第14話 荻や萩

 中一の時、同じクラスに「荻原(おぎわら)」さんがいたのだが、「萩原(はぎわら)」じゃない「荻原」だ、と何度も力説していた。


 カクヨムをしばらくお休みしていた。再開するにあたって何を書くか、どの植物を扱うかしばらく悩んでいた時に最初のエピソードを思い出した。オギは荻、ハギは萩、で、随分と見た目は違う植物同士なのに、漢字はとても良く似ている。


 荻(オギ)はススキによく似ているが、ススキの方が背丈が低い。長らく区別をつけずに、大きいススキといった感覚で同じ物として認識していたのだが、この「荻原」と「萩原」の違いの事があってから、荻という植物名を知り、それがススキと似て異なるものだと認識するようになった。人生は、どこにヒントがあるかわからないので油断できない。間違いがないように「里山さんぽ植物図鑑」(監修:宮内泰之氏 成美堂出版 2017年)でオギとススキの違いをチェックした。そこで気が付いたのだが、見た目でいうと「葦(よし)」も紛らわしい。同書によれば、水辺から順に、ヨシ⇒オギ⇒ススキという分布になる。オギが水辺に近い場所に生え、ヨシの方は池などの縁の部分、湿っている場所に生える。また、ヨシは背丈が高いので、そこでもオギと区別をつける事ができる。更に、ヨシとオギでは穂の部分が少々違う。また、「里山さんぽ」の解説を読んでいて気が付いたのだが、私が母親から「手を切るから気を付けろ」と言われていた葉の周囲で指を切りやすい堅い葉の植物の「カヤ」がススキだった。つまり、穂が出ている時期=ススキ、穂が無い時期=カヤ、と同じ植物を違う名前の別なものとしていたのだった。なお、母の注意もむなしく、幼い頃の私は何度もカヤで指を切っている。切れ味は鋭く、痛い。


 萩の方は、その名前を認識しないまま、眼にはしていたようだ。ようだ、というのは、確証を持てるだけの記憶も残っていないからである。図鑑などで確認すると「あー、生えてた…かな?」位の感覚だ。ヌスビトハギなら面白がってくっつけていたという思い出がうっすら残っているのだが、ハギの方は今、検索をかけて写真で確認しても、道端に生えていたという記憶はない。余所様の庭先の観葉植物として目にしたことがある位だろう。同じマメ科の植物だと、クズの方がなじみ深い。花の咲く季節はフジにも負けない美しいピンク色の花を咲かせる。山中なら趣もあって美しいだけで済むが、これが人家の周辺や道路沿いとなると、厄介者として嫌われる。かつては根からとれるデンプンが葛粉として重宝されていたのに、いまやそれはジャガイモにとってかわられた。そのジャガイモを材料とした片栗粉だって本来ならカタクリの根が材料だったのに名前だけ残っている状態だ。もっとも名前だけ残って中身は別物というケースはたくさんあるし、それを悪く言うつもりはない。マシュマロだって本来はマーシュマロウという植物が材料だった。ただ、葛を厄介者扱いするなら加工用にしてしまえばいいという気がしないでもない。しないでもないけれど、加工には相当な手間暇がかかるので、それをクリアできれば、なのだが。


 ハギの話からクズに脱線してしまったが、これらを含むマメ科植物は「根粒菌」を根に共生させている。土壌に含まれる有機窒素化合物が少なくても、空中の窒素を根粒菌がアンモニウムイオンとして固定してくれる(窒素固定)ので、植物の方はそれを利用してタンパク質などを合成する事が容易になる。タンパク質はアミノ酸が多数、ペプチド結合によって繋がっているが、そのアミノ酸の材料として、アンモニウムイオンが必要なのだ。アンモニウムイオンはNH₄⁺であり、窒素を含む。窒素を含む有機化合物を有機窒素化合物と呼ぶ。根粒菌を共生させていない植物は土壌中に含まれる有機窒素化合物を取り込む(窒素同化)のだが、人為的に与える肥料としては硫安=硫化アンモニウムや塩安=塩化アンモニウムが使われているようだ。しかし、根粒菌が共生していれば有機窒素化合物の少ない痩せた土地でも植物は繁殖が可能になる。昔は田植えの前にマメ科のゲンゲ(レンゲソウ)の種を撒き、田植えの時期になるとそれを鋤きこんで肥料にした。

 マメ科だけではなく、他の科でも根粒菌を共生させているものがいる。カバノキ科ハンノキ属のヤシャブシは、根粒菌を共生させている例として入試問題などで見かける事がある。なお、確認のため検索をかけたところ、1962年に発行された「化学と生物」のPDFがHITし、植村誠次氏の「マメ科以外の根粒植物について」が見つかった。マメ科以外では、カバノキ科ハンノキ属、グミ科、ヤマモモ科、ソテツ科、マツ科コウヤマキ属など、被子・裸子共に、様々な種類の植物が根粒菌を共生させているという記述とともに、肥料木という分類の仕方がある事を知った。ただ、1962年のものなので現在も使うのか簡単に確認したところ、今でも現役の用語だったし、ついでに書けばハギも肥料木として挙げられていた。肥料木とは、禿山や海岸線、土砂災害の跡地などに「先駆樹種」として植えられるものだそうで、植村氏によると、林業において古くから肥料木として、ハンノキ、ヤマモモ、グミ、モクマオウ属の樹木が、マメ科のニセアカシア、ハギ、ネムノキと共に造林されていたのだという。なお、植村氏は、この当時、農林省林業試験場に所属しており、昭和15年から25年間にわたって肥料木でも特に非マメ科の樹木の根粒と根粒菌の研究に従事していたという記述もあった。


 遷移と先駆樹種について、高校の生物の授業では、生態系の項目で必ず「植生遷移」を学習するので、生物を選択した人ならご存じかと思うが、そうでない人や、忘れてしまった人のために途中まで簡単に説明していく。植生遷移とは、文字通り、植物の遷移である。遷移には、裸地から始まる一次遷移、土壌が形成された状態から始まる二次遷移といった分類があり、更に一次遷移は乾性遷移と湿性遷移に分類できるのだが、一番基本的な一次遷移をザッと見ていくと次のようになる。

 火山の噴火などで土も何も無い状態の「裸地」から遷移が始まる。岩盤は風雨に晒され、風化していく。そこに、コケや地衣類など根からではなく表面から水などを吸収できるものが生える。砂地や砂利が形成されると、そこに生育できる先駆植物(パイオニア植物)の種子が風によって運ばれてきて発芽する。水が少なくても生育でき、また水を求めて根を深く、しっかりと生やす。そして、これらが枯死したものは蓄積されて、岩盤の上に土壌を形成していく。パイオニア植物が生えている場所は強風や豪雨によって土地ごと流されやすくなっているので、植物は島状にまとまって流されにくくなるように生える。そのような状態を荒原という。荒原の、その島状の部分は少しずつ広がってつながって草原になり、枯死体の蓄積は更に肥沃な土壌を形成する。土壌は多くの水を含んでいるので、やがて樹木が生育できる状態にまで遷移が進む。この状態でまず生育する樹木が「先駆樹種」だ。日の当たる場所で良く育つ陽樹である。そして、背丈の低い樹木の低木林が形成され、やがて高木の陽樹林⇒日陰でも幼木が生育できる陰樹と陽樹が混在する混合林⇒陰樹が多くを占める陰樹林といった流れで遷移が進む。もっとも、バイオームの種類によっては最終段階=極相が陰樹とは限らない。

 さて、先駆植物(パイオニア植物)の例として教科書がよくあげるのは「ススキ」と「イタドリ」だ。ススキは「株立ち」という形状で生える。根元で枝分かれした茎が固まって束になって生えていて、根もそこに固まって形成されるのだ。流されにくいし、水も有効活用できそうだ。ところが、オギはススキとは違い、根は地下茎になっているので、そこから茎が伸びている。つまり、束にはならない。こんなところにもオギとススキの違いがあった。


 荻は萩じゃない。オギはススキと似ているけど、ススキじゃない。ススキはイネ科でハギはマメ科だけれど、どちらも遷移の段階では「先駆」と呼ばれる。オギとハギの間には微妙な共通点があるような無いような、もどかしい関係が見えてきた。漢字の成り立ちを調べたが、ハギは秋の七草で、秋を代表する花だから、オギは草冠に北狄の狄で、イネより劣るものという意と見かけたが、ハッキリとはわからなかった。ただ、オギという呼び方は、招くという意味で、風に揺れる様がおいでおいでをしているように見えるかららしい。

荻も萩も秋風に揺れる。残暑厳しい中、秋風を思う。

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