第8話 物語はまだまだこれから

「君がやったことで、太后陛下は君に報い、太后陛下に報いるために君はたいに危害を加えない、か……世の中よくできている。本当によくできているよ」

「そうね。このことまで太后陛下は計算しておいでだったのかしら。もしご存命だったら……いつか話を聞きたかったわ」


 皇太子の母はもうこの世にいない。父が死んだときに、その死に殉じた。

 でも雯凰ぶんおうはこんなことを思っている。


 本当のところ彼女は、何十年も遅れて、姉に殉じたのではないのかと。


「けれど太后陛下の御子みこが今、帝位に就いておいでだ。君が嫌いな方ではあるが、よい政治をくと思うよ」

「そうでしょうね」

 雯凰はちょっとだけ皮肉げに笑った。


 異母兄を許しはしないが、受けいれてやってもいい。

 彼は少なくとも、雯凰の母を殺さず、皇太后として遇してはいるのだから。


「心配しなくても、君は子育てに失敗しないさ」

「……どうして?」


 雯凰が目を見開いたのは、夫の言葉が唐突だったからではない。

 彼が、自分の懸念を見事に言い当てたからだ。


「君は自分が、母親のようになると思っている。でもそうはならない。なぜって? 私たちは別に愛し合っていないから」

「…………」


 雯凰は目を二、三回しばたたかせて、そしてやおら笑い始めた。

「そうねえ、そうね!」

「そうでしょう。太后陛下も先帝陛下を愛していないけれど、子育てには成功しているみたいだから」


 夜中には迷惑なくらい、高らかに笑い声が響く。

「そのまま笑いすぎると、腹痛を起こしてしまうよ」


 さっきの雯凰と似たようなことを言う夫に、雯凰はさらに笑う。部屋の外から咳払いが聞こえた。

「いちいち声をかけずともよい」という言葉に従ってはいても、なにも反応しないわけにはいかないと思ったのだろう。


「さて、もう寝ようじゃないか」

 あくびをしながら布団にもぐり始める夫に、雯凰は「そうね」と従った。わたくしたち、たぶんうまくやってのけるわと思いながら。

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紅霞後宮物語 中幕/雪村花菜 富士見L文庫 @lbunko

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