども、この日に備えて特訓したバタフライでなんとしても一位を取ってみせる。審判のリスが木の実の空砲を鳴らすと同時に、私たちの熱いレースが幕を開けた。


 夢を見ていた。この前見た夢に似た世界。違うのは、瞼が重くて半分上が見えないこと。それから息をしているのにもどかしさを感じるようになったこと。視界は狭まったが、不思議と恐怖は感じなかった。限られた移動範囲を目玉を動かして観察する。しばらくは白い天井に浮き立つ汚れだけが見えていたが、突然、それを遮るように二つの顔が現れた。短い髪の女性は、目が痛いのだろうか、片目をハンカチで押さえながら、苦しそうに何度も私から目を逸らす。ヒゲを生やした男性は、キツツキのように小刻みに頭を前後させながら、色のない表情で私を見つめていた。彼らの顔を見ていると、何故だか胸の奥がひどく痛み、私はそれに耐えられずに、瞳の窓をゆっくり閉じた。


 今日は魔法使いの友達と山にピクニック。台所でお弁当をカバンに詰め込んで、シートと山菜集めのための腰袋を用意して。夜は森の皆を呼んで山菜パーティーを開くから、いっぱい採れるといいなぁ。おやつをちょこっと詰めていると、今日の相棒の御到着。最後に忘れ物の確認をして、いざ食材探しとレジャーの地へと。



 お花畑に寝転びながら、ぼんやりと青い空を眺める。何時からだろうか、夢を見ることも、眠ることさえもなくなった。まあ眠る度に見ていた夢が、自分にとっては酷く退屈で苦痛なものばかりだったので、寧ろ見れなくなって良かったと思っているが。でも、こうして時々自分が夢を見れないということを思い出すと、胸の辺りがギュッと痛くなって、元気に始まった一日でも何故か悲しい気持ちになって…。

 心に堪った靄をいつまでも吐き出さないまま、大事に抱えながら、空を悠々と羽ばたく青い鳥の軌跡を目で追い続けた。


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