第五話 新米士官ー5

 騎士学校時代、私は良く言えば万能、悪く言えば器用貧乏だった。

 

 座学も実習も常に平均点を超え、同期の中では上位をキープしていたとはいえ、他を圧倒する強みというものを、私はついに在校中に見つけることが出来なかった。

 最後まで、どうしても同期上位十傑銀時計組に入れなかったのはそこが一番大きかったのだろう。


 ただ、生来の魔力量が違い過ぎるミアや、魔力操作が卓越していた同期首席の子が、誰よりも努力を積み重ねているのを間近で見ていたせいか、研鑽を積むことだけは止めなかったのは誇れることだと思う。


 その研鑽が、足りていたのか、それとも不足していたのかはこれからすぐに分かることだ。

 

 出来れば、足りていてほしい。足りていてください。足りているといいなぁ……。

 

 今度、帝都へ帰れたらら忘れずに礼拝にも行きます。

 ですから――お願いします、神様。


 私の今までには価値があった、とこの瞬間位は信じさせてください。



※※※



 私が産まれて初めて『敵』に対して放った射撃は当然の如く命中しなかった。

 

 当然だろう。

 幾ら高度上の優位を保って先制したとはいえ、距離1000では基本的に30式騎士小銃で有効弾を与えるのは至難。そもそも、教本では距離500前後からの射撃、とされていた筈だ。

 更にたとえまぐれで当たったとしても、敵騎士の障壁に阻まれてまず貫通出来ない。距離1000とはそういう距離だ。

 だけど、敵にこう思わす事は出来る。


『自分達は敵から撃たれている』と。


 しかも、相手は此方をスコア稼ぎの楽な『獲物』だと思って油断していた筈。

 僅か3名。内2名はド新米騎士。

 完全編成の1個中隊12名からすれば、楽な仕事だと思うのは無理ない話だろう。

 だからこそ、私達の先制射撃は敵に多少の混乱を引き起こす事には成功したらしい。だが――


『散開! 散開!』

『乱数回避!』

『落ちつけ! 敵の射撃にそこまでの効果はない。単なる脅しだ!』

『各騎、回避行動を取りつつ上昇を継続しろ。射撃はまだだ。生意気な帝国人に戦場の恐ろしさを思い知らせてやれ!』 


 すぐに立ち直って上昇を継続してくる。その対応の早さは間違いなく、熟練騎士のそれだ。

 私とミアはそれでも射撃を継続する。

 高度上の優位を保っている内にたとえ撃墜出来なくとも、1騎でも後退させておく必要がある。

 でなければ生き残れないからだ。

 しかし、敵騎士は回避行動を継続。先制射撃程の脅威を与えられない。

 このままじゃ。


「中々やるわね。貴女達も。彼等も」――及第点。


 私達の射撃と敵騎士中隊の対応を観測していたらしいナイマン少佐の声が聞こえた。

 そういえば、私とミアに射撃指揮はかけたが、少佐は依然として射撃をしていなかった。

 どうやら、此方に向けて上昇してきた中隊以外の敵本隊を魔力で捕捉しつつ、その情報を何処かへ座標転送――勿論、これは魔力で暗号化、しかも恐ろしく微弱にして敵が気付かないようにしている――すると同時に、私達の射撃精度を確認、敵中隊の対応も把握していたらしい。


 もしかしたら、この人、とんでもない人なんじゃないだろうか。


「――このままではジリ貧になります。この高度では機動戦が出来ない。突撃を具申します」

 

 ミアが弾倉交換の合間に、少佐へ意見具申をする。

 私も続けて弾倉交換。そして告げる。


「本官もクラム少尉の意見に賛同いたします!」


 正式な意見表明を兼ねて何時もは使わないクラム少尉呼び。

 ……あと、若干の抗議も込めて。

 私には高度8000での激しい機動戦は無理だ。

 多分、ミアは大丈夫だけど、この子はそれを分かってて意見具申をしてる。

 ああ、もう! ろくでもない!!

 それなら、高度差を活かして突撃をかけ、その後は乱戦に持ち込む方がまだ時間を稼げる。

 少佐のデータ転送は終わったみたいだし、少なくとも増援が900秒後にしかこない、なんて馬鹿げた事にはならない筈。

 それに作戦が始まった後、私達に関わっていられる余裕は彼等になくなるだろうから、私達はもう少し粘ればいい。

 少佐は私達の意見具申を聞くと


「戦意旺盛、多いに結構! なら少し近くで遊びましょうか。その前に」――少し遊びやすくしておくわね?


 と、あの柔和な笑みを浮かべた。

 そして、肩にかけていた、明らかに旧式なボルトアクションライフルを構え――瞬く間に四連射。はやっ!!


 少佐の射撃は、狙い違わず敵騎士4騎を直撃。

 内2騎は障壁まで撃ち抜かれたらしく真っ逆さまに堕ちていく。

 

 あれは、全騎敵の編隊長騎だ――凄い。


 他の2騎士は健在みたいだが、その機動は明らかに動揺。

 敵無線から悲鳴と怒号が聞こえてくる。


『ロイク!! 畜生、まだ700はあったぞ。一撃で障壁が』

『此方、第2小隊! 小隊長がやられた!! なんだあの騎士は!?』

『皆、落ち着け! マチアス中尉、今撃ってきた敵騎士を照合しろ。急げ! それと射撃を開始しろ。多少遠くても構わん。』

『り、了解! 第四小隊射撃開始!』


 敵が射撃を開始してくる。その瞬間


「さていくわよ。突撃! まずは敵編隊を突き抜けなさい」――可愛らしいお尻は守ってあげるわ。


 こんな時まで、茶目っ気を失わない少佐に恐怖という概念はあるのだろうか、と思いつつ、重力に身を任せミアを先頭に私達は急降下を開始した。


 

 ミア・フォン・クラム少尉。

 私の同期にして、まぁ――親友。そんな彼女に同期生が半ば冗談として付けた綽名は――


『な、何なんだこいつ! 恐ろしく障壁が堅いぞ』

『くそっ! 速い! 先頭のやつに火力を集中しろ。このままでは、突破されるぞ』


 どうやら『不落』の名前はこの戦場でも通用するらしい。その横合いから私も敵騎士に射撃を繰り返す。

 何度か手応えを感じたけれど、戦果確認を暇なんかない。

 重力に身を任せつつ、敵射撃の雨の中を遮二無二突き進む。

 後ろからライフルの射撃音が聞こてくる。その度に、敵側無線からは悲鳴。

 急降下中にどうやって、あの旧式銃で当てているんだろう? 

 味方ながら恐ろしい。


 そうこうしてる内に一気に敵編隊を突破に成功。高度は――約6000。

 即座に、高度を回復すべく回避行動しながら上昇を開始。

 騎士同士の戦闘では結局、頭を抑えられた方が不利になるからだ。

 上を抑えて敵中隊を混乱させたのはいいけど、それを敵にやられるのはごめんだ。

 散々、撃たれたけれど私もミアも負傷は無し(当然、少佐も。満面の笑み)。

 障壁は多少削られたけど――まだやれる!


 敵中隊――数が減り7~8騎になっている――も混乱から抜け出し、此方に相対しつつある。真正面からの戦闘は不利だ。

 その時、すっと、三番騎の位置にいた少佐が先頭に移った。そして、ちょっと不服そうな顔。


「残念。此処で時間切れね。後退するわよ。私が殿をするから貴女達は全力で退避しなさい」

「――まだやれ! ……ます」

「小官もまだ負傷、魔力欠乏は起きておりません」

「駄目よ。命令します。ミア・クラム、エマ・クリューガー両少尉は現時刻を持って現空域を全速離脱すべし。なお、離脱に当たっては味方陣地内20キロに至るまでは高度5000以下に入る事を禁じます」

「――っ。了解しました」

「……了解いたしました」


 そして、厳しい声から一転、帰るまでが遠足だからねー、という少佐の柔らかい声を聞きながら私とミアは敬礼。離脱にかかろうとした。その時――



『黒騎士02。此方、黒騎士01。――少佐、聞こえるか?』


 

 少佐の目には今までにない緊張。戦闘中でも笑ってたあの少佐が?

 あと、この無線にかかってる魔法暗号の複雑さ……戦場で日常使われるような代物じゃ……。


『黒騎士02。感度良好であります』

『よろしい。貴官が此方の意を最初に組んでくれたお陰で多少作戦が早まった。すまなかったな、よくやってくれた。そちらへの対応部隊――も既に送った。の直轄大隊だ。そろそろ到着するだろう。貴官は新米を連れて離脱して構わない』

『えっ!? あのあばずれ女が、な、何故ここに……』

『初弾は100秒後に着弾予定。砲撃終了まで高度5000以下には近づくなよ? 死体も残らなくなっても知らないぞ。空域一帯の砲撃後は残存敵騎士本隊を此方で追撃する。少佐、仲が悪いのは知っているが、味方にあばずれ女は駄目だ』

『ち、殿! 意見具申を!!』

『はは、言いたい事はわかる。分かるぞ、少佐。だが――却下だ。では後でな。ああ、新米達を死なすなよ?』

『っ……了解しました』


 良かった、少佐ご自身への後退命令だ。これで3人共生きて帰れる。

 しかもどうやら、らしい。

 騎士学校にまたしても最新戦訓、しかも偉大な戦勝例として提供されることになるのだろう。

 出来れば、後で全体像を把握したいけど――無理かなぁ? 私の予想と何処まで齟齬があるか、確認したいとこだ。

 そういえば初陣を生き延びれば100日は大丈夫、なんてジンクスもあったな、とか呑気に思っていたら、極大の寒気。

 通信を終えた、少佐が此方に向き直る。

 無表情。そしてその目には本気の殺気。

 

 ああ…嫌な予感。


「先程の命令は撤回します。これより私達は眼前の敵中隊をに殲滅、その後、敵本隊の残敵掃蕩戦に参加します。何か異論は?」


 前言撤回。

 まだまだ、私達の初陣は終わらないみたいだ。



※※※


 

 さて、少なくとも私の研鑽は、いきなり私を天国に送らない程度には足りていたらしい。ここは素直に喜んでおこう。

 その分、微妙に不幸さが増しているような気がするけれど、そこは認めたら負けなのだ。

 神様、どうか私に人並の幸運を与えたまえ。さすれば、多少は敬うことに吝かではございませんので。

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