魔法世界8 追う女

 山を越え、谷を越え、天才美人魔術師である私ミラ・フレイムウォールは、竜喰いと呼ばれる男スカイを追う。


「へぇ、竜喰いさんって実在したのですね」

「そんなことどうでもいいわ! 歳は、多分私と同じくらい。生意気で、かつ無愛想。でも時に笑った表情に、ちょっとキュンとくるの。そんな男」


 あれから何度か姿を見かけた。

 しかし基本的に神出鬼没。一処に留まらず、街から街へ。

 さらには、いつも側にコブが付いてまわっているため、話す機会が中々得られない。


「言いにくいのですが、ミラ様。ここは冒険者ギルドであって、結婚相談所では――」

「失礼ね! そんな相談しにくるわけないでしょう! 私に言い寄ってくる男なんて、底辺冒険者の数ほどいるんだから」

「参考までに、ミラ様の言う底辺とは何色くらいまでの方を指していますか?」

「藍、いや青かしらね……って違う! 特徴よ特徴。私が探している男の特徴を言ったの。名前はスカイで、ついでにそいつも藍色!」


 そう、藍色。藍色とはいえ、彼だけは特別に底辺の括りから外してあげる。

 実力は間違いなく、最上級である赤色。私よりも上。

 何より彼は、私自身にとっての特別でもあるのだから……きゃ。


「それならそうと早く言ってくださいよ」

「普通そんな勘違いする?」

「私はしました。しかし、う~ん。いらっしゃったような、いらっしゃってないような」

「どっちなの?」

「たくさんいる冒険者の一人、覚えていませんね。だってほら、ミラ様も言い寄ってきた男の一人ひとりなんて、覚えていらっしゃらないのでしょう?」

「本当に失礼ね、あなた! 覚えてるわよ!」

「おお、凄い。では、捜索依頼として処理しておきましょうか?」

「そうして頂戴」

「何かの犯罪に関わっているのであれば、情報の集まりは早くなりますが」

「そうなの? じゃあ詐欺で」

「どういった被害を――」

「ミラちゃんに嘘をついたの! あの男は!」

「よく分かりませんが、結婚詐欺でいいですかね」

「よく分からないけど、面倒くさいからそれでいいわ」


 新しい街に着けばまずやること。話を聞き、それらしい情報がなければ依頼を出す。

 今回は変な受付嬢に当たってしまったけど、彼女はもしかしたら優秀だったかもしれないと思い直す。

 結婚詐欺とはまた、良い字面じゃない。放っておけば、勝手に外堀が埋まっていく気がしてとても良い。

 ギルドから出て、外の新鮮な空気を吸う。何かが始まりそうな予感のする、ポカポカと気持ちの良い日。

 うずうずとする胸がもどかしくも、全身に力を与える。思わず走り出したくなるような心地。

 この胸の疼きは、勘違いなんかではない。

 私達の心の距離は、日々確実に近づいている。


「これからは、結婚詐欺ってことにしようっと」

「あれ、ミラちゃん? ミラちゃんじゃないか。久しぶり。こんなところで会うなんて、僕たちやっぱり運命だったんだよ。ちょうどいい機会だ、あの時の返事を――」

「誰よあなた! 気安く私に話しかけないで!」


 知らない男に声をかけられるのはいつものこと。振り払い、また前へと進む。

 スカイ本人の情報は出てくることの方が少ないが、問題ない。

 彼は竜を憎んでいる。その憎悪の念は相当なものだ。竜の出現情報を追えば、そこに彼はいる。

 そして私も竜を憎んでいる。何があったかは知らないが、彼が竜を殺すことを望むのであれば、お手伝いしたいと思っている。

 なんせ彼とお近付きになるためには、彼の心を縛るコブが邪魔なのだ。


「何よ、あのコブ付き男! 少しくらい、私に構ってくれたっていいじゃない!」

「結婚詐欺にコブ付き……ミラちゃん! そんな悪い男忘れて、僕と一緒に!」

「ちょ、何? 助けて衛兵さん! 知らない男が、しつこく声をかけてくるんですぅ」


 ……。


 ついに、この時がやってきた。

 彼に命を救ってもらい、初めて話したあの時から三ヶ月ほどが過ぎた頃だろうか。

 竜の情報を辿り、やってきた山。

 また山かと思うかもしれないが、体の大きな竜が好む場所、生きられる場所は限られている。

 過去、一つの街を滅ぼし居着いた竜もいると聞くが、あまり賢い選択とは言えないだろう。

 恨みを買えば、返されるのが自然の摂理。

 特に人の感情というものは際限なく広く、深い。

 例に漏れず今、私の感情も昂ぶっている。でもこれは、恨みや悲しみといったマイナスの感情ではない。

 私という一人の女の子が抱く、甘く切ない感情。

 一人の男のため役に立ちたいと願う、淡く健気な想い。


「お待たせ! 私も手伝うわね、スカイ!」

「――え?」


 大きな滝の上、水の落下開始場所である滝口。

 その場所で、あまり肉のついていないガリガリの三匹の竜と戦っている男を、私は見上げていた。

 さすがの竜喰いも三匹、加えて飛行する相手には苦戦している様子。

 ならばここは魔術師である私がと思い、特大の魔法を放った。


「やった! 全部まとめて撃ち落としたわ! どうよスカイ!」


 プスプスと、焼け焦げた竜が落ちていく。

 一撃だ。私ほどの大魔術師であれば当然のこと。

 誇らしげな表情を全面に押し出す私の目の前で、ボロボロの服を纏ったスカイが滝壺へと落ちていった。


「誰も待ってねえけどぉぉぉぉぉ」


 スカイの絶叫が響き渡り、水音。

 そう、私は全部まとめて撃ち落としたのだ。例外なく。

 水面からぷか~と浮き上がったスカイが、川下に流されていくのを無言で見つめる。


「あ、あんなに大きな竜が絶命するほどの魔法で軽傷だなんて! 凄いわスカイ!」


 嫌なことは忘れ、前向きに話をすり替える。

 誰もいない山の中に、私の声が虚しく響いた。


「なるほど! その方が早く山を降りられるのね。でも私には難しいから、下でゆっくり待ってて~!」


 冷や汗を拭うと、急いで下山した。


「この辺りに、私の男が流れてきませんでしたか!」

「え、それはどういう――」

「事故で川に転落しちゃったんです! 事故で!」


 スカイを追い川に沿って走っていくと、街の近くまでたどり着いてしまった。

 途中に水死体はなく、とりあえず一安心。

 そして水の勢いが弱くなり、自力で岸に這い上がれそうな所までやってくると、冒険者らしき奴らが水を汲んでいたのだ。

 息を切らす私を見て、怪訝な表情をする男の胸ぐらを掴み上げると、私はそう問いかけていた。


「それは大変だ。急いで探さないと」

「まさか、あなた達見てないの!? 日がな一日、川の流れを見てるだけの人生を送ってそうな顔をしてるのに?」

「え」

「ちょっとお嬢さん、落ち着いて……」


 そう言えば、スカイは私の性格を悪いといったが、彼は大きな勘違いをしている。

 私の性格は非常に良い。よく言われる。地上に現れた天使ともいうべき存在。

 しかしそんな天使だって、気になる男が川に流されれば取り乱すというもの。

 多少口が悪くなったとしても、仕方ないのだ。


「早く見つけなさいよ、グズ共! あなた達が見逃したせいで、彼は死んじゃうかもしれないのよ!」

「ええ……」


 冒険者共を引き連れ、川辺を走る。

 いない。見つからない。


「でも俺たち、川には水を汲みにきただけで――」

「言い訳なんて聞きたくない。ほんっと、使えない冒険者どもね。彼が死んだらあなた達のせいだから!」


 私が大声でそう言った瞬間、目と目が合った。

 川の幅は狭くなり、そのまま街の中にまで続いているのだがその手前。全身から水を滴らせたスカイが、街の門をくぐるところで振り返っていた。

 立ち止まり、乱れた髪をすばやく整えると、ニコリと笑顔を作る。

 世界を置き去りに止まる、二人の時間。まさにこれは、惹かれ合っている男女同士の間にできるという謎空間。

 ぽっと可愛く頬を染めた私は、茶目っ気のあるウインクを一つ。

 くるりと背を見せたスカイは、無言で走り出した。


「あ、聞いて! 今言ったことは違うの! 間違いなの! 私の意思じゃなかったの!」

「お嬢さん、ここまで来て見つからないってことは――」

「ちょっとどいて! あなた達は川遊びでもしていなさい!」

「うおあぁ!」


 進路、いや恋路を塞いでいた邪魔な冒険者共を川の中へ突き飛ばすと、私はスカイを追いかけた。


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