第6話

 試合でのマウンドに立つ。ただそれだけのために努力してきた。

 紅白戦とはいえそこに立つことは、穂積にとっては特別なことだった。

 人並みの部員が日常のように使うマウンド。平均的な、あるいはそれより少し秀でた者が何気なく使うそこが、しかし穂積には果てしなく遠いところだった。

 彼女たちがいつものように使う姿を横目に雑用をこなしながら、ひたすら自分の持てる武器を、栞とともに磨いてきた。

 苦手なアピールも欠かさなかった。バッピー、マウンド整理、心無い陰口さえも黙殺して。

 自分一人の実力とは全く思っていない。あるのか無いのか分からないような才能を目一杯引き出してくれる相棒のおかげだと思っている。

 そうして、今自分はここに立っている。得難い相棒とともに。

  

 出番は4回途中に回ってきた。ノーアウト1,2塁。バッターは5番の竹ノ内先輩。引っ張り専門の左バッターだ。

 起用は明らかに左のワンポイント。左ピッチャーのいない卦美にとって、喉から手が出るほど欲しい駒だ。しかしだからと言って左なら何でも構わないと言う訳じゃあない。簡単に打たれるようではとても背番号などもらえはしないだろう。

 不思議と恐れや迷いはなかった。現時点でのやれることはすべてやった。

 穂積はセットした。やることはただ一つ、栞のミットに正確無比に投げ込むこと。

 ランナーを見据える。重心位置から走る気配がないことを確認する。

 素早く足を上げるというより引くように投球動作に入る。

 ステップはクロス気味。

 残した重心の移動とともに、ひねられた軸足からの力が螺旋に駆け上って指先に届く。

 スリー・クウォーターからボールが放たれた。

 スピンのきいたファーストボール。

 背中からくるような軌道。

 バッターがピクリと動く。

「ストラィ!」

 インコース低め。ボールは寸分たがわずミットに吸い込まれていた。

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神のコンビネーション mirailive05 @mirailive05

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