第7話 定例パレードでの報告2


 玉座に鎮座する女王アルカナは静かに、麗しく、お淑やかに、その腰をゆっくりとあげる。


 立ち上がった女王のタイミングに合わせて、銀の煌めきを放つ頑強な鎧を纏った従者の一人が、サン・カレッドの象徴シンボルたる巨大な旗を手渡す。


 フロンティアに点在する大国である四国だけに存在する国を象徴する国旗。その国の概念、存在意義、国のあり方。その全てを一つにまとめ上げた国旗だ。

 サン・カレッド王国の国旗は情熱的に燃えるような緋色を基調としている。旗の中心には王国たらしめたる冠が描かれた盾。盾には国の安寧、平和の意味も込められている。

 そして、その盾からは魔法と精霊を模した黒い翼が怪しく、不可思議にその雄々しい二翼を左右に広げている。


 その国旗を手に取り、アルカナは手を伸ばし、掲げる。はためく国旗。


 手に持ったそれを山車フロートの床に叩きつけ、その場に存在する全ての人々の視線を集めた。


「……サン・カレッドに住まう民達よ、我が声にどうか耳を傾けてほしい」


 戦場で兵士達を鼓舞し続けたどこかの戦乙女のような高潔な立ち姿。

 彼女がたとえ注目を集めようと集めまいとどちらにせよ、民衆の双眸は全て彼女の元へ向かうだろう。


「……我が夫、サン・カレッドの元国王がこの世を去ってから十数年が経った。夫が亡くなって以来、サン・カレッドの民達の推薦により私がこの国の王として導いてきたが……そろそろ、私も辞する潮時だと考えている」


 パレードを見ていた民、何も知らされていなかった王宮関係者、その全ての人々がたった数十文字の言葉にどよめきを与えた。


「……国王様が職を辞する? なんてこと……」

「どうかいつまでも我らをお導きください……」

「辞めないで……女王様……」


 屈強な男から、ひ弱そうな女性、子供から老いぼれに至るまで、敬愛する女王に声を上げる。


「いつまでも我らを守ってください」と、そう強く願いを込めて。


 しかし、アルカナは巨旗を一叩き。広場に響く声を一瞬で制した。


「……わかっている。其方らの言い分も……。もちろん、すぐに辞することもできないだろうし、そんなに急いで辞する所存でもない」

「ならば……」


 民衆の一人が声を響かせる。アルカナはしずしずと首を振る。


「……だが、私にも限られた命というものがある。魔法であっても抗えない自然の摂理というものが……。だから、私がいつか床に臥し、死する前に後継者……サン・カレッド国王を決めたいと思っている」


 人々は再びどよめきを見せる。

 いつか来るだろうとはわかっていても、やはりすぐさま受け入れるには戸惑いがあるのだ。


「次期国王候補は王族の人間から選定するつもりだ。私が信頼を寄せる王家直属の占師もそうすることが先の世に適していると助言を述べている。もちろん、選定の意思決定は国民、其方らに重視を置くつもりだが……最終的にはそれらを尊重した上で私が選出するつもりだ。……民達よ、異論はあるだろうか?」


 アルカナの言葉に否定をするものなどいない。そう圧力をかけているのではなくて、女王の意志が国民の意志になっているからである。

 国民は女王に従わされているのではなくて、従いたくて従っている。それが、サン・カレッド王国の最初からの習わしであり、不変の決まり事なのだ。


「候補としては……まず、我が愛しき娘達、クレア・レティア、リラ・レティア……」

「おぉ、王女殿下」

「姫様達はたしかによい人選だ」


 国民誰しもが知る二人の姫の名。女王と同様に信頼を寄せる二人の姫の名に国民は皆安堵の色を見せた様子だ。


「……我らが国の政治を司るもの達、騎士長のガヴェインなども候補だ……」


 ガヴェインの名が耳朶に触れた民衆はこれまた納得の様子であった。


 ——ヴァルフェルク・ガヴェイン卿。それは、サン・カレッド王国直属の国の守護者たる騎士団の団長であり、世間からも広く知られた英雄的存在だ。

 懐が広く、誰にでも優しく、己に厳しい。そして、何よりも正義感が強く、サン・カレッドに誇れる人物。

 彼に標的が向くのも国民からすれば当然であり、得心いくものだ。


「……過去の踏襲とうしゅうに囚われることもないが、やはり国王には男が似合うというのも間違いはないと思う。そこのところも、其方らにはよく考えてほしい」


 フロンティア内の考え方でもやはり性差というものが多少は存在する。

 事実、サン・カレッド王国の国王は基本的に男性が務めてきており、アルカナが初めての女性国王だった。

 だからという訳ではないが、アルカナもその点を少し考慮しているらしい。


「……では、そろそろ潮時だろう。まだ私がこの職を辞することはないが、いずれにせよ時は来る。見識ある其方らもその事実をどうか受け止めて、我らが国がより発展するよう考えてほしい。……以上、皆よろしく頼む」


 アルカナは巨旗をまた一叩き。そして、ゆっくりとした動作で深々と頭を下げた。


 王らしく堂々とした、そして謙虚さを感じるその神々しいまでの一動作に民衆達もすぐさま頭を垂れた。

 母の姿に倣い頭を下げた二人の姫君は、数秒後にゆるりと体を起こす。クレアのどこか虚ろさを覚える双眸を垣間見たリラはこっそりと口を開いた。


「……お姉様、失礼ですが……国王になりたいとは考えておられるのでしょうか?」


 ポツリと呟かれたその言葉にクレアは動揺が走った。


「……それは、そうですね。王族に生まれた以上、国を統べるものとして、国民を守る者として、活躍したいとは思っていますね……」


 クレアのその言葉にはどこかたどたどしさを感じて、リラは少し心配そうに姉の言葉を耳に入れた。


「……リラ、貴方はどうなのですか?」


 自分のことを隠すように、クレアはリラに問い返す。


「そうですね。わたくしは……いえ、わたくしも国王に選任されたいとは考えております。も、もちろん、わたくしは母上も、お姉様も尊敬しておりますが、サン・カレッドの為になるのであれば、わたくしは全霊を尽くし、職を全うする所存であります」


 二人の間にしか聞こえないような小さな声の中には確かな意志と覚悟があり、言葉を受けたクレア自身もそれを感じていた。


(わたくしなどよりも……ずっと、国を統べるのに適しているように思いますね……。この子の姉であるということが恥ずかしい……)


 クレアの心中を襲うのは今まで見てきた、できる妹の姿であった。


 リラは幼き頃より、『詠唱アリア』と『|呪文スペル』を頭に入れ、魔法を使役した。

 それは、今までの王族の中でも有望視されるほどの神童ぶりで、高位の魔法を子供ながらにいくつも習得してきた。


 その姿を間近で見てきたクレアはいつしか自分との格差を感じていた。

 同じ親から生まれ、同じように教育を受けてきたのに、自分は初期の魔法すら使うことができず、妹は高位魔法を悠々と使用する。


 そんなコンプレックスは日々増すばかり。


 クレアはずっと悩んでいた。落ち込んでいた。苦しんでいた。


(わたくしが魔法を使えないのは……今はまだ世間に知られていない。けれど……魔法が使えないものが国王になれないのは自明。……公に広まってしまうのは、いつなのでしょうか?)


 民衆の様々な声に晒されながら、王族を乗せた山車フロートは静かに役目を終えて、月一度のパレードは終わりを迎えた。


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