第二章 本部小隊

第七話 本部小隊ー1

 ――大陸歴1935年初夏、帝国西北戦線――

 

 皆さん、こんにちは。

 帝国西方方面軍第13飛翔騎士団第501連隊本部小隊所属エマ・クリューガー少尉です。


 私が、最前線に配置されてから早くも3ヵ月が過ぎました。

 本日の西北戦線の天気は、晴れ後砲弾。

 所により炸裂魔法と狙撃魔法の嵐となるでしょう。

 常に障壁は厚めに展開することをお忘れなく。


 ――取り合えずなんとか無事に生き残れています。

 シアも同じ本部小隊所属です。

 早くも撃墜王になり、少しずつ部隊内でも名前を知られるようになってきてるみたいですね。

 流石は同期の誉れ。『不落』の異名は伊達じゃありません。

 ……何よ、ミア? 別にからかってなんていないって。気にし過ぎ、気にし過ぎ。


 私ですか? 私はまぁ、それなりです。

 ミア様の前では恥ずかしくて口に出来ませんよ、ええ。

 ……だから、バカになんかしてないって。ミアはすごいなーって思ってるだけだよ。ほんとほんと。

 

 さてこの3か月、色々な事があり過ぎて、言葉になりません。

 取り合えず、何とか生き残っている事は本当に喜ばしいことだし、大事な事だと思うのです。

 


※※※



 敵の無謀な攻勢は早くも崩壊しつつあった。


 次々と突撃を敢行してくる敵歩兵に向けて、味方陣地からは重機関銃の弾幕。薙ぎ払われていく敵歩兵。

 味方の砲兵は今日も元気で、うちの部隊から観測データを受け取りながら砲弾を正確に送りこんでくる。

 その合間を飛び回りつつ、敵歩兵と砲兵を掃蕩しているのがうちの部隊――第501連隊所属にして、連隊長直轄の戦闘324大隊だ。

 味方砲弾の雨の中をよくもまぁ。

 いえ、この程度は西北戦線ここ、特に私達にとっては日常の光景なんですけどね。


『鷹巣。此方、黒騎士01.敵攻勢は頓挫しつつあり』

『黒騎士01。了解した。何時もながら仕事が早くて助かる』

『部下がとても優秀だからね』

『はは。黒騎士01。攻勢粉砕後は追撃戦に移られたし。武運を』

『鷹巣。了解した。ありがとう。幸運を』


 私達の上官で、今の編隊長騎でもある連隊長――中佐が通信を終える。

 3か月前、いきなりの初実戦を経験した私とミアは、その翌日から、連隊本部小隊に配属されて、今日に至っている。

 そうこうしてる内に、襲撃を終えた大隊が連隊長の周囲に集結を果たしていた。

 中佐はそれを見ると確認。


「各隊、状況報告」

「脱落者、負傷者共になし。損害ありません」


 後ろ隣りに立っていたナイマン少佐がすかさず報告する。嬉しそうだなぁ。

 おかしいな、少佐の後ろから尻尾をぶんぶん振ってる残像が見える。

 ちょっと疲れてるのかな。


「魔力が乏しい者は後退。残りは残敵掃蕩だ。第3中隊、上空警戒につけ。文句は無しだ。コロ、ベーム、クレム、君らは必ず後退しろ。今日は珍しく敵のまぐれ当たりが多かったようだな。止めておけ」

「そりゃないですよ、中佐」

「仲間外れは嫌です!」

「多少、障壁を削られただけです。楽しいパーティに参加出来ないのは」

「小官も! 参加を是非是非熱望します!」


 第3中隊と、後退を命じられた人達から間髪入れずに茶々が入る。

 これが敵だったら戦慄する程の戦意の高さ。

 実際、追撃戦に参加しても問題ない程度の被弾なのだろう。だが、この大隊ではそれが許されない(少なくとも余裕がある時は)。

 

 第13飛騎は戦時編成の騎士団だけれど基本的に戦意旺盛だし、その技量はちょっと信じられない位に高い。

 そのほとんどが、古参兵だし、撃墜王エースも多い。

 余談だが、本部小隊2番騎(つまり、初陣の時と小隊編成は実質的に同じだ)の、少佐に至っては撃墜王の中の撃墜王エースオブザエースである。

 やっぱり、そうじゃないかと思っていました。

 ただし、『黒騎士02』のコールサイン変更を拒絶して、異名こそ授与されたけれど使用してない、とのこと。少佐らしい。

 

 まぁ、何かと言うと、第501連隊戦闘第324大隊は、中佐の指揮下で数えきれない武勲を挙げてきた西部戦線でも1、2を争う最精鋭部隊である。

 そして、それを率いる中佐は――こんな最前線では信じられない程に良識的な方なのだ。3ヵ月経った今でも時々驚いてしまう位に。

 彼は、自分の部下が傷つくのを殊の外嫌う。

 

 戦闘開始時に指揮官先頭で、敵騎士部隊(ほぼ同数の1個大隊だった)を後退させ、敵砲兵を叩き、歩兵を蹂躙した後、上空で指揮に専念していた中佐は、各人の動きを全て掌握されていたのだろう。

 誰が、何発どの程度の威力で被弾したのかを、だ。

 正直言って、戦場の混乱下でそれを平然とやっているのは人間業ではない。

 神業だ。

   

「駄目だ。その戦意は買うが、次回に取っておけ。なに、今日は君らの力がなくても楽に勝てる戦だ。早めに帰っておけ」

「……了解しました――ご武運を」


 しぶしぶ、といった様子で三騎が、敬礼をしながら離脱していく。

 中佐はそれを確認すると、私達に向き直り、穏やかな表情で言った。


「さて、戦友諸君。落ち穂拾いの時間だ。存分に楽しみたまえ」


 そう言うと、中佐は誰よりも早く急降下に移り敵部隊へ突入していく。

 続いて少佐が嬉々として、そして私達に片目を瞑ってみせるとそれに続き、ミアと私もそれにならう。

 

 ――3ヵ月前、本部小隊に配属されてからの、毎日は大体こんな感じだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 

 着任早々に、いきなりの初実戦を経験した私とミアは、帰投後、小休止した後、少佐に連れられて連隊司令部へ招かれていた。

 そこで受けた話は私達を当分の間、本部小隊配属とする、というものだった。

 

 正直、面食らう。

 

 帝国軍において、1個大隊は3個中隊で編成される。ただし、第501連隊のように、連隊長が実戦任務についている場合だと、直轄大隊に1個小隊が本部小隊として付け加えられる。

 要は、連隊長の戦場における盾役だ。当然、敵からも狙われやすい。

 同時にそれはとても栄誉あることである。それだけで、技量抜群、だと内外に喧伝しているようなものだからだ。


 そして、私達は間違いなく、残念ながらこの連隊内で一番下手くそな騎士だ。

 意地を張れるだけの理由もない。

 幾らミアが騎士学校次席の才媛であっても、実戦経験がまるで違い過ぎるからだ。

 第一、少佐の戦闘機動を見た後で自信を保てる程、私もミアもバカではない。


「何か言いたそうだね」


 中佐が黙ってしまった私達を、見て声をかけてくる。


「まぁ戸惑うのも当然か。本来、本部小隊に配属されるのはベテランが多いからね。どこぞの小隊だと全員がという贅沢な小隊もあることだし」

「中佐殿。あの女――もとい、第511連隊連隊長殿のお考えがおかしいのです。小官は全く賛同出来ません」

「はは、少佐は相変わらずあいつが嫌いだな。あれで、いいとこもあるんだぞ? 昨日も随分と助けてもらった。1日位ゆっくりしていくかと思ったらすぐに帰ってしまって礼も言いそびれたよ」

「……お言葉ですが、沈黙いたします」


 談笑している二人に対して私達は緊張状態。この編成の意図が分からない。

 同時に私は心の中で悪態。

 先程の邂逅を思い出して不快感が。努力して紛わす。

 ミアが口を開いた


「――私達は下手くそです。本部小隊の技量には足らないと思います」

「クラム少尉の意見に同意します。私達では盾役になりません」


 屈辱的な、おそらく昨日の実戦を経験していなかったら言えなかった台詞に違いない。

 これでも、死んでも口には出さないが、それなりに自信はあったのだ。

 だが、その自信は昨日木っ端微塵に砕け散った。

 勿論、初実戦にしてはうまくやれたのかもしれない。少佐も、帰投した笑みを浮かべて誉めてはくれた。

 だが、それでも自分達が内心持っていた自負心は大きく傷ついた。

 

 すると、中佐は首を横に大きく振り、私達にこう言った。


「君達が下手くそだからだ」

「――っ。それはどういうことでしょうか」


 ミアが唇を噛みしめている。これで、この子は負けず嫌いなのだ。

 ……私もだけど。


「本部小隊は、君達二人と少佐、そして私の4人編成となる」


 その時――ああ、そういうことか。私は理解出来てしまった。


「すまんが、有望な君らにすぐ死んでもらっては――私が困る」


 隣でミアが小さな手をきつく握りしめているのが目に入る。

 そういう私も手を固く握りしめている。

 この後に言われるだろう宣告に備えて。




※※※



 まぁ生き残る事が第一。この言葉がどれだけの意味を持つのか、私とミアが気付くのは大分先の話なんですけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る