第二十六話 海峡制空戦―2

 我等が中佐は、その生涯において幾多の戦場を疾駆した。

 

 開戦前のイスパニア戦線。

 共連合相手の西北戦線。

 連合王国相手の海峡制空戦。

 連邦相手の東部戦線。

 etc、etc……。

 

 北へ。南へ。東へ。西へ――帝国騎士として彼が経験しなかったのは、たった一か所しか存在しない。

 そして、彼は全ての戦場で輝かしい『勝利』を手にした。

 中期以降、戦況が悪化していく中においても、なおその光は喪われる事なく、私達を導き、ひいては帝国そのものを照らしていた。……今思えば、それは黄昏だったのかもしれないけれど。

 何にせよ、圧倒的な戦況眼と、局地的な優位を確保し続ける能力は、あの戦争に参加した無数の両軍騎士達の中でも、最高にして極致だったろう。今の時代に至るまで、彼のそれに到達した騎士はいない、と私は確信している。

 

 

 ――だからこそ、彼がいなくなった後、深過ぎる闇が急速に私達と、帝国を蝕んでいったのだけれど。 



※※※



「「失礼します」」

「お、来たな」


 執務室へ入ると、中佐が何時もの笑顔で迎えてくれた。

 レナ少佐、ルカ大尉と、あれ? ミュラー少佐もいる。珍しい。第325大隊はいいのかな? 


「忙しいところ、皆すまないね。さて、それじゃ始めようか。副長」

「はっ。これから、我が軍が置かれている戦況を確認する。また、次期作戦について説明を行う。他言無用に願う」


 副長が説明を開始。

 要約するとこうなる。


 ・敵は連合王国軍。

 ・戦力は約10個飛翔騎士団を想定。ただし、若干戦力減。

 ・技量は総じて中の下。少なくとも、未だ単騎戦闘に拘泥している傾向。

 ・魔装の性能はこちらとほぼ二世代の差があり、優位を維持。

 ・警戒網はこちらの『鷹巣』程ではないにせよ、共王連合のそれと同水準。

 

 次期作戦はこの相手から、カレー海峡上空の制空権を奪うこと。

 なお、作戦に参加するのは、私達、第13飛騎、新編され先の『蒼』が初陣だった、第18、第20の両飛騎となる。

 ……えーっと、幾ら何でも戦力不足かと思う。

 

 せめて、私達と一緒に戦ってくれるのが最精鋭騎士団である帝国の『鬼札』、戦略予備部隊の第7.第9飛騎(『蒼』作戦でも武名を謳われた)なら、まだやりようはある。

 けれども、第18、20飛騎は、まだ過酷な戦場を経験しておらず、同時に戦力優位化の状況しか知らないのだ。

 これでは……。


「中佐、この作戦案が変更される見込みはあるのでしょうか? もしくは、せめてもう一個騎士団の増援が妥当かと愚考いたしますが」

「ミュラー、卑下する必要ないよ。その判断は正しい。このまま戦えば、如何に魔装と技量に勝る我等とて、大損害は免れないだろう」

「ならば」

「……貴官等は理解出来ると思うが、帝都は浮かれている。そしてこう思っているんだよ、『我が帝国軍は無敵。戦えば多少劣勢でも必ず勝つ』、と。まぁそういう事だ、残念ながら増援はない。参謀本部中枢は冷静なようだから、そこだけは救いだな」

「中佐、騎士団長代行殿はなんと?」

「准将かい? 嫌味を言ったら『分かっている。だが、あえて頼む。何とかしろ。貴官なら出来ると信ずる』とか何とか言っていたよ。まぁ何時もの無理無茶さ。西方方面軍司令部も連日、帝都へ嫌味を伝えてるそうだけど……何かが劇的に変わる事は期待しないほうがいい」


 我が第13飛翔騎士団は、現在、騎士団長が不在。

 負傷されたとか、そういうわけではなく『蒼』作戦時、常に最前線で陣頭指揮を執られた結果、重い肺炎を罹患。即入院とあいなったのだ。本人は『この程度、問題ない。寝ていれば治る!』と仰っていたらしい……元気過ぎる……。

 結果、指揮を代行されているのはあのランゲンバッハ准将。中佐に対して絶大な信頼(西方で戦っている将兵で中佐を信頼していない者などいないけど。いたら、その人は、現実を見えてない阿呆か、スパイだ)を寄せられていて、例の集成騎士団を編成時もご尽力されたと聞いている。第18、20飛騎団長とも、確か士官学校同期で昵懇の間柄だとも。

 ……あれ? つまり、これって。いやいや、幾ら何でも連続では。


「――エマ、悪い顔してる」

「中尉、何か思いついたのなら言葉にするべきだ」

「そうだねー。エマは案外と性格が悪いから」

「エマ、言ってごらんなさい」


 みんな酷い……私はとっても良い子なのに。

 ね? そうですよね? 中佐。


「こらこら、みんなして中尉を虐めないように。それと、自覚をさせてしまったらからかえないだろう?」

「…………中佐殿」

「はは、冗談だよ。さて、何を思いついたのかな?」

「はっ! 状況は劣勢です。けれど、幸いな事に――状況は『蒼』作戦時と同じく、戦力集中を可能にしているのでは、と」

「おお!」

「確かにそうね」

「そっかっ! 今回も中佐に」

「――でも、帝都が許すとは思えない。前回の時も、猛反対があった、と聞いてる。それに、その後も」


 『一介の中佐に10個騎士大隊、約300騎を指揮させるなど、言語道断』。

 作戦前、帝都の一部からそういう意見が出たのは私も知っている。

 集成騎士団の戦果は膨大だったけれど、結局それが尾を引いて、中佐は戦勝祝賀式典から排されたとも……多分、他の理由もあるんだろうけどね。

 私達の意見を聞いていた、中佐が口を開く。その口調には諦念が滲んでいた。



「……仕方ないね。僕もその案は考えていた。それを実行するなら『鷹巣』から全面支援も取り付けないといけないし、一度、腹を割って話してみようか。我が団長代行殿と」

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