第十八話 青薔薇ー6

 帝国軍の騎士、特に異名持ちはそれをそのまま無線符牒にすることが慣例となっている。


 例えば、ハンナだったら『青薔薇』だし、中佐なら『黒騎士』(と言ってもそれが正式な異名かは教えてもらえていないけど)。ナイマン少佐は……使用を拒否してる、数少なくない例外。

 異名自体は、戦歴を考慮の上、帝都の偉い人達が喧々諤々な議論の末に決めるみたいだけど、不思議と将兵から不満が出ない。

 多分、それが騎士を表すの相応しい、と良くも悪くも認められているからなんだろう。


 私は、ハンナの戦闘を直接見たことがない(戦場が違ったから当然だ)。また、本人から話を聞いたこともない。

 だから、どういう風な理由で『青薔薇』と名付けられたのかも知らない。

 一応、戦闘時に放出される魔力光(魔力が恐ろしく強くないと、目立つ程は見えない)が綺麗な青、なのが一つの理由らしいけど、それだけではないだろうし。

 

 実の姉だけど知らない事の方が多いなぁ……今度色々と聞こうと思う。

 次、会えるのは大分先の話になると思うけど『私が生き延びれば』大丈夫だ。


 戦場において『黒騎士』につき従う限りそれは限りなく現実になる、少なくとも過酷な現実を突き付けてくる神様よりも、ずっと。

 

 ……何度か死にそうになる事は避けられないだろうけど。



※※※



「さて、少佐。参謀本部はなんと言ってたかな?」


 猛り狂った少佐をあっさりといなし、落ち着かせた中佐は、皆に珈琲とお菓子を配りながら聞いた。

 ああ、何時も通り美味しい。落ち着く。


「はっ!」

「少佐。今日はお休みだ。座ってよろしい。もっと楽にしてくれ」

「はい。ありがとうございます。参謀本部で聞いた限りでは、東方戦線において依然として我が軍勝勢、とのこと。今年中に、敵の臨時首都を攻略出来るかは天候次第なようです」


 開戦直後、不可侵条約を一方的に破棄して帝国へ殴りかかってきた東方連邦だったが、体制を即座に建て直した帝国軍によって侵攻は頓挫。

 それ以降、他国であれば亡国を招きかねない野戦軍の殲滅を数度に渡って執行された。

 今年の春、遂に首都を放棄している。

 それ以降も、騎士団・陸軍共に帝国主力が配備され、名将・知将に不足なく、異名持ちの騎士が綺羅星の如く揃う帝国東方方面軍は各地で勝利を重ねている――と私達は聞いていた。

 正直、西部戦線の最前線にいる私達からすると東部戦線は遠すぎる。

 まぁ、向こうにいる人たちからしてもそうなんだろうけれど。


「ふむ。で、参謀本部はどう考えているんだい?」

「今年の冬も寒いそうです」

「なるほど。つまり、そろそろ冬営か。東部の連中からすると歯がゆいだろうね」

「中佐、貴方の意見を聞かせて下さい。現状をどう思われますか? こういう機会でもないと、認識を一致出来ないので」


 突然、ハンナが会話に割り込む。少佐の目が据わっている。怖い。

 中佐は、少佐の隣に座ると(それだけで機嫌回復。ちょろいですね……少佐)少し考えた後で口を開いた。


「東部で勝ち切るのは今年も無理だろう。あの地で冬季攻勢なんて正気じゃない。ただ、いい加減、連邦の戦力が枯渇しつつあるものまた事実。来年以降の春季攻勢には期待をしていいんじゃないかな」

「西部は?」

「それは君もよく分かっていると思うけど。この場にいる皆なら同じ結論に達しているだろう」

「はい。だからこそ、貴方の――隊長の意見を聞いてみたいんです。今回、帝都へ提出された中身を是非詳しく」


 我慢が限界に達したのだろう、少佐が割って入る。

 まぁ、仲良しぶりを見せつけられるのはねぇ……。

 ミア、気にしてないふりとか全然出来てないよ? 

 大尉、先を越された、とか思ってないなんとかしてください。少佐がまた猛り狂る一歩手前ですよ。


「クライン中佐、いい加減にして下さい。それに、貴女はとっとと自隊へ戻られないと行けないのでは」


 言外にとっとと帰れ、が滲み出ている。

 それに対してハンナはあっけらかんと答えた。


「大丈夫です。今日は妹の所に泊まりますから」

「へっ?」

「はぁ!?」


 今の今まで聞いていない。いやまぁ、泊まるのはいいけどさ。

 ハンナは此方を見ることなく、中佐に聞く。

 

「良いですよね?」

「私は構わないが、そちらは大丈夫なのかい?」

「大丈夫です。私にも優秀な部下がついてますから。それに此方も3日間は完全休養日にしてます」

「そうか。なら、泊まっていくといい。エマ嬢とは積もる話もあるだろうからな。ああ、勿論だけど隊内でその手の話をしては駄目だよ」

「隊長。これでも今や私は『青薔薇』の名を許されている、帝国軍中佐ですよ」

「ああ、そうだった。そうだった。あの、生意気盛りな子がなぁ」

「何時の話ですか」

「ちっ」


 少佐の小さな舌打ち。

 しかし、中佐が許可を出したものを否定出来ない。

 ちらりと此方を見る。視線のやり取り。


(和解したの?)

(はい、先程)

(そう……ならまぁ今回は譲るわ。良かったわね)

(あ、ありがとうございます)


 なんだろう。ちょっと恥ずかしい。

 少佐は、ハンナの事を嫌っている(と言うかライバル視してる)けど、私と彼女の確執を気にしてくれていたから。


「それで、西部はどうなるんですか?」

「西部は勝てるよ」

「「「えっ?」」」

「やはり、そうですか」「そうだと思います」


 中佐があっさりと言う。それに驚く、私とミア、そしてルカ大尉。

 それに対して、中佐へ同意したのは、ハンナと少佐。

 整備長は、珈琲を美味しそうに飲んでいる。戦略全般には興味を余り持たれてないんだろう。


「――質問です」


 ミアが手を挙げる。


「――私とエマは半年間しかまだ経験してないけど、楽な戦いは一度もなかったと思います。でも勝てるんですか?」

「中佐、それはボクも思います。質ではボク達は勝ってるけど、数では負けてる。それ故の拮抗状態だと思ってたんですけど」


 中佐は穏やか笑顔で質問を聞いている。とても嬉しそうだ。

 彼は、部下からの質問や、意見具申を如何なる時も拒まない。


「二人の見解は間違ってないよ。だけど――前提条件が既に崩れ始めているからね」

「前提条件と言うと?」

「第一に此方の増援師団が投入を開始されたこと。物的劣位はほぼ解決されるだろう。第7・第9飛騎は、本国予備に戻されるかもしれないが、新編の各騎士団はどうだろう? 私はこのまま西部戦線配置だと思っている。そこに私達が戦力回復を終え駆け付けたら――楽が出来ると思えないかな? 第二に新型魔装の前線配備が完了しつつあること。これは貴官らも実感しているところだろう。そして第三に連中の騎士戦力が戦力崩壊を始めている点だ。特に最後は大きい。たとえ、地上軍と砲兵がある程度健在でも、空中戦力がなければ戦争にならないからね」

「低地・高地王国の騎士戦力は既に壊滅的だそうよ。実質、共和国のみでなんとか戦場を支えているの」

「そして、共和国の騎士達が――下手くそになっているのは貴女も知ってるでしょ、ルカも」

「確かに……今年の春先に比べれば手強さはなくなってきていたね」

「そういうことだ。さて、疑問に答えられたかな?」


 中佐はそうい言うと、最後にこう告げた。


「次、私達が戻る頃――状況はそれを機に大きく動くだろう。それに備えて、今はきちんと休むとしよう」



  ハンナは、最初から泊まるつもりで此方に来たらしい。


「私が嫌だ、って言ったらどうするつもりだったの?」

「そうねぇ。その時は中佐の部屋に――」

「お姉ちゃん」「――クライン中佐」

「ふふ。相変わらず、隊長は大人気ね」


 楽しそうに笑う。こうして見ると我が姉ながら本当に美人だ。

 姉妹格差を感じます。神様、もう少しなんとかならなかったのですか。


「――クライン中佐は」

「ハンナでいいわ。勿論、兵の前ではダメだけど」

「――ハンナは中佐と昔一緒に飛んでいたんですか?」

「あ、その話、私も聞きたい!」

「そうねぇ……どこから話そうかしら」


 そう言うと、ハンナは私が知らなかった彼女の事を話し始めた。

 

 騎士学校時代。

 中佐との出会い。

 イスパニア紛争。

 そして開戦――『青薔薇』へ。

 話は尽きず、途中からはルカ大尉も加わり、その晩遅く、結局私は姉と一緒に仲良く同じベットで寝たのだった。



※※※



『今度は帝都で会いましょう』


 そう言い残して、翌朝ハンナ・クライン、私の姉は帰って行った。

 そしてその際、私に『青薔薇』の由来を、本当に嬉しそうに、そして少し恥ずかし気に耳打ちしながら教えてくれた。


 撃墜王の中の撃墜王エースオブザエースの異名。それは確かに帝都で決定される事が多いわ。だけど――直属上官からの推薦名があれば話は別。私の『青薔薇』も――そういう事。ナイマン少佐がムキになる理由の一つかしらね。


 そう言うと、彼女はふわりと浮かび上がり、美しい静かな青の魔力光を纏いながら去って行った。


 そうだね。次回は帝都で会いましょう、お姉ちゃん。

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