第8話 閑散とした夜とクレアの不思議


 ——夜遅く。


 サン・カレッドの街並みは昼時のパレードの余波というべきか、反対に人気ひとけがない。皆、自宅に戻り、女王アルカナ・レティアにお言葉を反芻はんすうしているのだろう。


「……にしても、やっぱり王女様なんだな……。あの人は……」


 俺はと言えば、昼間に何も売れなくて休んでいたところ、広場で月一度のパレードがあると小耳に挟んで、休憩がてら自分の弟子となったクレアの姿を覗きに行っていた。

 その規模の大きさと人の多さには驚きを隠せなかったが、我が生徒の麗しく凛としたお姿を見られたのでまだ良しとする。


「……女王様だっけ、凄いオーラだったね、マスター」


 俺だけに見せている真白い体毛をクリクリと俺の肌に擦りながら、肩に乗りかかるピッドは感慨深げにそう言った。


「……アルカナ様のことか? それはまぁ、国を統べているんだから、あれくらいのオーラがないと……」


 俺も思い返しながらピッドに答える。


「……マスターって、アルカナ様と会ったことってあったけ~?」


 怪訝そうにピッドは俺に問いかける。


「流石にないよ。一国の女王様だからな」

「でも、それにしては何か知っている風な感じだったよね。おかしいなぁ~」


 こいつは妙なところで勘がいい。無視することが一番だろう。


「……まぁ、深く聞くな。にしても、あの親にして、この子ありっていうか、雰囲気とかそっくりだと思わなかったか?」

「それはまぁ……そうだね。あの王女様の隣にいた妹王女様も含めて、なんか一家そろって最強って感じだった。……でも、あの姫様は魔法を使えないんだよねぇ」

「そうなんだよ。……ずっと俺は引っかかってた。あの親がいて、あの血があって、どうして魔法が使えないのか、全く疑問が残るばかりだ」


 今思い返しても、やはり信じられない。


 彼女に何があるのか。何が魔法を使えなくさせているのか。それとも、魔法がそもそも発現しない体質なのか。はたまた何かが彼女を押さえつけているのか。

 その答えが見つかるのはまだまだ先だろう。


「……で、さぁ、女王様とマスター、どっちが強いの?」


 唐突に何を言っているんだ、こいつは?

 精霊様の片割れか何かじゃなかったのか。


「……それはもちろん、アルカナ様だろうよ。王族に生まれ、豊かな教育を受けて、血筋の利点をフル活用。貧乏な俺が勝るわけがないと思うが……」


 ピッドはクスクスと笑い、肉球のようなものが付いた足の一つをペチペチと肩にぶつける。

精霊様だからだろうか。少し痛いのだが。——ちと、腹が立つ。


「そうかなぁ~? マスターも相当強いと思うんだけど。精霊のボクが言うんだから、よっぽどだよ~」


 謙遜するなと言ってくれているのだろうが、俺はピッドが言うほど謙遜しているつもりもないし、強いとも思っていない。

 魔法がそんなに使えるなら、こんなひもじい生活なんて俺はしていないだろうし、俺に付き合っているピッドが「ひもじいよ~」なんて、くだらなくて苛立つ台詞を毎日のように吐くことなんてなかっただろう。


「……お前がどう感じようと俺はそんなんじゃない。……それより、そろそろ時間だ」

「時間……? あぁ、忘れてた。今日は夜から、押しかけて来るんだっけ?」

「……ピッド、お姫様に押しかけて来るとか失礼なこと、姿が見えないとしても言うなよ」

「う~ん、ボクにそんなことできるかな? あの王女様怖いんだもん。つい、口が滑っちゃうかも」

「フリじゃないからな、絶対に言うなよ」


 少年のように無邪気に笑って、ピッドは「はいはい」とあしらう。

 こいつがもしもそんな言葉吐いた暁には、確実に俺の顔に不自然な汗が流れることになる。それだけは、どうしても防ぎたい。


「あの……メルク様……でしょうか?」


 街灯の炎がちらちらと燃えて照らすだけのサン・カレッドの街の一角。俺以外誰もいない通りで一人、壮大な独り言を繰り返していたところ、少女は再び現れた。

 唐突な言葉に俺は汗をタラリと流す。


「……あっ、あぁ、クレア……さん? 待って、待ってたよ」


 俺の動揺は全く収まっていない。どうやら、クレアにも伝わっているらしい。顔は至極不思議そうだ。


「……誰とお話に? 誰もいない……ようですが?」


 クレアは暗澹あんたんとした街並みをぐるりと一度、一瞥いちべつする。反応からして、そして俺から見ても、何もないのはわかること請け合いだ。


「……ただの独り言ですが……」


 自分でも言い訳にすらなっていないことぐらいわかる。でも、そうするしかない。


「……あの失礼ですが……そちらの……猫さん? と、お話ししていたのですか?」


 ギクッ!

 心情を体現するきしんだ音を鳴らしたのは俺だけではなくて、肩に乗るピッドもそうであった。あまりに驚いたのか、肩から足を滑らして、特殊な羽も生えているというのに無惨に落下した。


「……落ちました」

「……もしかして、見えてる?」

「はい。何かと言えば猫のような子犬のような、真っ白な色をした何かが見えます」

「……クレア、ちょっとお茶しに行きましょう」

「……はい?」


 俺は怪訝そうなクレアの顔を無視して、腕を引っ張りカフェへと連れ込んだ。

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