第24話 最後のkiss

「この部室に来るのも最後だね」


 ユウキが鼻を寄せたまま囁いた。大好きなユウキ。大大大大大好き。


「ねえ、ユウキ」

「ん?」

「抱いて」


 ユウキが驚いて体を引いた。


「えっ? ずいぶん大胆なこと言うようになったんだね」

「だって、しばらく会えなくなっちゃうんだもん」

「女同士でセックスは無理でしょ?」

「やだぁ、そういう『抱いて』じゃなくて。ぎゅうって抱きしめて」

「ナツミねぇ……そんなこと木村辺りに言ったら百パーセント脱がされるよ」


 呆れたように笑うユウキ。そんなユウキも好き。


「あ、そっか」

「これだから天然ヴァージンは扱いにくいったら」

「えへ、ごめん」

「私以外にそんなこと言っちゃダメだよ?」


 って言いながら、ユウキはあたしをぎゅうって抱きしめてくれる。レモンヴァーベナの香り。ユウキの匂い。大好き。


「ああ、甘い匂いがする。ナツミをこうして抱きしめてると、桃が食べたくなるんだよね」

「もー、あたしは桃じゃないもん」

「ナツミなんだから夏ミカンとかの方が語呂はいいんだけど」

「それもなんか違う!」


 抱き合いながらケラケラ笑ってるあたしたちって、第三者が見たら凄い変な人たちだろう。恋人というよりは変人。


「しばらく桃が食べられないね。今のうちに食べとこうかな」

「あたしもレモン味わっ……」


 あたしの言葉は、途中からユウキに飲み込まれてしまった。

 ユウキの柔らかいマシュマロみたいな唇。何故か今日はあたしの方が積極的な気分。ユウキのネクタイを緩めて、そっとボタンを外す。


「どうしたの、今日はずいぶんノリノリだね」

「木村君だけなんてズルいもん。あたしもユウキの肩にキスしたいの」

「えー、マジで?」


 言いながら彼女のシャツのボタンを一つずつ外していく。

 第二ボタン、ユウキのきれいな鎖骨が見える。それだけであたしの心臓バクバクしちゃってる。

 第三ボタン、ユウキのブラが顔を見せた。グレーのスポーツブラから覗く柔らかい曲線。女のあたしでもドキッとする。


「木村君、これ見たんだ」

「ああ、見たね」

「エロいよぉ」

「でもあいつの興味は胸元じゃなくて肩なんだよね。肩フェチだし」

「じゃ、あたしも」


 彼女のシャツに手をかけて、ブラのストラップとともに、そっと肩から落としてみる。

 うわぁ……なんていうか、凄いセクシー。胸元より破壊力あるかも。

 ドキドキしながらその鎖骨に唇を寄せてみる。ふわっと香るレモンヴァーベナ。シルクのような滑らかな肌に沿って、啄むようなキスをしながら肩の方まで移動する。


「ナツミ、ヤバいってそれ」

「何が?」

「ナツミの唇、柔らかくて……気持ちいい」

「木村君より?」

「全然話になんない。変な気起こす」

「あっ」


 いきなりユウキに押し倒された。貪るように首筋にキスを落としてくる。


「ナツミの肩も貰うよ」


 耳に唇を付けたまま囁かれて、ふにゃって力が抜けてしまう。ユウキの肩を掴んでいた手もパタンって落ちちゃって、ビーズのくたくた人形みたいになってしまった。

 そんなあたしを見てユウキはくすっと笑うと、シュルシュルってネクタイを抜き取って、あたしの胸元のボタンを外し始めた。


「だめ、ユウキ」

「なんで?」

「あ、もう、ほんとダメだって、ぁ……」


 マシュマロの感触が首筋から鎖骨に下りてくる。もうだめ、力入らない。


「嫌そうじゃないけど?」


 鎖骨にキスしながら喋らないでよー。変に感じちゃうじゃない。


「あー、桃。肩も桃。すももも桃も桃のうち」

「やだぁ、何言ってるの」

「早口言葉」

「変なのー」


 ちくっとした。ユウキがニヤリと笑う。


「マーキングしちゃった。他の男に取られないように」

「犬みたーい」

「あ、言ったな?」

「きゃあ」


 ユウキがあたしを押さえつけて、胸元にも首筋にもたくさん跡を残していく。


「待ってよー、人前に出られないよ」

「髪の毛下ろしておけば見えないよ。そーゆーとこ狙ってんだから」

「なにそれー」


 笑っていたユウキが、急に真顔になった。あの全てを吸い込むような深い湖の色の瞳があたしを捉える。


「私がシカゴに帰ったら、ナツミは誰かのものになるの?」

「ならないよ。なるわけないじゃない」

「ナツミ」


 どうしたの、ユウキ?

 いつものハスキーヴォイスが、ますます掠れてる。


「誰のものにもならないで。私の可愛いナツミ」


 泣いてるの?

 

「ユウキ、大丈夫。あたしはユウキだけのものだから」


 ユウキが可愛くて、思わず胸元にギュッと抱きしめた。短い髪の毛の中に指を通すと、さらさらと指から髪が滑っていく。


「やっぱり80センチ」

「えっ?」

「ナツミのバスト」


 ユウキが悪戯っぽい目であたしを見上げた。


「もう、ユウキのバカー」


 どさくさ紛れに彼女の唇を塞いだのと同時にチャイムが鳴った。

 完全下校のチャイムだ。

 ユウキは明日からこの学校には来ない。


「帰ろっか」

「その前に、あれ、して?」


 あたしたちは最後のnose kissをした。




 春まで待ってて。

 きっとシカゴに行くから。

 それまで誰のものにもならないでね、ユウキ。

 nose kissもしちゃだめだよ。



(おしまい)

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nose kiss 如月芳美 @kisaragi_yoshimi

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