第二十七話 海峡制空戦―3

「いいかい、エマ。人は信じたい事を信じる。特に戦場においては」


 中佐が私に笑いながら、そう話してくれたのは何時だったろう。

 余りにも多くを体験したせいか、最近ではあまり思い出せなくなった。

 それは悔しく、寂しく、同時に……少しだけ安心する。

 幾年経っても、私の中に中佐はまだ生きている、と思えるから。



※※※



『緊急警報、救急警報。帝国の烏共が、しょうこりもなく海峡へ侵入中。直ちに迎撃せよ。迎撃せよ』


 基地内が一気に殺気立ち、騎士達は『魔装』を着る為に走り出す。

 ちっ……帝国の連中め。しょうこりもなく……これで、5日間連続だぞ。

 何度来ても同じなのを理解出来ないらしい。

 確かにお前らの練度は高い。それは認めてやる。

 だが、近代空中戦においては、情報を持っている側が圧倒的優位に立つ。

 共和国の地で、派遣部隊が不覚を取ったのは、探知網を共和国のそれに頼らざるを得なかったからだ。

 だが……ここは王国。探知網は濃密に築かれていて、万が一にも探知を失敗することもない。

 不遜にも、我が国土を侵さんと欲するならば――何度でも追い返してみせよう!



『各騎に告ぐ。光点が重なった。奴等は君達の上か足元にいる!』


 管制員から通信。何処だ――いたっ!


『敵発見! 高度約1000下方。数、約30騎!』

『了解! よくやった、新入り。各騎、続け!! 帝国の狗共に海水浴をプレゼントしてやれっ!』


 隊長はそう叫ぶと、真っ先に急降下していく。

 小隊長も追随。慌てて、追う。見る見る内に距離が縮まってゆく。

 いける。これなら、やれるっ! 今日も俺達の勝利――そう思った瞬間、敵騎が恐ろしく俊敏な動きで、分散。ちっ、気付いてやがったのかっ!?

 だが、高度上の優位と、数の優越がこちらにはある。

 小隊長が射撃を開始。が、駄目。ならば、俺が!

 避けた方向へ射弾を集中。ひらり、ひらりと、かわされる。


「ちっ! こいつぅぅぅ!!」

「止めろ、新入り! 深追いするなっ!」

「大丈夫です! こいつだけでもっ!」


 小隊長の制止を無視して、更に突撃。距離を詰めてしまえば――もう少し、もう少し、であいつを墜とせ――凄まじい衝撃。え……なに……同時に意識は暗転した。


※※※


「ふぅ」


 目の前で味方を深追いしていた敵騎士を撃墜した私は、すぐに中佐の傍へ戻る。

 状況は――予定通り、乱戦となっている。

 見る限り、一見追われているように見えるけれど魔装の性能差にものを言わせて、撃墜された騎はいないようだ。


『黒騎士01より、各騎。そろそろ引き上げるぞ。最後は派手に逃げて、海面スレスレを飛ぶように。皆の演技力が問われるな。ああ、最も下手だった者は、作戦終了後、皆に食事と美味いワインを奢るように。では、各自退避行動に移れ』


 各騎からは笑い声と『了解』を告げる通信。

 中佐の後方には少佐がぴたり、と付き従っている。

 

「さて――僕等は何時も通り、殿だ。精々派手にやろう。ああ、撃墜には拘らないように」

「「「了解!」」」


 それを聞いた瞬間、中佐が一気に速度を速め、敵部隊の前に立ち塞がり、数連射。

 油断していたのだろう、狙い違わず命中! 数騎が墜ちてゆく。

 明らかに動揺。余り、練度は大したことないみたいだ。

 これなら――少佐とミアと一緒に私も射撃をしながら吶喊。

 手応えはあったものの、戦果確認はしない。中佐、少佐へ追随して、上昇。

 数騎がついてくるのを確認。だけど、まるで性能が違う。あっさりの引き離し、今度は逆落としに再吶喊。

 ――それを数度繰り返した後、私達も急降下で撤退。

 ちらり、と敵編隊を確認。

 数はそこまで減ってないけど、追撃してこないところを見ると、損害皆無、というわけでもない、か。

 事前情報通り。魔装の性能差と、練度には相当な差がある。探知網も共和国と同程度かやや下。

 おそらく、真正面からの戦闘ならば、私達単独で、三倍位の敵騎士とはやりあえそうな感触がある。

 まぁ、中佐はそんな事、絶対許してはくれないし、まして、そんな状況を座して待たれるような方ではないけれど。最低限の局地的な優位を維持を構築された上で、敵部隊の殲滅を画策されるだろうけど。

 少し飛ぶともう大陸だ。近いなぁ。ここからはもうこちらの制空権下。


『黒騎士01より各騎。損害報告』


 中佐の冷静な声。各部隊からの報告

 結果は――『損害皆無』。

 被弾した者こそいたものの、障壁は貫かれず、傷を負った者は零。

 私達は、この一週間で三度出撃したものの、やはり戦死者も負傷者も出ていないから。今までのところ『作戦』は順調だと言える。

 これもそれも全て、前を飛ぶ中佐を見る。


「――エマ、顔が緩んでる」

「ミア、こそ、顔が赤いわよ」

「二人共、まだ任務中よ。それと、今更当然な事を確認して、動揺しない。あの方を誰だと思っているの? 中佐よ、我等が中佐殿なのよ」


 少佐、あのですね……中佐がこっちを見てます。

 目が笑っていませんので、お戻りをください。

 まぁお気持ちは分かります。多分、部隊の皆が思っています。



『中佐に従っている限り、我等に『敗北』はなし。目の前にあるは『勝利』のみ』


 

 って。

 まぁそれは絶対的な事実だし、これからも続いてゆくものなんですけどね! 

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