第13話

「なぁ、了二知らないか?」

「なにしたんだよ? くそー」

「聞いてることはひとつだけ」

と、了は指を一本立てて、少年に見せた。

「了二を知ってるか?」

「ほんとにアニキなの?」

「だァかァらァ、聞いてることは、ひとつだけ」

 少年は渋々白状した。

「知ってる、知ってるよ。了二をどうしたいんだよ」

「今すぐ呼べるか?」

「呼べるよ」

「んじゃ、呼んでくれよ」

 少年はじっと了を見上げ、情けなさそうに告げた。

「携帯貸してよ」

 もちろん、携帯はもってこれなかったので、少年を店の公衆電話のところへもっていった。

「了二にアニキがトレモロで待ってるって、伝言してくれ」

「へいへい」

 ピポパポパ

 なにやら、暗号のような数字の羅列を押していく。

 ひとしきり数字を押すと、少年は受話器を降ろした。

「そんなんで通じんのか?」

 了がたずねると、少年は「なに言ってんの? このバカ」といった顔で了を見返した。

 了二もよくそんな顔をする。

 他人を侮りやすいお年ごろなのだろう。

 侮ったおかげでこんなメにあっているというのに、学習するだけのオツムもない。

 了はイヤミったらしくそう思った。

 トュルルルル

 突然、緑の電話が鳴り出した。

 店の人間はまったく顔を出さない。

 しようがないので、了は受話器を取った。

「アニキ!?」

 了二の声だった。

「了二か?」

「アニキひとりでヒロの携帯使ったの?」

「違う、やってもらったんだ」

「ヒロに携帯使わすなんて……なんもなかったのかよ?」

 あったよーん。と思ったけど、横でまだ伸びているヒロの名誉のために黙っていよう。

「友情友情。おまえの名前言ったら、すげー友好的」

「……」

 通話口の向こうから、疑わしげな空気が。

「俺たち、軽々しく仲間を紹介しないタチなの。信じらんないなぁ」

「信じて信じて。で、そんなこと、どうでもいいんだよ。おまえの携帯使って、また栗栖を探してほしいんだ」

「なんで?」

 了二の声に熱がこもった。

「大事な用なんだ。栗栖にケンカふっかけんなよ。居場所さえ分かれば、俺がすぐ行くから」

「アニキはずっとトレモロ?」

「うん、そのほうがいいだろ?」

「じゃさ、オヤジからこづかいせびっといてよ、それが今回の駄賃だからさ」

 ただでは起きない俺の弟。

 要領よすぎらぁな。

 うらやましい、俺にはできない。

 了はしみじみ思った。

 腕を組んで、何やら納得している了の足元で、ヒロがのたまった。

「あんた、オレにクスリでも打ったのかよォ?」

 了は弟との約束を律義に守るために、父親の会社の守衛室を覗いた。

 野球の中継を、おもしろくも無さそうに中年の男が見ている。

 濃いグリーンの制服を着て、帽子は事務机のうえにおいてあった。

「あのー」

 守衛は了の声にも気付かず、テレビに見入っている。

 こんなんで本当に守衛なのか。

 了は何度も声をかけた。

「なに?」

 守衛は不機嫌な声で答えたが、了が父親の部署と名前を告げると、気さくに受けてくれた。

「へぇ、いっつもあのぼうずが来るんだけど、あんたみたいにデカイ子供もいたんだねぇ」

「いたんです」

 了二のやつ、いったい何回せびりにきたんだ。恥ずかしい奴。

 了は苦笑いながら、父親が来るのを待った。

「了!」

 暗い裏口からでっぷりと太った男が、姿を現した。

「なんだ、珍しいな」

 了はほぼ1 ヶ月ぶりに対面する父親を見た。

 お父さん、また太ったな……なに食ってんだろ?

 了は油でてかる父親の鼻の頭を見つめた。

「今日は了二は?」

「留守番」

「金、足りてるか?」

 さっそく、ゴソゴソと財布を取り出し、了はなにも言っていないのに、数枚の紙幣を差し出した。

 了は何やら居心地が悪くなり、その金に手も出せず、じっと父親を見返した。

「なんだ、どうしたんだ?」

「ン……仕事、頑張ってる?」

「ンン、まぁな」

「ンー……あのさ、あの……あんま、ムリすんなよ」

「え? ああ、そうするよ。おまえもな」

 了は複雑な思いに駆られた。

 言葉にもできなくて、言葉にしてしまうと、傷つけてしまいそうで。

 了二くらい、無神経になりたかった。

 でも、絶対なれないんだろう。なにせ、自分は真ん中だから。

 真ん中って、ソンだなぁ……

「父さん、帰ってこれなくて、スマンな……」

 了と父親の目が、ヒタとあった。

 もしかすると、お父さんはお母さんの浮気、知っているのかもしれない。

 了は瞬時にそう悟った。

「しようがないよ。俺たちのこと、気にすんなよ」

「そうか……?」

「そうだよ」

 結局、了は父親に金をせびり損なってしまった。

 了のポケットマネーから出すしかない。

 金額の桁が違うところは、目をつぶってもらおう。

 案外待たずに了二からのメッセージがヒロノ携帯に届いた。

<エキ キタグチ>

 栗栖は駅の北口のいるのだろうか。

 了は、急いでトレモロを出た。

 北口で友人たちと話していた了二は、了の姿を認めて、驚いた声を上げた。

「アニキ、すげ早かったな」

「おうよ」

 了二は、パッと手を差し出した。

「なに?」

「金」

 了は了二のチャッカリした性格に舌打ちすると、その手のひらに二千円を乗せた。

「エェー? こンだけ?」

「これだけ」

「アニキ、くすねたんじゃないの?」

「聞き捨てならねーセリフだな?」

「だってさぁ、いつもならオヤジ、万札でくれるもん」

 了二、このオヤフコーモノッ!

 俺が始アニキだったら、殴り倒してるところだぜ。

「ま、いいか」

 了二はクシャクシャッと金をポケットにねじり込んだ。

「で、栗栖は?」

 すると、了二の顔がいつになくふて腐れた。

「?」

「アニキ、ちょっと」

 了は言われるがままに、弟に耳を貸した。

「あいつ、今、ババァと一緒」

 了はドキッとして、了二を見た。

「ウソじゃないよ」

 信じるよ……

 そう言いたかったが、口が聞けなかった。

 くそォ、あのバカ……

「マジで行くつもり?」

 了は返答に困った。

「行けば?」

 了二はニヤリと笑って、言った。

「そろそろ潮時なんじゃないの? ババァだって自分の稼ぎを、さんざん名物男に貢いだわけだしさ。夜勤だのなんだの、見苦しいいいわけ聞かずにすむじゃん」

「……」

 なんだ……了二のやつ、ホントは困ってたんだ。だれか、この秘密に終止符を打ってくれる人間を待ってたんだ。

 了は弟が哀れに思えてきて、ポンポンと了二の肩をたたいた。

「わかった、お兄ちゃんに任せとけ」

 了二はいぶかしげに了を見て、

「なにが?」

と言った。

「いいんだいいんだ、お兄ちゃんには分かってる」

「気持ちワリーなぁ」

 了二は気持ち悪そうに肩を払った。

 了二は手早くホテルを告げると、ジャッと手を挙げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る