落椿の腐る頃に

糾縄カフク

Swallowfail.

 これは僕が横浜で風俗店員をしていた頃の話。当時福島での復興作業を終え、神奈川の自動車工場で働いていた僕は、明らかに減ってしまった給料に幾ばくかの不満を抱いていた。なにせ手取り50万の前者に対し、後者は僅かに20万と少し。ここ数年で金さえあれば大概の問題は片がつくと知ってしまった僕にとっては、間に横たわる30万の差は如何ともし難いほど切実だった。そんな中「男・関東・高収入」なるダイレクトなキーワードで探し当てたのが風俗店の求人。斯くて玄人童貞だった僕は、これなら稼ぎながら夜遊びも経験できて、一石二鳥なのではとの邪な思いもあり、早速の応募の末、晴れて採用に至った訳である。


 さて僕が入社したのは、横浜は関内の某チェーン店。仮にここをTグループとしておくが、界隈には7店舗が系列店として軒を連ねていた。――と言ってもそれぞれにカバーする性癖は異なっていて、具体的には「熟女・人妻・巨乳・JK・OL・コスプレ・手コキ」と分野ごとに分かれ、各店に割り振られた店長によって管理運営が為されていた。その中で僕が充てがわれたのは手コキ店で、ここはそれなりに若い子が所属している、ライトヘルスの部類だった。


 店長はスパルタ式の、いわゆる古いタイプの熱血漢。スタッフ教育に厳しく、掃除や女の子の扱いについては口煩い事で有名だった。その所為でスタッフが飛ぶ(唐突に辞めてしまう)ケースが多い一方、女の子の勤怠・定着率については比較的良好でもあった。――とどのつまりは、スタッフ側の負担が大きいゆえに、女の子にとっては働きやすい環境が整えられていたという訳だ。僕がその事実を改めて痛感したのは、グループ内の他店舗を見て回った時である。人手のギリギリで回している風俗店にあっては、スタッフが一人辞める度にその穴埋めを誰かがしなければならない。よって状況によっては、次のスタッフが補充されるまでの間、他の店舗に回される事も少なからずあったのだ。




「おい◯◯、暫くヘルプに行ってくれるか?」

 腹ただしげに呟くのはマイ店長。どうやら系列店のF(コスプレ店)で、スタッフが飛んだらしい。前回うちの手コキ店から飛んだ際に人手を借りている義理から、今度はこちらから誰かを送らなければならないとの事。


「分かりました。業務内容は同じですもんね。行ってきます」

 かくて僕が移ったのはF店。ここの店長はキャバクラ上がりで、女の子のスカウトも兼ねられるという点を評価されての異例の昇格だった。しかして良かったのは最初だけ。女の子の継続的な管理ができなかったこの店は、徐々に嬢の数が減り、今ではグループ内でも下から数えたほうが良い程度にまで売上が落ち込んでいた。


 実際足を踏み入れて「ああ成る程」と気がついたのは、掃除の行き届いていない、汚い店内。埃はあちこちに溜まっているし、シャワー室には黒ずんだカビまである。マイ店長の曰く「風俗店は、スタッフが楽しようと思えば幾らでも楽ができる。そして楽をしたぶんだけ、女の子が働きづらくなる」と言っていたのがまさに正論とばかりに、女の子にとっては接客しづらい状況が出来上がっていた。


 おまけに待機所の空気も最悪。同じ部屋に女の子を鮨詰めしているだけに、愚痴や不満が噴出放題。店舗型ヘルス店のメリットと言えば、各嬢を個室に置く事で、互いに要らぬ交友を断てるという点にある。そんなメリットを――、もちろん喫煙所が必要だという意味合いは分かるにせよ、全く切り捨てている現状には「そりゃあ新人の子も辞めてくよな」と頷かざるを得ない側面があった。中には壁に向かって独り言を撒き散らす女の子や、明らかにヤバイ薬を決め込んでいる子もいる。ホスト狂いに調教され、借金まみれになってしまった嬢もいると聞くに及んで、いよいよ社会の掃き溜め感が強まってきたなと内心で毒づく。


 いちおう風俗店には良い店と悪い店があって、前者は夜の仕事を女の子のステップアップの場と捉え、生活の悩みに耳を傾けながら付き合っていく。そうして働きやすい店だと評判が立てば、嬢を通じて新しい嬢が入ってくるという良いサイクルが築ける。逆に後者はというと、一度つかまえた女の子を、骨の髄までしゃぶりつくそうという魂胆で、先ず最初にホスト遊びを覚えさせ、借金で首が回らないように仕向けてしまう。こうなると返済と貢ぎの為にシフトをいれざるを得ず、年を食うかボロボロになって使い物にならなくなるまで、風俗嬢としてこき使うという寸法だ。畢竟するに僕が所属している店舗は前者で、ヘルプに来たF店は後者だった。まったく病んだ子の相手ばかりではこちらの気が滅入ってしまうと、昨日までいた手コキ店を懐かしみながら嬢の愚痴を聴き続ける僕は、なかでも取り分け重症だった女の子に、頭を悩まされる事となる。




「愛されてる……愛されてない……愛されてる……愛されてない」

 かくて僕の眼前で煙草をくゆらせながら独りごちる少女。彼女こそが少し前までのNo.1,の、現No.2。とどのつまりは、厄介事の諸元だった。彼女は空いた手で小さな日記帳を捲って、憂鬱そうにこちらを向く。


「ねえ◯◯さん……私やっぱり愛されてないのかなあ……」

 実年齢は二十代の頭だが、目の下のクマやカサカサの唇、それにささくれだった指の所為で、数歳は老けて見える。これでも入店当時の写真ではモデル顔負けの美少女だった訳だから、僅かの数年でここまでボロボロになってしまったのだろう。


「Rちゃんは愛されてると思うよ。大丈夫だって」

 その嬢の源氏名はRちゃん。リカちゃん人形にそっくりな外貌にあやかったらしいが、今では骨と皮ばかりの無機質さが、確かに人形と言われればそうなのだろうと頷かされる程度でしかない。


「そっかなあ……店長も最近、Aちゃんにばかり優しいし……お客さんも来てくれないし……」

 消え入りそうな声で告げるRちゃん。元キャバの店長に引き抜かれてやってきたはいいが、当の店長は落ち目のRちゃんに見切りをつけ、Aちゃんという新人に熱を上げている。実際ランキングもがらりと変わり、ピチピチでうら若いAちゃんが、Rちゃんを抜いて首位に躍り出たまま、ここ数ヶ月は過ぎていた。


「Aちゃんは新人だからさ、店長が教えてあげないと駄目なんだよ。Rちゃんの事を放ったらかしにしてるんじゃなくて、信頼してるって事だよ」

 心にも無い言葉を紡ぎながら、僕はせめてものフォローを企てる。嘘だろうとなんだろうと、その場で嬢のメンタルを安定させる事が、ヘルプとしてやってきた僕の仕事だと踏んでいたからだ。


「そっか……じゃあ私も頑張らなきゃだな……ダイエットしよっかな……太ってきたから駄目なのかも」

 そう力ない笑みを零すRちゃんは、しかして実際には痩せこけていた。いわゆる拒食症の症状だろう。本人は太っていると思い込んでいるが、そのじつ身体はどんどんと痩せ細っていく。幾ら何でもこのままでは危ういと判断した僕は、やむを得ずの否定に入る。


「全然、全然。Rちゃんは今のままでも全然かわいいよ。太ってなんていないから、ご飯とかもっと食べよう? なんならこんど俺が奢るから」

 悲しい事に、この店ではヘルプで来た僕以外に、まともに嬢の相談に乗ってあげているスタッフがいない。元キャバの店長は、調子の良い子に発破をかけるのは得意だが、落ち目の子のフォローが苦手らしいのだ。


「太ってないかな……あはは。◯◯さんにそう言われるとそんな気がしてきた。◯◯さんはやさしいねえ」

 結局はその日、ちょうど精算までを担当する役だった僕は、終業後にRちゃんと食事に出かけたのだった。




*          *




「ごめんね◯◯さん。私の我儘に付き合って貰っちゃって」

 そう零すのは、他ならぬRちゃん本人。仕事終わりのファミレスで、僕たちは向かい合って座っていた。


「いいよいいよ。気にしないで。僕、そのためにヘルプで来てるようなもんだからさ」

 風俗店スタッフの職責とは、いうなれば商品たる女の子のメンタル維持だ。彼女たちの精神安定剤足り得るならば、あの手この手を駆使すべしというのが当時の僕の抱いていたモットーだった。


「私も◯◯さんのお店に移ろうかなあ。って言い出したら、店長も私に構ってくれるかな」

 やっと打ち解けた風に笑顔を見せるRちゃん。こんな業界に足を踏み入れなければ、年相応に輝けていたのだろうと思うと中々に悲しい。


「そんな事いわなくてもさ、店長はRちゃんの事、気にかけてるよ。さ、ご飯食べよう。今日は寮まで送ってくから」

 とは言え勧めるのは、消化の良い雑炊がメイン。仕事終わりの二十四時過ぎに、拒食の気配とまで鑑みれば、胃に優しい食べ物で徐々に快癒を図っていくしかないだろう。


「うん! 久しぶりかも。こんな風に笑ってご飯食べるの」

 最近は独りぼっちかが多かったからなあと淋しげに微笑み、ふーふーと息を吹きかけながら、Rちゃんは雑炊を口に運ぶ。


「栄養をつけて、ゆっくり休んで、それから次の事を考えよう。暫くは僕も、こっちの店にいると思うから」

 そう僕が告げた時の、嬉しそうに破顔するRちゃんの笑顔が、少女の亡骸のようで妙に辛かった。




*          *




 それから暫く、Rちゃんは僕に懐くようになり、心なしか顔色も良くなった。Aちゃんに飽きたお客さんも徐々に戻りつつあり、状況の快方に僕は胸を撫で下ろす。


「ねえねえ◯◯さん。またお客さんが戻ってきてくれたよ!」

 溌剌たる少女の装いを取り戻すRちゃんが、ニコニコしながら僕に駆け寄ってくる。


「おめでとうRちゃん。これもRちゃんが頑張った成果だね」

 僕よりも頭一つぶんは背が低いRちゃんのハイタッチを受け、僕は僕で微笑み返す。


「ううん、◯◯さんが応援してくれたから! ありがとね!」

 移動して十日。元キャバの店長に代わってAちゃん以外の女の子を管理しつつあった僕は、周囲に誰も居ない事を確認してRちゃんのキスを受ける。煙草の匂いは微かにしたけど、それでも唇は潤っていて、往時のカサカサは何処にもない。


「よしよし。お肌の調子もバッチリだね。新しい髪型も似合ってる! かわいいぞRちゃん!」

 とかく褒める事に専念する僕は、この調子なら、Rちゃん個人に限れば、一ヶ月以内に何とかできるかなと算盤を弾く。問題はいつまで僕がF店に居られるかという人事上の都合だけだったが。


「えっへっへ。お客さんからもそう言われた。なんだかRちゃん、最近かわいくなったねって」

 うんまあそりゃ可愛いさと内心で告げ、僕はRちゃんに煙草を差し出す。咥えるRちゃんが上目遣いで悪戯げに笑い、僕はそれに応えるようにライターの火を点ける。


 F店はとかく環境が悪い。元キャバの店長はスカウトするだけスカウトしてきて、その後のケアろくにをしない。具体的にはNo.1にだけは目をかけるが、そこからこぼれ落ちた女の子をそのままに放置する。最も汚い部屋の掃除ぐらいは僕にでもできるが、それとて一過性の処置に過ぎないのだ。Rちゃん以外にも問題児が多い現状を鑑みると、これは僕一人の手には余るなあと胃を押さえざるを得ない。さてどうしたものか。



「あ、店長!」

 すると雑考に沈む僕を他所に、店長を見かけたRちゃんが声を上げる。見れば店長は隣にAちゃんを従えていて、今日がまだお茶の(お客が付いていない)Aちゃんは、傍から見ても分かる程度には機嫌が悪い。


「どうした?」

 こんなタイミングで話しかけてくるなよとばかりに眉間に皺を寄せる店長は、褒めて褒めてとやってくるRちゃんに、ぶっきらぼうに返す。


「ねー店長! アタシお腹空いたんだけど!!」

 そんな店長を小突くAちゃんに、店長は表情に焦りを浮かべながらしどろもどろとする。なにせRちゃんの売上が戻りつつあるとは言え、そして今日だけは客の入りが悪いとは言え、トータルで見ればAちゃん一人で、二位以下の全ての嬢の売上分を稼いでいるのだ。だから店長が慌てるのも無理からぬ話だった。


「ああR。話は後から聞くから。じゃあな」

 Aちゃんの肩を抱き去っていく店長を見送ったRちゃんは、寂しそうな表情でこちらを振り向くと、涙声で言った。


「ねえ◯◯さん。店長、気づいてくれなかったよ。R、髪型も変えたのにさ」

 言葉を返せない僕。そして僕の再移動が決まったのは、それから三日後の事だった。




*          *




 手コキ店に戻った僕を待っていたのは、以前にも増して多忙な日々だった。熟女店との掛け持ちも始まり、月の売上を百万伸ばせば店長も視野に入るぞと発破をかけられた手前、僕はイベントの広告すら自分で制作しながら、風俗店員としての日々に身を投じていた。


 別れ際にRちゃんとLINEを交換した僕は、それからも折を見ては連絡を取り合い、時間が合えば食事もしていた。時々店長の愚痴を零す彼女ではあったが、最近は私、調子が良いんだと微笑む姿を見るに、どうやら何とかなっているのかなと、僕は僕で安堵の溜息を漏らしていた。


 それはやがて返信が返ってこなくなったRちゃんのLINEが如実に物語っていて、そろそろ僕もお役も御免かなと思ううちに、夏は過ぎ秋がやってきた。そして少しばかりの閑散期が訪れた頃、その訃報は届いた。




*          *




 ――自殺。

 表向きは事故死らしいが、事の真相は噂となってグループ内を駆け巡った。

 

 嬢向けの借り上げ寮に住んでいたRちゃんが、首を吊って自殺。

 原因は恐らく、所属するF店の店長との口論だろうと関係者は話す。


 出勤せず、連絡も取れない事を不審に思った店長が覗きに行った折、変わり果てたRちゃんの亡骸がぶら下がっていたという。他に外傷が見当たらず、遺書らしきが見つかった事から警察は自殺と断定。かくて僕は、Rちゃんの部屋に足を踏み入れていた。


 要するに、特殊清掃の費用削減である。事故物件だろうと次に住むのは風俗嬢。ならば掃除を社員にやらせてしまえば金が浮くと、非番だった僕に話が回ってきた。いちおうボーナスはつくらしいが、いかにもブラック企業らしいやと僕は内心で苦虫を噛み潰しつつも、分かりましたと仕事を請ける。何よりRちゃんの部屋で何が起きたのかを知らなければという思いもあった。


 薄暗い室内はじめじめとしていて、床は髪とスナック菓子が散らばり、ベタベタになっていた。一瞬目の前を過る黒い物体にびくりと身体を震わせ、それがゴキブリである事を確認した僕は、ぞわぞわと背筋を震わせながら足を踏み入れる。


 結論から言えば、そもそもが女の子のほうが部屋は汚くなりやすい。男なら短髪で済む所を長髪にせざるを得ず、化粧やら何やらで割く時間の多い女性の部屋は、残念だが一瞬で汚部屋と化す。原因は分からないにせよ、自殺当時のRちゃんが如何に参っていたかは、この部屋の惨状が物語っていた。


 掻きむしったように抉られた壁紙には、ところどころ赤いペンで殴り書きがしてある。テレビの前に座っていた時期もあったのだろう。濡れて異臭のする座布団の回りに毛布が散乱している。テーブルの上にはダイエット薬に、それから薬が幾種類も並んでいて、また拒食症の気をぶり返したなと僕は推し量る。だったらなぜ、なぜ僕に言ってくれなかったと怨嗟すらにじませながら、歩を進ませる。


 ――と、そこで。僕は見覚えのある日記帳を視界の端に見つけた。それは初めてRちゃんと出会った時、彼女が手にしていた日記帳。残っているというからには遺書扱いでは無いのだろう。僕はそこに何かが残されているかも知れないと思いつつ、ゆっくりと日記帳のページをめくった。




 ――X月X日。

 店長にケータイを取り上げられた。ブログを書く時しか返してもらえない。暇。つらい。


 ――X月X日。

 店長にいい加減ウザいんだよと言われた。鏡を見ろよブスと言われた。◯◯さんは可愛いって言ってくれたのに。


 ――X月X日。

 ブスなのがいけないんだと思った。痩せようと思った。身体が寒い。


 ――X月X日。

 どうすればいいか分からない。こんな時、◯◯さんならなんて言ってくれるだろう。◯◯さんにあいたい。


 ――X月X日。

 今日もお茶だった。誰もRを呼んでくれない。店長も。


 ――X月X日。

 私の誕生日だった。店長はAと一緒にいる。


 ――X月X日。

 



 日記はそこで破られていて、或いはそれが遺書と扱われた一ページなのかも知れないと漫然と僕は推し量る。そして、なぜRちゃんとの連絡が取れなくなったのかも、事ここに至りようやっと理解した。


 もう少し早く気づいてあげられていれば、僕はRちゃんを救う事ができたろうか。もう一つ染みの付いた床を眼下に、僕は言いようの無い寒気と共に立ちすくむ。急に催した吐き気に、うっと屈み口元を押さえる。カーテンを開け、窓を開け、可能な限りここを日常に戻そうと試みる。遺品をごみ袋に詰め、マスク越しに分かる異臭に堪えながら床を拭く。全ては過ぎ去ってしまった事だ。そう自分に言い聞かせるように、全てを全てを放り出した。



 

*          *




 それから一週間。F店の店長は姿をくらまし、代わりに別の店長が据えられた。元キャバの店長が飛んだ理由は定かでは無いが、一説には「あいつが見ている

」と零す情緒不安定気味な彼の姿を、数人のスタッフが目撃していたとの話もある。


 いずれにせよ店舗から自殺者を出し、店自体の売上も落としてしまった前店長はグループにとっても不要な存在で、都合よく消えてくれた事に不満を漏らす人間は誰一人としていなかった。なにせ看板娘だったAちゃんも、Rちゃんが死んだ翌日には退店届を出しているのだから。


 ダントツの一位だった女の子と、離れているとは言え人気嬢の一人を失ったF店は今や風前の灯で、だから店長は堪えきれなくなって逃げ出したのだと言う人もいれば、いやいやRちゃんの呪いなのだとしたり顔で語る人間もいた。とかく事の真相は全てが闇の中で、ただそういう結末がこの物語には横たわっていたのだと僕は締めくくらざるを得なかった。いや、途中から蚊帳の外の人間になってしまった僕には、その程度しか告げる資格がないのだろう。


 そしてそれから風俗店を辞めてしまった僕には、彼らがその後どうなったのか、知る術は無い。夜のネオンに灼かれた蝶は、地に落ちて腐り、やがて人の記憶から忘れ去られる。今日もあの街には、夢や希望を抱き、或いは止むに止まれぬ事情で春を売る、椿姫たちがひしめいて咲いているのだろう。それを摘み取ろうとする大人たちの、薄汚い欲望に塗れながら。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

落椿の腐る頃に 糾縄カフク @238undieu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ