第四話 新米士官ー4

 大陸歴1935年春の現在、帝国は18個の飛翔騎士団を有している。

 

 その中でも、第1~10の各飛翔騎士団と参謀本部直轄の近衛飛翔騎士師団は戦前から編成されていた古参の騎士団だ。

 各飛騎(飛翔騎士団の略称)は多くの熟練騎士を有し、昨年の開戦直後に行われたワルプルギス会戦――共王連合(共和国と高地・低地の両王国の三国連合の帝国側呼称。向こうでは単なる連合と呼ばれているらしい)の主力野戦軍1/3を一戦で包囲撃滅した――大勝の立役者となった。

 私が配属された、第13飛騎)は会戦大勝直後、突如として奇襲攻撃をしかけてきた東方連邦参戦後に戦時編成された騎士師団だ。

 

 本来、戦史に残る大勝だったワルプルギス会戦後、帝国参謀本部は当然のことながら共王連合を叩き潰す予定にしていたらしい。

 何せ帝国は、19世紀前半からいきなり超大国の路を突き進んだ特異な覇権国家(自分の祖国の大英雄をこういうのもなんだけど……正直、初代大宰相閣下の頭のネジはどうなっていたんだろう? と本当に思う)。

 戦争には慣れている。

 

 加えて途中で手打ちにする所謂大陸的外交を方針として端から採用していない。

 

 初代大宰相閣下の遺言で、此方からは戦争しないのが国是にはなっているけれど、殴りかかられたら、全力で殴り返すのみ。

 こうして考えてみると私の愛すべき祖国は案外と蛮国なのかもしれない。


 なんにせよ、東方連邦参戦は参謀本部に戦争計画の大修整、という大混乱を発生させた。

 その結果、主力を大破させた、と判断されていた共王連合には戦時編成の各飛騎を当てれば十分対応可能とされ、各古参飛騎主力は東部戦線に投入されて現在に至っている。

 当然、戦時編成の飛騎は、古参の飛騎から格下だと考えられており、東部戦線では各飛騎の間でちょっとした軋轢もあるみたいだ。


 まぁ……その他諸々、様々な要素が混ざりあった結果、今日、私は第13飛騎に配属されることになったのだ。

 正直、がいる戦線には本気で配属されたくなかったけれども、飛騎の所属は違うのだし、せめてこの配属が幸運だった、と思いたい。



※※※



「さ、無事に敵も引っかかってくれたし、私達も高度を上げるわよ。貴女達の訓練時最大高度は?」


 私とミアが変なテンションになるのを、ニコニコしながら見ていたナイマン少佐が私達に声をかけてきた。

 

 ……び、微妙に恥ずかしい。

 

 隣のミアは何時もの鉄面皮。

 だけど、あれは珍しく本気で恥ずかしがってる顔だ。


「く、訓練では編隊で5000まで上がりました。単独ならミアは8000。私は7000までです」

「へぇ……中々やるわね。なら、今日は更に上がるわよ。魔力全開で何処まで上がれるか訓練しましょう」――新型の技術チェックもしたいしね。

「は、はぁ…」

「――敵はどうしますか?」


 一瞬、ぽかんとしてしまった私に対して、ミアは冷静に指摘した。

 そうなのだ、今私達の前面には敵騎士1個連隊が距離を詰めつつある。

 当然、目標は私達だ。


「――距離約25000。明らかに此方を目標に前進中」


 少佐はまたしてもあの柔和な笑みを浮かべ平然とこう言った。


「最大高度まで上がって追撃してくる敵だけを叩きます。追って来ない敵は私が反応を捕捉して、味方に情報を伝えておくわ」――初陣で撃墜王も夢じゃないかもしれないわよ? 頑張りましょう。


 今更だけど、この人の頭のネジもどうなっているんだろう。



「し、少佐殿。これ以上の上昇は、む、無理です。私の魔力では二人に着いていけません」

 

 現在、高度8000m。訓練時の最大上昇高度はとうに超えた。

 訓練時に使った魔装と今使っている最新型とではこれだけの差が出るのだ。

 が、それでもこれ以上は厳しい。しかも


「――敵1個中隊、此方を追って上昇中。高度約5000」


 敵も私達を追ってきている。

 そう簡単に逃がしてはくれないみたいだ。

 座学で習った敵が使用している主力魔装だと、その最大高度は約7500m前後だと言われているから、高度上の優位は保てる筈――あくまでも理論上は。

 だけど、この高度を保ちながら激しい機動戦闘を行えるか? と言われたら無理だと答えるだろう。余りにも魔力の消費が激しすぎる。


「1個中隊、か。もう少し釣れるかと思ったけど」――私もまだまだね。


 少佐が少し拗ねたような声を出して呟いている。

 いやその……本当だったら何度でも大声で言いたいけれど……。

 

 今日着任→初飛翔→初空中偵察→初最大高度、と今日だけで私は何個の『初』を経験しなければならないのか。

 ミアと違って私は平々凡々なのだ。これ以上無理無茶をさせられたら本当に死んでしまいかねない。


「――エマ、また失礼な事を考えてる」


 高度8000mでも、まだまだ余裕綽綽な我が同期生様が此方をジト目で見ている。

 そんな目で見ても、今回は私が正しいと思うよ?


「まぁいいわ。取り合えず予定通り叩きます。魔弾装填! 銃剣装着! 撃鉄起こせ!」

 

 少佐が顔を引き締め、戦闘準備を告げた。

 

 

 いよいよ、私とミアにとっては初実戦である。

 ああ、またしても私の『初』が……。

 などと、考えていても訓練で散々叩き込まれた戦闘準備を私は無意識の内に数秒で完了していた。

 

 現状、帝国騎士の標準装備はわざわざ騎士用に開発された30式騎士小銃である。

 帝国の基礎を築き上げた初代大宰相閣下は生前、常々こう言われたらしい。


『戦場において、帝国軍人一人の命を救う為には、敵に優越する絶対的な火力こそが必要である。火力優越こそ帝国軍の根幹と心得よ』


 結果、帝国軍は19世紀中期から、火力絶対思想を骨の髄どころか魂にまで叩きこまれて今に至っている。

 

 そして、それは騎士の装備を決定する段階においても大きく影響した。

 各国が安直に歩兵用ライフルの小改良版を騎士装備として採用したのに対して、帝国軍は専用装備開発を決定したのだ。

 

 仮想敵――帝国にとっては四方各国全て――がボルトアクションライフルを騎士装備として採用する。

 よろしい。ならば此方は少なくとも、それに数倍する弾丸が叩き込めるか、口径差で圧倒出来ない限り不安でまともな戦闘など出来やしない。

 

 帝国参謀本部では当時夜な夜な、どちらを採用するかで大激論が交わされたらしい。が、結局のところ、弾丸を多く叩き込める騎士小銃開発派が勝利をおさめたそうだ(大口径採用派も後に一部大魔力持ち用として開発されて、少数実戦配備)。

 その副産物で、歩兵にも騎士小銃を改良した、自動小銃装備が促進されて帝国軍全体の火力が底上げされたのだから、この決定は好判断だったのだろう。


「――準備完了しました」

「小官も何時でも射撃可能です」

「よろしい。クラム少尉。敵高度を読み上げなさい。高度7000に侵入したら即座に射撃開始。精密射撃の必要性はないわ。とにかく弾をばらまきなさい。敵の足止めを最優先」

「――了解。現在、敵高度5300」


 ミアの読み上げが始まる。

 高度8000mという高高度だけれど、新型魔装のお陰で寒さはほとんど感じない。肌に感じている温度自体は地上より少し寒い程度だ。

 けれど、私は薄らと寒気を感じ、身体が小刻みに震え始めていた。

 これから、私は人を。


「――敵高度6000」

 

 ミアの声が響く。

 敵はどんどん高度を上げてきている。

 身体の震えが更に酷く激しくなっていく。

 まずい。これじゃとても射撃なんて。


「クリューガー少尉」


 その時――少佐の柔らかい声が聞こえた。


「大丈夫。貴女なら大丈夫よ」

「……はい。ありがとうございます」


 手を強く握りしめる。

 震えは――おさまりはしないけど、大丈夫。射撃に大きな支障がある程じゃない。とにかく弾をばらまけば良いんだから。


「――敵高度6500」


 あと500。


「射撃用意」


 落ち着いた少佐の声。


「――敵高度6800」


 ミアの声はこんな時でも、何時もと変わらない。

 流石は銀時計組。


「――敵高度7000!」

「射撃開始!」


 二人の声が聞こえた瞬間――私は銃の引き金を引いた。



※※※



 私が少なくとも騎士である限り、いずれは必ず初実戦を迎える事になっていただろう。それは避けようがない現実だ。

 まして、現在、帝国は東西両戦線で大戦争中なのだから、下手をすればもっと悲惨な状況下で初実戦を迎える可能性もないわけじゃなかった……のかもしれない。


 まぁだからこそ、私は思う。


 13飛騎に配属されて、取り合えずは頼れるミア親友と一緒に、しかも歴戦のナイマン少佐からサポートされながら、初実戦と言うのはそんなに不運な事ではないかな、と。

 

 ……今日1日の極々短時間で毒されたのは否定しない。

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