第2話 蝶々さん

 ──ちょうになりたい。遠いところに行きたい。


 やけに主張が激しい性格をしているわりに、麗丹れいたんはそういうはかない思いを持つことがある。

 いわゆる「行き遅れ」と言われる年齢になった今でも。


 とはいえ昔からそうだったわけではない。

 名門に生まれ、才気にあふれ、容姿にも恵まれ……これで自信を持たないほうがおかしい。

 子ども特有の無邪気さで、自分は世界の真ん中にいると思っていた。


 そしてその近くにはいつも「彼」がいて、ずっとそうなのだと思っていた。


「彼」は、麗丹にとって父方の従兄いとこであった。

 それだけではなく、皇子さまだった。

 父の姉は後宮に入り、皇帝のちょうあいを受けて四夫人のとくの位にまで上り詰めた。そのうえ男児までもうけた。

 それが「彼」だ。


 初めて会った日のことを、麗丹は今も鮮やかに覚えている。

 この歳になっても、何度も思い返している。

 今際いまわの際に、脳裏に鮮やかに描けるように。


 きっと幸せな気持ちで逝けることだろう。


 あれは七つのときだったか。

 母に連れられて後宮を訪れた。

 ぎょえんの花々のあまりの華やかさに気後れする自分を見て、従兄は笑ってこう言った。


「蝶々さん。君も華やかだよ」

 その日麗丹が履いていた靴には、蝶のしゅうが施されていた。

 母が刺してくれたものだが、ほんの少しだけ麗丹も手伝った。


 なにやら気恥ずかしくて、もじもじしながら裾の中に靴を隠しつつ、麗丹はこの少年のことを無性に好ましく思った。

 そして幸いなことに、彼も自分をそう思ってくれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る