第二章「死と太陽は直視できない」 第九節

「ねぇ、質問があるんだけど」

「なんでしょう?」

「どうしてあの店だったの? マスター、私のことが見えてたし、話もしたし……。瞳が金色だったけど、なんで?」

「順にお答えしましょう。――まずは、どうしてあの店だったのかですが、それは、麗子さんがお馴染みさんだったからです。これは訪れたときにお答えしましたよね。より深く説明しますと、冥府への入り口は複数存在するのですが、そのうちの一つがあの店なんですね。しかも麗子さんとご縁があったので、あえてあの店を選びました」

「どうして、あの店にその入り口があるの?」

「正しくは逆です。冥府への入り口の上に、あの店があるんです」

「ふーん、よくわからないけど……マスターには、どうして私が見えるの?」

「それは、あの方が見える方だからです。いわゆる霊能者ですよ。あの世のものが見えてしまう眼をお持ちなんですね。それがあの金色の瞳で、“神の眼”と呼ばれるものです」

「マスターが霊能者……知らなかった。ずっとサングラスをしてたのって、そのためだったんだ。シャイなのかと思ってた」

「確かに、シャイな方ではありますね。……マスターさんは、かなり苦労をされてきた方なんですよ。人には見えないものが見えますし、なにより瞳が金色ですからね。そのせいで、幼い頃から色々と大変だった。人間関係はもちろんのこと、人じゃない相手にも悩まされて……」

「そう、だったんだ……」

「いまの麗子さんならおわかりいただけると思いますが、誰にも気づかれず、誰も自分の声を聞いてくれない中、マスターさんのように見えて、声が聞こえる方がいたら、そばにいようとしたり、自分の苦しみを訴えようとしますよね?」

「……うん」

「マスターさんの場合、ヒーラーとしての力もありました」

「ヒーラー?」

「ご自分のエネルギーを他人に分け与えることができる力の持ち主のことですよ。ゲームなどで言うところの、回復魔法のようなものですね。気功とも呼べます」

「そんなすごい力があるの!?」

「確かにすごいですが、傷を癒せたりするほどのものではなく、せいぜい疲れを取ったり、滅入った気持ちを明るくさせるきっかけを作れるに過ぎません。マスターさんはそれを、疲れていたり、落ち込んでいるお客さんに出す飲食物に少しだけ注入し、密かに元気づけているんです」

「あっ! だから、マスターのコーヒーを飲むと元気になれるんだ。やっぱりすごい!」

「ですが、その力の代償に自由を失いました。そして精神を病んだ。四六時中付きまとわれて、死の苦しみを訴えられ続ければ、誰でもおかしくなってしまいます。傍から見ても挙動不審で、おかしく見えたでしょうね。その原因が見えないため、ご両親ですら理解できず、世間体を気にするあまり、彼を専門の病院に入れてしまいました」

「そんな……」

「ひどい話です。ですが、それが転機となりました。その病院で、ボクと出会ったんです。死神であるボクの姿まで見えるのですから、神の眼に関しては本当にすごいですよ」

「それで、どうなったの?」

「彼から悩みを打ち明けられたボクは、ハデス様に相談しました。それで、いま通ってきた冥府への入り口を守ることと、死神の仕事に協力するという二つの条件で、彼を守護することになりました。簡単に言いますと、マスターさんの周囲にバリアを張って、ボクたち死神など、特定の者以外は近づけないようにしたんです。マスターさんが心を許した方の場合も例外です。例えば、麗子さんとか」

「えっ、なんか照れる……」

「喫茶店を開かないかと提案したのはハデス様です。マスターさんのヒーラーとしての力を有効活用できますし、極度の人見知りを直すのに手っ取り早い。で、それが見事に功を奏し、マスターさんは社会復帰をしました。そしていまでは、知る人ぞ知る人気喫茶店のオーナー兼マスターです」

「なるほど。そのお店に私は通い、いまはこうして死神になろうとしてるんだ……。これって、運命なのかな?」

「運命かどうかはわかりませんが、“縁”ではあるでしょうね」

「縁か……」

「他に、ご質問はありますか?」

「んー……あ、さっき、冥府への入り口を守るって言ってたけど、守らないとダメなの?」

「はい、守らないといけないんです。万が一、誰かがその入り口をくぐって冥府に入ると、大変なことになってしまうので」

「大変って、どう大変?」

「最悪、死に至ります。ここは人が住める環境には作られていないので。それと、人が突然消えるわけですから、いわゆる神隠しになってしまうんですよ。実は、蒸発や誘拐などの、人為的なものや、野獣に襲われるなどの事故を除いた神隠しの原因のたいていが、それなんですよね」

「迷惑な話だ……」

「申し訳ないです。世界には、この冥府だけでなく、様々な異世界に通じる入り口が存在します。そのほとんどが、人が立ち入れない場所だったり、神社、仏閣、教会など、宗教施設を建造して、不用意に近づけないように守っているのですが、色々な都合で叶わない場合があるんですよね。あの喫茶店はその一つなんですよ」

「なるほど。それを守る代わりに守られているわけだ、マスターは」

「そういうことです」

「ふーん。もう一つ聞いてもいい?」

「構いませんよ。気になることはなんでもおっしゃってください」

「ハデス様って、ギリシャ神話に登場するあのハデス様なんだよね?」

「はい、そうですが」

「じゃあさ、一般的に知られているハデス様と、どこまで一緒なの? 私の知るハデス様なのかね?」

「麗子さんがご存知のハデス様が、どんなハデス様なのかわかりませんが、一つ言えるのは、ハデス様は一般的に知られているハデス様そのものですよ」

「じゃあ、ゼウスやポセイドンとは兄弟なの? 確か長男だよね?」

「ええ、そのとおりです。ご兄弟で、ハデス様はご長男であらせられます」

「じゃあさ、兄弟仲って本当に悪いの? クジ引きの話とかは?」

「あー、ご存知でしたか、その話……」

「けっこう有名な話だよね。兄弟三人で、世界のどこを治めるか相談して、でも、互いに譲らないからケンカになって、このままじゃ埒が明かないからクジ引きで決めようということになって、結果、一番末っ子のゼウスが天国と人間界を引き当てて、次男のポセイドンが海を引いて、長男のハデスが一番不人気だった冥府を引いてしまった。そのことがきっかけで、特にゼウスとの仲は最悪なのよね。私は一人っ子だからよくわかんないけど、やっぱり、長男としては末っ子に負けたくないわよね。しかもあれでしょ、元々はオリンポス十二神の一柱だったのに、ずっと冥府にいて、オリンポス山にいないからって除外されちゃったんだよね。長男なのに、ひどいことするわ」

「……麗子さん」

「ん?」

「いまの話ですが、ハデス様の前で言ってはいけませんよ。話題にもしないでください」

「な、なんで?」

「本当のことだからです。未だに根に持っていて、そのことに触れようものなら、とんでもないことになります。もう暴れて暴れて、手が付けられなくなる。まさに逆鱗なんですよ、その話は。禁句です」

「そっ、そうなんだ。気をつける……」

「お願いしますね、本当に」

「うっ、うん」

「ところで、他にご質問はありますか?」

「えっ、急だなぁ、話題を変えたいってこと? 他にねぇ……あ、いま言ったことで気になったんだけど、ゼウスとかポセイドンも実際に存在するの?」

「ゼウス“様”、ポセイドン“様”です」

「あ、ゴメンゴメン。様ね。――で、ハデス様以外にも神様がいるってことなんだけど、神様って全部でどれぐらいいるの?」

「うーん、そうですねぇ……人の数だけ神はいる、とでも言っておきましょうか」

「人の数って、70億!? そんなにいるの!?」

「いてもおかしくはないでしょう。だって、神という概念やその存在、姿形、名前を生み出したのは、人間ですからね」

「おっとっと、これはまた危険な発言だぞ」

「そうですか? でも、間違ったことは言ってないと思いますけど」

「まぁ、そうなんだけど……」

「神が先か、人間が先かと聞かれても、いまとなってはもう、鶏が先か、卵が先かという質問と同じようなものですからねぇ。正直、どっちでもいい話ですよ。そこを気にしたってしょうがないです。あと、神様がどれぐらいいるのかと聞かれましたが、実のところはわかりません。きっと、とても多いはずです。なので、人の数だけ神はいると答えました」

「素直にわからないって言えばいいじゃん」

「わからないことをわからないと認めてしまうのが、なんだか悔しいお年頃なもので」

「よく言うよ、中身はすっごいお爺ちゃんのくせに」

「心外ですね。一千年以上死神やってますけど、心は12歳のままだと自負しています」

「自負って。12歳の子供はそんなこと言いません」

「ええ、我ながら不思議です」

「まったく……ところでさぁ」

「はい?」

「いつになったら、あのビルに着くの? 全然近づいてない気がするんだけど……」

「疲れましたか?」

「いや、疲れてはいないけど――って、疲れるわけないじゃん、わかってるくせに……。でも、ずっと同じ景色だからもううんざり! 心が折れた!」

「せっかくなので、冥府を満喫してもらおうと思ったのですが……そうですね、そろそろ飛びましょうか。――さぁ、どうぞ」

「うっ、また鎌かぁ……。――安全運転でお願いね」

「はいはい。……にひっ」

「いま、笑った……?」

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