第十七話 青薔薇ー5

 知っての通り、私の姉『青薔薇』ハンナ・クライン中佐と、レナ・フォン・ナイマン少佐は共に西部戦線を代表する『撃墜王の中の撃墜王エースオブザエース』である。


 練達の騎士をして『バケモノ』と表現される彼女達の戦歴は凄まじく(と言っても私は、ハンナとその手の話をする機会は今までなかったし、人伝に聞いたのみだけれど)、それだけで長編小説が書けてしまう程だ。


 そして、そんな二人から敬愛されているのが、私達の連隊長である中佐だ。

 彼は西部戦線でも最古参の騎士であり、眉唾物だとかつての私が思っていた『騎士の中の騎士ナイツオブナイツ』と私達は思っているけれど、彼の口から聞いたことはない。 

 少佐曰く『帝国最高の騎士』。


 どうやら、ハンナもかつては中佐の部下だったみたいだし、少佐は勿論、ルカ大尉や、第325大隊のミュラー少佐も歴戦の猛者だ。

 連隊の古参騎士レベルになれば、明日から帝都へ戻って、戦技教導部隊に就任出来る程の技量を備えている。


 ある意味、この事こそが中佐の最も偉大な点なのかもしれない。

 何せ、お尻にまだ殻がついていた私とミアを、僅か半年でいっぱしの騎士にした程なのだ。ミアに至っては既に撃墜王エース


 が、そんな中佐もまた人間。彼には恐るべき悪癖がある。一つはハンナと同じく、自らの身を全く顧みないこと。そしてもう一つは彼女以上に――


 自身の価値を、塵芥と同等程度に考えるところがある点である。


 中佐の事は心から尊敬しているけれど、これほんとに止めてほしいなぁ。

 色々な人がその度に猛り狂うから……。



※※※



 私、レナ・フォン・ナイマン少佐は怒っていました。


 敬愛してやまない我が連隊長――中佐殿から帝都の参謀本部へ出張を命じられ、渋々ながら(部隊は西北戦線後退して戦力回復中だ。しかも今日は完全休養日……折角、中佐と二人きりで仕事をする予定だったのに)出向いてみれば、やれ受勲だ、昇進だ、新部隊の隊長候補だ、と……何を意味が分からない話を……。

 

 私の前に、中佐の方が一歩どころか万歩先へ行かれなければおかしいでしょう。

 

 そう、穏やかに具体例をあげながら説明申し上げると、その参謀殿は汗を流されながらこう言われる。


 曰く『人事上はそろそろ異動の時期である。第501連隊から強い推薦もこうして貰っているのだが』


 ええ、久しぶりに中佐に対して本気で怒りを覚えましたとも。

 勿論、お断りしてきましたが。

 中佐殿のことです。

 大方、部下の功績に思いっきり箔を――ご自身の戦果を気前よく分配されて報告したのでしょう。何度、進言しても聞いてくださらないんだからっ!

 しかも、その中でまたしても面白くない話を耳にしました。

 

 あの忌々しい女――ハンナ・クライン中佐が転属する、と。

 

 いやまぁ、その事自体は別に構いません。

 私より先に中佐殿の副長をされていたのは心底気に食わないですが、彼女が優秀(中佐殿の部下に無能なんて存在し得ませんが)なのは認めざるを得ませんし。

 確かに彼女は、帝国が戦火の中で育て上げた『青薔薇』なのでしょう。

 その異名に値する程、貴重な騎士です。

 しかも、確か彼女はイスパニアにも派遣されていた筈。

 そろそろ、休養しなければいけないのは自明でしょう……本来は、中佐殿もそうなのですが、私の口では説得出来る可能性は皆無です。


 ですが、近衛転属とはなんなのでしょうか? 

 大佐昇進? 

 中佐殿を差し置いて昇進すると? 

 そんな事が許す程、参謀本部は西部戦線をご存じない?

 沸々と怒りがこみ上げてきます。

 不当と言っても良い程の待遇差。戦果だけを見れば、我々の方が圧倒的なのは間違いないのに。


 いえ……おそらくはそれすらも、裏では強い推薦をされているのでしょうね。階級ではないコネを持たれていますし。

 あの方はもう少しご自身の価値を自覚すべきなのですが。




「少佐、本当にすまないがこれから帝都の参謀本部へ行ってきてほしい」

「はぁ……ご命令とあれば。何か問題が発生したのでしょうか?」


 中佐から、帝都行きを命じられたのは、部隊の後退に伴う業務がようやく片がつき、部隊を完全休養とした日でした。

 何時も通り食堂で偶然会ったふりをしてご一緒した朝食後、中佐が手ずから入れて下さる珈琲を飲みながらの案件について会話している席上でした。

 

 おもむろに、分厚い書類を手渡されます。


「これを届けてほしい。中身は、西北戦線の実情等々を少し書いておいた」

「了解いたしました。しかし、私がいない間の業務は誰が?」

「ルカ大尉にやらせるのも酷だ。私が少し片づけておくよ」

「いけません! 中佐殿もお休みなられて下さい」

「いや、しかし」

「ダメです」

「分かった、少しゆっくりさせてもらうとしよう。すまないな。有難う」

「い、いえ。副長として当然です」

「ああ、貴官も日帰りをする必要はない。一泊してきて構わないよ」

「はい、ありがとうございます」


 勿論、日帰り予定です。

 早く帰って中佐と二人きりで仕事をするんです。

 ルカは強敵ですが、中佐のこういう時の防衛能力は高いので心配はいりません。


 問題は――整備長ですね。

 悔しいことに、私のみるところ隊内で中佐が一番信頼しているのはあの方でしょう。

 多分、私よりも一日の会話量は多い筈……敵です。

 帝都から帰ってきたら、釘をさしておきましょう。


「報告書提出と、出来れば東部戦線の情報も聞いてきてほしい。向こうが苦戦してるようだと、去年みたいな事になりかねないから」

「流石に今年はない、と信じたいです」


 昨年は東方連邦による冬季攻勢に対応する為に、西部戦線から2個飛翔騎士団が引き抜かれ、私達は四苦八苦しました。今年はごめんです。


「それを探ってくるのも、帝都行きの理由だ。貴官なら参謀本部の様子で何かしら分かるだろうからね」




 予定通り、帝都から日帰りで帰還を果たせた私は、整備長へ魔装を渡します。

 こんな時でも、魔装に向き合っているのは素直に尊敬します。


「ご苦労様です。ただいま戻りました」

「……おお、早かったな」

「はい。思ったよりも早く終わったので」帰ってこないと中佐が仕事を片付けてしまいますしね。


 確かにそうだな、と整備長は笑われます。


「忙しいところ悪いが、少し実験に付き合ってくれないか」

「実験ですか?」

「ああ。これを見てくれ」


 そう言われると、整備長はある魔装を指し示しました。これは


ニコラウス5型――いえ、違いますね」

「の出力向上型だ。最大魔法保持数は今の段階で2080」

「遂に2000超えですか」私が軍に入った頃は1000も出ていなかったのですが。


「で、だ。此奴がじゃじゃ馬でな。中々、安定せんのだ」

「私に試せと?」

「ああ。並の騎士じゃ扱いきれんからな」

「別に構いませんが……今ですか?」

「出来れば、そうしてくれると有難い」

「分かりました」整備長にはお世話になってますからね。


 ほっとした様子の整備長。どうやら、中々手強い魔装のようだ。

 が、実際に実験する前に


「取り合えず、連隊長に帰還の報告をしておきますね」

「いや、あいつは今、仕事をしてるから邪魔をせんほうが」

「仕事ですか? であるならば尚更行かなくては」

「いや、そのだな……」


 妙です。まるで、執務室に私を行かせたくないような――まさか。


「整備長。中佐は今誰と会われてるんですか?」


 それを聞いた整備長が嘆息されます。


「はぁ。だから、あいつは甘いんだ。部下が自分をどう見ているのか全く理解しとらん」

「概ね同意します」

「お前さんの天敵だ」

「へぇ……」


 急いで、連隊長の執務室へ向かいます。中からは笑い声。一人ではない? 

 まぁ、関係ありません。

 ドアをわざと乱暴に開け放ちます。中にいたのは、中佐と――予想通り忌々しいあの女。そして、ルカ・エマ・ミアの最近仲が良い三人。


「……ご歓談中のところ真に申し訳ありませんが、詳細な状況説明を求めます。特に中佐殿から。懇切丁寧に。私を帝都へ追い出しておいて、一体全体何をなさっているんですか?」


 それを聞いた彼は苦笑。そして「おかえり。随分と早かったね」


 そうです。貴方に会いたくて早く帰って来ました。

 話を聞く時間はたっぷりあります。言い訳を聞かせてもらいましょうか。



※※※



 特に少佐はそうだ。

 中佐のことになると歯止めが効かないから周囲は大変。

 

 ただし、中佐ご本人がいる時は別。

 どんなに中佐を責めても、一言褒められるだけでふにゃふにゃになってしまうから。

 最初は怖いけど、後からはそうでもない。むしろ、猫を見てるようで可愛らしい。

 って、ハンナ。貴女も流れ弾に当たって頬を赤らめないで。何か、慣れてないせいか、実の姉がそうなってるのを見るのは複雑……ち、中佐。いきなり、此方にもそういうことするのは止めて下さい……。不意打ちは卑怯です。ああ、ミアまで……。もう、ここまできたらルカ大尉も褒めてあげて下さい。拗ねると面倒なんですから!

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