第6話 old homeの職場(1)

 勤めているうどん屋へは、バスで通勤している。わたしは、自動車運転免許証は持っていない。ここは田舎町なので、運転免許証があれば便利だけれど、教習所へ行くお金もないし、いつ気絶するかわからないわたしが、車の運転をする事など危なくて出来る訳がない。


 高校の入学のお祝いに、祖父母から買って貰った腕時計で時間を確認すると、もう2時を回っていた。


 職場まではバスで20分と、そこから徒歩で5分のところの商店街の中にあるが、なにせ、ここは田舎町、路線バスは1〜2時間に1本しか通っていない。そのうち路線バスも廃止になるのではという噂もあるので心配だ。


 2時台のバスは、14:50だ。それに乗り遅れると、その後はそれのまた2時間後になってしまうので、今回は少し急がなければならないようだ。


 だけど、顔をザブザブと洗い、ドラッグストアで購入した600円のファンデーションを塗り、半袖Tシャツと夏用の短めのジーンズに着替えれば準備は完了だ。


 洋服にはあまりこだわりはない。全て昨年のシーズンオフに半額以下で購入したものだ。定価で買う事などはほとんどない。全然こだわりはないという事でもないのは、new houseではブランド物はともかく、有名メーカーのものは、やはり素材も良く、縫製もしっかりとしているので着心地が違うので、ただ安いだけの物は避けている。


 しかし、new houseでは、全部母親の選んだ洋服を着せられている。素材はいいかもしれないが、今時流行らないフリフリの洋服を着せられるのは辟易する。old homeでのお下がりも嫌だったが、フリフリの洋服はもっと嫌だ。ボーイッシュな格好が好きという訳でもないが、シンプルで身体にフィットする物が、わたしは好きなのだと思う。


 家を出て、少し長めの坂道を下ると、信号のない交差点に出る。その道路がバス通りになっている。new houseではバスに乗る事など全くない。わたしは、一番後ろの長くて少し高めのシートに座るのが好きだ。こんな楽しい乗り物を、new houseの母は何故嫌うのだろう。


 約20分で終点のバスターミナルに着いた。そこから商店街まで歩く。何故か商店街ではなく、ここは銀天街という名称になっている。なので、暇つぶしに商店街をブラブラする事を、昔から銀ブラとみんなは呼んでいるのだ。


 わたしは店の裏口から入り、ハッピのような制服をTシャツの上から羽織る。そして、さも朝から働いていたかのような顔をして店内へと出て行く。3時半の店内は、お客さんは2組だけ。


「北島さん、店、落ち着いてきたから、今から天ぷら揚げる練習して」


 背後から店長の声がしたので振り向くと、そこには銀色の宇宙人が立っていた。


「うっ」


 たまにこういう事はあるので慣れてきているものの、不意打ちを食らうと気絶しそうになる。


 これはまだ良い方だ。声だけは本物の店長の声なのだから。先日、社長が突然宇宙人として現れた時には、宇宙語みたいな言葉で喚いていたので、顔を引きつらせながらとりあえず「はい」とだけ返事をしていたら、ちゃんと聞いてないと思われたのか、益々怒り出し益々喚きだしたので、早々に気絶する事になってしまったのだった。


 なんとか今日は気絶を免れたので、天ぷらを揚げる器具のあるところへと移動した。

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