「死ねっ、このアマぁああああ!」

 暁は斧に全体重を掛け、受けた刀ごと押しつぶそうとする。

 たしかに力と体重では向こうの方が上だ。

 太刀はもう一方の刀で暁の腕を切り落とそうとした。

 しかしそれを盾で防がれる。

 だが、太刀は焦らない。相手の意識がそっちにそがれた隙に、足裁きで回り込み、相手の力をうまく逃した。

 ずん。

 つっかえ棒を外されたかのように、暁の斧が地面に突き刺さる。

 容赦なく二本の刀で暁の背中に切りつける。

 だが、その前にはね飛ばされた。固いが弾力のある丸いもの。それが回転しながらぶつかってきた。

 それが西郷であるということを理解するまで、二秒ほど要した。

 そうとわかれば、容赦はしない。

 太刀は二本の刀で同時に突く。一方が顔面、もう一方が胴。

 ふつうなら片っぽはかわせても、両方は無理だ。

 案の定、西郷は顔面の突きはかわせても、腹にはその切っ先が刺さったかに見えた。

 しかしふたたび独楽のように回転すると、突きを受け流し、そのままつっこんでくる。

 体の回転に乗せた手刀。太刀はそれをかいくぐってかわした。

 その腕を叩き斬らんとしたとき、西郷は適度な距離を保っている。

「無駄タイ。おいどんを倒すには爆弾でも使うしかなかタイ」

「ちっ」

 どうやらこの男の学ランは特殊な素材でできているらしい。刀では切れない。もっとも打撃の威力は伝わるはずだが、こいつはそれを回転で逃がしている。

「おのれ」

 暁のほうも体勢を立て直し、隙を見はからっている。

「ふははははは」

 そいつらの後ろから、笑いながら近づいてくるやつがいた。ジュベール。

 ジュベールの腕が西郷と暁の間から伸びる。

 いや、ジュベールの手にはサーベル。その先端が太刀の喉を狙う。

「くっ」

 虚を突かれたせいもあり、太刀は刀でそれを払いのけられなかった。かろうじて首をかしげてよける。

 しかし、引く瞬間を逃さない。ジュベールめがけて突く。だが、それを暁の盾に阻まれた。

 右からは斧、左からは西郷の手刀。

 そして中央からはジュベールの剣。

 太刀は真後ろに跳ぶ。

 斧と手刀は届かない。だが剣は伸びる。太刀は足が床についた瞬間、ジュベールの突きを払った。

「逃さんタイ」

 西郷が跳んだ。まさにボールのように天井にぶつかると、太刀めがけてはね跳んでくる。

 上に注意を払うと、ふたたびジュベールの突き。

 払う。さらに突き。また払う。

「死ぬタイ」

 上から回転する黒い球体が落下。そこから手が伸びる。手刀。それが太刀の顔面に向かって飛ぶ。

 同時にジュベールの突き。

 前に出つつ、剣を弾きあげた。そのままジュベールめがけて刀を振り下ろす。

 がきん。

 火花が散る。暁の盾に阻まれた。

 後ろに着地した西郷が迫る。

 体を反転させ、そのいきおいを乗せ、刀を真横に振った。

 刃が西郷の丸い腹にめり込むが切れない。西郷はそのまま回転して、衝撃を逃がす。

 真後ろから殺気。

 ふり返ると、心臓を狙って剣の切っ先が飛んでくる。

 体を捻ってかわした。

 真上から斧。弧を描いて落ちてくる。不自然な体勢の太刀の首めがけて。

 まさにギロチンのように、首を切断しようとする寸前、跳んだ。

 頭を振って空中で斧をかわしつつ、その反動で一回転する。

 空を切った暁の斧はふたたび床のコンクリートにめり込む。

 このっ!

 着地と同時に日本刀の切っ先で暁の喉を狙う。だが、盾で防がれた。

 ジュベールの剣が今度は突きではなく、上から振り下ろされた。

 刀で受ける。

 後ろから西郷の貫手。手首をけり上げて防いだ。

「化け物か、この女」

 暁の驚愕の叫び声が響く。

「ふははははは。おもしろいね。さすが、最強の殺し屋と噂される巣豪杉太刀だ」

 勘に障るジュベールの笑い声。

 まずい。

 たしかに全員強いが、ひとりひとりならけっして勝てない相手ではない。だが、三人同時となると、さすがにきつい。

「心ゆくまで、やってみたかったんだよ。あなたとね」

 笑いながらジュベールが剣を振る。

「しとめるのはおいどんタイ」

 後ろからは西郷。

 太刀は剣をかわし、後ろに飛び退く。西郷に体当たりした。

 正面からならはじき飛ばされるのがオチだが、中心を外して当たり、ぐるりと回転扉をまわすかのように、西郷の体に密着しながら後ろに回り込む。

 ジュベールの剣や暁の斧からは、西郷の体が盾になる。

「おいどんに密着して剣がふるえるかね?」

 西郷が両手で、左右からつつむように太刀を抱きかかえようとしてくる。

「最強の殺し屋の称号はおいどんがもらうタイ」

 太刀の腕がはね上がった。

 たしかに剣で切るには間合いが近すぎる。

 だから殴った。

 刀の刃ではなく、柄のほうで、西郷の顎を下から弾き上げる。アッパーカットの要領で。

「きかんタイ」

 西郷が頭を振り下ろす。頭突きで太刀の頭を砕く気だ。

 太刀は両肘でむかえ撃った。それぞれの肘が、ちょうど目に炸裂する。細い指とはちがい、中にめりこみはしないが、しばらくはなにも見えなくなるはず。

「ぐおおおお?」

 とどめの一撃。両方の刀の柄頭で左右のこめかみを挟むように打つ。

 普通なら即死だが、こいつはたぶん死んでない。

 だが意識を断つには充分だった。

 巨体がずしんと床に転がる。

「僕の勝ちだっ!」

 すかさず剣先が向かってくる。まさに西郷の体で死角だったところから。

 反応が遅れた。

 スエーでかわそうとしたが間に合わない。

 太刀はとっさに、後ろに倒れこみながら、ジュベールの腕をけり上げる。

 紙一重だった。あと一瞬遅ければ、喉を貫いていただろう。

 今、あお向けに倒れた太刀の上を剣が通り抜ける。

 寝ながら左右の剣を挟むように振りぬいた。

 キン。

 心地よい金属音とともに、ジュベールのサーベルが折れる。舞う。そのまま天井にぶち当たり、はね返った。

 折れた切っ先は太刀の顔面すぐそばの床に突き刺さった。

 呆然と立ちつくすジュベール。

「覚えておきなさい。戦いや殺しに喜びを求めるやつは……」

 太刀ははね起きた。

「最終的には必ず負けるのよ」

 起きた勢いのまま、ジュベールの胴を払う。

 骨を断つ手応えがなかった。こいつも中に刃を防ぐなにかを着込んでる。

 とどめを。……いや、その前に暁は?

 まず、暁の位置を確認しようとした。とどめを刺している間に、斧を振り下ろされてはたまらない。

 いない?

 いや、いた。背を向けて逃走していた。

 腰抜けめ。

 だが、逃走先は灯りが漏れている部屋。

 魔子のところへ?

 追いかけようとした。

 隙を見せてしまったらしい。その瞬間、ジュベールが太刀の腕にからみつく。

 関節を極められ、床にたたきつけられた。両手から剣が離れる。さらに上にのしかかられた。

「こうなったらこっちのもんよ」

 ジュベールの顔が歪む。憎悪と狂気のせいで。

 上の階からは耳障りな警告音が鳴り響いた。

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