迷宮の守り人外伝 アンナの独白

NEO

外伝 女神アンナ(独白)

 出会いは、あくまでも任務の「対象」としてだった。私にとっては大仕事。なんでこんな事に抜擢されてしまったのか、今でも不思議でしかたない。恐らく、それほど深刻な人不足ならぬ神不足だったのだろう。

 「彼女」には名がなかった。太古の「呪い」により、ただこの迷宮に取り残された存在。あまりにも不憫に思い、私は「彼女」に名前をプレゼントした。「アルテミス」と……。

 これが、私が彼女にあげた最初のものだった。プライドもあったのだろう。最初は淡泊な反応だったが、私がそっと手を差し伸べると静かに涙を流した。その姿に、私は初めて愛しさを覚えた。これが、全ての始まりだったかもしれない。


 私が地上に下り、任務を遂行していく中で色々な事が起きた。気が優しくて戦いを嫌う彼女に、強制的に戦いを強いる「呪い」。この存在を恨まない日はなかった。彼女を戦わせないために、私は自ら苦手な剣を取って戦った。全てはアルテミスのためだ。私の密かな想いは胸にしまい、ただの駄女神として彼女と接している日々。これでいい。何度もそう自分に言い聞かせた。わざわざ宿泊用のテントを持ち込んだのは、一人になりたいためだ。実は、こっそり泣いた事は数知れない。この想いは叶うことはない。例え下位でも私は女神。アルテミスは地上に住まうドラゴンの女の子だったのだから……。


 日々を過ごすうちに、ついに彼女の「呪い」をやっつける機会が訪れた。一筋縄ではいかず、何度も何度もチャレンジする。私は無力だった。嗜む程度に呪術の知識はあったが、こんなに強大で複雑なものなど手に負えない。何度も自責の念に囚われ、何度も泣き、悔しさのあまり、血がにじむほど歯を食いしばった事もある。好きな相手に何も出来ないのだ。当たり前の事だろう。そして、その想いは募る一方だった。頭が爆破しそうだった。いっそ狂えばいいと、何度思った事か……。


 そして、ついに限界が来た。「呪い」の解呪も少し進み、アルテミスが地下の部屋から出られるようになった頃だった。私が思いきって告白しようとした時、アルテミスは感づいていたらしい。その前にストップをかけた。

 しかし、遅かった。天界から引き上げ命令が来たのだ。強制力がある正式なものだった。「勧告」もなしにいきなり「命令」となるのは、恐らく前代未聞だろう。無視しようとも思ったのだが、それをやると今度は天界から「強制排除」が行われる。つまり、アルテミスが「抹消」されてしまう。素直に戻るしかなかった。天界に……。


 私のような下位の女神に対しては、異例とも言える査問が行われる事となった。自由はかなり制限され、まるで地下牢のようなところに放り込まれながらも、私はアルテミスを可能な限り「見て」いた。数度に渡り「呪い」の解呪が試みられている様子は分かった。

 思うだけで通話出来る「思念通話」も何度かやった。その声を聞くだけで安心したものだ。もっとも、いつでも出来るわけではなく、雑音も酷くて難儀ではあったが……。


 そして、泣く子も黙る査問が本格的に開始された。結果によっては、神である身から地上に落とされかねない厳しいものである。私の場合、「対象」に対して恋心を持った事が最大の問題とされたが、私だって負けてはいない。ジジイ共を黙らせることくらいは、まあ何とか出来る。私だってやるときはやるのだ。結果として任務は継続。すぐに地上に戻ったのだが……アルテミスはすでに瀕死の状態だった。最後の最後までアルテミスを苦しめた「呪い」。それによって、ついに命まで蝕まれていたのだ。

 この事態に対応出来る者は、全て出払っている。私ではどうしようもない……。

 アルテミスが最期に発した言葉は簡単だった。「ありがとう……」。

 私はそっと動かなくなったアルテミスの顔にキスした。そして、心に誓った。彼女の役割を引き継ぐと。それが、私の想いだから……。



 あるところに、女神が守る迷宮があるという。その最下層には目も眩むような財宝があるというが、その入り口は固く閉ざされ。誰も到達した者はいない。

 以前は1匹のドラゴンが守っていたというが、長い年月を経た今となっては、真偽のほどは定かではない。

 屈強な魔物が俳諧するその迷宮には、転送の魔法を使わねば入れない。しかし、今日も挑む冒険者は絶えない。誰も二度と帰ってこないというのに……。

 誰が呼んだか、謎に包まれたその女神の事をこう呼んだ。「迷宮の守り人」と。


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