trap

達見ゆう

第1話

 イワオは岩を抱えていた。

 いや、ダジャレなどではない。そのまんまの情景を告げただけだ。

 岩の大きさはイワオよりもかなり大きく、重さは数百キロはいきそうである。

 その側には小人がすやすやと眠っていた。一見理解しがたいシチュエーション。確かここは21世紀の日本だ。

 いや、日本ならコロポックル伝説があるし、無いことはないのか。しかし、北海道ならともかくここは本州だ。

 タケミはこの状況を飲み込めないまま、イワオの元へ駆けつけていった。

「イワオ、この状況は一体何?レスキュー呼んだ方がいいの?」

「あ、ああタケミか。」

 イワオは青筋を浮かべ、大粒の汗を流しながらタケミの方に首を向けた。

「俺もよくわからない。小人がいると気づいて、インスタにアップしようと近づいたら、いきなり岩が降ってきた。とっさに支えたのはいいが、この通り身動きできない。」

 イワオはしゃべるのも辛そうだ。

「現代日本ならレスキュー隊を呼ぶことだよねえ。小人はよくわかんないけど。」

 タケミはスマホを取り出した。

「あ、でもその前に私もこの小人を撮ってTwitterにあげれば沢山いいね!が付くかも。」

 タケミはスマホをカメラ起動し、小人に向かって構えたその時。

『ゴゴゴ…』

 どこからか不穏な音がした。タケミが見上げると、イワオが抱えているのと同じくらいの岩がまさにタケミに向かって落ちてくる。

「きゃああ!」

 タケミはとっさに逃げたが、なぜか岩もタケミ目掛けて付いてくる。

「まずい、このままでは私もイワオと同じになる。いや、非力な私はぺしゃんこだ。そうだ!」

 0.1秒の葛藤の中、タケミはある場所へ逃げた。逃げた先はイワオの足元。

 岩の落下軌道はタケミ目掛けていたが、タケミはイワオの下へ潜り込んだ。岩もタケミ目掛けて軌道を修正した。

 結果…。

『ガコォーン!』

「うおおお!」

 イワオが抱えている岩の上に新たな岩が積み上げられる形となった。絶妙なバランスなのか、岩はアイスクリームのダブルのように乗っかっている。

「な、何をするんだ、た、タケミ。」

 岩が二個乗ってもイワオは相変わらず支えている。息も絶え絶えにタケミを責めた。

「何から何まで推測だけど。」

 しゃがみこんだ姿勢のまま、タケミは続けた。

「この小人はトラップよ。」

「トラップ?」

「私とイワオに共通していたのは自己顕示欲のために小人をネットに晒そうとしたこと。多分、私利私欲に小人を利用しようとすると岩が降ってきて邪な人間を潰すトラップ。計算違いなのは、イワオが国体や五輪にも出られるクラスの怪力だったってこと。現れた理由はわからないけど、夏だし、子泣きじじいみたいな妖怪の一種かもね。」

「トラップ、って、増えた岩はどうすんだよっ!」

「うーん、そこなのよね。御影石なら高く売れそうだけど、人間を潰す用にはそんな高品質な岩は降らせないよね。」

「何、金儲けモードに入ってんだよ!」

 二個抱えてもこれだけ話せるイワオはやはりただ者ではない。今度の国体は優勝間違いないだろう。

「小人をどうにかすれば消えるかも。」

「って、邪な人間には岩を降らせるんだろ。俺たちじゃ無理じゃねえか。」

「いえ、多分『邪な目的で小人をどうにかしよう』とする人には害を成すからその反対の人が触れば…。うまくいくかわからないけど。」

 そう言うとタケミはスマホで何かを検索し、どこかへ電話をかけ始めた。

「もしもし…はい、そうなんです。見たことないのですが、新しい品種の子猿かと思って。眠っているけど、素人の私が触って刺激するとよくないと思って。…はい、はい。…あ、近くにいらっしゃる、10分くらいで来ます?はい、三丁目の潰れたコンビニの二つ隣の空地で待ってるのでお願いします。」

「さ、これでとりあえず10分待つ。」

「どこへかけたんだ?」

「うまくいくかわからないから内緒。」

 訝しげにしていると大きなキャリーを持ったおばさんが向かってきた。

「あなたが電話してきた子?」

「はい、先ほど話した子はここに寝てます。」

「あらまあ、確かに見たことない品種ねえ。どこからか逃げ出したのかしら。」

「ええ、珍しいし、下手に保護しても私達じゃ世話の仕方もわからないし。」

「分かったわ、責任持って保護してあげる。飼い主も間もなく見つかるでしょう。ところで、その子はなんで岩を抱えているの?」

 おばさんは手慣れた手つきで小人をキャリーに入れながらイワオを不思議そうに眺める。

「気にしないでください。彼は今度の国体の重量挙げ選手で特訓中なんです。」

「あらまあ、そうなの。頑張ってね。じゃ、私はこれで。」

「よろしくお願いします。」

 小人が見えなくなると岩もすぅっと消えて、イワオは解放された。

「た、助かった。タケミ、からくりを教えてくれよ。」

「さっきかけたのは動物愛護の団体。で、さっきのおばさんはその会員。迷い猫や犬を保護しているの。」

「で、小人を迷い犬だか、猫扱いにして保護させたのか。」

「そう、ちょっと強引だけど新種の子猿だと思ったとして通報したの。私利私欲ではなく、あくまで弱っている動物の保護だからトラップは発動できない。まあ、里親探し中の時や引き取った里親が欲望持ったらどうなるか保証できないけど。」

「裏を返せば押し付けたってことか。」

 イワオは腕をストレッチしながらため息をついた。

「まあ、正しい心を持ってればあれは無害よ。ところで、助けたんだからお礼よこせ。」

 そう言ってニッコリとタケミはイワオに向かって手を差し出した。

「って、まだ金儲けモードかよっ!」

「友人のよしみで五万でいいよ。」

「高けぇよ!」

「いいじゃん、国体の金メダル売りゃ。」

 こいつが潰れた方が良かったのに…。イワオは盛大にため息をつくのであった。








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