⑩ランパード、覚醒。(後編)

―――――――――逃げ出した、くせにっっ!――――――


甲高く響き渡ったその言葉は、矢のように会場中を駆け巡り、沈黙をもたらす。

「え?」「なんだ?」「逃げ出したって……?」

一拍後、民衆の間に急速にざわめきが広まる。そのざわめきは瞬く間にあたり一帯に伝播し、どよめきへと変わる。

まずい。非常にまずい。恐れていた最悪の事態が今始まろうとしている。

どうにかして今のうちに抑えないと取り返しのつかないことになる。

今ならまだ鎮められる。誰かが何とかして鎮めないと。

でも誰がやる?誰ならできる?

民衆に人気があって、この場をまとめられる演説力があって……?

俺やアルではだめだ、民衆の心に疑念が残る。アルがせっかく作った信頼をまた失うことになる。

だがそうこう考えている間にも、ざわめきはどんどんと広がっている。

クソッ!人選を間違えてはいけない状況なのに、じっくりと考える時間がない!

どうする?考えろ考えろ。思考を停止させるな――――――無駄を省け。

とにかく早く誰かしらを出さないと。――――!

思考をフル回転させる。どうするどうするかんがえろかんがえろ、このままだと最悪の結末だ。民衆が気づくまでに。どうにかしろ、かんがえろかんがえろ

だがしかし、無情にも時間は過ぎる。

そしてついに、民衆が気付く。

それは、誰かが発した一言だった。

「新国王って………まさかあの――――――――」


それは本気でまずいっ!!

そう、思った、瞬間――――――――!


「皆の者‼」


図太い声が響き渡る。

この聞き覚えのある怒鳴り声―――――――――まさか!!


「静粛に頼む‼」


なんだ、あれは!

鳥か!?飛行機か!?ジョニー・デップか!?

いや、ランパードだ!!!!

壇上でマイクも使わずに声を張り上げていたのは、他でもない、王国防衛騎士ピュリオンナイト団長、ランパード・パトラッシュ(ジョニデ似)だった。

ちなみに、壇上で演説してるランパード(ジョニデ似)の後ろには、その他のピュリオンナイトの皆様(シュワちゃん似・ブラピ似・ハリソンフォード似…etc)が勢ぞろいしている。ハリウッドかよここは。

しかもハリウッドの中でもイケメンの奴らばっかりだし。

ちょっとむかついたので、腕の中のアルをなでなでする。

ついでにわしゃわしゃする。すんかすんかする。すーはーすーはーする。

ふっはっはランパードよ、お前の可愛いアルは完全に俺の手の内だぜ(物理的に)。

どうだ手も足も出まい。

ランパードはそんな俺をガン無視して、すうっと息を吸い込むと……

訂正。

体の横で握りしめた手がアルコール中毒の患者みたいにワナワナしてたんで、たぶん無視されてない。うわー、後でシバかれそー……。怖いわー。

これがほんとの「アル中」だね(ハートマーク)。

なんてくだらないことをつい考えてしまった俺である。


さてさて、そんなことは置いておいて、あのランパードが人前でどんな話をするのかが気になる。今までの様子を見ている限りだと、あんだけアルを我が子のように可愛がってたんだから、「アルセイフ様は可愛いから正義」とか言い出しそうだな。

と、ランパード第一声

「諸君らもお気づきのことだとは思うが、今ここにいる新国王、アイリス=ロット=アルセイフ様は、過去にこの国から逃亡を図った王室第四女、アルセイフ様と同一人物であられる!」

あー。

のか。

計画では、まずは正体はばらさず、この王国が危機を脱してから改めて話すという予定だったが。まあいい、仕方がない。

民衆のざわめき、だがしかしランパードはそれに臆することなく

「だがしかし!逃げ出したからと言って、それがなんだ!」

そうですね。戦略的撤退とか言うもんね。うんうん。

「逃げ出したいと思ったことぐらい、誰にでもあるだろう!アルセイフ様の前にあった演説では、ここにいる全員が、一度は逃げ出したいと思ったはずだ!実は私もそう思っていた!誰しも逃げることを責められない!」

おっと、アルの前に演説した人が鬼の形相になってますけど、大丈夫ですかね。でも民衆からは、そうだそうだー!って感じで声が聞こえてますからまあええんちゃう?

「しかもアルセイフ様は優しい!誰にでもいたわりをもってくださるお方だ!」

せやな。従業員が変態って、日頃からよっぽど話してなくちゃ知ってるわけないし。仲が良いのはランパ-ドだけだと思ってたら、ガンガン他の人ともしゃべってたし。

そもそも、普通の王族は従業員としゃべらないものなのですよ。

あ、ほら、応援に駆け付けた従業員の皆様方がうんうんってうなずいてる。

警備員まで来てるみたいだけどお城の警備って大丈夫なんだろうか。

「そのうえ!アルセイフ様にはさらに良いところがある!それは……」

俺の一抹の不安をかき消すようなランパードの大声。

そしてたっぷり三拍ほど間を開けると、

「なんといっても、アルセイフ様は可愛い!」

そうそう、アルは可愛いんだよね…って

「え?」

やべ、思わず声が出ちゃった。

でも、さあ?

俺は(心の中で)大きく息を吸い込むと、

……そこでそれっ⁉

俺の渾身のツッコミが(頭の中で)炸裂する。

いやそこはもっと違うこと言おうよ。アルは強い!とかさあ。

呆れる俺をよそに

「マジでかわいい!めっっっっさかわいい!絶・天狼抜刀牙かわいい!」

ランパード、いや、ランパードさんと呼ばせていただこう。

そのネタ分かる人少ないと思いますよ。………じゃなくて!

「なに錯乱してんですか!」

あ、思わずつっこんでしまった。と、ランパードがこっちを振り向いて

「アルセイフ様の可愛さはまさに気が狂わんばかりなのだ。」

もうダメだこの人。

と言うより。まずいぞ、この状況。このままの勢いだとさらにやばいことを口ばしりそうな気がす「アルセイフ様の小さいころの夢はお嫁さんだったんだぞ!」確かにそれは可愛いけども!

「しかもなあ!思春期に入られてからのアルセイフ様は…」

「もういいですって!ほら、民が見てますよ!」

さすがに止めに入る俺。てかなにその話。絶対可愛いでしょ。めっちゃ気になるんですけど。後で聞かせてもらおうっと!

だがそれはいったん置いといて。

俺はランパードを民衆の方に向けると

「はい、ちゃんとしましょう!」

なんというかもう………………やばいね、この人。発音よく言うと、やヴァいね。

ヴァイオリンとかエヴァンゲリオンとかの『ヴァ』ね。

「皆の者よ!」

しかし、そんな俺の忠告を聞き、さすがにランパードも反省したようだ。

マイクを握りなおすと、改まった顔で民衆たちに話しかける。

「今日のアルセイフ様はどうだった!」

あ、違った。まだ狂ってたわこの人。

やばいぞ、マジで止めないと……

「可愛かった!」「最高だった!」「神だった!」「天使だった!」

お前らも乗るんかい!

民衆たちが次々と感想を叫ぶ。これ、なんて宗教?明らかにやヴぁい宗教だよね⁉

完全に流れについていけない俺を尻目に、ランパード(決めポーズ状態)は叫ぶ。

「そうだ‼……それが真理だ。」

湧き上がる歓声。感動の涙を流す信者たち。

正直な感想。

怖っっっっっっっっっ!病院行けお前ら!脳みそを洗浄してもらってこい!

と、いきなりごそごそとやり始めると……どこから取り出したのか、『I♡アル』と書かれたハチマキと『アル命』と書かれたTシャツを着用しはじめる。

なんだ⁉何が始まるんだ⁉

と、スピーカーから突然流れ出したこの曲は―――――!

『ヒーメヒメ!!ヒメ!!スキスキダイスキ♥ヒメ!!ヒメ!!キラキラリン☆』

弱虫ペ〇ル⁉なんでそれ⁉姫だから⁉

選曲に謎のオーラを感じる俺の目の前で、

「「「「「「「ハイハイハイ‼wooo‼ハイ‼どっせいやぁぁ‼」」」」」」」

オタ芸をうつADY(アルのことダイスキ過ぎてやヴぁい)な皆さん。

あまりの異常さに完全に戦意喪失した俺を置いて、彼らは集会を続ける。

途中、めっちゃキレキレの動きをしてる人がいると思ったらランパードだった。俺の中のランパードの株は直角に下落した。リーマンショックだった。

一時間が経過した。

その間ずっと舞台袖にいる俺は、そろそろ帰ろっかなと思った。

俺の腕の中で、アルは怯えた目でそれを見ていた。その顔を見て思わず抱きしめた。目が合うとうなずいたので、後のことはランパードに任せてそのまま城に帰った。


ランパードの集会は次の日の夜まで続いたらしい。

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