第八話 本部小隊ー2

 前にも話したとは思うけど、第13飛翔騎士団は戦時編成の騎士団である。

 

 昨年の東方連邦奇襲攻撃に対して、帝国は主力騎士団の同方面進出を決定。

 その際、西方方面への抑えとして、新たに7個飛翔騎師団が編成され、大陸歴1934年夏の段階では西方戦線を支えていた。

 この頃は、未だに共王連合は軍自体が半壊しており、騎士戦力に関しては目を覆わんばかりの有様だったから、西部戦線出身の騎士学校教訓曰く「鴨か鳩しかいない。稀にいてガチョウ」という、何とものどかな戦場だったらしい。

 羨ましい。

 

 ただし、大陸1935年春――現状では7個体制から5個体制となっている。

 

 これは第15及び17飛翔騎士団が、前年末に東方連邦がしかけてきた冬季攻勢対策で引き抜かれ、同地にて悪戦。挙句、半壊となり帝国本土にて再編中の為だ。

 帝国において騎士団の編成は、1個騎士団につき3個連隊(1個連隊は2個大隊約70騎だ)で構成されているから、約200騎前後。

 

 つまり、広大な西方戦線を僅か1000騎――損耗を考えれば800騎程度の騎士がその制空権を、開戦時の損害から立ち直りつつある共王連合の騎士達――推定戦力約1500騎と争い、依然として優位を維持している、これが今の西方戦線なのだ。


 故に、それをやり遂げてしまっている騎士達の練度は凄まじいの一言に尽きる。

 戦力差約2倍に近い差(本来なら総崩れになっていてもおかしくない)を覆してしまっているのだ。尋常ではない。


 ……まぁ、だからといって私とミアが怒らない理由にはならないんだけど。



※※※



「――納得出来ません」


 珍しく、ミアが怒っている。当然か。

 私だってかなり怒っている。

 ……同時に納得もしてしまっているのが、私と彼女との差に繋がっているのかもしれない。


「ふむ。少佐、どう思う?」

「二人は新人としては高い技量を持っています。ただ、部隊平均からすれば大分下と判断せぜるをえません。また、各隊、教導に力を注げる程の余力もありません。中佐の判断は正しいと小官は愚考します」――再編中の第15・17飛騎が再編を完了し、余力が出てくれば話は別ですが。


 中佐は少し悩むそぶり。

 それを見たミアが再度口を開いた。


「――せめて、もう一度、私達を試してほしいです。それで駄目なら、本部小隊でもどこでも行きます」


 どうやら本気で怒っているらしい。これ、抗命と言われても仕方がない暴言だ。

 だけど、何時もなら止める私も、今回は黙っている。

 まぁ……そういうことだ。

 中佐の横に立っている少佐は、私達以上にあわあわしている。

 昨日1日だけしか一緒にいなかったたが、彼女はいい人だ。そして――圧倒的な技量を持つ騎士でもある。

 彼女の下で戦う事に文句なんかない。

 

 だけど、これは私達のプライドの問題だ。多分、ここであっさりと折れてしまったら、私達は、少佐のいる域にまでは辿り着けない。

 私とミアは、一言も話していなくてもその考えを共有していた。


「分かった。貴官らがそう思うのも無理はない。誰でも譲れない一線はあるだろう。だが、ここは軍隊だ。個人の我儘に付き合う必要性も本来はない。そこでだ」

「中佐殿――ダメです」

「少佐、最後まで言わしてくれないとは、最近酷いのではないか? そんなに私の事が嫌いなのか?」

「そ、そんな事はありません。あり得ません! 小官は、何時いかなる時も中佐殿の副長を拝命しておること誇りに思っております」

「はは、冗談だ。ありがとう。私も貴官が副長で良かったと思っているよ」

「ち、中佐殿。え、あの、その、……ありがとございます」


「模擬空戦を行う」


「「!」」「ああ……やっぱり……」

「貴官らは昨日使った新型。私は現行の物を使おう。ああ、それと。近接戦闘のみだ。この条件下で1対2の模擬戦。どうかね? これで。もし貴官らが勝ったら、何処でも好きな部隊への配属を約束しよう。ああ、勿論うちの騎士団内の話だが」


 中佐の表情は入室した時からずっと変わらない穏やかなものだ。

 しかし、私達は感じていた。


『お前達はこの喧嘩を買うのか?』


 ああ、買ってやりますとも。これだけハンデを付けられて、尻尾を巻いて逃げてしまっては、女がすたる。

 勝つ。勝って、私達を認めさせる。認めさせた上で本部小隊配属を願い出る。

 珍しく、私はかなりやる気になっていた。

 隣のシアにちらっと見ると――彼女もやる気だ。


「「是非、お願いします」」


 中佐はそれを受けて満足気。隣の少佐は頭を抱えていた。


「では、明朝0900から本駐屯地の運動場上空にて模擬空戦を行う。勿論、任務が入ったらその限りではないが。なに、先方も昨日の今日では何も出来まいよ。ああ、時に二人とも――甘い物は好きかね?」

「「へっ?」」


 その後、中佐が自ら入れてくれたココア(砂糖とミルクたっぷり。物凄く美味しかった)をご馳走になり、最後の最後で若干毒気を抜かれながらも退出した私とミアは、明日への闘志を高めつつも、初実戦の緊張もあったのだろう、横になるとすぐ眠りについたのだった。




「……で、この騒ぎは何事ですか?」

「――食べ物まで売ってる」


 憮然としている少佐に声をかける。


「だから、嫌だったのよ。どうしてうちのバカ共はこういう時だけ耳が早いのかしら」――すぐにこういう風にしたがるんだから。


 翌日、0600に目を覚まし、準備を整え、指定されていた駐屯地に多少向かった私とシアを待っていたのは、第324大隊の騎士達(やや数は少ない)と整備士、駐屯地の警備兵達が集まり、観客席や、食べ物屋台まで設営している光景だった。

 流石に? ビールは飲んでいない事を褒めるべきか……。

 此方を確認した途端、いきなりもみくちゃにされる。

 ああ……ミアが固まってる


「お、来たな」「へぇ~この二人が。初日に実戦とは運が悪いんだかいいんだか」「いや、悪いだろ。中佐の道楽に巻き込まれるとは、同情するぞ」「容赦ないからなぁ、あの人」「うんうん」「でも、ハンデあるんでしょ? なら賭けも成立するんじゃない?」「なら賭けてください。おい! コッホ大尉は新米達に賭けるそうだぞ」「「「「おお~」」」」「ちょっと!」


 歓迎会も兼ねてくれてるのかな? 

 昨晩はすぐに寝てしまったし、少佐以外だと女性士官の人に挨拶をしただけだったから。


「貴方達、いい加減にしなさい!」


 流石に少佐の雷。だけど、周囲の諸先輩方には効いていない。


「副長殿、今いるメンバーは厳正かつ公平な死闘を潜り抜けてここに辿り着いております。怠慢などしておりません!」

「……本音は?」

「こんな面白い事を見逃すなんて耐えられません!」


 少佐は深いため息を吐くと、確認。


「コッホ大尉」

「第2中隊が既に上空警戒の任についております」

「……分かりました。中佐殿からも許可が出ています。適度に羽目を外しても良いけれど、アルコール類は駄目です」

「了解であります」


 魔装の準備をしてる間、ひっきりなしに話かけられる。ありがたいけど、模擬戦前にミアと少し話をしておきたいところだ。

 そうこうしてる内に時刻は0855。運動場の中心へと移動する。すると程なく


「なんだ、騒々しいと思ったら」 


 中佐がやってきた。準備万端の様子だ。


「さて、その様子だと貴官らも準備は良いかな?」

「「はっ!」」

「では少し早いが始めようか。開始高度は3000で良いだろう。ああ、別に貴官らはもっと上に行っても構わんよ。新型なら先行出来るだろう。少佐、審判を務めるように」

「了解いたしました。……中佐、取り合えずこの場では何も言いませんが、後程お時間を必ずいただきます」


 少佐が柔和な笑顔をしながら中佐を脅している。その横で私とミアは歓喜。

 この後に及んで更なるハンデ提案。

 そんなものは……きっちりと貰うに決まっている。

 プライド? 確かに大事だけどそれだけじゃ勝負事には勝てない。

 今回、私達は是が非でも勝ちにいく。

 中佐の技量を私達は知らないが、彼は私達の報告を受けている。一つ位、積極的に貰っても罰は当たるまい。


「では、今から模擬空戦訓練を開始します」


 少佐が上げていた右手を振り下ろす。


「開始!」



※※※



 これは後日、コッホ大尉(数少ない女性士官の一人。この人もとても可愛らしい)から聞いた話なのだけれど、中佐自ら模擬空戦を行う、というのはかなり凄いことだったらしい。

 つまりはそれだけ有望視されている表れ、とのこと。


 当然のことながら、それを聞く前の私とシアは本気で勝つ気でいた。

 怒ってもいたし、純粋に自分達の技量がどこまで通用するのか試したい気持ちが強かったのは否定しない。


 

 ……待っていた結果は、予想すらしていないものだったけれど。

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